営業現場発! 新規事業・店舗物件サイト『Tempodas』立ち上げ裏話

営業現場発! 新規事業・店舗物件サイト『Tempodas』立ち上げ裏話
新規事業『Tempodas(テンポダス)』を手掛けるリクルート従業員の田中 諒

2020年にサービスを開始し、2022年末には「関東エリア掲載物件数」No.1を獲得※した、店舗物件サイト『Tempodas(テンポダス)』。開始から2年で急成長を遂げた『Tempodas』だが、ある営業担当者の気づきから生まれたサービスだという。果たしてどのように生まれたのか、サービスに込められた想いや仕組みについて、サービスを手掛けたリクルート従業員の田中 諒に話を聞いた。

※「居抜き・スケルトン物件のユニーク掲載数」2022年12月時点 株式会社東京商工リサーチ調べ

なぜ開業前に経営支援ができないのか。営業としてのもどかしい気持ちが生んだ『Tempodas』

―2020年にサービスを開始した『Tempodas』ですが、そもそもどんなサービスなのでしょうか?

田中:『Tempodas』は店舗用物件を探している方(テナント)と不動産会社をつなぐ、マッチングメディアです。不動産会社から直接仕入れた未公開物件を含む物件情報を、テナントは完全無料で検索・閲覧でき、不動産会社も掲載費無料(成約時課金)で店舗用物件を多数掲載できるようになっています。現在、月間平均5000件以上の新規物件を掲載しており、2022年12月の実績として全国で2万6000件の物件掲載があります。

―リクルートには『SUUMO』など他の物件検索サービスがありますが、それとは異なるものなんですね?

田中:はい。『Tempodas』は新規事業として新たに立ち上がったサービスになります。これまで事業者の方向けの賃貸物件情報を主軸にしたサービスはリクルートにはなく、飲食店をはじめとする事業者が店舗用物件を探す際は、世の中にすでにあるポータルサイトでは情報が十分とは言えず、地元の不動産会社などを時間をかけて回って情報を得ることが一般的だったんです。そこに目をつけたのが店舗用物件に特化したマッチングメディアの『Tempodas』なんです。

リクルートの新規事業『Tempodas(テンポダス)』

ー『Tempodas』は田中さんの発案で生まれたサービスとのことですが、そもそもなぜ店舗用物件に着目したのでしょうか?

田中:私はリクルート入社後、『ホットペッパーグルメ』の営業として愛媛県に赴任したのですが、その時の経験がきっかけになっています。担当エリアの飲食店を回ってオーナーから経営状況を伺い集客支援をする日々。入社前に想像していたよりも多くの店舗が、売上不振を理由に店を畳んでいく…。私が入社1年目に担当させていただいていたあるクライアントも売上不振に苦しんでいらっしゃいました。不振の原因を探るために実際に店舗に足を運んでみても、味も接客も良く、周りの繁盛店との差はなかった。ただ、店舗が路地の奥まった少し分かりにくいところにあったのです。出店前に自分に相談してもらえたらともどかしい気持ちになりました。

―もどかしい気持ちですか?

田中:はい。『ホットペッパーグルメ』の営業として、立地や見せ方の重要性も知っていたつもりだったので、店舗を出す前にご相談をいただけたら、何かしらのアドバイスもできたのにと…。極端な話、広告にかける分を賃料に回していい場所に出店しましょう、とか(笑)。ただ、出店されたのは『ホットペッパーグルメ』の契約前のお話。『ホットペッパーグルメ』の営業である私がそのクライアントに事前にアドバイスをすることはできなかったんです。オーナーも命がけで商売をしています。なので、それ以降自分の担当クライアントが新店舗出店を検討している際は最大限ご協力をさせていただくことにしました。

―どんな協力を?

田中:そもそも、飲食店のオーナーというのはとても多忙です。店の営業はもちろんのこと、人の采配や売上管理、仕入れなど業務は多岐にわたります。そんななかで新店舗の物件探しで不動産会社を回る時間がない。なので、私が代わりに不動産会社を回って新店舗に良さそうな物件の資料をもらってくるので、一緒に検討をしませんか? と提案したのです。オーナーは驚きつつもご理解くださり、事前にご相談をしていただけることになりました。その後、実際にその方法で新規出店が決まり、業態や単価の設定も一緒に検討させていただきました。結果、売上も安定し、有難いことに新しく『ホットペッパーグルメ』への広告出稿もご依頼いただけたんです。この経験から、『ホットペッパーグルメ』が介入できる前の、飲食店オーナーに対する不動産マッチングの需要があるかもしれないと感じました。

思いもよらなかった新規事業開発への一歩

―その経験を基に新規事業を創ろうと思われたのですね?

