スプツニ子!さんと考える、リクルートはジェンダー平等を実現できるのか?

スプツニ子!さんと考える、リクルートはジェンダー平等を実現できるのか?
スプツニ子!さん(中央)とリクルート常務執行役員の岩下順二郎(左)、リクルートワークス研究所『Works』編集長の浜田敬子

リクルートでは、3月8日の国際女性デーに合わせ、従業員を対象としたDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)のスペシャルイベントを2023年3月末に開催。「なぜ、リクルートでダイバーシティは必要なのか?会議」と題し、世の中の動きとリクルートの現状、あるべき未来について考える機会を設けました。2部構成で実施したイベント第2部では、アーティストで東京藝術大学准教授のスプツニ子!さんを迎え、リクルート常務執行役員の岩下順二郎、リクルートワークス研究所『Works』編集長の浜田敬子とディスカッション。作品を通じてジェンダーなどの社会問題を提起してきたスプツニ子!さんの視点で、リクルートにおけるDEIの現在地に切り込んでいただいた、当日の様子をお伝えします。 

※2023年3月に実施されたリクルート社内向けトークイベントのダイジェスト記事です/敬称略

イベントは、解説パートとディスカッションで構成。まずは日本国内のジェンダーギャップについて、ジャーナリストとして動向を追ってきた浜田敬子が解説しました。「国別のジェンダーギャップ指数ランキングにおいて、日本は146ヶ国中116位(2022年)」と、各種データを示しながら日本がジェンダー後進国である現状について紹介。その上で、日本のジェンダーギャップの背景には構造的な差別と根深い性別役割分業意識があると分析しました。また、不平等を是正するために、平等を達成するまでの過渡期には、女性に積極的にチャンスを与えていくのが重要だが、日本の企業の施策は仕事と家庭の両立支援に偏ってきたと指摘。両立支援制度は男性にも使いやすくして男性の家事育児への参画を促すと同時に、女性には積極的にキャリア支援をしていくことが必要だと話し、「男性がもっと家庭内のケア労働に参加するように、日本の働き方や雇用システムを構造から変えていく必要がある」と語りました。

浜田の解説の後は、リクルートにおけるこの1年のジェンダー平等に向けた取り組みについて執行役員の岩下順二郎が共有。冒頭で岩下は自身が入社した1989年頃を振り返り、「もともとリクルートは創業当時から、性別や学歴、国籍などに関わらず採用し、女性の管理職も多かったが、現時点では女性の管理職が男性と比較して少ない状況」と、社内の流れを紹介。「プライベートを軽視して仕事に集中するような “マッチョな働き方”ができないと活躍できない、管理職に任用されない…と、その働き方を希望しない多くの女性を無自覚に遠ざけていた」という課題を指摘。その上で、「仕事のやり方や働き方を変えて、多様な人が活躍できる組織にならないと、変化する世の中のニーズに対応できず、企業として生き残れない」と語ります。具体的な取り組みとしては、1組織に複数のマネジャーを配置して、多様な視点でメンバーをマネジメントする実験的組織を紹介。また、管理職要件を明文化し、任用の議論に無意識のバイアスが入らないようにしたことで、管理職候補者が男女とも増加したことなど、昨年度までの取り組みとその成果を報告しました。その後は、スプツニ子!さんが自身の経験や視聴者である従業員からの質問を交えながら、岩下・浜田とのディスカッションに。詳しい内容をお伝えします。

ディスカッションするスプツニ子!さんとリクルート常務執行役員の岩下順二郎、リクルートワークス研究所『Works』編集長の浜田敬子

「構造的な差別」や「無自覚な同質化」をしていないか 

スプツニ子!:浜田さん・岩下さんが話してくださったような経験は、私もたくさんしています。今の時代、意識的に差別をしようとする人なんてほとんどいないですが、「無自覚に」「うっかりと」「構造的に」特定の性別や人種を不利に扱っていることが、まだまだ多いですよね。例えば、私は東京藝術大学のデザイン科の初の女性教授ですが、そこで戸惑ったのが夜の19時過ぎまで教授会が行われていたこと。子どものお迎えがあって参加しづらいと伝えたら、すぐに理解してくれて会議の時間が14時から16時になりました。これは誰かが悪意を持ってこの時間に設定していたわけではありません。これまで保育園のお迎えをするような教授がいなかったので、夕方からの会議に支障があるという発想を持つ人がいなかったんだと思います。同じように、知らず知らずのうちに、子育てしている人が参加しにくい、「専業主婦の妻を持つ男性」を前提とした構造になっていることが、社会の至るところにありそうです。

