大人気ゲームや有名アーティストのMVを手掛けたクリエイター。26歳の今、経営者の道に進む理由

大人気ゲームや有名アーティストのMVを手掛けたクリエイター。26歳の今、経営者の道に進む理由
文:森田大理 写真:須古 恵

高校時代からクリエイターとして活動をはじめ、23歳で起業。Glitz Visuals CEO 江口拓夢さんの生き方から現代若者の価値観を探る

自らの意思でキャリアを切り拓き、社会で活躍する現代の若者は、どのような出来事に影響を受け、どのような価値観を持っているのだろうか。今回登場するのは、株式会社Glitz Visuals 代表の江口拓夢(えぐち・たくむ)さん。1998年生まれの26歳だ。

江口さんは、高校生の頃からフリーランスのCGデザイナーとして活動をはじめ、映像制作の中でもより専門的な「ライティングアーティスト」としてもキャリアを確立。23歳でGlitz Visualsを設立し、これまでには、『FINAL FANTASY VII REBIRTH』などAAAタイトルのコンシューマーゲーム開発をはじめ、マクドナルドのキャンペーンで使用されたMV(YOASOBI×Vaundyのマッシュアップ楽曲『ティロリミックス2024』)、NHK大河ドラマ『どうする家康』といったプロジェクトにも参画している。

江口さんが若くしてこのようなキャリアを築いているのは、彼自身のどのような価値観・行動によるものなのだろうか。これまでの道のりを紐解きながら、江口さんの生き方に迫った。

ゲーム禁止の“抜け穴”としてPCを自作。ニコニコ動画が映像制作の原点

― 江口さんは、どんな幼少期を過ごしましたか。

僕は山形県で生まれ、幼少期を過ごしました。幼稚園の先生をしていた母の教育方針もあって、たくさん習いごとをしていましたね。水泳とピアノ、あとは野山で自然に触れあう「自然塾」にも通っていて。小さい頃はいろんな体験をさせてもらったと記憶しています。

― 今のお仕事である、ゲームや映像もそうした体験のうちのひとつだったのでしょうか。

いえ、実は我が家はゲーム禁止だったんです。僕の世代は、ちょうどNintendo DSなどの携帯ゲーム機が流行っていた頃で、同級生はよっぽどゲームに興味がない子以外はほぼみんな持っていたから、すごく羨ましかったですね。また、家庭に一切ゲーム機がないならまだしも、父はゲームが好きで夜中にプレイステーションで遊んでいるのを目撃していましたから、自分もやってみたいと強烈な憧れがありました。

「実は我が家はゲーム禁止だったんです」と子どもの頃のことを話す、Glitz Visuals CEOの江口拓夢さん

― 禁止されていた反動で余計に興味を持つようになった、ということですね。

ちょうど反抗期でもあった中学生の頃には、どうにかして親の目を掻いくぐって自宅でゲームをしようと考えた結果、パソコンをゲーム機として使えば良いという結論にたどりつきました。でも、ゲームのためにパソコンがほしいとは親には言えないから、少しずつパソコンのパーツを買い集めて自作したんです。そうやって完成したパソコンを使って、ゲームで遊ぶだけなく「ニコニコ動画」などの動画サイトにも夢中になったのが映像に興味を持つ原点になりました。

― 自分専用のマシンを手に入れたことで一気に世界が広がった、と。

そうですね。最初はゲーム実況動画を観ていたのですが、ボーカロイドの作品や「歌ってみた」にもハマっていって。インターネットを通して、自分の興味があるものにどんどんアクセスできることが楽しかったんです。そのうち、ただ観る側だけでなく、作る側もやってみたいと思うように。自分は特別歌が上手いわけではないけれど、誰かの歌唱や楽曲に映像をつけるという形でなら参加できるかもしれないと思い、映像編集ソフトを触りはじめたんです。

学業と生活を両立するために選択した、「学生フリーランス」の道

とにかく経験を積みたかったので、高校時代は自分の作品をTwitter(現X)で公開して、「こんな映像をつくっています。無償でも良いので映像を作らせてください。可能なら編集ソフトのプラグイン代くらいは稼ぎたいです」と募集したんです。そうしたら興味を持って依頼してくれる人が現れて。もちろん最初は無償でしたが、こつこつと自分が手掛けた映像をSNSにアップしていると、だんだんお声がけいただけることが増えて、有償での依頼も入ってくるようになりました。

でも、当時は1ヶ月まるまる制作に費やしても報酬は5,000円くらい。自分としてはゲームで遊んでいる感覚に近くて楽しいから制作活動を続けていましたけど、5,000円って高校時代の僕がアルバイトしていたファミレスで1日働けば稼げるくらいの収入です。だから将来を考えるにあたって、「映像で食べていくのは相当しんどいな」とは思いました。

