【後編】地域活性のヒントは「マーケティング」にあった! 宮崎県日南市マーケティング専門官×千葉県流山市広報官対談
この街に必要なものは何か? マクロな視点で街の未来を考える地域マーケティングには、市民と街が共に成長していくビジョンがあった。
地域行政にこれまでなじみの薄かった「マーケティング」を取り組む実践者である千葉県流山市の広報河尻和佳子氏と、宮崎県日南市のマーケティング専門官田鹿倫基氏がこれからの地方活性のありかたを語る本対談。前編では企業と地域におけるマーケティングの違いについて伺ったが、後編では実際の施策と、そのなかから見えてきたそれぞれの今後の展望を語る。
ー ベンチャー企業の誘致に取り組む日南市では、具体的にどんな施策が行われているのでしょうか。
田鹿倫基(以下・田鹿) メインの年齢層が圧倒的に若いIT企業を中心に、この3年間で5社を誘致し、今後5年間で約100人の新しい雇用が見込まれています。なぜIT企業だったかといえば、彼らは遠隔でも仕事ができる職種のため、都心を離れることにあまり抵抗がない。また比較的若い仕事が世代が多いので10年後に彼らの子どもが育ってきたとき、次につながるチャンスがあるからなんです。誘致にあたっては、まず日南市に招待し、地域のいいところを知ってもらえる案内をしています。そして、宮崎のおいしいものをどんどんおすすめする(笑)。移住という大きな決断に至るには、この街の魅力を知ってもらうことが一番ですからね。そして、各社の状況や要望を入念にヒアリングし、それぞれの会社に見合った日南市進出プランを最短2週間で提案しています。これも企業誘致の大きな要因となりました。
河尻和佳子(以下・河尻) そのスピードは驚異的ですね。商工会系の部署とはどんな連携を取っているんでしょうか?
田鹿 早急に制度の見直しをはかってくれるチームが市役所内にいるんです。日南市はぼくのような民間人を採用したことが注目されがちですが、ぼく一人の力だけではこうはならなかったでしょうね。彼ら市役所チームのサポートがあってこそ、画期的な施策が実現できていると思っています。
ー ベンチャー企業を営む方々の中には、地域とのつながりや社会にとっていいことをしたいという意識が強い方も多いのではないでしょうか。
田鹿 まさにそのとおりで、都心で働くだけでは見えなかった土着のつながりに関心を寄せてくれる方が増えています。ベンチャー企業の方をお招きする際にはいつも、地域の人々とも交流できる場をつくっているのですが、そこでは地元の食をみんなで楽しんだり、地域のお祭りや消防団の話などをしたりするうちに、新たなコミュニティが生まれています。こうしたつながりに価値を見出してくれる若い方がとても多いんです。
ー 流山市では、子育て世代へのプロモーションとしてどんな施策を行っているのでしょうか。
河尻 人が住居を決めるまでには、4つのステップがあると思っています。まず1つめは、広告などを通して、市の存在自体を知ってもらうこと。2つめは、実際に訪れてもらって、どんな街かを知ってもらうこと。このきっかけ作りとして、さまざまなイベントを定期的に行っています。そして3つめはこの街のファンになってもらい、4つめで実際に「住む」という決断へと至る。この段階を念頭に置きながら、その時々の目的に見合った企画を展開しています。
また、流山市には「流山おおたかの森駅」と直結の送迎保育ステーションを設置しています。これは、つくばエクスプレスの開業前からディベロッパーさん等と協議して準備を進め、園児が一度も外に出ることなくバスで送迎できるようにし、安心してお子さまを預けていただける仕組みにしています。さらに、南口にある駅前広場は人々が交流できる場所として設計されており、最近では子どもがいるとなかなか飲みに行けないママたちが外でお酒を楽しめるような夏のイベントなども開催しています。
ー マーケティングの取り組みを通して見えてきた、これからの課題や可能性があれば教えてください。
田鹿 日南市は古くから港町として栄えた地域で、外からやってくる人たちに対して懐の深い土地柄です。若者の新しい挑戦を応援する風土があって、上の世代がどんどん彼らの挑戦を応援してくれる。この土地の文化と、いま推進しているベンチャー企業の誘致はとても相性がいいように感じています。また、日南市エリアを領土としていた飫肥藩(おびはん)は、お隣の島津藩から何度も攻撃されながらも、武士も農民も一丸となって総力戦でこの地を守り抜いてきたという歴史がある。階級社会に左右されずに培われた、日南市独自の連帯感があることを知りました。
河尻 その連帯感を一から醸成するには、きっと何十年もの歳月を要しますよね。地域の風土に適したアクションができているんですね。
田鹿 それは幸運なことですが、この少子高齢化社会で持続可能な街を築いていくには、ただ人口を増やそうとするのではなく、逆ピラミッド化してしまう世代人口を整えることが先決だと思っています。人口動態をキレイなドラム缶型にするには、先細りがちな若い世代を市に連れてくる必要がある。そうしたマクロ視点のデータを見ながら地域の未来を考えていくことが、マーケティング担当としての役割だと思っています。
河尻 流山市も知名度や認知度の向上はある程度進み、第1ステージとして目標としていた子育て世代の人口の増加は少しずつ実現できてきました。その分、保育園の待機児童数が増加傾向にあるなど、新たに浮上した課題も山積みです。またこれからは第2のステージとして、シビックプライドを育てていくという目標があります。外向けに宣伝しているだけではダメで、流山市で暮らす人々の中に街を誇りに思う気持ちが生まれるように、市民の満足度を上げていく必要がある。毎年、マーケティングの成果が問われる際に、人口動態は指標が取りやすいですが、ブランディングはそうではないんですね。これはとても地道なアクションで、常に試行錯誤の連続ですが、最近では流山市のママさんたちとつながる活動をさらに増やし、彼女たちと共にこの街を盛り上げていく気運を高めています。人口も市域も比較的コンパクトなので、一人が動くだけで大きな波及効果を実感できることが多々あります。まだまだ余白と伸びしろのある街だからこそ、市民の一人ひとりと一緒に成長していける市としてアピールしていきたいと思っています。