脳科学者・内田 舞さんと考える。自分らしいリーダーシップ発揮のために必要な「バイアスとの向き合い方」

脳科学者・内田 舞さんと考える。自分らしいリーダーシップ発揮のために必要な「バイアスとの向き合い方」

リクルートでは、3月8日の「国際女性デー」に合わせて、従業員向けに「DEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)スペシャルイベント」を開催しています。

本年度は「多様なリーダーシップへの理解促進」をテーマに設定。従業員一人ひとりが自分らしいリーダーシップを発揮するために、自身に対するバイアスへの向き合い方を考える機会として、脳科学者・内田 舞さんをお招きし『脳科学の観点で考えるバイアスとDEI~内的評価を育む脳と感情のメカニズム~』と題したイベントを実施しました。

前半は内田さんによる「脳科学の視点でとらえたバイアス」についてのご講演、後半は、従業員からも事前質問が多かった「個人と組織の進化を阻むバイアスとは?」「内的評価を育むには?」「バイアスを乗り越え多様性あふれるチームを実現するには?」という3つのテーマからディスカッションを行いました。本記事では、その一部をお届けします。

※2024年2月に実施されたリクルート社内向けトークイベントのダイジェスト記事です

人が「固定観念」から抜け出すには、かなりのエネルギーがいる

脳科学者、小児精神科医として活躍する内田 舞さん。マサチューセッツ総合病院小児うつ病センターなどでの活動や研究、さまざまなメディアでの発信を行う
脳科学者、小児精神科医として活躍する内田 舞さん。マサチューセッツ総合病院小児うつ病センターなどでの活動や研究、さまざまなメディアでの発信を行う

リクルート 堀川拓郎(以下堀川):本日は「自分らしいリーダーシップを発揮するためには?」というテーマで、内田 舞さんに脳科学・精神医学の知見から「バイアスとの向き合い方」についてお話を伺いたいと思います。

内田 舞先生(以下内田):「バイアス」は、脳のメカニズムによって創られるものなんです。生態系は、基本的にはなるべくエネルギーを無駄にせず、効率良く生きていけるようにできていて、脳もその例外ではありません。できる限り脳を使って考えずとも機能するように、考えなくてもできることはなるべく「オートパイロット化」する仕組みができています。脳のメカニズムとして、毎日同じものを見聞きしていると「これはこういうものだ」と認識を習慣化し、「これ以上考えなくとも良い」と脳のなかで指示されて、次第に脳の前頭前野の活性化が抑制されるんです。これが定着すると、いわゆる「固定観念」や「偏見」になっていきます。

このように「バイアス」は、脳科学的には脳の働きを効率化する仕組みである一方、それによって、社会の「固定観念」や「偏見」につながる側面があることを認識する必要があると思っています。

例えば、幼少期に読んだ漫画など身近なコンテンツを通じて、無意識のうちに「リ―ダーとはこうあるべき」「男性・女性とはこうあるべき」といった固定観念が定着することがあります。また、こうした社会のなかで共有された概念によって、脳科学的にも一人ひとりの「バイアス」が増強されるという作用があります。

そこから抜け出すためには、一人ひとりが「自分に対して向けているバイアスはないだろうか」と、考えることが大事です。実は、社会で共有された「バイアス」が、無意識のうちに自分に対しても内在化して、「こうあるべき」と考えてしまう。プレッシャーを与えてしまって、違和感を無視してしまうことがあるんです。

ですが、私自身もその違和感に対して、一生懸命向き合った時に初めて「これは、差別・偏見ではないか?」と疑問が出てきた経験があるので、違和感や嫌な気持ちになった時には無視しないことが第一歩だと考えています。

例えば、悲しみや怒り、不安は「感じた通りに、感じていいよ」と認めてあげる。ネガティブな感情は良くないと思うと「感じないように、感じないように」と、余計に考えてしまいますよね。でも「今悲しいんだったら、これは悲しいことなんだ」と、受容する。感情を押し込めてしまうと、身体症状やパニックなど、違う形で出てしまうことがあるので。

その上で、「自分のどんな経験によって、その考えが形成されてきたのか」を分析し、次からは「どのような行動に出たいか」を思考することが大切だと思います。

(投影資料より)現在、8歳・7歳・2歳のお子さんがいる内田さん。子どもが「片付けをしない」ことに対して湧いた自身の感情を、段階ごとに分析した図
(投影資料より)現在、8歳・7歳・2歳のお子さんがいる内田さん。子どもが「片付けをしない」ことに対して湧いた自身の感情を、段階ごとに分析した図

個人と組織の進化を阻むバイアスとは?

