リクルートとソニーの役員・若手社員が登壇。「東京大学メタバース工学部」で語られた“好奇心”の大切さ
東京大学大学院工学系研究科・工学部が中心となって2022年に開講し、中高生や社会人向けの講義・イベントを行っている「東京大学メタバース工学部(以下、東大メタ工)」。リクルートはその開講当初から、「デジタル人材の育成」、「女子の進学率が低い工学や情報系学部の魅力を女子中高生に伝え、DX人材育成のダイバーシティ推進を行う」という趣旨に賛同。人材・学び領域とテクノロジーのノウハウを活かしたキャリア形成に関する支援を行っています。
そんな東大メタ工では、2024年3月17日(日)に「夢の実現プロジェクト~女子中高生の進路選択~」と題したジュニア講座を実施。第1部では東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構 副機構長の横山広美先生が講演。第2部では宇宙飛行士の山崎直子さん×超小型衛星開発の第一人者である東京大学大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻 中須賀真一先生の対談が行われました。続く第3部ではリクルート執行役員の柏村美生と理系出身の従業員、エンジニアの村上綾菜が登場。ソニーグループ株式会社 執行役 専務の安部和志さん、ソニー株式会社エンジニアの長谷川佳乃さん、モデレーターを務めた東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 齊藤英治教授とともに実施したトークセッションの模様を、ダイジェストでお届けします。
世界が驚くサービスは、個人の好奇心や情熱を起点に生まれている
齊藤英治教授(以下齊藤):モデレーターを務めます齊藤です。今日お集まりの中高生の皆さんは、近い将来に「どんな高校に行こうか」「どの大学で何を学ぼうか」と進路を選択しますよね。このパートでは進路選択のヒントとして、学校での学びの先にどんな社会が待っているのかを知る場にしたいと思います。本日は、ソニーさん、リクルートさんから各社2名の方々に来ていただきました。まずは自己紹介をお願いします。
柏村美生(以下柏村):リクルートの柏村です。私は現在、CHRO(人事)、広報・渉外、サステナビリティの担当役員をしています。この会社に入社して26年になりますが、私が学生時代に興味を持って勉強していたことは福祉。高校生の時に知的障がいのある人たちの競技会「スペシャルオリンピックス」に参加したことをきっかけに、福祉の世界で働くことを目指していました。そのなかで「社会をもっと良くしたい」「全ての人に役割がある社会を創りたい」と考えるうちに、社会に新たな価値を提供することや、社会の当たり前を変えることも必要だと思いました。それでリクルートに入社したんです。
入社直後から現在までさまざまな仕事・役割を経験しているのですが、いつの時代も自分の好奇心を原動力に新たなチャレンジに踏み出してきましたし、会社もそんな個人を応援してくれました。例えば、ブライダル情報誌『ゼクシィ』の中国版を出したいと会社に起案をして、2004年に29歳で中国に渡って現地法人を立ち上げたこと。今のリクルートグループは世界60ヶ国以上でサービスを展開していますが、実は会社にとってこれが初めての海外進出でした。従業員一人ひとりの「こうしたい」「やってみたい」を起点に新しい価値を生み出しているのが、リクルートという会社の特徴。中高生の皆さんに馴染みのある『スタディサプリ』も、始まりは、ひとりの従業員の発案から生まれているんですよ。
齊藤:柏村さん、ありがとうございました。続いて、安部さんにもお話を聞いてみましょう。
安部和志(以下安部):ソニーの安部と申します。ソニーは、創業者である井深大・盛田昭夫が「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」を目的のひとつに掲げ、約80年前に生まれた会社です。創業以来、一貫して大事にしてきたのは、「人のやらないことをやる」というチャレンジ精神。これがソニーの成長の原動力になってきました。2019年に発表されたソニーのPurpose「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」も、創業からの理念を受け継いで考えたもの。人事を担当する私の役割は、世界を感動で満たすためにはまず社員が感動できる会社でなければならないという考えのもと、社員が情熱を持って働けるような環境を守り、進化させていくことです。
私自身は、40年のキャリアのうち半分を海外で過ごしてきましたし、国内外どちらでもいろいろなチャレンジをさせてもらいました。振り返ってみると半分以上は自分でやりたいと手を挙げて挑戦させてもらった仕事です。そんなふうにやりたい人にチャンスを与えるのがソニーのカルチャーですし、挑戦は成長の最大の原動力。「挑戦しないでチャンスを逃すリスクに比べたら、挑戦して失敗するリスクは小さいもの」という考え方が脈々と受け継がれていると思います。