― とはいえ、高校卒業後は映像系の専門学校に進学していますよね。この道で行こうと決断できたのはなぜでしょうか。

負けず嫌いな性格だからかもしれません。進路を考えている高校3年生の時に、ゲーム仲間だった同級生から数年ぶりに連絡があって、「俺、CGの専門学校に行くわ」と突然告げられたんです。彼は僕より頭も良くてゲームも上手くて、僕の中ではずっとライバル。食べていけるかどうかの不安よりも、彼より良い作品をつくれるクリエイターになってやろうという思いで決断した気がします。

大学進学も決まりかけていた時期だったので、親は大反対。かなり説得されましたが、それでも自分の意思は曲げず、親からの援助を途中で打ち切っても良いとまで言って、上京してきたんです。

― 江口さんは、専門学校時代には、フリーランスの活動を本格化していますよね。これにはどのような背景があるのでしょうか。

まずは学年イチのクリエイターになろうと意気込んで入学したんですが、半年くらいで同級生と実力の差が開いていることに気づいて焦ったんです。というのも、自分は先ほどの経緯で上京しているので、生活費を稼ぐためにファミレスとアパレルと居酒屋のアルバイトを掛け持ちするような生活をしていました。そうなると、映像制作に時間がかけられず、学校の課題に手を付けるだけで精一杯。僕がそうやっている間に自主制作に励んでいる同級生もいて、今のままでは生活はできてもクリエイターとして成長できないと感じました。

そこで学業と生活を両立するための最終手段として思いついたのが、映像の仕事をしてクリエイターとして経験を積みながら生活費を稼ぐこと。このときはただSNSで依頼を待つのではなく、ポートフォリオを作って映像会社にメールで送ったり、クリエイターの交流会で名刺を交換したりして積極的に自分を売り込んでいきました。でも、高校時代のように月5,000円では生きていけませんから、アルバイトで稼いでいた金額と同等かそれ以上の収入になるように僕の方から単価交渉や仕事内容の調整をして、生活が成り立つ状態をつくっていったんですよ。

― 学業と両立するために自らを売り込み、早いうちに仕事として映像制作を手掛けるようになったことが、江口さんのキャリアを切り拓いてくれたのですね。

そうですね。当時はパチンコ・パチスロなどの遊技機の映像制作や、MV、CMの制作案件に参加させてもらっていました。社会で活躍しているプロのクリエイターに混じって働いていたので、学校のカリキュラムを越えたリアルな学びも多かった。

また、最初は小さな仕事からだとしても、早いうちに実績を積み信頼を重ねていくうちに、少しずつ難易度の高い仕事でも声をかけてもらえるように。専門学校3~4年時には、ゲーム開発の仕事にも携わりましたし、紅白歌合戦の背景演出映像を担当する機会もありました。

ゲーム×映像。強みの掛け輪合わせで自社のブランドを確立

― 江口さんは学校を卒業後も、1年間フリーランスで活動をしています。就職せずに個人のクリエイターとして生きていく決断をしたのはなぜですか。

実は就職することも視野に入れていたんですよ。しかし、就職するとなれば3月いっぱいで当時参加していた仕事を降りなければならず、途中で投げ出したくなかったんです。それはクライアントに対しても申し訳ないし、何より自分のキャリアがそこで断絶してしまうような気がしました。だから、学生時代から手掛けていた仕事を継続するためにフリーランスを選んだという感覚ですね。

― その1年後には、現在の会社である「Glitz Visuals」を23歳で設立しています。起業されたのはどうしてですか。

理由はいくつかあるのですが、主な理由はより挑戦的な案件を手掛けていくためです。AAAタイトルのゲーム(編注:予算規模が大きくゲーム会社としても力の入った作品)や大手企業のCMなど、依頼される仕事の規模や難易度が上がっていくにつれ、個人としてお引き受けするよりも法人として体制を整えて向き合う方が、クライアントにとっても自分にとっても健全にチャレンジがしやすいと判断しました。

Glitz Visualsが手がけた仕事の数々。AAAタイトルのゲームや大手企業のCMなどが並ぶ(Glitz Visuals公式サイトより)
Glitz Visuals公式サイトより

― まだ20代の江口さんや設立したばかりのGlitz Visualsが、大型の案件を手掛けられるのはどうしてだと思いますか。

若さと行動力を武器にフットワーク軽くいろんな案件に挑戦してきたおかげで、「ゲーム」と「映像」のどちらにも実績があることですね。両方の知見を併せ持っているのは業界の中でも珍しく、そこを買われて依頼いただくことも多いです。

