自ら考える力・つながる力でボーダレスな世界を生きる現代美術家 栗林隆

自ら考える力・つながる力でボーダレスな世界を生きる現代美術家 栗林隆

文:土屋智弘 写真:斉藤有美

情報過多な現代に生きる上で必要な考え方やコミュニティーの作り方とは。自由な発想で世界各地を舞台に活躍するアーティストに聞いた。

急速なテクノロジーの進化で旧来からの価値観や枠組みが揺れ動いている現代。ビジネスの現場でも働き方や仕事のあり方に変容が迫られている。個人に必要な力、組織で大切になるもの、複数の組織間を行き来するような働き方など要請されるスキルも状況も変わりつつある。我々ビジネスパーソンはどう構えて未来を描けばいいのか、ボーダレスに世界各地を仕事場とし、多国籍な人々と多くの制作プロジェクトを進行させている現代美術家・栗林隆さんに今の時代に求められる生き方のヒントを聞いた。

「境界」をテーマに活躍するアーティスト

高く聳える3つの塔には8,000枚の鏡。その巨大なインスタレーションはパリの人々の注目を集めた。

Entrances "The connection between the sea and the sky" PALAIS DE TOKYO in France,2018

2018年初夏、フランスの「PALAIS DE TOKYO」で展示された「ENTRANCES」という栗林氏の作品だ。塔の中に入り見上げると、水中から見上げた福島・逗子・インドネシアの空がそれぞれに見える。地域の「境界」、水と空の「境界」、入口と出口の境目など様々な「境界」を感じさせるインスタレーションである。

Entrances "The connection between the sea and the sky" PALAIS DE TOKYO in France, 2018

今や日本国内よりもむしろ海外での発表の場が多いという栗林氏。世界で評価される仕事はどうやって生まれるのだろうか。

「最初から海外で必ず活躍してやるとか、日本から世界に打って出てやるという意気込みがあったわけではありません。自分の興味の赴くまま、突きつめて行ったら自然にそうなったのです。日本の美術大学卒業後にドイツへ渡り、向こうの美術大学に行きながらアーティストとして一歩を踏み出しました。そこから目の前の仕事に取り組み続けていると、気がつけば海外での仕事が多くなり、今も中国やイタリアからのオファーに向け展示の準備をしています」

拍子抜けするほどあっさりと語る栗林氏だが、話を聞いていくうちに、なるほどと活躍を裏付ける考え方や時代を読む視点が垣間見えてきた。そこにはアーティストやクリエイターだけでなく、我々ビジネスパーソンも大切にすべき、将来を生きるヒントが隠されていた。

情報の収集だけではオリジナリティーは築けない

栗林氏が留学先のドイツでアーティストとして足元を固めていくのにあたり、重要なことの一つにオリジナリティを築くことがあった。そのために内省する時間を多く持ったそうだが、昨今では当時との環境の差を感じると言う。最も大きな環境変化としてインターネットがあると栗林氏は考えている。世界中にインターネットが普及した現在、様々な情報をいつでもどこでも得やすくなった。その分、知らないこと、よく分からないことに対して答えを導き出すのが容易になったようにも感じる。例えば「アーティストになる」と検索すれば瞬時に多くの回答が出てくるだろう。しかしそれを読むことで、アーティストになれるということではない。

情報が多いのはいいことだが、自分で解釈するというプロセスを持たないと表層のみを上滑りに渡っていくだけになると栗林氏は考える。大事にすべきことは情報の量ではなく、自分の頭で考え、行動することで得られる「知識」だと言う。

「知識と情報を履き違えてしまいがちですが、ふたつは全く違うものです。情報は誰もが検索して簡単に手にできるもの。知識はそこに行って匂いや気候、空気感を五感で体験し、頭の中に記憶される内的なものです。

便利になったインターネットで情報を大量に得て、調べたことに満足し感じることや考えることをストップさせてしまう人が多いように感じています。例えば検索に頼ってばかりの人は、旅行へ行っても、調べた情報の点から点に移動するだけで、いわばインターネットの情報を追うだけの旅をしているのではないでしょうか。せっかく五感がフルに活きる場面なのに、その感覚を閉じてしまっているのです。知識を得られるチャンスなのに、すごくもったいないことだと思います」