また、本日は理系分野に興味関心がある中高生が多く参加していますが、テクノロジーとともに成長してきた会社に所属する者として感じるのは、テクノロジーは人の可能性を大きく広げてくれるものだということ。これから先、テクノロジーは社会の進化をさらにドライブさせていくはずだと期待しているからこそ、将来社会に出ていく皆さんが好奇心を持ってこの分野に向き合ってくれると嬉しいです。
テクノロジーは人から何かを奪うのではなく、可能性を広げてくれる
齊藤:ここからはおふたりの自己紹介で気になったところを少し深掘りさせてください。安部さんが「テクノロジーは人の可能性を大きく広げてくれるもの」とおっしゃってくれたことに、物理工学を専門とする私も大変共感しますが、その本質はどこにあると思いますか。なぜ可能性が広がるのでしょうか。
安部:テクノロジーの歴史は、人が世の中の不便を克服し、「これができるといいな」を実現した歴史でもあるからです。ソニーの歴史になぞらえても、どこでも音楽を聞けるようにしたいという発想からトランジスタラジオが生まれ、ウォークマンが生まれています。また、かつてテレビ番組は放送時間にテレビの前にいないと観られないものでしたが、ビデオレコーダーの登場によって放送時間に縛られずに番組を楽しめるようになりました。人や社会が大きく進化する時には常に革新的技術の登場が関係しているからこそ、この先もテクノロジーが人を便利にしてくれるはずだと期待しています。
齊藤:続いて柏村さん。リクルートは従業員のやりたいことや好奇心を尊重する会社だとおっしゃっていましたが、柏村さんがこれまでさまざまなサービス・役割を経験してこられたのは、それだけたくさんの好奇心の引き出しがあるからなのでしょうか。
柏村:実は私自身の好奇心の源はずっと一貫しています。それは学生時代に芽生えた「全ての人に役割がある社会を創りたい」という思い。この思いにつながるもの全てが好奇心の対象です。先ほどお話しした海外での挑戦もそうですし、近年進化が目覚ましいAIも、活用次第で人の可能性を大きく広げてくれるんじゃないかと注目していますね。よく、「テクノロジーは人の仕事を奪ってしまうのでは?」と言われますが、私は、新しい仕事が生まれると確信しています。例えば、「ドローンパイロットカメラマン」といった仕事や現代の子どもたちがなりたい職業の上位である「YouTuber」も、まさしくテクノロジーの進化によって誕生した仕事ですよね。
齊藤:おふたりは、学生時代に好奇心を刺激するテーマに出会い、その気持ちに突き動かされて行動していますよね。今日参加している中高生のなかにも同じような人はいるでしょう。一方で逆にまだ自分の夢が見つからずに悩んでいる人もいるはずです。どうやって見つけたら良いでしょうか。
安部:見つかっている人もそれはそれで素晴らしいけれど、自分の好きなことが見つかっていない・定まっていない場合でも、悩む必要は全くないですよ。夢や目標は見つけようと思って見つかるものではなくて、日々いろいろな機会に触れるなかで偶然巡り合うことのほうが多いと思います。もちろん、明確に実現したいことがあってそのために必要な勉強をするのが理想的ではありますが、世の中のプロダクトやサービスは予想外の展開や偶然の産物で生まれているものも多いです。これから皆さんが高校や大学で学ぶ知識が、将来思ってもみないところで役に立つこともあるでしょうし、いつか夢が見つかった時にそれを実現するための力として、技術を学んでおくのも有効だと思います。
柏村:確かにそうですね。20年くらい前までは、新しいビジネスを検討する時は、目的が先にあって、それを実現するためにこんな技術を活用しましょうという思考の順番だったんです。一方、ここ10年くらいは技術革新のスピードが飛躍的に速くなり、「このテクノロジーを使うと、誰のどんな役に立てるだろう」と検討していくような“テクノロジードリブン”の発想で生まれるプロダクト・サービスが増えてきた感覚があります。それはつまり、個人の純粋な好奇心で極めたことや探求したものが、誰かの役に立つチャンスが増えたということ。これまで以上に多様なプロダクト・サービスが生まれそうな予感がしています。
「好き」が一歩踏み出す勇気や苦手克服の原動力になった
齊藤:今日は理系出身の若手従業員の方にも来ていただきましたので、ふたりにも参加してもらいましょう。まずは、リクルートの村上さんです。
