行政の中と外からデジタル化を牽引するプロジェクトマネージャーから学ぶDX
民間で加速するDXの波は、行政にも。福島県浪江町や神戸市の職員を経て行政のデジタル化を推進する「Urban Innovation Japan」吉永隆之さんの経験から、DXのヒントを探る。
引っ越し、結婚、子育て、病気、災害など、人生のあらゆる場面で必要となる行政サービス。こうした手続きや情報取得、コミュニケーションが、少しずつデジタル化してきている。民間でも加速するデジタルトランスフォーメーション(DX)の波は、行政にも少しずつ広がっているのだ。
しかし、民間でも社員やユーザーの慣習を変えるのは容易ではない。ITリテラシーにばらつきのある行政職員や、国籍やデジタル環境がバラバラである市民の慣習を変えるのはさらに大変だろう。
今回話を聞いたのは、行政とテック系スタートアップが共同して課題解決に挑む「Urban Innovation Japan」を推進する吉永隆之さん。民間企業で働いたあと、福島県浪江町職員としてデジタルを使ったコミュニティ再生プロジェクトや、神戸市職員としてスタートアップ支援にも従事してきた人物だ。
行政の外と中の両面からデジタル化に関わってきた吉永さんに、行政のDXの課題と展望から民間のDXに活かせる学びを聞いた。
東日本大震災を機に、IT企業からコンサル、さらに福島へ
── まず、吉永さんが民間企業から行政に関わる仕事へとキャリアを変えたきっかけを教えてください。
行政に関わるようになった転機はふたつあります。ひとつは、2011年に起きた東日本大震災です。当時は東京のIT企業に勤めていて、徹夜でトラブル対応していた日に地震が発生しました。被災地では甚大な被害が出ているのに、自分は目の前のシステムを直さねばならない。そのとき、ふと「本当にここにいて仕事をしていていいのだろうか」と考えたんです。もしかしたら生き方を間違えたんじゃないか。仕事を放り出すわけにはいきませんが、違和感は拭えませんでした。
その後、ほどなくして外資系企業のプロジェクトマネジメント職に転職しました。そこは、多くの人がさらなるキャリアップのための学びで在籍する人が多い会社。僕もそこでプロジェクトマネジメントの手法を学び、次のキャリアに活かしたいと思ったんです。がむしゃらに働いて、それなりに手応えをつかめたころ、Code for Japan代表の関治之さんに出会いました。これが2度目の転機となります。
Code for Japanは、テクノロジーを使って地域の課題を解決していくために主体となる市民のコミュニティ。関さんが紹介してくれたのは、福島県浪江町でITを使って町民のコミュニティーを再生するプロジェクトのメンバーを募集しているという情報でした。
2014年当時、浪江町の住民は、地震と原発事故の影響でさまざまな地域で避難生活を送っていました。県外に避難している人もいて、長年育まれていた地域コミュニティが失われていたのです。そこに、ITでアプローチするというプロジェクトです。自分のスキルを活かしながら、震災から3年が経った被災地に貢献できるまたとない機会だと感じ、福島に移住して役場職員として約2年間活動しました。
── 具体的にはどんなことをしたのでしょうか。
町民向け新聞アプリを通じてコミュニティ再生を支援しました。町民にはタブレットを配りその操作方法からアプリの制作、普及までを町役場とプロジェクトメンバーが協力しながら進めていったんです。
アプリでは、地域のニュースが毎日夕方に更新されて、浪江町から離れていても地域の最新情報を知ることができます。ユーザーが写真を投稿できる機能もあり、投稿からコミュニケーションが生まれるように設計しました。最終的な月間アクティブユーザー数は、タブレット配布数の8〜9割。それなりに結果を出せたと思います。
ただし、この2年間で分かったのは、システムやアプリはあくまでツールでしかないこと。実は町民が一番盛り上がったのは、使い方を教える講習会だったんです。結局、みんなで集まっておしゃべりするのが楽しいということ。ツールでしかないならば「完璧なシステム」を求めてもしょうがないと思うんです。いい意味で割り切り、つねに変化・アップデートさせていけばいいと自分の中で腑に落ちた。僕ができることはやりきったという達成感と同時に、次の課題も見えてきました。
コミュニティの次は産業、スタートアップ支援で神戸へ
── 次の課題とはなんだったのでしょうか?
