3Dプリントの可能性を広げるデザイナー、大日方伸が目指す「“唯一無二”が溢れる社会」

3Dプリントの可能性を広げるデザイナー、大日方伸が目指す「“唯一無二”が溢れる社会」
文:森田 大理 写真:小財 美香子

3Dプリント技術をデザイン的アプローチで探究する28歳。株式会社積彩 CEO 大日方伸さんの活動から、これからの時代のデザインや生産システムのあり方を考える

3次元の設計図をもとに、樹脂などの素材を積み重ねて立体的なプロダクトを形成することができる「3Dプリント」。その存在が一般にも広く知られるようになったのは、2010年代に入ってからのことだ。それからおよそ10年が経ち、ある種のブームが落ち着いた今、3Dプリントの新たな可能性を模索している人物がいる。

それが、1996年生まれの大日方伸(おびなた・しん)さん。学生時代に3Dプリントに出会い、色彩やデザインという側面からこの技術について研究を続けてきた大日方さんは、3Dプリントに特化したデザイン会社「株式会社積彩」を立ち上げて活動している。発表したプロダクトが国内外で評価されている大日方さんは、どのような想いで現在の活動に取り組んでいるのだろうか。想いや価値観に迫りながら、これからの時代にあるべきデザインやプロダクト制作について訊いた。

生産プロセスの常識が変われば、デザインの可能性も広がるのでは?

─ 大日方さんは、いつ頃からデザインに興味を持ったのですか。

きっかけは高校時代ですね。自分は東京都立国立高等学校の出身。「日本一の文化祭」とも呼ばれるくらい文化祭に力を入れているのが特徴でした。3年生になると全クラスが演劇を行うのですが、生徒たちがIllustoratorや3DCADを駆使して舞台のセットや展示物を設計するところから作り上げていくんです。

自分は演劇の主役を務めたのに加え、もともと絵を描くのが好きだったこともあって、ポスター制作も担当。クリエイティブにどっぷりと浸かる体験を通して、世の中には「デザイナー」という仕事があることを知りました。

― 高校卒業後は、慶応義塾大学 環境情報学部(SFC)に進学。その後、同大学院に進みXD(エクス・デザイン)コースを修了されています。文化祭の経験が、進学先にも影響しているのでしょうか。

そうですね。もともとクリエイティブ系の学部・学科に進学するつもりはなかったのですが、高校の文化祭をきっかけに自分の興味に気づき、「一度きりの人生だし、好きなことをやろう」と決めました。

僕は自分の手で何かをつくりだしたいというよりも、企画やアイデアを考えることが好きだったんです。だから、デザインの考え方や理論を学び、既成概念にとらわれない新たなクリエイティブを追求できる人になりたくて、そうした研究を手掛けている先生方から学ぶためにSFCへ入学しました。

高校時代に、国高祭をきっかけに自分の興味に気づき、「一度きりの人生だし、好きなことをやろう」と決めたと話す大日方伸さん

― 3Dプリントに出会ったのは、いつ頃・どんなきっかけですか

2017年、学部3年のときですね。恩師である田中浩也教授の研究室に所属することになったのですが、田中先生は国内における3Dプリント技術の第一人者。3Dプリントを使って目の前でプロダクトが形づくられていく様子を見て衝撃を受け、これを使えば自分が憧れてきた「まったく新しいものづくり」が実現できそうだと思いました。

― まったく新しいものづくり?

というのも、近代のものづくりは大量生産を確立するために分業化が進んでおり、デザイナーの立場からすると、自分が企画・設計したものがどのような製造プロセスを経て製品としてアウトプットされるのかが、見えづらい側面があります。一方で製造プロセスが、デザイン上の制約になることも往々にしてある。製造とデザインは本来不可分なんです。

その点、3Dプリントを活用すれば、製造プロセスと分断されることなく一体となってものづくりが可能。また、3Dプリントを使えば従来はコスト面から実現が難しかった多品種少量生産も容易になる。このように製造プロセスの常識が変われば、結果的にデザイン上の制約も突破することができ、これまでになかった「まったく新しいものづくり」ができる予感がしたんです。

目指すは生産合理性と装飾性を同時に追求する「マキシマルデザイン」

― 大日方さんの活動は、3Dプリントならではの色彩表現やデザインを追求しているように感じられます。なぜ、こうしたアプローチを取っているのでしょうか。

3Dプリントに出会った当初、その可能性をものすごく感じた一方で、つくられるプロダクトが“どこかダサい”と思ったからです。僕が特に注目したのは、色。3Dプリントは形の表現ばかりが注目されていて、当時は色が置き去りになっていました。グラフィックデザインに取り組んできた僕としては、それが物足りなかったんです。

また、3Dプリントをブームで終わらせず社会で発展させていくためにも、デザイン性は必要不可欠な要素だと感じました。人々は、3Dプリントでつくられたからという理由だけでそのプロダクトを購入するわけではないはず。美しさや機能性など、愛着を持てる要素がないと人はついてきません。それならば、3Dプリントにしかできない新しい表現を追求することで、とびきりカッコいいアウトプットをつくれば良いのではないかと考えました。

自身の手がけたプロダクトに囲まれながら、3Dプリントにしかできない新しい表現について話す株式会社積彩の大日方伸さん

― 「3Dプリントにしかできない新しい表現」についてもう少し詳しく教えてください。具体的にはどのような表現にチャレンジしているのでしょうか。

それまでの3Dプリントは、単色でしかプロダクトをつくることができませんでしたが、僕たちは複数の色を混ぜ合わせながら多様な色彩表現ができないかと模索しました。3Dプリントをソフトウェア・ハードウェアの両面から開発し、“造形と着彩を同時に行える新たなツール”を発明しました。