例えば、過去に参加した大河ドラマ『どうする家康』は、コロナ禍を理由に撮影に様々な制約があり、その制約を乗り越えるためにゲーム開発で使われている技術をドラマの映像に転用するという、ドラマの制作現場では前例のない仕事でした。

だからこそ、ゲームの技術も映像のことも理解している僕たちに声がかかった。そんな風に、どちらか一方ではなくふたつの得意を掛け合わせることで、自分たちならではの強みとして周囲にも認めていただけている気がします。

― その意味で言えば、江口さんはCG表現におけるライティング(照明)を専門とした「ライティングアーティスト」を名乗っており、Glitz Visualsでも江口さんの知見を活かしたライティング専門部署を立ち上げています。これも独自の強みになっているのでしょうか。

そうですね。ライティングアーティストは3DCGのゲームが主流になり、豊かな映像表現が可能になるにつれて生まれた新たな専門職。コンピューター上で光や影を表現するには、非常に負荷が高い計算処理が必要なため、近年はゲーム体験と負荷のバランスをみながら最適なライティングを組むための専門性が求められるようになっています。

僕がライティングを専門にしはじめたころは、まだ日本にライティングアーティストが100人もいなかった時代。CG全般のことが分かるジェネラリストでありつつも、何か一つ尖った武器を持ちたいという意味で専門性を磨き始めたのが、今の会社の強みにもなっています。

自分の夢を叶えるには、まずクライアントや従業員の夢を叶えること

― 江口さんはGlitz Visualsをどんな会社にしたいと考えていますか。

一言で言えば、業界を変えられるくらい影響力のある会社にしたいです。というのも、日本のゲーム業界や映像業界にはまだまだ古い慣習が残っていて、それが業界全体の生産性を下げている側面があると感じます。無駄が多すぎるから働く人たちの給料も上がらず、生産性が低く質の高い仕事ができないからハリウッドを超えられないのではないか。そんな風に思うことが、これまでのキャリアで少なからずありました。

でも、社員数20名程度の会社の社長である今の僕が声を上げても業界は動かないでしょう。だから、「あの会社が言うんだったら本気で検討しよう」と思われるくらいの会社にしたいと思っています。

とはいえ、設立当初はむやみに社員数を増やすつもりはなく、少数精鋭でいるつもりだったんですよ。でも、一緒に働く社員のみんなが幸せに働ける状態をつくるには、結局は自社だけではなく業界全体が変わらなければならないと感じ、今は会社の規模を大きくすることにも積極的になりました。その一環としてアニメ制作のグループ会社も設立。ハイエンドCGから手書きのアニメまで、あらゆる映像表現をつくれる集団として日本のエンターテイメントを盛り上げていきたいです。

ハイエンドCGから手書きのアニメまで、あらゆる映像表現をつくれる集団として日本のエンターテイメントを盛り上げていきたいと話す、Glitz Visualsの江口拓夢さん

― そうした目標を実現するために、江口さんがこだわっていることがあれば教えてください。

社員全員の叶えたい夢や目指しているキャリアを把握し、仕事を通して少しでも近づけるように応援することです。僕がやりたいことをみんなにも手伝ってほしいのだから、みんなのやりたいことを僕が手伝うのは当然のこと。社員とはWin-Winな関係でいたいですし、それはクライアントに対しても同じ。誰かの幸せの上に自分の幸せが実現している状態にこだわりたいです。

― Win-Winを大事にするのは、なにかきっかけがあったのでしょうか。

専門学校時代に自分を売り込んだ経験が大きいかもしれません。まだ何者でもなく、スキルも実績もなかったからこそ、どうやったら自分は相手に貢献できるのかといつも頭を捻っていました。「技術は未熟だけど時間はそれなりにあるから、時間のかかる雑務を引き受けることはできる」といった提案をして、相手にとってメリットのある形をつくることで自分のキャリアがはじまったんです。

だからこそ、お互いにとって利がある状態、言い換えるなら誰も損をしていない状態をいかにつくるかが自分の腕の見せ所。クライアントも社員も自分もみんなの夢が叶えられる状態を実現するのが、僕の目標です。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

江口 拓夢(えぐち・たくむ)

学生時代からフリーランスのCGデザイナーとして活動し、ライティングアーティストとして活動をスタート。AAAタイトルのコンシューマーゲーム開発に複数参画後、2022年に23歳で株式会社Glitz Visualsを設立し、同社CEOに。現在もゲーム開発やCM、MV、ドラマなどのCG制作を手掛けている。また、2024年にはアミューズメントカジノバーFratzをオープン。CG制作とアミューズメント事業を融合させ、エンターテイメント事業においても新たな価値創出を目指している。

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