累計利用者14万人を突破!障害福祉に特化した業務効率化サービス『knowbe』が生まれるまで
近年、日本の障がい者福祉をめぐる状況は大きく変化しています。高齢化にともない障がいを持つ方も増え、全国の障がい者数は約936.6万人と全人口の約7.4%を占めています。その障がい者をサポートする事業所(障がい児関連種別を除く)の従事者と利用者は全国に約223万人。計画相談(※1)の利用者数は、平成24年度から8年間で約14倍に増加し、障がいを持つ方が置かれている状況や抱えている悩みの相談に応じる必要性が増加しています(※2)。
「この変化のスピードからも、社会での事業所への期待役割が高まるとともに、業務が複雑かつ煩雑になってきていると言えます」そう語るのは、2016年にリクルートの新規事業提案制度「Ring(リング)」を活用し、障害福祉に特化した業務支援サービス『knowbe』を立ち上げた岩田圭市。障がい者の日常生活や社会生活を支援する福祉事業所の業務負荷削減に取り組むこのサービスは、2023年6月時点で累計使用者数は14万人以上を記録しました。サービス検討から開発まで8年かけて取り組むなかで、岩田が考えた支援のあり方、これから目指すことについて話を聞きました。
(※1)計画相談:サービス等利用計画についての相談及び作成などの支援が必要と認められる場合に、障害者(児)の自立した生活を支え、障害者(児)の抱える課題の解決や適切なサービス利用に向けて、ケアマネジメントによりきめ細かく支援するもの(出典:厚生労働省「障害のある人に対する相談支援について」)
(※2)出典:厚生労働省 令和4年「障害福祉分野の最近の動向」
きっかけは身近な問題意識から。検証を重ねて、サービス実現の方向性を模索。
ーそもそも、なぜご自身が当事者ではなかった障害福祉領域に着目したんですか?
岩田:社会人7年目のごく個人的な体験がきっかけです。友人がメンタルヘルスの不調のために会社を休職したことを知り、「どうすれば人がより自分らしく働ける環境をつくれるか」と考えるようになりました。それまでのキャリアでも、新規事業の立ち上げを担当していたのですが、ようやく自分ごとのテーマを見つけた気がして。
そこで、2016年に社内の新規事業提案制度「Ring」への挑戦を決め、産業医・社会保険労務士などの専門家50名ほどに話を聞きながら検証を進めました。その過程で、メンタルヘルスの不調を抱えた方だけでなく、障がいによる生きづらさ・働きづらさを感じている方がいかに多くいらっしゃるかということをより身近な状況として捉えるようになりました。これは私が当初友人の件で感じていた「どうすれば人がより自分らしく働ける環境をつくれるか」という問題意識と同じだと気づきました。この支援こそが、自分がずっと心に抱えてきた課題感の答えにつながるのではないかと。
ーとても大きな課題に思えますが…、どうやって解決しようと考えたんですか?
岩田:まず2017年に、就労を希望する障がい者の方向けにオンラインの学習支援サービスを提供しました。障がい者の就労支援は義務教育とは異なり、対象者の年齢層、通える時間、支援すべき内容や身につけたい専門性も異なるため、それぞれの事業所が自前で就労に向けたプログラムを用意する必要があります。多様性が高く支援が難しい一方、一部でも共通性のある内容についてパッケージ化できれば、より効率的な就労支援が行えるのではないか? と考えたんです。
―それで『knowbe』だったんですね!
岩田:はい。結果として、導入いただいた事業所からは「実際に就労が決まった」という嬉しいお声をいただいたものの、その人数は各事業所で1~2名程度。1事業所に平均20名の方が通ってらっしゃるので、より多くの方をご支援できるような方法が必要だと思うようになりました。
より多くの障害福祉の事業所を支援するために、自分たちができることは何か?
