日本のAI研究の第一人者・松尾豊教授と考える、ダイバーシティと企業成長の関係性
リクルートでは、3月8日の国際女性デーに合わせ、従業員向けにDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)のスペシャルイベントを2023年の3月末に開催。「なぜ、リクルートでダイバーシティは必要なのか?会議」と題し、世の中の動きとリクルートの現状、あるべき未来について考える機会を設けました。2部構成で実施したイベント第1部では、日本のAI研究の第一人者である東京大学大学院教授の松尾 豊先生をゲストにお招きし、国内リクルートグループのDEIをリードする執行役員 柏村美生との対談を実施。AI研究の観点からDEIの必要性に切り込んだ、当日の様子をお伝えします。
※2023年3月に実施されたリクルート社内向けトークイベントのダイジェスト記事です/敬称略
イベントは、東京大学大学院教授の松尾 豊先生による講演からスタート。「企業の成長に向けたハイサイクル化」というテーマで、松尾先生の専門である人工知能などを活用したDX(デジタルトランスフォーメーション)をキーワードに、これからの企業成長に欠かせないものについてお話しいただきました。「DXによって企業活動が高速化(ハイサイクル化)した未来においては、人も目的思考を持って素早い意思決定をしていかねばならない。多様な経験・価値観を持つ人たちが集い、さまざまな切り口で仮説を立て、速く・たくさん失敗をしながら学ぶことが、企業成長のハイサイクル化には欠かせない」と語った松尾先生。イノベーションを生み出すためのダイバーシティの重要性を説いて講演は締め括られました。その後は、リクルートのDEI推進をリードする執行役員である柏村との対談へと続きました。
イノベーションは多様な価値観が集い、フラットに議論できる環境で生まれる
柏村:松尾先生、ご講演ありがとうございました。お話のなかで、これからの時代に求められる能力として「目的思考」が挙がっていましたね。これはまさしくリクルートが大切にしてきた価値観「個の尊重(Bet on Passion)」に通じるもの。個人の「やってみたい!」という情熱にかける、という意思決定をしてきた私たちとの共通点を感じ、嬉しくなりました。さて、ここからは、松尾先生とディスカッションをしていきたいです。今日のイベントはDEIがテーマなのですが、AI研究者である松尾先生からは社会的にも取り組みが拡大しているDEIがどう見えていますか。
松尾:AI研究者は、AIと人を比較したり両者の関係性について考えたりする立場です。その視点で人の性別や人種などの違いに目を向けると、人間という同種の存在における“微細な違い”でしかないという感覚なんですよ。大きな括りで言えば同じ人間同士なので、小さな違いにこだわって差別や排除をするよりも、それぞれの違いを尊重し、強みを活かすほうが人類全体にとって有益だと感じます。
柏村:人間という同種の存在では“微細な違い”。松尾先生らしい視点ですね。講演のなかでも、多様性をフラットに認め合える組織が大切だとおっしゃっていましたね。松尾先生自身がそう考えるのは、何か原体験があるのでしょうか。
松尾:周囲と違う個性や意見を持つことの息苦しさを感じた出来事は多いです。例えば小学生の時は、僕自身はリアルなモノよりも抽象的なものごとを考えるのが好きだったものの、同級生が自動車やプロレスやガンダムに夢中になっているので、仕方なく話を合わせたこともありました。大人になってからは組織の常識を押し付けられた経験も。僕は議論がしたいのですが、「なぜそうなっているのか」と聞くと、「そういうものだから」で片付けられてしまう。さすがに昔よりは改善されましたが、まだまだ女性や若者、外国人といった社会的に小数派や立場が弱い人の意見が聞き入れられにくい構造を感じます。もっと多様な意見に耳を傾けてフラットに議論できる社会になって欲しいです。
柏村:逆に、異なる価値観を持つ人たちが集まっているからこそ良かった経験はありますか。
松尾:スタンフォード大学やシリコンバレーのスタートアップでの経験ですね。性別も人種も、一人ひとりのバックグラウンドが異なるのが当たり前。彼らは、みんながそれぞれの考えを持って意見するなかでイノベーションを起こそうとしていました。
柏村:私も海外での経験が大きな学びになったひとりです。中国・上海に6年駐在していたのですが、メンバーは全員中国の方。異なる文化や商習慣を持つメンバーを前に、私が日本で身につけてきたやり方は全く通用せず、何ひとつ上手くいかなかったんです。その体験がマネジメントのスタイルをUPDATEするきっかけになりました。それ以前の私は、メンバーに「任せる」と言いながら、過去の自分の成功体験に沿って進めてくれることを期待し、ゴールを設定して中間目標を置き、ポイントごとに確認していく方法でした。でも、中国での挫折を経て、その人の得意なやり方で進めてくれたら良いと考えるようになりました。ゴールと外してはいけないポイントだけ示して、あとはメンバーの力に「頼る」こと。トップダウンで任せるのではなく、フラットに「頼るマネジメント」へと変わったことが今につながっています。そんなふうに、自分と違う経験や強みを持つ人がいて良かったという成功体験を持っているかどうか。それがDEIには欠かせない気がしますね。
目覚ましい進化を続けるAI
人がどんな意思を持って使うかがより重要な時代へ
柏村:AIと言えば、最近は『ChatGPT』が話題ですよね。私も試しに使ってみたのですが、かなり人間に近い答えを返してくれる印象です。一方で、過去に人が生み出した情報(データ)を学習して答えを導き出していると感じました。このような特徴のあるAIを、人はどう活用していくと良いのでしょうか。
松尾:柏村さんのおっしゃる通りで、AIは学習データを基に最適解を導き出すため、「過去の再生産」をする側面があります。その特徴も理解した上で活用していく必要があるでしょう。例えば、ある企業では人材採用にAIツールを導入したところ、そのAIは学習データの影響で白人男性を優遇していたことが発覚し、使用の中止に追い込まれました。単にデータを用意して学習させるだけではなく、データをどのように見て、どんな答えを出すべきか、どういう未来にしたいのかという意思を人が示さないといけない。DEIが重視されているこれからの社会で活用するのであれば、機会均等を目的としたアファーマティブ・アクション(肯定的措置)の考え方をAIに反映させなければならないでしょう。
