「こんな生き方もありかも」と思わせたい。xiangyuが語る自分の可能性を制限しない生き方

「こんな生き方もありかも」と思わせたい。xiangyuが語る自分の可能性を制限しない生き方
文:松本 友也 写真:小財 美香子

音楽からファッション、執筆活動、映画出演まで、ジャンルを越えて自分らしいスタイルを貫くアーティストのxiangyuさん。彼女が、「まだまだxiangyuは完成していない」と語る理由とは

日常のささやかな場面をユーモラスな表現で切り取る楽曲で注目を集めるxiangyu(シャンユー)さん。音楽活動だけでなく、エッセイの執筆、映画やラジオへの出演、服やアート作品の制作・展示など幅広い領域で活躍するアーティストだ。

自分の活動の幅に制約を設けず、他人の目に囚われずにやりたいことをやる──そんな生き方を体現しているように見える彼女だが、実はデビューしてから数年間は、他人と自分を比較して苦しんでしまう時期もあったという。

彼女はいかにして変化を恐れず、自分らしいスタイルを追求してこられたのか。その背景には、いつも「波がある方」へと人生の舵を切る、力強い選択の連続があった。

「わざわざ言うほどでもない」ことを作品に

─ まず、xiangyuさんはどのような活動をされているのか教えてください。

肩書きとしては「アーティスト」と名乗っているんですが、わかりやすさを重視して「ミュージシャン」と説明することも多いですね。

実際は音楽活動だけじゃなくて、服やアート作品を作って展示を開いたり、映画やラジオに出演したり、とある町に6年以上通った体験を執筆したルポエッセイ『ときどき寿』を出版したりと、さまざまな活動をしています。

─ その中でも、最近はどのようなことに力を入れているのですか?

ここ最近は、がっつり楽曲制作をしていました。昨年11月に「道端にネギ」という曲などを収録した『OTO-SHIMONO』というEPを出しているんですが、今回は前作とは全然異なるアプローチで楽曲を作っています。「遠慮の塊」っていうテーマなんですけど。

飲み会とかで、食べ物がお皿に1つだけ残っちゃったりするじゃないですか。それを関西の方言で「遠慮の塊」って呼ぶらしいんです。そういう写真を撮り溜めている友達がいて、その子に「これ何かに使えないかなあ」と相談されて知ったんですけど。すごく面白いから作品に落とし込みたいなと思って、ずっと楽曲を作っていました。

肩書きとしては「アーティスト」と名乗っているが、わかりやすさを重視して「ミュージシャン」と説明することも多いと話すxiangyu さん

─ 2019年には「風呂に入らず寝ちまった」という楽曲もリリースされていますが、日常のちょっとした「あるある」にフォーカスを当てるタイトルやテーマが多いように感じます。そうした発想はどこから生まれるのでしょうか。

日常を表現するというより、そもそも制作が日常と地続きなんですよ。アーティストである前に、普通に生きているひとりの人間なので。自分が日々面白いなと感じたことを、世の中に共有したいと思って制作しています。

「風呂に入らず寝ちまった」も「遠慮の塊」も、わざわざSNSで言うほどのことでもないじゃないですか。そういう本当にどうでもいい、ちっちゃいことが私はたぶん気になるタチで、それを壮大に膨らませた結果、作品という形になっているんだと思います。

「本気を出せてない」ことへのコンプレックス

─ そもそも、xiangyuさんが音楽の道に進まれたきっかけは何だったのでしょうか?

もともとの関心は音楽ではなく服づくりにあったんです。16歳頃から軍手やブルーシートで服を作ったりしていて、高校卒業後には服飾系の専門学校に通っていました。

そんな中、ある時展示会に出展していたら、いきなり今のマネージャーの福永さん(水曜日のカンパネラなどを手がける福永泰朋氏)から「歌をやらない?」って声をかけられたんです。ファッションの展示会なのに、「なんで音楽?」って思いましたね(笑)。あとで理由を聞いてみたら、「思考回路が面白い」と可能性を感じてくれたらしくて。

ただ、その時は音楽自体にまったく興味がなかったので、お断りしました。そもそもライブとかにも行ったことがないし、iPodも持ってなかったくらいでしたから。しかも、私はもともと人とのコミュニケーションに苦手意識があって。ましてや人前で歌うなんて考えられない。カラオケすらも避けてきた人生だったんですよ。

─ 一度断ったにもかかわらず、その後オファーを受けることにしたのはなぜでしょう?