検索の利便性は否定しない。しかし栗林氏はアーティストやクリエイター、さらにビジネスパーソンも大切にすべき「オリジナリティ」とは程遠いものだと考える。

「インターネットの普及はもちろん良い面もあります。ただ、それにより僕らアーティストが大事にしているオリジナルな感覚や表現が削られているのではと感じているのです。僕はインドネシアにアトリエを持ち自分の身を置いたことで一層そう思いました。例えば僕の現地でのアシスタントは20代半ばの若者たちなのですが、与えられる課題に対して盲目的にネット検索して答えを探すのではなく、まず自分の中で考えるという習慣をもともと持っていました。

制作に関わる道具もオンラインで探して購入するのではなく、まずは自分の手で作ろうという姿勢がありいつも感心させられます。ネットに慣れている人だと、課題に対してまず検索し情報収集し、やれるつもりになりがちです。ただ、それが実際にできるかはわからない。まず自分の頭で考えるプロセスを経ることが重要です」

情報に頼るのでなく、まず自分の頭で考え行動に移す。このことはオリジナリティの獲得にもつながる話だという。栗林氏が教鞭をとる日本の美術大学でも「テーマがない、コンセプトがない、何を描いていいのか分からない」と悩む学生が多いのだそうだ。

「皆、技術もあるし、作品も作れますが、オリジナリティが出てこない。自分のオリジナルを探す作業をしていないからです。じっくりと自分と向き合い考える機会が足りていない。

僕が初めて海外へ出た時は、言葉も出来なかったですし、知らない人ばかりの土地で孤独でした。その分一人で考える時間がものすごくありました。その中で自分のテーマは物事の『対比』だと分かり、さらに煮詰める中で、その間にあるものが面白いと感じ『境界』というテーマを導いた。大事なのは自分の中で考えて、ちゃんと段階を踏んで見つけることなのです。」

"Forest from Forest" sweden, 2017

オリジナリティのあるスキルが求められるのは、ビジネスパーソンとて同じだ。自分が何に長けていて、何が売りになるかを確立させることは大切な資質の一つだろう。独自のスキルを持った個が集まり、会社などの組織で潤滑に動くことにより、ビジネスは広がっていく。

信頼のおけるコミュニティを築くために

栗林氏のインスタレーションは大型のものが多く、様々な人を交えたチームでの制作が必須となる。そこで求められるのは、個が確立している人々とのコミュニケーション力だと言う。それはまさにビジネス組織でも求められるものだ。

栗林氏のもとに集まりチームを構成するのは、それぞれが「考える」ことを確立させた個人であり、栗林氏が彼らの指揮を執る。年齢や国籍に縛られることのないボーダレスで多様な人々がいる場のコミュニケーションにおいてどのような点に留意しているのだろうか。

「自分で考えることが大切なのは作品の制作プロセスでも同じです。スタッフたちは現場で指示を受けてその通り動くだけでなく、僕の作品を自分たちで考えている。『こいつはなんでこういう作品を創ろうとしているのか、ならばこういうやり方がいいんじゃないか』と、まずはスタッフ一人ひとりが自分のフィルターを通してから制作を進めて行く。

傍で見ていると途中で失敗もありますが、僕はこうすればいいんだよと最後まで教えません。もちろん僕も失敗することがあるので、彼らに教わるところも多くあり、同じ現場に身をおいて和気藹々とやっています。お互いに認め合って、一つの課題に向き合っていく。そういうところに本来のコミュニケーションが生まれるのだと思います」

それぞれで作品を思考し解釈し、一方的な情報の伝達だけではなく、相手の意見も聞き、やり取りをしながら目的を共有していくのがコミュニケーションだ。そういった深いコミュニケーションを重ねて信頼できるコミュニティができあがる。

「創作の現場では、作家でリーダーの僕がゴールを提示して、周りのみんなもそこを目指して仕事をしますが、何か想定外の出来事などが発生して行き詰まってしまうことが結構あります。そんな時には、リーダーの僕が柔軟に対応したらOKなのです。10mの作品がたとえ1mになったとしても作品として成り立てばそれでいい、最初に想定していたことがひっくり返ったとしてももっといい作品になるかもしれない、と。そういう柔軟さを持たずにみんなが同じ方向だけを向き、同じ考えで固まっていると何かの拍子に行き着いて詰まり、船が座礁するように身動きできない事態になってしまいます」