柏村:イベント視聴者からも質問が寄せられています。「AIが人の多様性を補完する未来は考えられますか」。この点はいかがでしょうか。
松尾:例えば、AIに人の会話を聞かせて「この発言は良くない」とアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を察知し、補正するという使い方ができるかもしれません。と言うのも、AIが人の感情を概念としてシミュレートすることは可能なんです。その延長で、アンコンシャスバイアスを数値化して示せる可能性も十分にあります。
柏村:面白いですね。人的資本経営の観点でも質問させてください。人の成長を支援するために、AIはどう活用できるでしょうか。
松尾:これまで自動化が難しかった、マネジメントのウェットで属人的な部分もAIが担える可能性があります。AIがチームの一人ひとりと会話をしながら、「何がつらくて何が嫌だったのか」「何にモチベートされるのか」といった個人の特性や強みをある程度示してくれる。そうすると、時間がかかっていた業務をライトに済ませて、人はよりレベルの高いマネジメントに集中できるようになるかもしれません。
柏村:人の機会や可能性を最大化するような使い方はできないでしょうか。リクルートでは、「個の尊重」を大切にする価値観のひとつにしており、人材の育成を大事にしています。リクルートで働く人たちには、自分の好奇心に従ってたくさんの機会に飛び込み、機会のなかで成長して欲しい。それをAIが加速させてくれると嬉しいのですが…。
松尾:それなら、「好奇心がくすぐられないこと=やる気が出ないこと」をAIにお願いすれば良いんですよ。AIのすごいところは、何でも全力でやってくれること。特にAIは何かのお題に対してアイデアをたくさん出すのが得意です。人が10案、20案とアイデアを考えるのはとても大変だけど、AIなら一瞬。そんなふうにAIに頑張ってもらいながら、人はそれぞれがやりたいことに集中すれば良いのではないでしょうか。
社会課題を解決するには、多様なスキル・知識の“掛け合わせ”が欠かせない
柏村:少し話が変わりますが、松尾先生は、日本のSTEAM教育が今後どうあるべきだと考えていますか。ぜひ、これからの社会に必要な知識・スキルという観点でご意見を聞きたいです。
松尾:私は、複数の技術や知識を組み合わせることの重要性が、近年特に高まっていると感じています。例えばカーボンニュートラルを実現しようとしても、ひとつの技術では太刀打ちできないほど問題は複雑です。さまざまな観点からその社会課題を検討し、柔軟に技術を掛け合わせ、ひとつのソリューションに統合して課題を解決していく。そんな能力が重要になっているのではないでしょうか。
柏村:だからこそ、多様な経験・価値観を持っている人たちが集い、それぞれの能力を組み合わせるというDEIの考え方がより重要になってきているのかもしれませんね。もっとお話を聞きたいところではありますが、もうお時間ということで、最後に、松尾先生からリクルートで働く皆へメッセージをお願いできますか。
松尾:リクルートは、国内でもDEIが進んでいる企業という印象があったので、そんな企業がこのイベントを実施していることに、ちょっとびっくりしています。例えるなら、イチローがもっと野球を上手くなりたいと言っているような……。でも、そうやってもっと進化をし続けたいという思いがあるからこそ、リクルートはチャレンジングなDEIの取り組みを続けられるのだと思います。その一方で、グローバルを見渡せばさらに先を行く企業はたくさんあります。ぜひ、世界をリードする企業になってください。
柏村:温かいメッセージありがたいです。私たち自身、社会と共にUPDATEしていくことが必要だと強く感じています。そのためには、今日のような社内向けイベントだけでなく、もっと世の中との対話や共創を増やしていきたいと思っています。松尾先生、今日は本当にありがとうございました。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 松尾 豊(まつお・ゆたか)
- 東京大学大学院工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授
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2002年 東京大学大学院博士課程修了。スタンフォード大学客員研究員を経て、2007年10月より東京大学大学院工学系研究科総合研究機構/知の構造化センター/技術経営戦略学専攻 准教授。2014年より、東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 グローバル消費インテリジェンス寄付講座 共同代表・特任准教授。2019年より現職。2021年より新しい資本主義実現会議 有識者構成員。専門は、人工知能、Webマイニング、ビッグデータ分析、ディープラーニング
- 柏村美生(かしわむら・みお)
- リクルートホールディングス執行役員 兼 リクルート 執行役員(担当領域:人事、広報・サステナビリティ、渉外)
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大学卒業後、1998年、リクルート(現リクルートホールディングス)に入社。2003年『ゼクシィ』の中国進出を提案し、中国版ゼクシィ『皆喜』を創刊。帰国後、『ホットペッパービューティー』事業長、リクルートスタッフィング代表取締役社長、リクルートマーケティングパートナーズ(現リクルート)代表取締役社長などを経て、2021年4月より現職。大学時代は社会福祉について学び、障がい者と社会の接点を作る仕事がしたいとソーシャルワーカーを目指してボランティアに明け暮れた。東京大学PHED(障害と高等教育に関するプラットフォーム)専門部会委員を務める