学校を卒業した後は、新卒でファッション系の会社に就職。そこを退職した後、衣装デザイナーのアシスタントとして働きました。衣装を作るのは楽しかったんですけど、どれだけ頑張っても「自分の作品」としては評価されなくて。だんだん苦しくなってきた時に、「私の名前で作品を世に出したい」という気持ちが自分のなかに強くあることに気付いたんです。

そんなある日、たまたま聴いていたラジオで阿川佐和子さんが「他の人も自分自身も気付いていない才能が、まだどこかに眠っているかもしれない」とおっしゃっていたんです。その言葉に後押しされたこともあり、この際だからまったく違うことにチャレンジしてみようと思って福永さんに連絡しました。だから、音楽を始めた24歳の頃は本当に素人でしたね。

─ 今までやってきた服づくりをやめて、いきなり音楽の世界に飛び込むのは勇気がいるのでは…。

そこはむしろ逆で。私は性格的になるべく「波がある方」を選びたくなっちゃうんです。例えば、新卒で運良く入社できたファッション系の企業はとてもホワイトな会社だったんです。ただ、「こんなに良い環境だと10年は居続けられちゃうな」と思ったら、なぜか怖くなってしまって。入社式の次の日には転職先を探し始めちゃっていたくらいでした。

性格的になるべく「波がある方」を選びたくなっちゃうというxiangyuさん

─ 怖い、ですか。

たぶん、「頑張れない自分になってしまうこと」への恐怖がずっとあるんです。嫌な感じに聞こえちゃうかもしれないんですけど、受験にせよ就職にせよ、いつも全力を出し切らなくてもなんとなくこなせていて。頑張ればもっと上を目指せるかもしれないのに、そういう中でだと「この辺でいいや」と努力しきれないことが多くあって、そういう自分へのコンプレックスがずっとあったんです。

だから「攻略法が分からない」というハードな環境の方が燃えるし、生きている感覚を味わえるんですよね。衣装デザイナーのアシスタントになったのも、服づくりをやめて音楽を始めたのも、「波がある方」を選んだ結果なんです。

アーティストなんて、何をもって成功なのかも、今後もわからないじゃないですか。それは苦しいことでもあるけど、今はようやく「生きている」って思えてるんです。

「アンダー30」からようやく自由になれた

─ 音楽を始めて、自分のなかで手応えを感じ始めたのはいつ頃からでしょうか?

うーん、音楽はあまりにも未知なので、まだまだわからない部分もあります。でも、昨年『OTO-SHIMONO』を作り始めたぐらいから、「自分が音楽でやりたいのってこういうことかも」ってちょっとわかってきた感じもしますね。「落とし物」っていうテーマでEPを作ろうって思いついた時に、「自分ってなんて天才なんだ!」って思えたんですよ。

音楽を始めたのは24歳、2018年頃だったんですけど、今ようやくアーティストとしてのスタートラインに立てているのかなって。

─ 意外にも最近なんですね。

そうですね。「やりたいことをやろう」という方針自体はマネージャーとも一致していたんですけど、アーティスト活動を始めてすぐにコロナが来ちゃって、思うように活動できずに焦る時期もあって。

音楽を始めたのが一般的なタイミングよりかは早くはなかったのもあって、「すぐに結果を出さなきゃ」という気持ちもあったのかもしれません。しかも、その間にも新しい人がどんどん出てきたりするじゃないですか。そこでどうしても比べちゃったりはしていましたね。

雑誌とかメディアでよくある「アンダー30」みたいな企画も、自分は入ってないけど周りの友人が入っていたりして焦ったりもしていました。今思うと別に20代までに何かを成し遂げることが全てではないのに。でも、「早くに結果を出すことがいいこと」みたいに思ってしまっていた時期は不安で不安でたまらなかったです。

だから30代に突入して、ようやく気持ちが自由になった気がします。

音楽を始めたのは24歳、今ようやくアーティストとしてのスタートラインに立てているのかな、と話すxiangyuさん

─ もし当時の自分に近い心境の人がいたら、どんな言葉をかけてあげたいですか?

