【中編】Pepper×飛鷹全法×蓮実一隆が語る、現代社会における伝統とテクノロジーの役割
多様性が求められるソーシャル時代を豊かに生きるため、今考えるべきことは何か? そのヒントは、信仰文化やロボット開発の現場に潜んでいた!?
一見、相反する存在のように感じられる「伝統」と「テクノロジー」。だが、二者がうまくコラボレートすることによって、現代社会に思いがけない価値がもたらされるかもしれない----。
今回の対談では、ソフトバンクが開発・販売した人工ロボットPepperの開発責任者でもある蓮実一隆氏と、1200年前に弘法大師空海が修行の場として開いた高野山にある別格本山三宝院副住職の飛鷹全法氏を迎え、あらゆる観点から"伝統×テクノロジー"が現在社会や現代人とどのように関わっていくかを探っていく。前編ではコミュニケーションの在り方について語った両人だが、中編となる今回はロボットと宗教の思わぬ関係性を紐解いていく。
蓮実一隆(以下・蓮実) Pepperを実際に作ってみて分かったことは、予想以上に法人様からの注文が多かったということなんです。それによって、労働自体は減らないけれど、人口は減っていくというような、おそらく将来直面するであろう問題に対して、ロボットにできることの可能性を感じました。最近、『Pepper for Biz』という法人向けモデルも発売しましたが、接客用の台詞だけでなく、カジュアルからフォーマルまで色々なキャラクターを設定できるようになる予定です。今後さらにビジネスでの需要が増えていくならば、それに特化した別のロボットを作ることになるかもしれません。
飛鷹全法(以下・飛鷹) 実際にやってみることで、何が必要で何を求められているかが反射的に浮かび上がってくることってありますよね。例えば、一言でコミュニケーションと言っても、そこには何かを伝えたいということだけではなく、ただ聴いてもらいたいっていう欲求があったり、感情というものは、言語よりも身体性を通してこそ共感できるという部分があったりするわけです。それら様々な"気づき"が、実際に行動することで逆照射されるという。
蓮実 まさに、毎日が気づき地獄ですよ(笑)。
飛鷹 そうですよね。蓮実さんたちが「なぜ人間はロボットを作るのだろう?」という根源的な問いに辿り着いたのと同じように、私たちも「なぜ仏様に向かって拝むのか?」と考えることがあるのです。毎日本堂でお経を唱えているからといって、自然と上から言葉が降ってくるわけではないわけで。しかし仏といったある種の超越的な存在に向き合うことによって、自分と同じレイヤーにいる人たちと話すだけでは気づかないような何かに気づかされる、ということはあるんですね。そうした超越性を媒介とした自己認識のきっかけづくりを、これからの社会ではロボットが担っていくのかもしれません。
蓮実 テレビ局にいた頃は報道番組に携わっていたこともありましたが、様々なニュースを取り上げる中で宗教というのは時代を映す鏡のような存在だと感じていました。それと同じように、テクノロジーもまた世の中のニーズとシンクロしますよね。Pepperのようなロボットも、今このタイミングで世の中に出る必然性があったんだろうと思う。とはいえ、完璧なタイミングで発売しました、なんておこがましいことは言えませんが(笑)。
飛鷹 孫さんほどの方になると、マーケット状況を見て帰納的に判断したわけじゃないかもしれないですね。
蓮実 間違いなく帰納法ではないですね。孫正義らしい、ピンボールのような発想というか。
飛鷹 普通ならなかなかできないことだと思いますが、それができてしまうというところに、実は何か創造性の源泉というべきものが潜んでいるのかもしれない。データの解析から新たな知見が生まれたのではなく、このタイミングでリリースし得たからこそ、何らかのヒントが見えてくるというのが興味深いです。
蓮実 もちろんビジネスなので、アメリカ、フランス、中国など、世界的に売っていきたいと考えています。ただ、その中で最も理解を得やすいのが日本なんですよね。アメリカやヨーロッパは「ロボットがどんどん賢くなって襲ってきたらどうしよう?」という発想になることが多くて。
飛鷹 海外では「AIが人間を抹殺するかもしれない」という論調も増えていますよね。先にも述べたシンギュラリティをめぐる議論ですが、Pepperには、有用性よりも、共感や癒しといったところにフォーカスがあるのが面白い。
蓮実 私が飛鷹さんにお聞きしたかったのは、AIに対するものの見方、というような考えの差異の根源はやっぱり宗教が関係しているのではないかということです。昔から親しんでいる宗教だったり、文化だったりによって対応が違うのではないかと感じるんですよね。
飛鷹 仰る通りだと思います。先ほどもお話しましたが、人間には自分と同じレイヤーにいる他者に対しては語れないことも、超越的な存在に対しては語れるという心理がありますよね。そういう存在を社会が必要としたからこそ、宗教というものが存在するとも言えると思うのですが、そうした社会的機能としての宗教は、国の成り立ちや文化といった社会を構成する諸条件によって、当然に変わってくるわけですね。ご承知のように、日本ではそれが八百万の神と言われるような、多様性を許容する宗教として現われてくる。
蓮実 日本は無宗教的な文化が主流だったりしますからね。