村上綾菜(以下村上):村上綾菜と申します。私は2023年4月にリクルートへ入社し、もうすぐ社会人1年目が終わろうとしているところです。ソフトウェアエンジニアとして『ホットペッパービューティー』のアプリ開発チームに所属しています。今日は好奇心というキーワードがたくさん出てきていますが、私も好奇心に従って進路を選択してきました。私が中学生の頃に好きだった科目は数学。ただ、数学が好きな女子が自分の周りには少なかったことで不安になり、理系選択を不安に思った時期もあったんです。そんな私に勇気をくれたのがある小説の主人公。数学の知識を使って事件を解決していく主人公の女の子に憧れ、理系の道に進みました。その後、興味を持ったのは教育業界。将来的には自分が好きで学んできたITの力を活かしつつ教育分野で貢献したいのですが、まずはもっと技術を学ぶ必要があると思って就職のタイミングではリクルートでエンジニアになることを決断しました。
齊藤:続いて、ソニーの長谷川さんもお願いします。
長谷川佳乃(以下長谷川):ソニー株式会社 入社2年目の長谷川佳乃です。今はカメラをリモート操作するための技術開発チームに所属しています。学生時代の話をすると、実は数学と理科が苦手でした。そんな私が理系を選択したきっかけは、エンタテインメントが大好きだったこと。コンサートのド派手な演出や映画の目を見張るような映像を見て、将来自分も関わりたいと憧れていました。そのためには技術を知らなければいけないと思い、情報系の学科を専攻したことが、ソニーの仕事に結び付いています。
齊藤:私の身近な工学部の学生のなかにも、「もともとは数学・理科があまり好きじゃなかった」という人は少なくない印象です。長谷川さんの場合は、なぜ選択できたのですか。
長谷川:やっぱり何のために学ぶかという強い思いがあったからだと思います。人を感動させるような映像にどうしても携わりたくて、それが原動力になって、苦手な数学も頑張らなければと思えました。
齊藤:学生時代の進路選択は社会に出てからの職業にどれくらい影響するのでしょうか。私が学生だった何十年も前は、「この職業になりたいならこの学科」というふうに仕事と学問が密接につながっている印象でした。今はどうなんでしょうか。
安部:これは人事が専門の私からお話ししますね。日本では終身雇用の終焉とともに仕事内容や働く場所を限定しないメンバーシップ型雇用から、職務内容を限定して採用するジョブ型雇用への移行が進んでおり、学んだ専門性が仕事の選択肢に影響する割合は一層高まっていると言えます。但し、それはあくまでもキャリアの入口の話。社会が目まぐるしく変化している現代において、その仕事・技術がこの先も必要とされ続けるかどうかは誰にも予測できません。だからこそ、「学んだことを活かして希望の仕事に就けば安泰」ではなく、たえず学び続けること(=リスキリング)が必要な時代なんだと思います。
成功か失敗かは関係ない。チャレンジしたことを讃えたい
齊藤:それでは残りの時間で会場の皆さんからの質問にも答えていきたいと思います。
― 親として、どういうふうに子どもたちと接したら、楽観性(や挑戦心)を育むことができるでしょうか。
安部:失敗を責めないことではないでしょうか。「失敗を通して学んだことにフォーカスする」「成否に関わらずチャレンジした勇気を讃える」といった関わり方が大切なように思います。出来る限り挑戦を応援することですね。
齊藤:今の質問は大学教育とも深く結びついている問いだと思いました。大学受験までは答えがある問題を解くのが勉強の中心ですが、大学入学以降の学びは世界で誰もやったことがない、解明されていないものに向き合うことが中心です。そうなると、失敗は日常茶飯事。99%失敗という世界だからこそ、それでもあきらめない原動力として好奇心が重要になってきますし、失敗からどう学ぶか、(次につながる)良い失敗にできるかも大切な観点です。企業でも同じではないですか。
柏村:おっしゃる通りです。社会がこれだけ激しく変化していますから、これまでは関わることがなかった産業・企業同士が連携したり新たな競合になったりするケースが非常に増えています。そうした状況では従来のセオリーが通用しないため、学びながらやるしかないし、失敗する確率も高い。だからこそ、企業として大事なのは失敗を許容して、失敗から学ぶことではないでしょうか。
実は私も過去に大失敗をしているひとりです。最初にお話しした中国での挑戦は6年で撤退という結果になってしまい、海外事業の大失敗事例として社内で語られているくらいなんですよ。でも、個人のキャリアがそこで閉ざされるわけではなく、私はその後も新しい挑戦をさせてもらえました。リクルートには、人の可能性に期待し続けてくれる風土があったからこそ、今の私がいます。失敗を許容してチャレンジをもっと応援するムードが、企業にも学校にも社会全体にも広がったら、日本はもっと良くなる気がしますね。
― 今日の講演では何度も「挑戦をすることが大切」だというお話が出てきました。では、挑戦に一歩踏み出すためには何を原動力にすれば良いでしょうか。
柏村:それこそ今日のキーワードである“好奇心”を原動力にして欲しいですね。あとは、その挑戦の大きさを気にしないこと。社内でも「私の挑戦って小さいですか?」と相談されることがあるんですが、大きいか小さいか、正解か不正解かを考えだしたら、不安で足を踏み出せなくなってしまいます。「もっとこうなったらいいのに」という自分の思いに素直になって行動することを大切にしてほしいです。