"JAPAN Spirits of Nature" Nordiska Akvarellmuseet in Sweden, 2017

チームメイトからゴールまでの道のりに対する別の提案があった場合は、それを受け入れたりすることもある。とにかく柔軟に舵を取ることが一番大事だと栗林氏は言う。別のアイデアを出すにも、柔軟に対応するにも、やはり情報だけでなく考えることや知識が必要不可欠であることは言うまでもない。

一か所にとどまらずに複数のコミュニティを行き来する

日本の美術大学卒業後、栗林氏は10年以上をドイツで過ごしアーティストとしての足場を固めた。日本に戻ると数年のうちに、インドネシアへ渡り、現在はそこにアトリエを構えている。生まれ故郷である日本にも住居やアトリエを持つが、彼にとって「拠点は一か所だけ」という考え方は存在せず、特定のコミュニティだけに縛られるという考え方もない。プロジェクトを通じた濃厚なコミュニケーションが信頼を生み、ボーダレスに時や場所に縛られず、たとえ離れても、再び戻ることのできるコミュ二ティになると言う。そのコミュニティを複数持ち、行き来することでそれぞれの体験がお互いに刺激をもたらすのが理想だ。

「ある時から自分の仕事や生活の拠点を定めたり、考えたりするのをやめました。自分のホームをいくつも持っているという感覚です。東京やその周辺にも家やアトリエ、時を置いて戻ってもすぐに気心が通じる仲間たちもいますし、2012年から滞在しているインドネシアのジョグジャカルタにも同様に帰るところがあります。出身は長崎ですが、実家に帰省するよりもインドネシアに帰った方が心理的には近いという感じを受けることもあります。そういった場はこれからも増えていくかもしれない」

信頼のおけるコミュニティを複数持ち、そこを行き来することで常にフレッシュな状態に自分を置く。これが拠点を一か所に定めないことの強みにつながる。

とはいえ、一般的な考え方として特定の拠点を定めないということへの心理的ハードルは高いはずだ。その戸惑いに、栗林氏は心配する前に動くことの方が重要なのではないかと答えた。

「僕は今の積み重ねが将来をつくると考えています。拠点を一つに定め、そのコミュニティの中だけでの未来を想い描いたり、心配するのではなく、その時々の場所でその瞬間を生きていかなきゃいけない。ここに生活の拠点を定めるのだ、将来はこういう仕事をするのだ、と決め付けちゃうとどうしてもそこに縛られてしまいます。

目標や夢を大事にと言いがちですが、そこから少し外れると不安の罠に陥ってしまい、動きが鈍る。ですからあれこれ集めた情報に振り回されて不安なことやマイナス要素を感じてしまう前に、思い立ったら即行動を起こすのは大事なことです。動きが鈍りそうだと感じたら、他のコミュニティに移動してみるということも必要でしょう」

ビジネスにおいても、一つの組織に所属し定年までまっとうするという働き方が近年変わりつつある。本業以外に複数の副業をもったり、いくつかの会社を行き来して働くスタイルも生まれている。停滞感を感じたり、新たに良いと思うコミュニティを見つけたら、いつでも積極的に行動を取り、関わっていくことは大切なことだろう。

「現代は便利なものが増えて一人でもやっていけるので、誰かとコミュニケーションを取るのが面倒くさいと感じたり、一つの所に留まりがちじゃないですか。もちろんそれでも生きていけるのかもしれませんが、信頼のおけるコミュニティが複数あれば、今の僕のように自由なマインドであちこち渡り歩く仕事のスタイルや生活ができるようになると思っています。しかもあるコミュニティで得た体験や知識が他の場所で活かされるなど、刺激を与え合うことができます。それは常に自分をフレッシュな状態に置くことになりますし、これから求められる生き方や働き方につながるのではないでしょうか」

プロフィール/敬称略

栗林隆(くりばやし・たかし)

現代美術家。武蔵野美術大学日本画科卒業後、2002年にクンストアカデミーデュッセルドルフ(ドイツ)でマイスターシューラー取得。日本画の二次元空間で、境界線によって二分される領域やレイヤーの多義性に向けられた関心を、渡欧以降は三次元へと発展させている。ケルン市立美術館(2003)やシンガポール国立博物館 (2007)での個展のほか、国際展への参加多数。十和田市現代美術館に収蔵展示(2009)、PALAIS DE TOKYO (2018)。

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