― 例えるなら「モノクロ印刷しかできなかった印刷機を、カラー印刷ができるようにした」ということでしょうか。

僕たちが実現させたのは、単に色彩表現を豊かにしたことだけではありません。一般的な生産工程では、形をつくる作業と色をつける作業が分かれていますが、私たちの3Dプリントなら、造形と着色を同時に行うことができる。リードタイムの短縮、製造コストの削減といった、生産合理性もある手法なんです。

― デザイン性を高めながら、コストも下げる。これまでの常識では両立が難しかったことを、3Dプリントで実現しようとしているのですね。

そうですね。僕が本質的にデザインしたいのは、新しいものづくりのあり方。大量生産を追求してきた時代は、いかに効率良くたくさんつくるかという意味で、色も形も極力シンプルでミニマルなデザインが好まれた時代でもあると思います。いうなれば社会におけるデザインの流行はものづくりのあり方とも密接に結びついている。

それに対して、生産合理性と装飾性を両立できる新たなものづくりの手法を社会に投げかけることで、1点ものの個性豊かなプロダクトが溢れる「マキシマルデザイン」の時代を到来させたいと考えているんです。

多様な選択肢がある状態は、自分の好きや個性に気づくきっかけになる

― これまでの活動の中で、大日方さんが手応えを感じた瞬間を教えてください。

大学院時代の最後に「富山デザインコンペティション2020」でグランプリをいただいたときに、初めて自分たちの取り組みが認められた気がします。それまではあくまでも“研究”でしたが、この賞をきっかけに制作のお仕事をいただくことができた。その後も純粋に自分たちのやりたいことに没頭してきた感覚なんですが、国内外の企業や団体からお声がけいただいているのは本当にありがたいです。

富山デザインコンペティション2020でグランプリを受賞した「遊色瓶」
富山デザインコンペティション2020でグランプリを受賞した「遊色瓶」。積彩独自のカラー3Dプリントによって、みる角度によって鮮やかに色を変える現象・遊色効果を擬似的に作り出している

― 国内大手企業や海外有名ブランドからの引き合いもあるそうですが、大日方さん率いる積彩の手掛けるプロダクトに興味を持たれるのはなぜですか。

様々な理由があるとは思いますが、やっぱり一番はプロダクトとしての美しさだと思っています。「3Dプリントでつくっているから」という理由だけでは採用されていないでしょう。

また、今の時代はサステナビリティも重視されており、環境負荷が少ない生産体制も評価されている点の一つではあると思います。とはいえ、それだけであれば3Dプリント以外にもアプローチはありますから、やはり美しさが大きいのではないかと思いますね。

― 3Dプリントならではの美しさ、表現とはどのようなものですか。

3Dプリントは素材となる樹脂の層を重ねてプロダクトを成形していきます。そのため、プロダクト全体のイメージは、素材の色や質感によって大きく左右しますし、素材の重ね方や見る角度によっても色の印象も大きく変わります。このような、形や素材と密接に結び付いたデザイン表現ができるのが、3Dプリントという手法の魅力。

それはちょうど、糸の織り方によって様々な色・質感の生地を生み出し、着物の布の重ね方によって多様な着こなしを楽しんだという日本の伝統的なスタイルにも似ています。だからなのか、海外のみなさんは、僕たちのプロダクトに「日本的な美しさがある」と評価してくださる人も多いですよ。

出力されたプロダクトを手に、3Dプリントならではの美しさについて話す大日方伸さん
3Dプリントによる立体着彩で、見る角度によって色が変わる独特の色彩表現技法を確立している

― 更に活動を発展させる上で、チャレンジしたいことを教えてください。

今取り組んでいるのは、AIを活用したカスタマイゼーションの更なる進化です。もともと特注生産や製造プロセスの自動化が強みの3Dプリントですが、製造に必要な設計図(デザイン)をつくっているのは人の手によるところが大きいんです。

そのプロセスもAIによって自動化し、デザインから生産までを一気通貫で行えるようになれば、一人ひとりのニーズにあわせたプロダクトのカスタマイズが手軽にできるようになる。そのような「カスタマイゼーションの民主化」を実現させたいです。

― 「カスタマイゼーションの民主化」が起きると、社会にとって何が良いのでしょうか。

世の中には、自分の個性を自覚して自分らしく生きている人もいれば、自分の好きや得意が分からず個性が眠っている人もいますよね。カスタマイズが容易になり、人々が多様なプロダクトを選べる世界になると、潜在的な個性に気づくきっかけが増やせると思います。

選択肢が少ない世界では、選択や決断に他者との違いが生じにくいですが、選択肢が多ければ多いほど人によって選ぶものに差が生まれ、その違いから自分の好きや得意を見出すこともできるはずですから。

― 多様な選択肢を提供することが、個性を引き出すきっかけにもなる、と。

本来、人は誰しも個性的だし唯一無二だと僕は思います。みんなが自分の個性を自覚し、お互いの強みをかけ合わせることや、差に注目することで社会をより良くするイノベーションも生まれるはずだと信じているからこそ、全ての人が個性を発露するきっかけづくりとして、多様なプロダクトが溢れる社会を実現させたいです。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

大日方 伸(おびなた・しん)

1996年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科XD(エクス・デザイン)コース修了後、東京藝術大学AMC教育助手を務める。2021年にはデザインファブリケーションスタジオ「積彩」を設立、翌年に法人化し、CEOに就任。3Dプリンタを着彩ツールとしてとらえ直し、新たな色彩表現/デザインメソッドを創り出すことを命題としている。

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