田中:いえ。とても自分が新規事業を創れるなんて思ってもいませんでした。サービスを新たに創るのはプロダクト組織で働いている人たちで、営業経験しかない自分は直接サービスを立ち上げるイメージまでは持っていなかったんです。実際、この愛媛での原体験の後も新潟や大阪などの地方拠点で5年程、広告営業の担当を続けていました。

―そこからどのように『Tempodas』が生まれたのでしょうか?

田中:法人営業として東京に異動になったことが転換点でした。地方拠点で働いている時は、普段触れ合うのは同じ営業の人がほとんど。ですが東京だとサービスを創る側の人も同じ拠点で働いているんです。そこで、プロダクト担当者と呼ばれるような人たちにも接するように。それまでは、会ったこともないのに、なんだか鼻につく別世界の人達だと思っていたんですが(笑)、実際に会ってみると違いました。世の中にどんな不があって、どうすればそれを解決できるのかを真剣に考えてサービスを創っていたんです。その中で出会った新規事業のプロダクト担当の先輩に直談判し、業務の相談や情報交換をする時間をもらいました。

話をしていくなかで、愛媛での飲食店オーナーと不動産のマッチング需要に気づいた原体験と新規出店支援の話になりました。「営業現場でそこまでやってるの⁉ それ、Ringに出してみなよ」と言われたんです。リクルートに従業員が自由に応募できる新規事業提案制度「Ring」があることは知っていましたが、自分が通過するイメージは持ってなかった。ですが、自分が体験してきた課題は解像度が非常に高く、飲食店への不動産マッチングは本質的な経営支援につながるものなのだと気づかせてもらい、2018年の「Ring」に出してみることになりました。

リクルートの新規事業『Tempodas(テンポダス)』について語るリクルート従業員の田中 諒

―新規事業提案制度「Ring」へ起案してからは順調だったのですね。

田中:「Ring」に出そうと決めてからはどんどん進んでいきましたね。というのも、困っている経営者の顔がありありと浮かぶから。6年以上の営業経験を経て、私が向き合ってきた飲食店オーナーは1000人をゆうに超えていました。彼らが何に困っていてどんなサービスを欲しているのか、まるでオーナーたちが憑依しているかのように分かるので、サービス開発時に発生しがちな課題感のズレなどが生じにくかったのです。これは営業経験によって培われた圧倒的な顧客視点によるもの。営業を経験していない人たちには得られないアドバンテージだと思いました。

ただ、課題設定などに問題がなかっただけで、話を進めていくこと自体はとても大変で…。表計算ソフトもプレゼンテーションソフトもろくに使えない。構造化のスキルも論点思考も足りない。自分の頭の中を人に伝わるように資料化するということには本当に苦労し、周りに𠮟咤激励されながらなんとか案を練っていきました。毎日の営業業務と並行しながらの起案は忙しくはありましたが、自分でずっと課題に感じてきたものへの解決策をこの手で創れるかもしれないというワクワク感が大きく、苦には感じませんでしたね。今思うと、キャリアとしても大きな転機だったと思います。

―「Ring」という機会を存分に楽しんでいらっしゃったんですね。2018年度の「Ring」で受賞し、事業化に入っていったのですよね?

田中:事業検証のフェーズに進めた際は、ホッとしました。ただ、その後すぐに、一緒に進めてきたプロダクト立ち上げ経験のある先輩が退職をしたので、この後実際にサービスを創るところってどうするの? と不安な気持ちに。ですが、リクルートの「Ring」の仕組みって良くできていて、事業検証が決まった時点で、エンジニアなども参加してチームが結成されるんです。その方たちに相談しながら事業検証を進めていきました。プロトタイプを創っては実際にお客様に試してもらうという形をとるのですが、普通はこの検証協力をいただけるお客様を探すのにすごく労力が必要だったりします。ですが私は毎日のように飛び込み営業をしていたので、新規のお客様に検証のご協力のお願いに回ることくらい造作もなかったんです。一緒に創っている方たちに驚かれましたが、これも営業経験者のアドバンテージですね。

また、営業時代の仲間たちや、『SUUMO』にいる同期がクライアント紹介などでたくさん協力してくれたのにもとても感謝しています。

「データは見やすく揃っていないといけない」を覆す!?

