人材大流動化時代に社内外から‟選ばれる企業”のあり方とは? 各社人事と最新施策を語る
人材不足・人材流動の時代に、どうすれば‟働く人”たちに選ばれるのか、またどうあれば従業員エンゲージメントを高く維持し続けられるのかは企業の重要課題。
そこで各種調査データを用いながら、 Unipos株式会社、東洋製罐グループホールディングス株式会社、味の素株式会社、株式会社リクルート4社の取り組みを紹介するセミナーを開催しました。
1. 調査データに見る「人材大流動化時代」の変化とは
企業は今、ビジネス環境の変化に加えて、「かつてないほどの人材不足」「働く人の価値観の多様化」に同時対応しなければならず、これまでと同じでは企業と働く人との関係を維持することが難しくなってきています。まずはそうした状況について、株式会社リクルートHR横断リサーチ推進部マネジャー・研究員の津田 郁がさまざまなデータを基に解説しました。
<データから分かる3つの変化>
- 転職市場の変化:構造的な人手不足を背景に働く人の機会と選択肢が増加
- 働く人の価値観の変化:「キャリアオーナーシップ(自律的キャリア)」が前提になっている
- 企業の課題意識の変化:約6割の企業が「制度を変える必要がある」と感じている
転職市場の変化
津田:2010年~19年の10年間のデータ(※1)を見ますと、日本の経済成長(1.1%)は、労働生産性の向上(0.3%)と労働参加者率の伸び(0.8%)によって支えられています。他の先進諸国と比べると、労働参加率の比重がかなり高いことを示しています。
しかし人材不足は常態化しています。日銀短観(日本銀行「全国企業短期経済観測調査」 )の業況判断指数と雇用人員判断指数を比較すると、2013年頃から人材の不足感が高まり続けている様子が分かります(※2)。
一方、転職を希望する人たちに目を転じると、コロナ禍で落ち込んだ求人数は2020年度を底に回復。現在ではコロナ禍前の約2倍の水準まで求人数が増えました(※3)。同時に、転職によって賃金が増えた人の割合も増加傾向にあり、数値の観測開始以来の最高値を更新しています(※4)。労働市場においては、選択権は‟働く人”側に移り、転職を希望する人たちにとっては機会と選択肢が増えたと言って良いでしょう。
働く人の価値観の変化
次に、働く人の価値観の変化について、ふたつのデータを基にお話しします。ひとつ目のデータは、若手社員を対象にした調査です。「現在の会社で定年まで働き続けたい人」は約2割。働き続けたい年数では「2・3年」が約3割で最多となっています(※5)。ふたつ目のデータは、大学生を対象に「企業独自の特殊な能力」と「どこの会社に行ってもある程度通用する汎用的な能力」のどちらを身に着けたいか聞いた調査。「汎用的な能力を身に着けたい」という回答が、2014年卒の学生が約7割だったのが、2024年卒では約8割に伸びています(※6)。働く人の価値観が、「キャリアオーナーシップ(自律的キャリア)」を重視したものに変化してきている証拠だと思います。
企業の課題意識の変化
転職市場の変化のなか、企業側はどのように考えているのでしょうか。市場の変化に合わせて、企業は人事制度や雇用慣行を変化できるのでしょうか。
調査の結果、企業の人事制度や雇用慣行について、約6割の企業が「変える必要がある」と感じているものの、実際に制度改革に積極的な企業はそのうちの4割にとどまり、残りの6割は足踏み状態にあることも明らかになりました。一方で、積極的に制度改革した企業では、労働生産性やエンゲージメントが高くなっていました。ちなみに、改革すべき課題としては、従業員のモチベーションの維持・向上、中途採用、定着率向上などが挙げられています(※7)。
もはや会社に勤め続けることが当たり前でなくなっている「人材流動化時代」においては、働く人から選ばれる企業になるために、今までの仕組みや制度、雇用慣行をアップデートする必要があるというわけです。
2. 「働く人に選ばれる企業」であるために意識すべきこと
こうした課題を解決し、働く人に選ばれる企業になるためには、どのような制度改革、意識改革が必要なのでしょうか。そのキーワードとして、“Closed to Open” という考え方をご紹介できればと思います。
<データから分かる3つのカギ>
- 制度改革・意識改革に必要なのは“Closed to Open”の考え方
- 採用力を上げるためには、外部労働市場との接続が必要
- 人材の定着率を上げるために、企業の考え方・基準の情報開示を行う
制度改革・意識改革に必要な“Closed to Open”の考え方
津田:先ほどの調査結果(※7)を詳しく分析してみると、改革に積極的な企業の取り組みには一定の傾向があることが見えてきました。それは、これまで内向きであった人事制度や雇用慣行について広く開示し、働く人が自らの潜在能力や可能性を開放できる仕組みを作っているということです。
私たちはこうした方向性を“Closed to Open”、いわば社内外の働く人に選ばれるための考え方として提案したいと考えています。
‟Closed to Open”はエンゲージメント向上にも有効