村上:私の場合は「知りたい」が原動力です。これをやったらその先に何が起きるのか、どんな世界が待っているのかが知りたくて一歩を踏み出している感覚です。
長谷川:私は、得意ではなかった数学や理科の勉強を、好きなことを実現させるために頑張れた。だから、得意なことよりも先に好きなことにこだわって挑戦してみるほうが良いのではないかと思いました。
齊藤:挑戦をはじめる前や挑戦の最中は「意味があるのか」と不安に思う気持ちも分かります。私も学生時代はそうでした。けれど、何度かやってみるうちに反響が返ってきて、「どうなるか見えていなくても、まずやってみる」というアプローチで良いんだと思えるようになりました。中高生の皆さんも、ぜひ自分の好きなことに挑戦してみて、その感覚をつかんで欲しいと思います。本日はどうもありがとうございました。
登壇者プロフィール
※プロフィールは取材当時のものです
- 齊藤英治(さいとう・えいじ)
- 東京大学大学院工学研究科物理工学専攻 教授
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専門は量子物理学・物性物理学。2001年、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了 博士(工学)。同年より慶應義塾大学理工学部物理学科 助手。2006年からは同大学 理工学部物理情報工学科 専任講師を経て、2009年より東北大学 金属材料研究所 教授。2012年より、同大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授。2014年からは科学技術振興機構 ERATO「齊藤スピン量子整流」総括を務める。2018年より、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 教授(現職)。2022年に日本学士院賞受賞
- 安部和志(あんべ・かずし)
- ソニーグループ株式会社 執行役 専務 人事、総務、グループDE&I推進、秘書部担当
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1984年、ソニーに入社。ソニー・エリクソン・モバイル・コミュニケーションズ バイス・プレジデント、Sony Corporation of Americaシニア・バイス・プレジデントなどを経て、2016年、執行役員コーポレートエグゼクティブ、執行役EVP。2018年、執行役常務。2020年より執行役専務を務める。
- 長谷川佳乃(はせがわ・かの)
- ソニー株式会社 システム・ソフトウェア技術センター
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2022年4月に新卒でソニー株式会社に入社。現在はカメラのソフトウェアの設計・開発業務を担当している
- 柏村美生(かしわむら・みお)
- 株式会社リクルートホールディングス 執行役員 兼 リクルート 執行役員(担当領域:CHRO(人事)、広報・渉外、サステナビリティ)
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大学卒業後、1998年、リクルート(現リクルートホールディングス)に入社。2003年『ゼクシィ』の中国進出を提案し、中国版ゼクシィ『皆喜』を創刊。帰国後、『ホットペッパービューティー』事業長、リクルートスタッフィング代表取締役社長、リクルートマーケティングパートナーズ(現リクルート)代表取締役社長などを経て、2021年4月より現職。大学時代は社会福祉について学び、障がい者の社会参加をサポートする仕事がしたいとソーシャルワーカーを目指してボランティアに明け暮れた。東京大学PHED(障がいと高等教育に関するプラットフォーム)専門部会委員を務める
- 村上綾菜(むらかみ・あやな)
- 株式会社リクルート プロダクトディベロップメント室 販促領域エンジニアリングユニット 飲食・ビューティー領域エンジニアリング ビューティープロダクト開発2グループ
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大学院修了後、2023年リクルートに入社。現部署に配属後、エンジニアとして『ホットペッパービューティー』アプリのバックエンドを担当
関連リンク
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- 東京大学メタバース工学部とリクルートの目指すダイバーシティとは?| 株式会社リクルート (recruit.co.jp)
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