内田さんの講演を受けて、後半はリクルート 堀川との対談へ。職場における固定観念の“あるある”話で盛り上がりました。

堀川:内田さんの講演、とても興味深かったです。私自身も3人の子どもがいるので、子どもへの自分の感情について考えさせられる部分がありました。また、固定観念は「持ってはいけないもの」と思っている節がありましたが、脳科学から見ると極めて合理的である、というのが気づきでした。

ここからは、いくつかのテーマに分けてディスカッションできればと思います。
最初のテーマは、『個人と組織の進化を阻むバイアスとは?』。自分らしいリーダーシップを発揮しようと考える時、「リーダーとはこうあるべき」という無意識のバイアスを持ってしまうことがあります。これに気付くには、どうしたらいいでしょうか?

内田:その「リーダー」のイメージも、社会のなかで共有されているバイアスというか…。例えば、小さい頃から目にしてきた絵本や漫画に影響されていると思うんですね。私もマンガが大好きなので、影響されてきました(笑)。そして、その作品自体も、さまざまな固定観念やバイアスから生まれたものだと思います。

リーダーと聞くと「みんなついてこい!」と積極的に働きかける姿を思い描くことも多いですが、私が過去に心からリーダーシップがあると感じた方は別のタイプ。何か相談した時には、必ず「こういうふうに取り組むのはどうかな」と、具体的な解決策を一緒に考えてくれるような、とにかく優しい方でした。

私たちは、知っているペルソナ(※)のなかから「どれかを選ばなきゃいけない」という考え方を、無意識のうちに植え付けられているのではないでしょうか。
「自分が理想とするリーダー像は、本当にそうだろうか?」と疑ってみたり、考えたり、いろんなリーダーに触れることで得られる気づきもあります。まずは、自分のなかにあるバイアスに向き合ってみる。そうしないと、それがバイアスだということにすら、気づけないので。気付くことができれば「じゃあ、自分はどんな人になりたいんだろう」と、次に進める。そのプロセスを大切する必要があるのではないでしょうか?

※商品やサービスを提供する際、具体的な状況を想定して設定する顧客の人物像

堀川:なるほど。「バイアスに気付く」というのは、脳科学的には、どのような作用が働いているのですか?

内田:バイアスは、誰しもが「脳の生存本能」として持っているものです。人は、自分のバイアスから外れたものを見ると、その新しい概念を考えるために前頭前野が活性化し、バイアスが少しずつ弱まっていくんです。

堀川:「自分のバイアスは、トレーニング次第で弱めていくことができる」ということでしょうか?

内田:そうです。「認知行動療法」による対処法のひとつで “再評価”と言いますが、トレーニングするほど上手になるんです。脳のなかで「考える部位」と「感情を抱く部位」のつながりをフレキシブルにさせる効果が、画像研究によって証明されているんです。

リクルートが「国際女性デー」に合わせて開催したイベントに登壇したリクルート・堀川拓郎(左)、ゲスト・内田舞さん(右)

自分力を上げる“内的評価”を育てるには?

堀川:次は、「自分力を上げる“内的評価”を育てるには?』。内田さんの著書『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る (文春新書)』で、外的評価と内的評価について書かれていました。

リクルートは2030年度までに「ジェンダーパリティ(各階層の女性比率を従業員比率と同様に約50%にすること)」を目指しています。女性をはじめとしてリーダー像が多様になるなかでも、「自分にはリーダーシップがない」「すぐ他の人と比べてしまう」と悩む従業員もいます。内的評価を育むためには、どのようなことを意識したら良いのでしょうか?

内田:私は職業柄、アスリートのメンタルヘルスに関わることが多いのですが、この話題は必ず出ます。「外的評価」は外からの評価。アスリートであれば成績、スポンサーがどれだけついているか、ソーシャルメディアでのフォロワーがどのくらいいるか、といったものです。「内的評価」は、自分に対してどれだけ尊厳を持てているか。ずっと努力してきたその時間の大切さや、自分自身に感謝することなど、自分と向き合うなかでの評価になります。

たとえ一度の大会ですごく良い成績を収めて、外的評価が上がったとしても、その成績を継続的に出すのは難しいものです。アスリートのなかには、「これから同じような成績を出せなかったらどうしよう」と不安に思い、自分に自信が持てないために内的評価は成長途上であったり、外的評価世との乖離に苦しむ方も多くいます。

外的評価はケガなどで、逆にガクンと下がることも。アップダウンする脆いものなので、ここだけに頼ると、きつくなってしまうんですね。

外的評価が上がっても下がっても、自分がしてきた“努力”っていう価値は、何も変わらないわけじゃないですか。なので、内的評価を求めるようにならないといけません。アスリートではなくても、全員がそうだと私は思います。

ひとつの軸だけで、自分を測ってしまわずに、多様な軸を持つことが大切ですね。

リクルートが「国際女性デー」に合わせて開催したイベントに登壇いただいたゲスト・内田舞さん
イベントゲスト/脳科学者の内田 舞さん

お互いの違いを活かし合うためには?