浜田:スプツニ子!さんのように、例えば男性だけの組織に女性がひとり入るだけで新たな視点が入って変わっていけるのですから、組織の意思決定層に多様な視点を入れていくことが大事だと思います。でもこれは、「意識をする」だけではなかなか難しい。制度や仕組みで多様性を担保していくことが必要で、先ほど岩下さんが紹介してくれた管理職要件を明文化したリクルートの取り組みは、社外からも注目されているアクションです。

岩下:浜田さんの言う通りで、リクルートのなかでも、上司が自分に近い働き方やリーダーシップ観を持っているメンバーばかりを無意識に任用していたことにより、経営層や管理職層が同質化していく現象が起きていたのかもしれません。過去の成功体験に基づいて、自分と似たリーダーを“再生産”してしまうから、リーダーシップのあり方やリーダーの働き方は画一的なままで、結果として女性の管理職候補も少ないという構造だったという可能性も否定できません。だからこそ、管理職要件を明文化して、上司の無意識のバイアスが入り込む余地を排除することにしました。

スプツニ子!:人材の任用という抽象度の高いと思われがちなテーマに、科学的アプローチをしているのが素晴らしいです。多様性をテーマにすると「みんな違って、みんな良い」のような、なんだかフワッとした言葉で丸められることで、実際にある構造の偏りを無視してしまい、具体的な取り組みに発展しないこともよくあります。だから、科学的・客観的に問題の構造を捉えて解消しようとしているのが良いなと思いました。なぜこうしたアプローチを取っているのですか。

リクルートのDEIについて語るスプツニ子!さん

岩下:出発点は危機感です。社内で活躍している女性にマネジャーになって欲しいと伝えたら、「私はマネジャーにはなりたくありません」と断られることがありました。ここ数年で、女性だけでなく男性からも同じような声が聞こえてくるようになり、このままでは、入社時点では多様な人が集まっていても、多様な人を活かしきることができないのではと危機感を感じたんです。そこで原因を突き詰めていくと、上司がメンバーをマネジャー候補として期待をかけるなかで、知らず知らずのうちに自分たちと同じ働き方を求めていたことが分かってきました。だからこそ、客観的に管理職要件を明文化し、上司の過去の経験や勘がリーダーの育成・抜擢に影響しないようにすることで、同質なリーダーを再生産してしまう構造を変えようとしています。

DEIは働き方の進化とセット。誰もが働きやすい環境にこそ、多様性は育まれる

スプツニ子!:リスナーの皆さんからの質問も紹介していきましょう。とても率直な意見をいただきました。「リクルートで長く働いていますが、正直私の周囲ではDEIが進んでいる感覚がありません」。こういう意見をスパっと言えるところに、私はリクルートのカルチャーを感じました。さて、この質問には岩下さんに回答いただきましょう。

岩下:質問してくれた方の言う通りで、部署や役職レイヤーによって濃淡があるのは事実です。従業員全体では、女性比率48%ですが、GM(課長クラス)がやっと30%台に乗ったところ、部長は20%程度で、まだまだ胸を張ってジェンダー平等が進んでいるとは言えません。あとは、転勤の問題で進捗に地域差が生じています。都市部の場合はある程度女性管理職が増えていますが、地方は配置転換にあたって必然的に転勤をする可能性が高く、それができるかどうかという観点で男性に偏ってしまっているのが実情。転勤というシステムを今後どうするかは、私たちが真剣に議論しなければならないことだと捉えています。