「とりあえず、周りは気にせずになんでもいいからやってみたら?」って言いたいんですけど、今の時代ってちょっとの失敗も許されない感じがあるじゃないですか。何かあったらすぐにSNSに晒されちゃうし、「とりあえずやってみる」というのが難しい時代なのかなとも思っていて。

だから私は、怖くなったらいつもポストイットの開発秘話を思い出すようにしています。あれって、もともとは強力な接着剤を作ろうとしていたのに、失敗して弱い接着剤ができちゃったんですよね。でもそれを付箋として売り出したら大ヒットした。たぶん、世の中を救う大発明って、そういう小さい失敗から生まれるんですよ。そう思えば、新しいことに取り組むのも、怖くなくなるんじゃないかなって。

「xiangyu」というジャンルを生み出したい

─ さまざまなジャンルで活躍されているxiangyuさんですが、あらためて今後のご自身の肩書きや活動の軸についてはどのように考えているのでしょう?

肩書は「アーティスト」ですがあんまりそこを意識しすぎた日々は送っていません。今は音楽の表現が一番楽しくて、一番やりたいことなんですが、別にそれが今後変わっていってもいいと思っています。面白そうなこと全部やっていたいですね。

そういう意味では、xiangyuとしての活動を「仕事」だと思っていないのかもしれません。依頼をいただいて作るものもありますが、基本的には作りたいから作って、それが結果お金を生み出したら「ラッキーだったな」くらいの感覚でいます。今、「事務所の人たちほんとにごめん」って思いながら喋っていますけど(笑)。

─ 一方で、「好きなことを仕事にすると逆につらい」みたいなこともよく言われますよね。

たしかにそれはありそう。私は作るものへのこだわりが強すぎるので、お金のことを考えたもの作りが超苦手(笑)。だからその部分はマネージャーやスタッフに頑張ってもらう、という役割分担です。

私の人生は「自分は社会とどう関わりたいのかな」という問いを模索する旅なんだと思います。学生の時も、会社員の時も、衣装デザイナーのアシスタントの時も、「自分はこの社会とどう関わっていけばいいんだろう」という問いへの答えをずっと探していました。でも、自分も社会も変わっていくから、ずっと答えは出ないままなんですよね。

─ xiangyuさんにとって、音楽活動は自問自答のプロセスでもあるんですね。

そうですね。もともと音楽には興味なかったし、人前に出るのも嫌いだったけど、今は全部楽しいんです。「人には興味があるんだけど、どう接していいかわからない」と幼少期の頃から長い間悩んでいたんですが、今はこうやって、人の目を見て話せるようになったし。

そう考えると変わりますね、人間って。音楽を始める前の自分よりも、今の自分の方が断然好きなんですよ。

たぶん、「xiangyu」を始めてからたくさんの人と関わるようになって、自分がちょっとずつ変わってきているんだと思います。別に演じているわけじゃないんですけど、ファンや関係する方々も含めて、みんなでxiangyuを積み上げていっているというか。そうやって積み上げられてきたxiangyuが、私のなかに逆輸入されている感覚です。「私ってこんなに明るかったんだ」って、自分でびっくりする時もありますもん。

─ 「xiangyu」という存在は、今後どんなところに向かっていくのでしょうか?

さっきの「アンダー30」の話じゃないですけど、「始めるにはもう遅いのかな」みたいな思い込みを壊したいですよね。私の活動を見た人が、「いつまでもこんなくだらないことやってていいんだな」「自分もなにかやってみるか」って思ってくれたらいいなって。「こういう生き方もありじゃない?」って問いかけを体現し続けられたら良いなと思っています。

音楽を始める前の自分よりも、今の自分の方が断然好きと話すxiangyuさん

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

xiangyu(シャンユー)

2018 年 9 月から活動開始。読み方はシャンユー。名前は本名が由来となって いる。南アフリカの新世代ハウスミュージック、GQOM(ゴム)のエスニックなビートと等身大のリリックをベースにした楽曲で関東を中心に勢力的にライブ活動を行なっている。 また、音楽だけでなくアート活動や社会貢献活動など社会に対して様々なカタチでアプローチし続けている。

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