なぜ“Closed to Open”の考え方が必要なのでしょうか? 企業が働く人に選ばれるための重要な指標のひとつ「従業員エンゲージメント」の調査分析からも、“Closed to Open”の考え方が重要であることが見えてきました。リクルート 就職みらい研究所 研究員の水野理哉が解説します。
水野:参考になるデータがあります。「働く人の職場や仕事への熱意の度合い」を示す、従業員エンゲージメント調査です。従業員エンゲージメントに相関があるものを確認したところ、下記4つの項目でエンゲージメントとの高い相関が見られました。
- 「主体的に考える」ことが促進されること
- 他部署や社外との交流により、「社内外のネットワーク」が活性化していること
- いつもの仕事の延長線ではない「新たなトライ」ができること
- 「対話」を通じて周囲からフィードバックがあり、ともに学べる職場であること
これらを見ても、“Closed to Open”の考え方が、従業員エンゲージメントに影響を及ぼしていることが分かります。
従業員エンゲージメント向上のカギは、会社単位ではなく個人単位でエンゲージメント指標を見ていくこと。またその個人を会社・組織の従属者として「満足させる」ことを目指すのではなく、個人に「新たな機会を提供し、対話する」ことが重要だと言うこともできます。これは、“働く人”の可能性を広げることであり、やはり“Close to Open”の考え方が重要だと言えるでしょう。
さらに、個人を対象に行ったキャリア自律に関する調査でも、「社内外のネットワーク」や「対話」があると、従業員が「キャリア自律意識」を持てている状態になることが分かりました(※8)。つまり、エンゲージメント向上に関わる“Closed to Open”の考え方は、「キャリア自律支援」にも影響があるということです。
採用力を上げるためには、外部労働市場との接続が必要
外から選ばれる、つまり採用力を上げる“Closed to Open”の具体的事例は、「外部労働市場との接続」です。外部の賃金等の水準をモニタリングし、定期的な賃金や報酬の見直しを行い、社内の賃金の満足度や納得度の確認を行うといったことを指します。また、多様な人材を受け入れ、働く人が望むキャリアプランを実現できるようシステムを適応させ、多様なキャリアパスを用意するなど、働く人の選択肢を広げる施策も該当します。
人材の定着率を上げるために、企業の考え方・基準の情報開示を行う
社内の人材から選ばれる、つまり人材の定着率を上げる“Closed to Open”の具体的事例として、「評価に関する基準」を明確にし、フラットに評価して、次の目標へとつなげるといったことが挙げられます。
既存の仕事やその延長だけではなく、新しい挑戦やトライの機会提供を行い、個人の希望するキャリアや生活を尊重し支援する仕組みづくりを行うことは、エンゲージメントや内発的動機の向上につながると考えられます。
3. 企業から学ぶ具体的な人事施策事例
制度改革を行った企業事例として、Unipos株式会社、東洋製罐グループホールディングス株式会社、味の素株式会社、株式会社リクルート、各社の登壇者が取り組み事例を共有しました。
事例1:事業の大転換に伴い導入した「eNPS」制度
Unipos株式会社 代表取締役社長CEO田中 弦様:コロナ禍を経て事業の大転換に踏み切った当社の場合、投資家や従業員の関心事は、「会社戦略の変化に従業員がどの程度ついて来ているのか」ということ。それを測るために、職場に対する推奨度を表すeNPSを導入しました。eNPSとは、「親しい知人や友人にあなたの職場をどれくらい勧めたいか」を尋ね、「職場の推奨度」を数値化したものです。この結果を社内外に見せることに意義があると考え、分布も含めて全て公表しています。
社外向けの公開は1年に一度ですが、実は社内向けには3ヶ月に一度測定し、経営会議のアジェンダにも入れています。部署別、年代別などに数値を見て、対処が必要と判断すれば従業員と対話して、制度の見直しや拡充に向けて検討を進めます。
情報を開示する際に、「良く見せる」ことを考えてしまいがちですが、格好つけすぎないことも大事なのではないかと思います。投資家や従業員など、相手によってコミュニケーションを変えていると、実態とずれてくることが多くなります。そうなると結果、投資家はもちろん、社外の求職者や社内の人材にも選ばれなくなってしまうのではないでしょうか。
事例2:会社間での制度の違いを解消するために導入した「1人当たりEBITDA」指標
東洋製罐グループホールディングス株式会社 人事部人事企画グループリーダー 鈴木 誠様:当社グループは、2013年にホールディングス体制に移行。そのため、主要グループ会社間で制度が統一されていないという問題がありました。とくに管理職の賞与の連動指標をどうすれば良いのか? という議論のなかで、1人当たりEBITDA(財務指標)をグループ共通指標として用いるようになりました。
さらに、従業員等の健康管理を経営的な視点で考える「健康経営」を目指し、ストレスとエンゲージメントを同時に測定する調査も行っています。そのデータも含めて、1人当たりEBITDA(財務指標)とエンゲージメント(非財務指標)を結びつけ、年代・部門等別に分析し、レポートとして社内外に開示しました。