リクルートのジェンダー平等について語るリクルート常務執行役員の岩下順二郎

浜田:他社では転勤制度を廃止したところもありますし、転勤の可否で結果的に男女差が生じているのは間接的な差別だとも言えます。もしかしたら、質問してくれた人には、まだリクルートがマッチョな働き方ができる女性しか活躍できない環境に見えるのかもしれません。ちゃんと考えていきたいですね。

スプツニ子!:転勤の問題は根強い一方で、リクルートはリモートワークやDXに力を入れている印象ですし、働き方とDEIをセットで推進しているのが良いと感じました。今日のイベントの第1部でもAI研究者の松尾 豊教授がゲストでしたよね。私は、「DEIのイベントにAIの専門家を呼ぶんだ。リクルートは分かっているな」と思ったんです。

岩下:たしかに、私たちはオフィスや働き方の進化にも取り組んでいますが、考え方や議論の中身はDEIの会議とほとんど同じですね。目指す方向はひとつという感覚です。

浜田:働き方の柔軟性に関しては、リクルートは誇っても良いのではないでしょうか。私は2022年に『Works』の編集長としてリクルートに入社したばかりの“新入社員”ですが、引き続きフリージャーナリストとして活動することを会社が認めてくれたのがすごいなと思いました。働き方もDEIも、子育てや介護など特別な誰かのためのものではなく、皆のためのものという感覚で推進している印象がありますね。

スプツニ子!:その意味では、男性への取り組みはどうでしょうか。「ジェンダーギャップの解消には、男性も支援しなければならないと思うが、なかなか進んでいないのではないか」という質問も届いています。

浜田:社会全体でも男性育休はじわじわと増えているけれど、男性の上司や先輩からのプレッシャーで育休を取りにくいと言う声は根強いです。女性が家庭での役割を押し付けられているのと同様に、男性も「男は家庭よりも仕事を優先すべし」という性別役割分業の価値観に苦しんでいる。まずは上司が変わらないとメンバーは変われません。

岩下:上司が変わらないといけないのはまさにその通りです。加えて、リクルートでは全従業員を対象にリモートワークなど働き方の柔軟性を高めること、年間の休みを増やし週休“約”3日とすることで、上司も男性も含め、誰もが働きやすい会社を目指しています。
※リクルートでは、2021年4月より個人で自由に休む日を設定できる「フレキシブル休日」を導入。年間の休みが130日から145日(会社休日及び年次有給休暇の計画的付与による指定休5日含む)に増え、この日数を年間52週で割ると週休約3日(2.8日)となる。この145日に「フレキシブル休日」が14日ほど含まれている(2022年度実績)。1日の所定労働時間を増やしたことで、年間の所定労働時間は変わらず、給与も変更はない

スプツニ子!:経営者や管理職の皆さんに変わってもらうには、組織にメリットがあると気づいてもらうことも必要ですよね。例えば、アメリカの情報機関CIAが2001年9月11日の同時多発テロを防ぐことができなかった理由のひとつは、組織の多様性が乏しかったためだと言われています。イスラム圏やアラビア語に詳しい人が少なく、テロの兆候に気づけなかった、と。

浜田:組織の同質性が高いゆえに、リスクを見逃してしまう。これは日本の企業でも起きていますよ。私はジャーナリストとして企業に不祥事が起きると役員の構成を調べるようにしていますが、不祥事が起きる組織は決まって役員の同質性が高い。現場はリスクに気づいているのに、上に意見が通らなかったり、異を唱えにくい環境だったりするのではないでしょうか。危機管理の観点でもDEIは重要なんです。

リクルートのダイバーシティについて語るリクルートワークス研究所で『Works』編集長の浜田敬子

リクルートらしさは失わずに、“マッチョな働き方”に向かいがちな風土を変えたい

スプツニ子!:続々と質問が届いています。「リクルートがDEIを推進する上で、大切にしていること、やらないことを教えてください」。岩下さん、いかがでしょうか。

岩下:DEI推進の初手として、まずは性別の数値目標は掲げていますが、目標を達成することよりも、DEIを一人ひとりに根付かせていくことが大切。皆で考えていくようなアクションを重視して活動しています。