デジタルでコミュニティをサポートしたら、次に必要なのは産業だと思ったんです。地域に産業が生まれれば、プレーヤーが増え街が活気づいていく。逆に産業がなければ、せっかくのコミュニティも活かされないと感じました。
そこで、またしてもCode for Japan代表の関さんの紹介で、神戸市役所が募集していたスタートアップ支援業務に携わることになりました。2016年に浪江町から神戸に移住し、神戸市の職員として4年間働きました。
シリコンバレーのベンチャーキャピタル500 Startupsによるアクセラレーションプログラム「500 KOBE ACCELERATOR」や、起業家育成のための若手IT人材ルワンダ派遣事業、神戸経済の将来を担う高校生・高等専門学校生を対象とした起業体験プログラム「Startup Base U18」など、さまざまな施策を行いました。
とくに他の自治体からも注目されたのが、地域や行政課題をスタートアップと行政が協働で解決し、さらにビジネス展開を目指す「Urban Innovation Kobe(UIK)」です。これには元ネタがありました。当時の神戸市長がシリコバレーを視察した際に知った、サンフランシスコ市役所の取り組み「Startup in Residence」です。
スタートアップが市役所内に机を構えてサービスを開発。行政と民間がテクノロジーをつかって、どんどん街を良くするというものです。市長はその姿を神戸でも実現したいと考えたんです。この取り組みには「うちでもやりたい」と、さまざまな自治体から問い合わせをいただきました。そこで、神戸だけに閉じておくのはもったいないと考え、神戸市職員を退職し「Urban Innovation Japan(UIJ)」として、全国で展開しているのが現在です。
行政のDXはデータとマインドセットから
── ここ数年、GovTechという言葉が徐々に広がり始め、行政のDXも注目されています。行政のデジタル施策に多様な立場で関わる吉永さんにとって、行政に求められるDXとは、そもそもどんなことだと捉えていますか。
難しい質問ですが、現時点で大事なのは「データ」と「マインドセット」ではないかと思っています。
民間ではデータが重要であると言われて久しいですが、行政ではあまりデータが取られていません。UIKのプログラムのひとつとして、市役所の受付業務を改善しようとしたときのことです。市役所には、そもそもどんな問い合わせがどのくらいくるのかといったデータがありませんでした。
そこでデータを取ってみると、「ポストの場所」「バス停の時間」「おじいさんが亡くなったんだけど、どこで葬儀をあげたらいいのか」など、純粋な市役所内の受付の範疇を超えるものがたくさんあった。このデータを取らずに、市役所内の案内をデジタル化すればいいだろうと考えて実施したら、業務改善にはつながらなかったでしょう。
── データを取れれば、なにがボトルネックになっているか、どこをデジタル化すれば業務効率につながるかがわかってくる、ということですね。
そうです。同時に、それらのデータを使って、実際の施策に落とし込み、トライアンドエラーをしていくマインドセットも重要です。システム開発の現場では浸透しているアジャイル開発のような「走りながら考える」やり方は、行政にとってまだまだ新しすぎる概念。率直に言えば、変化に対してネガティブな印象を持つ、いわゆる「お役所」的なカルチャーや人は少なくありません。その一方、意欲があって、変化を恐れない職員さんも増えてきています。だからこそ、UIJの取り組みが10を超える自治体で展開されているのだと思います。
「今まで通り」という慣習を打ち破って「とりあえず、挑戦してみよう。挑戦のための下地をつくろう」という機運をつくるとき、「DX」という言葉が背中を押してくれるんです。そういう意味で、行政における「DX」という言葉は、変化を恐れない空気をつくるための「おまじない」のようなものかもしれません。
── 行政のDXを進める上で重要な要素はなんだとお考えでしょうか。
行政と民間、都市と地方などの間にあるギャップを埋める環境作りが大事だと思います。浪江町のプロジェクトで気をつけたのは、ユーザーの日常にタブレットやアプリを溶け込ませる環境作りでした。