―Ring受賞から2年経たない2020年にはサービスを開始しているので、順調だったのでは?

田中:そうでもないです。私は店舗を出したい飲食店側のニーズやインサイトには詳しかったのですが、不動産を提供する不動産会社のことが深くは理解できておらず、難航しました。店舗物件サイトである『Tempodas』を運営するにあたっては、不動産会社に物件掲載作業をしていただく必要があるのですが、その負荷が高く、なかなか物件情報を掲載していただけなかったのです。なので、その作業をいかに簡単にするかを考えた結果、OCR(光学文字認識)※を活用した入稿機能(特許出願中)を開発しました。既に持っている不動産情報をそのままドラッグアンドドロップですぐに入稿できるようにし、掲載作業が20秒/件程度(従来のポータルサイトは10分/件程度)で終わるようにしたんです。通常の検索サイトは、不動産会社がそれぞれ独自のフォーマットで持っているバラバラな掲載情報データを画一化させ、物件あたりの詳細情報をリッチにしていくことが王道ですが、それと逆の道を進んでみることにしました。

新規出店をするとなった場合、検索サイトに載っている情報だけで契約に至るケースはほとんどありません。通常は内見などで詳細の情報を確認しに行きますよね。『Tempodas』はあくまで物件情報の収集と選別に価値を集中することに。たくさんの質の高い物件情報が掲載されていて、物件と一緒に周辺の人口や店舗情報、開業閉店情報などのマーケットデータも閲覧できるサイトにブラッシュアップしていったんです。とにかく、テナントと不動産会社の業務負担を軽くしていくことを考えていきました。

※ OCR(光学文字認識):活字、手書きテキストの画像を文字コードの列に変換するソフトウェア

リクルートの新規事業『Tempodas(テンポダス)』の検索画面例
Tempodasのビジネスモデル※2023年3月時点

街に笑顔を増やしていくために『Tempodas』ができること

―結果、「関東エリア掲載物件数」No.1※を獲得されましたね。

※「居抜き・スケルトン物件のユニーク掲載数」2022年12月時点 株式会社東京商工リサーチ調べ

田中:現在、地方主要都市への展開も開始しています。いずれは私がこれまでにお世話になってきた飲食店のオーナーたちにもこのサービスを使っていただけるよう、どんどん拡大したいと考えています。また、取引不動産会社を増やすことはもちろんですが、さらなる未公開物件の掲載増も目指して動いています。

私自身、『Tempodas』を創るにあたっては、新規出店を検討しているオーナーたちが喜んでくださる姿を想像して頑張ってきたのですが、実際に『Tempodas』を利用して開店されたカフェにお邪魔した際、親子が嬉しそうにカフェを利用しているのを見て、出店は、その先にいる消費者の生活の一部を彩ることにつながるのだと考えるようになりました。自分の住む街にお気に入りのお店ができるってきっと嬉しいことで、『Tempodas』を通して街に笑顔を増やし、活性化していくお手伝いができているのだと気づけたんです。逆に好きなお店が閉店してしまう経験をここ数年された方も多いと思いますが、すごく悲しいですよね。営業の時に感じた中小企業の課題を解消し、『Tempodas』を通じた潰れない出店で街が元気になる、そんな世界を目指して今後も邁進していきます。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

田中 諒(たなか・りょう)
リクルート 新規事業開発室 アクセラレーション部 TempodasPJ推進グループ

大学卒業後、2012年に入社。『ホットペッパーグルメ』の営業として、愛媛や新潟、大阪、東京勤務にて中小企業〜大手法人営業を経験。新規事業提案制度「Ring」での起案で準グランプリを受賞、2020年より新規事業開発室へ異動。中小企業オーナーの経営課題・気持ちをより深く理解しようと自身も東京・銀座でBARを経営

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