浜田:リクルートは「できない」よりも「できること」を考える会社ではないでしょうか。できない理由を挙げていつまでも前進しない企業は世の中にたくさんあります。やってみようという発想を大事にする会社のカルチャーが、DEIの推進力になっている気がします。

スプツニ子!:ちょっと趣向を変えてあえて答えにくいテーマにも切り込んでみましょう。リクルートのDEI推進を阻むハードルは何でしょうか。

浜田:先ほどの話題にも挙がったマッチョな働き方を変えていくことが一番のハードルではないですか。“ハードワークであれ”という暗黙のルールが根強く存在している気がします。これはリクルートに限った話ではないですが、目標達成を強く求められるあまり長時間労働が常態化してしまっていることが日本企業では多いです。時間でカバーする発想から脱却し、生産性を高めて短い時間で高い成果を発揮するという発想に変われないと、働き方が変わらずDEIも推進できないです。

岩下:その通りですね。リクルートから離れていってしまう人は一定数おり、多様性が結果的に淘汰されていく構造を変えていかなくてはいけないと思っております。リクルートらしさを表す言葉には、「圧倒的当事者意識」や「Bet on Passion」などがあり、一つひとつは良いものばかりなのですが、それが積み重なると漠然と「際限なく働け」みたいなメッセージになりかねない怖さもあります。この風土を変えていくことも必要だと思います。

スプツニ子!:良いですね。残念ながらそろそろお時間というところで、最後に一言ずつお願いします。

浜田:ある中小企業の経営者から言われた言葉を贈りたいです。「人の意識を変えるのは難しい。でも、知識を高めることで、意識を高めることはできる」。DEIは世代による意識の違いが激しいテーマですが、たくさん学んで皆で意識を高めていきたいと思います。

岩下:ジェンダー平等はDEIの第一歩だし、通過点に過ぎません。さらに言えば、DEIは会社のパフォーマンスを上げるための手段でもあります。みんなで組織をアップデートし、これまで以上に高い価値や新たな価値を、世の中に届けられる組織になりましょう。

スプツニ子!:個人的には、DEIの推進には組織構造・働き方・カルチャーの変化が欠かせないと思っているのですが、今日はまさにその観点が話題に挙がったのが嬉しいです。リクルートが試行錯誤しながらもDEIの実現に向かって前進していくのを、これからも応援したくなりました。本日はありがとうございました。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

スプツニ子!(すぷつにこ)
東京藝術大学美術学部デザイン科准教授/アーティスト/株式会社Cradle 代表取締役社長

ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学部を卒業後、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で修士課程を修了。2013年からマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教としてデザイン・フィクション研究室を主宰。RCA在学中より、テクノロジーによって変化する社会を考察・議論するデザイン作品を制作。2017年 世界経済フォーラムの選ぶ若手リーダー代表「ヤング・グローバル・リーダー」、2019年TEDフェローに選出 。2019年、DE&I推進を掲げて株式会社Cradle(クレードル)を起業

岩下順二郎(いわした・じゅんじろう)
リクルート 常務執行役員(Division本部)

大学卒業後、1989年リクルート入社。HR事業でのキャリアを経て、2004年インディバル代表取締役社長に就任。その後は2006年リクルート 医療ビジネスユニット長 兼 保険同人社代表取締役社長、2009年リクルート 街の生活情報カンパニー カンパニーオフィサー、2010年リクルート 飲食情報カンパニー カンパニーオフィサーを歴任。2012年にリクルートを退社。株式会社ベルシステム24、大江戸温泉物語グループ株式会社を経て、2020年に常務執行役員としてリクルートに再入社し、営業組織を統括する

浜田敬子(はまだ・けいこ)
リクルート ワークス研究所「Works」編集長/ジャーナリスト

1989年朝日新聞社に入社。2014年からAERA編集長。2017年に同社を退社し、『Business Insider』の日本版を統括編集長として立ち上げる。2020年末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。2022年8月にリクルートワークス研究所が発行する『Works』編集長に就任。TV番組『羽鳥慎一モーニングショー』『サンデーモーニング』のコメンテーターを務めるほか、ダイバーシティや働き方などについての講演多数。著書に『働く女子と罪悪感』『男性中心企業の終焉』

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