1人当たりEBITDAとエンゲージメントについては、過去のデータを基に両者に相関があることを見出し、社内では経営会議や人事部長レベルで数字を共有して施策の検討に役立てています。実際にエンゲージメントが向上すると1人当たりEBITDAが上がるのかという点については未知の部分もありますが、厳密に科学的に設定するよりも、まずは仮説であっても設定し、PDCAで仕組みを変えていければ良いと考えています。
事例3:「対話」によってエンゲージメントを高めるマネジメントサイクル
味の素株式会社 コーポレート本部執行理事人事部長 山本直子様:私たちは、事業を通じて社会価値と経済価値を共創する「ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)」の実現を大切にしています。このASV成果創出の取り組みを全社横断のチームがけん引し、スタートしたのは2020年。23年度で4年目となります。個々の活動は以前から行っていたものも多いのですが、当社グループが、伝統的に重視している「対話」のプロセスを大切にしながら、改めて仕組み化しました。
カギとなるのは、やはり「対話」です。ASVについて深く理解し、自分のやりたいことや目標と重ね合わせること。このプロセスにより、ASVが浸透し、従業員エンゲージメント向上に寄与すると考えています。「対話」の質を上げるためには、①上位者に対する聞く、引き出すトレーニング、②一人ひとりが自分ごと化、言語化して現場の仲間と共有し励まし合う 、③エンゲージメントサーベイを行って振り返りを行う、④飽きずに続ける工夫を行う、といったことを実践しています。
対話の種類は、「1対1」、「1対 複数名のグループ」のスタイルや、毎年テーマを求めてシニアマネジメントが全社をまわる(企業行動委員会)など各種展開。最近は直属の上司とはできない対話をする「ナナメメンター(斜めの関係性になるような人に相談すること)」の場を設け、コーチングのトレーニングを受ける機会なども提供しています。
当社が大切にしている「対話」においても、“Closed to Open”の考え方と同じで、透明性、機会の提供ができていることが大事だと思っています。また施策推進する人事の側が、変化を受け入れる「柔軟性」、ありきたりではありますが「誠実さ」も大事だと、皆様の話をお聞きして改めて感じました。
事例4:「好奇心」を機会に接続する人材マネジメントサイクル
株式会社リクルート 人材・組織開発室室長・ヒトラボラボ長 堀川拓郎:当社では、2021年の会社統合を機に会社のコンセプトを「CO-EN」とし、個人の好奇心と情熱が集う場であり「街の公園のように社内外の垣根を越えて、出会いが生まれる場を作る」ことを目指しています。
そのため、人材マネジメントサイクルの中心に据えるのは「好奇心」。一人ひとりの好奇心を拡げていただくためにも、社内外のネットワークの活性化に力をいれています。新規事業提案制度である「Ring」に社外の方も参加できるようにしたり、社内の人材流動性を高めるために異動機会を増やす等しています。従業員エンゲージメントサーベイの結果では、「チャレンジの機会が多い」が「働きやすさ」や「報酬」より上位に入ってくることもあり、人事部としてその「機会提供」の質と量にこだわっていきたいと考えています。
また、高いパフォーマンスにつなげるために最も重要なのは「内発的動機」であるとの考えから、個人と会社のやりたいことがマッチングできているかを半期ごとに確認。マネジャーからメンバーまで各個人が「個」の強みを活かし合う関係づくりに取り組んでいます。当社の人材マネジメントポリシーとして、個人に期待するのは「自律・チーム・進化」。そのなかで、人と会社をつなぐ存在としての「チーム」に重きを置いているのも特徴です。
今日お話を聞いて感じたのは、これからはやはり「対話」と「機会」が求められるということ。当社でも、好奇心と情熱が集う場であるために、対話と機会を積極的にオープンにしていきたいと思います。
※1 「内閣官房新しい資本主義実現本部事務局『賃金・人的資本に関するデータ集』(2021)」、「World Bank Data, ILO STAT Database」より
※2 日本銀行「全国企業短期経済観測調査」より
※3 リクルート「2023年度 転職市場の動向」より
※4 日本銀行「全国企業短期経済観測調査」、リクルート「転職時の賃金変動状況」より
※5 リクルートワークス研究所「大手企業における若手育成状況調査報告書」より
※6 リクルート 就職みらい研究所「働きたい組織の特徴」より
※7 リクルート「企業の人材マネジメントに関する調査2023」より
※8 リクルート「キャリア自律に関する調査」より
登壇者プロフィール
※プロフィールは取材当時のものです
- 山本直子(やまもと・なおこ)氏
- 味の素株式会社 コーポレート本部執行理事人事部長
- 田中 弦(たなか・ゆづる)氏
- Unipos株式会社 代表取締役社長CEO
- 鈴木 誠(すずき・まこと)氏
- 東洋製罐グループホールディングス株式会社 人事部人事企画グループリーダー
- 堀川拓郎(ほりかわ・たくろう)
- 株式会社リクルート 人材・組織開発室室長/ヒトラボラボ長
- 津⽥ 郁(つだ・かおる)
- 株式会社リクルート HR横断リサーチ推進部マネジャー・研究員
- ⽔野理哉(みずの・まさや)
- 株式会社リクルート 就職みらい研究所 研究員