堀川:続いて、「お互いの違いを活かし合うためには?』というテーマに移ります。リクルートは「個の尊重」という価値観を大切にしています。一人ひとりの違いが新しい価値を生んでいくために、何を意識すると良いでしょうか?

内田:まず、自分が持っている常識とは“違う”ものを掲示された時に、「そこに、より良いものがあるかもしれない」という“可能性を信じる”ことが大事だと思います。

私の研究室でも、他の研究室から参加する人に「他の研究室では、こんな方法でやっていたよ」と提案されると、「あれ、なぜそれを考えたことがなかったんだろう」と思ったりします。実際にうまくいくこともあるので、「自分のやり方が正解」だと決めつけないことです。

あとは、バランスも大切です。それぞれに与えられた責任を果たした上で、仕事やプロジェクトを “前に進めていく”必要があります。

誰もが、仕事の顔の他にも、家族の顔、趣味の顔と、いろんな世界を持っているものですが、職場にいるとついつい仕事の顔だけで、他の部分を隠さなければ…と思ってしまいがちです。

実際に、私の職場のミーティングでは「子育てをしている職員が『今日は子どもを歯医者に連れて行かなければならないので14時にオフィスを出たい』と、すごく申し訳なさそうにお願いする姿を今まで見てきたけれども、これからはそんなカルチャーを変えていきたい」という話が挙がったことがありました。

すると、リーダーが「そんな時は『今日は、私の子どもの都合で、14時にオフィスを出なければならないので、それまでに終わらせる必要がある仕事は終わらせましょう』と具体的に指示を出し、皆で協力して責任を果たせる環境をつくっていきたい」と明確にメッセージを出してくれたんです。そういった働きかけが、多様性あふれるチームの実現につながるのだと思いました。

堀川:いやぁ、めちゃくちゃ面白いですね! 確かに早退する時は、高尚で不可避な理由でなければいけない、というバイアスがある気がします。組織としてプロダクティビティ(生産性)を高めることと、一人ひとりを大切にするという両輪を、きちんと追い求めることが大事ですね。

リクルートが「国際女性デー」に合わせて開催したイベントに登壇したリクルート・堀川拓郎
ファシリテーター/リクルート 人材組織開発室 室長の堀川拓郎

日常にある小さな“違和感”を大切にして、そこに何があるかを考える

堀川:内田さんのお話を伺い、自分自身が持つバイアスを自覚し、他者への受容や支援をしていくことが、DEIには必要だと感じました。

最後に、参加者に向けてメッセージをお願いします。

内田:本日は、ありがとうございました。無意識の固定観念・偏見は、短期的にみれば考えないほうがラクなことが多い。でも、自分自身の幸せ、社会としての前進という長期的な視点で見ると、考えなければいけないことです。それによって、みんなが得をするものだと思うんですね。

ぜひ、大きな目標は持ちながらも、日常にある小さな“違和感”を大切にして、そこに何があるのかを考えてみる。それを最初のステップにしていただけたら、嬉しいです。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

内田 舞(うちだ・まい)
脳科学者、小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長

うつ病、双極性障害、ADHDなど子どもの感情コントロールに関わる脳神経バイオマーカーに焦点をあてた臨床研究などを行っている。メンタルヘルス、科学リテラシー、ソーシャルジャスティスに関するコミュニケーターとして、日米両国のメディアで活躍。日本人として史上最年少で米国臨床医となった記録は、未だ破られていない

堀川拓郎(ほりかわ・たくろう)
株式会社リクルート スタッフ統括本部 人事 人材・組織開発室 室長 ヒトラボ ラボ長

2001年、リクルート入社。住宅領域にて営業、商品企画、事業開発、人事などを経て2021年4月より現職。人材・組織開発室では、人材育成、組織開発に関する企画・運用や、人事領域における研究開発、次世代人材育成に携わる。ヒトラボでは、新しい働き方や社会変革を実践し、実証的な検証を重ねる活動を行っている

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