岩田:障がい者の就労支援に対してより解像度を上げるために、就労支援のステップを分解して課題の検証を重ねました。一般就労を目指す方は、ご自身の職業準備性(※3)に併せて必要な支援を受けていきますが、最も課題が大きいのは「健康管理や生活習慣、対人技能」など、職業準備性の土台の部分だったんです。 ここでは個人特性を把握した伴走が必要とされますから、私たちとしても施設のスタッフには敵いません。では、私たちはスタッフの皆さんに対してどのような支援ができるのか? という視点に移りました。
(※3)出典:はじめての障害者雇用 ~事業主のためのQ&A~(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構)
ー施設スタッフの方々への支援に目を向けたんですね。
岩田:スタッフの方々には、複雑化した周辺業務がボトルネックとなり、障がい者の伴走支援に注力できないという課題がありました。例えば、事業所にお話を伺いに上がると、支援サービス提供の実績管理・記録については、全て手作業で行っているのが実情でした。スタッフが勤怠管理のタイムカードを記入した後に、複数名でWチェックするなど、手作業の繰り返しも多い。ここを何とか効率化できないだろうか?と考えたのが、ヒントになりました。
加えて、業界では3年に1回、障害福祉サービスの報酬改定が行われるほか、障害福祉の事業者に求められる業務は年々複雑化していることも分かってきました。一方で、事業者の多くは従業員5~10名程度の規模であることが多く、対応工数がひっ迫しやすい。スタッフの皆さんが本来の支援そのものに専念できない状況に陥ったり、経営面でも人件費が売上を圧迫し、利益率を下げるのではないかと懸念しています。人の手を離せる業務はDXを進めることで、仕組み化・効率化することが役に立つと思うのです。
―具体的に、どのようにDXしてきたのでしょうか?
岩田:まずは障害福祉サービスの体系(※)のなかでも、共通の課題となっていた周辺業務について、電子化・業務効率化を行えるSaaSを開発しました。その後、実際に事業所の方のご意見もいただきながら、より細やかに業務プロセスにフィットさせたシステムに進化させていきました。2019年3月からは、『knowbe』 の主な提供価値をこの業務支援システムに振り切ることを決め、現在では主な体系でご利用いただけるものになっています。
※出典:障害福祉サービスについて(厚生労働省)
福祉事業者のスタッフが、本来やりたい支援に集中できる環境を目指して
ー直接的な教育支援から、間接的な業務支援に。これまでの方針を大きく変えることに、迷いはありませんでしたか?
岩田:そうですね、「このアプローチによって、施設利用者の方に対する支援の向上になるのか?」という問いに、常に向き合っています。私が今この方向性を信じられているのは、当時『knowbe』に関心を持ってくださった事業所100社に伺って、理想の状態やそのボトルネックとなる課題を共に会話させていただいてきたからです。「現状に満足していらっしゃるのか?それとも、本来目指したい状態や目標をお持ちなのか?」という点を具体的に確認していきました。そこでは、事業者の方々から三者三様の意見をいただいたんです。「さまざまな障がいに合わせて、多様な仕事の選択肢を提示できるようにしたい」「利用者の報酬を上げるために、単価の高い仕事も創出したい」など…業界全体として「障がい者の方が生き生きと働き、生活ができる社会」を目指していますが、そういった支援の実現に至るまでに、各事業所でそれぞれ乗り越えようとしている業務上の壁があるように思えました。その事業者の方々の力になりたい、というのが、私たちが『knowbe』に取り組む明確な目的になっています。
ー業務支援SaaSに舵を切って、事業者の方からどんな具体的な声が挙がっていますか?
岩田:「目の前の業務が楽になった」というだけでなく、「その時間を利用者への支援の質の向上に使えるようになった」という声などもいただきました。例えば、就労支援の事業所では、利用者の方にマッチした新たなお仕事の案件を獲得したり、施設外の就労機会をつくることで業務範囲を拡げていただいたりといったことです。 また、事業所で働くスタッフに対しても、労働環境の改善や働きがい創出につながる仕組みを創出できたといった側面もあると分かりました。
ー障がい者の方だけでなく、スタッフにもいいことがあるんですね。
岩田:日本ではあらゆるサービス業界の人手不足が課題視されていますが、福祉業界も例にもれず、担い手不足の問題が顕在化しています。現在は、スタッフの業務の負荷を減らすというアプローチで、業界の人材不足解消に一定のお手伝いをしている形かと捉えていますが、業界に携わるスタッフの数や、スタッフの育成という側面からも、課題や取り組む余地がまだまだ存在しており、構造的な変革も求められていると思うのです。『knowbe』を通じて、そういった業界のアジェンダに取り組んでいこうとする事業者の方々を支援できれば嬉しいです。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 岩田圭市(いわた・けいいち)
- 株式会社リクルート プロダクト統括本部 新規事業開発室
knowbe事業推進部 部長 -
2009年にリクルートへ新卒入社。旅行メディアによる宿泊施設の集客支援に営業として従事。半年後『じゃらんnet』のWebディレクターとして、顧客向けサービスの開発を担当したのち、『チラシ部!』『ポンパレ』の企画開発、外部サービスとの提携検討、リクルートIDの横断広告事業の立ち上げ、『ホットペッパーグルメ』の新商品立ち上げを経験。2016年の社内新規事業提案制度「Recruit Ventures(現Ring)」にエントリーした『knowbe』でグランプリを受賞したことをきっかけに、現組織で事業化を進め、現在に至る