例えば、タブレット配布にあたっては、行政がやりがちな機能制限は最低限にして、町民のみなさんが自らツールを自由に使えるようにしました。地方のお年寄りには、スマホやパソコンはもちろん携帯電話すら使っていない人もいますから。タブレットに馴染みのない人にも、リテラシーを上げてもらわないといけません。そのために必要なのは、彼らが日常的に使いたいように使ってもらうこと。
孫とLINEをしたり、好きな有名人の動画を見れれば、身近な存在になるはずです。もちろん、通信を使いすぎたら、速度制限がかかることもある。ですが、そういったことも含めて学んでもらうんです。行政の都合で機能制限を設けてしまっては、いつまで経っても日常になじまないと考えたからです。小さなトラブルはありましたが、これで一気に浸透しました。
コミュニケーションツールとしてのアプリを「新聞アプリ」と定義したのも「新聞を読む」という日常に溶け込ませるのが狙いです。すでに習慣になっていること紛れ込ませて、違和感なく日常に取り入れてもらうことは成功要因のひとつだったと思います。
環境も同様に大事です。町役場の担当者は「良いものを全力でつくってくれ。責任はとるから」と、外部からきた僕たちプロジェクトメンバーにあらゆることを任せてくれました。僕たちが見えぬ場所でいろいろと交渉してくれていたようで、とてもやりやすい環境をつくってもらいました。
変わっていく行政。できるところからDXを
── 浪江町、神戸、さらに全国で活動を続ける中、行政の変化や手応えを感じますか。
うまくいかないことはたくさんありますよ。例えばとある自治体で、各公共施設の利用申請フォーマットを統一して、誰がどんな目的で使っているのか把握したいというプロジェクトがありました。しかし施設ごとに独自ルールがあり、条例を変えるハードルもあり、うまく落とし所を見つけられず、最終的にそのプロジェクトは断念したんです。
でも、手応えもあります。神戸市では職員がどんどんデジタルツールを使い始めているんです。職員の中でPythonの勉強会が開かれたり、環境局の職員が自作したごみの検索サイトが優秀だからと神戸市のウェブで公開されたりもしています。
大事なのは、できることからやっていくこと。行政の傾向として、はじめにやるのは躊躇するけど取り組んでみたいと思っている人たちは潜在していて、変化がはじまると「うちも!うちも!」と連鎖していく。それは、役所内でも別の役所同士でも起こるのです。少しずつできることから始めれば、どこかのタイミングで一気にひっくり返る可能性があります。
── デジタル庁が設立されることもあり、行政のDXはさらに進んでいきそうですね。
そうなんです。行政のDXは今、本腰をいれるべきタイミングだと考えています。これからは、税収が減っていくのに医療費や社会保障費は増えていく時代。大規模なデジタルへの設備投資ができる最後のチャンスになるかもしれません。
役所職員がたくさんの仕事を抱えている現実も、なるべく早く改善しなければいけない。神戸市職員時代、生活保護の窓口を改善したいということで窓口を見に行ったことがありました。生活保護担当の職員は目が回るように忙しく「何を改善したらいいか」と考える余裕すらないほどだったんです。僕たちも改善したくても手を付けられず、とても悔しい思いをしました。
こういったことは全国で起きていて、職員は抱えきれないほどの仕事に日々追われている。これでは、やる気のある優秀な人だってやめてしまうでしょう。行政のDXは喫緊の課題なんです。
一方で、その課題を解決したいというモチベーションが高い職員はSNSなどを通じて、繋がったり関係性を構築しつつあります。すでに変革を起こしつつある職員と、そのチャンスを狙い準備をしている職員がつながれば、状況はいい方向に変わるんじゃないか。そんな希望を持っています。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 吉永隆之(よしなが・たかゆき)
- Urban Innovation Japan Director
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1980年千葉県生まれ神奈川育ち。大学卒業後、IT企業2社を経て、10年間、企業の業務システムに携わる。2012年に会社員として働きながら自由大学に携わり、それがきっかけで会社を退職して福島県の浪江町役場に勤務。タブレット配布事業のプロジェクトリーダーを務め、任期終了後は神戸市役所へ。Urban Innovation Japan の前身、Urban Innovation Kobeからプロジェクトに携わる。