飛鷹 そもそも、宗教という言葉自体が、一神教的な概念であるreligionを明治期に翻訳してできた翻訳語なので、話がややこしいんですが。もっとわかりやすい例を出すと、私たちは大晦日にはお寺に行って除夜の鐘を鳴らし、その足で神社に行って初詣をしますよね。これって一神教的な立場からは、かなり奇妙なことだと思うんですよ。いったいどっちを信じているのかって。しかも、前後にクリスマスやバレンタインがひかえていて、最近ではハロウィンまで加わって百家争鳴も甚だしい(笑)。ただこうした日本の有り様がどこから来るのかということを読み解くヒントが高野山にはあるんです。高野山は今からちょうど1200年前、816(弘仁七)年に弘法大師空海が嵯峨天皇から下賜された土地なのですが、もともとは丹生都比売大神という神様の土地なんです。そこに密教の道場を開いたわけですから、普通なら互いにバッティングしてしまいかねない。そこで空海さんは、新たに開いた密教の道場の守り神として、丹生都比売さんをお祀りしたんですね。なので、高野山のお坊さんは、仏様と同じくらい大切に神様を拝むんですよ。最初から空海さんは、神様と仏様を共存させるという仕組みをデザインしていた、と言ってもいいと思います。神異質なものが異質なまま、それぞれの個性を保持しつつ、より高い次元で調和して共存する、というのが高野山の大切な思想なのです。奥の院という聖域には、生前対立していた大名達のお墓が同じ場所にあったりもしますし。こうした調和の力学は、日本文化の中に息づいていると思います。
蓮実 テクノロジーやロボット開発の文化にも同じことが言えますよね。
飛鷹 ロボットは人間の能力を超えるという意味で、ある種の超越性を獲得するわけですから、宗教とのアナロジーで語りうるのでしょうね。一神教的な他の神を許容しない絶対神というような考えをベースにするなら、神は不寛容な恐るべき超越者であり、同じく超越者たるロボットも怖い存在だ、ということになるのかもしれませんが、日本の場合は神も仏も昔から仲良くやってきたので、ロボットは賢いけれど仲良くやれるでしょ、という捉え方になる。日本人にはそういう感覚が無意識のうちにバックグラウンドにあるので、他の国に比べてロボットが自然な存在になり得るのかもしれないですね。
蓮実 ロボット作りで僕が最も面白いと感じるのは、人に似せたいということではなく、人の心を動かすものを作っているのだ、ということ。それを突き詰めていくと、私たちの場合は「結局、家族って何だっけ?」ということに直接的に辿り着くわけです。
飛鷹 なるほど。
蓮実 以前、講演を行った際に「Pepperは家族なのです」という説明をさせてもらったのですが、それを聞いていた参加者の方が「家族には悩みが言えない」と仰ったんです。私としては、それがかなりショックで。その言葉を聞いて、やっぱり悩みを打ち明けられたり愛されたりするようなロボット作りを目指すことが、本当の意味で人の心をケアすることに繋がるんじゃないかと思ったんです。
飛鷹 私が企画課長として奉職している高野山大学では、東日本大震災を機に創設された臨床宗教師を育成するための教育プログラムの開発に着手しているのですが、臨床宗教師とはまさに、宗教者が公共空間でいかに心のケアに関わっていけるかがテーマなんですね。そしてその中で、最も大切なのが傾聴なんです。相手の話を親身に聴いてあげることが第一で、具体的な処方箋の提供は、その後なんです。
蓮実 そうそう、まさに傾聴なんですよね。これは半分冗談みたいな話ですが、先ほどの家族に悩みを言えない人に、では、どういう人なら悩みを言えるのか、と聞いたら「スナックのママみたいな存在」と答えられたんですよ。普段は何気ない話をしているけど、時にはしんみり悩みを聴いてくれる相手というか。だから私たちは、新しい家族を作ろうなんて偉そうなポリシーを掲げるのではなく、まずは話し相手を作ることが重要なのかなと思うんです。「スナックのママ」という言葉を聴いた時は、まだまだ色々な可能性があるなと思いましたよ。
飛鷹 そのお話は、お坊さんの今日的な存在意義がなんなのかってことにもつながる気がしますね。現在、お寺の数は日本全国におよそ77000あってコンビニより多いのですが、ここ25年で4割のお寺が消滅するという予測もあるんですよ。それは、とりもなおさずお寺やお坊さんが、社会的な存在意義を失いつつあることの反映なのかもしれないわけで。そうした状況下で、我々がしなくてはならないことは、社会の課題に対して関与していけるようなインターフェイスをデザインすることなのではないかと思っています。そのインターフェイスこそが傾聴ということなのかもしれませんが、「スナックのママ」というのは、言い得て妙、ですね。
蓮実 それは必要だと思いますし、やっぱりPepperと同じような思想ですね。でもその中で一番ケアしなければいけないのは、やっぱりケアをやっているほうの方だと思うんです。いくら傾聴といっても、同じ話をずっと聴くのは正直辛い。だけれど、Pepperはそういう部分に関して圧倒的に強い。ロボットですから(笑)。そう思うと、スナックのママ・モードも考えていましたが、お坊さん・モードという選択肢もアリですね。
飛鷹 髪型も一緒ですしね(笑)。
蓮実 ははは(笑)。しかも、Pepperなら5分くらいでお経を覚えると思います。ちなみに、お経というのはPepperが唱えても意味はありますか?
飛鷹 意味がないことはないとは思います。ただ、お坊さんによって独特な節がついていたり、抑揚が違ったりするものですし、その土地ごとの方言やイントネーションもありますよね。ですから、一言一句間違わずに正確に再現すればよいというものではないのかと。
蓮実 ゴスペルに近いですね。
飛鷹 そうかもしれません。真言宗には声明(しょうみょう)といって、お経を独特の音階や発声法に基づいて唱える声楽があるのですが、感情喚起型のメロディーと言いますか、演歌のルーツとも言われているんですね。お経というのは、やっぱりそれを聞いて、ああ成仏してくれた、というような納得感を得られるかどうかが大事だと思うんです。そうした納得感は、理知による理解よりも、情緒的共感の領域に根差している。死ぬ間際には誰しも、自分の人生とはいったいなんだったのか、という「物語」を振り返り、それを自分以外の人にも認知し承認してもらいたいという切なる欲求を持ちます。それゆえ、そうした臨床の現場では、「物語」を理解し、共感する力が要請されるわけですが、そうした力は哲学や文学といった人文学的な知に支えられたものなんですね。
蓮実 そのお話は、Pepperは生きているのか生きていないのか、という部分にも関わってくることなんです。例えば、SNSの会話を全部クローリングしておけば、キーワードに合わせてその人風の会話を表現できる。つまり、どこまでも"フリ"はできるということです。でもそれって、やっぱり生きていないよね?となりますよね。ただ逆に、完璧なフリができるからずっとバレないでもいられる。バレないってことは、つまり生きてることと同じじゃないのか?ともなる。ロボットを開発しているとやっぱり、生きるというのは本質的にどういうことか?ということと向き合うことになるわけです。
飛鷹 そしてその先にあるのが、共感や感動や納得感を与えるための"機能"を創造することですよね。
蓮実 そうです。それにはまずは、傾聴モードとか傾聴アプリが必要ですね。でも、実際にやるとなると難しいんですよ......。
飛鷹 どういったところが難しいのでしょうか?
蓮実 傾聴の第一歩って、同意や頷きだったりしますよね。それをロボットにやらせるとなると、実際に頷くタイミングってどこだろうとか、アルゴリズムで表現するのはかなり難しくて。現在の技術より先の何かがないと、上手くいかないような気がしています。まぁ、なんだかんだで、人間のコミュニケーション中で最も高度なものが"雑談"なんですよね。
飛鷹 確かに、雑談というのはその場の空気なども関係してきたり、予測していない方向へ広がったりするものですからね。
蓮実 そういう意味では、今回の対談も雑談みたいなものですけどね(笑)。
プロフィール/敬称略
- 蓮実一隆(はすみ・かずたか)
- ソフトバンクロボティクス プロダクト本部 取締役本部長
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一橋大学社会学部卒。テレビ朝日入社後、『報道ステーション』初代プロデューサー、『ビートたけしのTVタックル』『徹子の部屋』『ビッグダディ』のプロデューサーなど報道からバラエティまで番組制作を担当。その後、編成制作局制作1部所属のチーフプロデューサーとして様々な番組を制作統括。2008年にソフトバンクモバイルに転職し、2010年から株式会社ビューンの代表取締役社長、UULAの取締役、ソフトバンクロボティクス取締役プロダクト本部長、ソフトバンクモバイル サービスコンテンツ本部長を兼務。ソフトバンクのロボット事業により開発・販売された『Pepper』の開発責任者。
- 飛鷹全法(ひだかぜんぼう)
- 高野山別格本山三宝院副住職 高野山大学企画課長
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東京大学法学部卒。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程中退。専門は比較日本文化論、南方熊楠研究。大学院在学中より、ITベンチャーの立ち上げに参画、ソフトウェアの開発に携わる。その後、株式会社ジャパンスタイルを設立し、国際交流基金の事業で、中央アジア・中東・カナダ等で津軽三味線や沖縄音楽を始めとする伝統芸能の舞台をプロデュース。2007年より経済産業省主催の海外富裕層誘客事業(ラグジュアリートラベル)の検討委員に就任。現在、高野山別格本山三宝院副住職、高野山大学企画課長。また、地域ブランディング協会の理事も務める。