【後編】クリエイティブで勝負する社会課題 MOTHERHOUSE 山口絵理子 × NOSIGNER 太刀川英輔
バングラデシュ発のファッションブランドMOTHERHOUSEの山口絵理子氏と、ソーシャルデザインに携わるNOSIGNERの太刀川英輔氏が語る社会課題の未来とは?
バングラデシュに単身で飛び込み、ゼロからバッグブランドを立ち上げた山口絵理子さんは、国内外に27店舗も持つほどに事業を拡大させ、途上国に新たなビジネスを生み出し続ける実業家だ。その一方で、いまもバングラデシュの工場に通い、バッグのデザインから皮のなめしまで自身で行い、現地の職人とともにものづくりの現場に立ち続けている。
一方、ソーシャルイノベーションを理念とするデザインファームNOSIGNERを主宰する太刀川英輔さんは、全都民に配布された防災ガイドブック『東京防災』や、国内外の地場産業や教育、公共などのプロジェクトに携わり、領域横断的なデザイナーとして活躍している。互いの仕事をリスペクトするという二人に、社会課題を抱えたビジネスを成功に導くコツを尋ねた。
ー 社会課題にまつわるプロジェクトを広めようとするとき、「いいね!」という共感や気付きを集めることはできても、その次のアクションとして、人々が自ら行動するように促すには大きなハードルがあると思います。その点はどう考えられていますか?
山口絵理子氏(以下、山口 ※敬称略) とても大きな問題ですが、社会課題のコアな部分に共感してくれる人々以外は、やっぱりモノありきでしかコミュニケーションできないんですよね。「かわいい」とか「使いやすい」といった感情に訴えることが、その人たちとバングラデシュをつなげる一番の近道なんです。それはすごく健全なことだと思っていて、人間の根源的な欲求が絡んだときにこそ、ものごとは加速的に広まると思っています。それができるものづくりが好きですし、特にファッションは大きな力を持っています。
ー 欲望を肯定する、ということですね。太刀川さんはいかがですか?
太刀川英輔氏(以下、太刀川 ※敬称略) 人間誰しも、自分が暮らしている領域外のことなんて、そう簡単に想像できないんですよ。自分の持っている興味の範囲はとても狭いんだけれど、そこから興味を引くために、ある種の階段を設計するんです。たとえば以前クリエイティブ・ディレクションを手がけた、全都民に配布したブック『東京防災』では、まずアイコンとなるキャラクターで印象付け、イラストをパラパラめくって眺めても、何らかの情報が目に入ってくるように入り口を低く設計しています。その先にはマンガがあって、一つひとつ読み込んでいくと、実はかなりディープな情報まで受け取ることができる。「社会課題のために何かしましょう」と呼びかけても人は動かないけれど、自分の日常や、普段やっていることに置き換えてみたときに想像がぐっと広がると思うんです。
山口 わたしの場合、ブランドの背景やバングラデシュという言葉にまったくピンと来ない人に対して、何がフックになるかはいつも考えていますね。太刀川さんが仰るとおり階段は必要で、ひとつめは素材です。マザーハウスのバッグは生地からすべてバングラデシュ産であるということ。その次は、現地の職人がどんな工程を経てバックを作っているかということが、思いを伝えるツールにもなります。そして最後に、最もとっかかりになりやすいのが販売スタッフなんです。販売員とお客さんの間のコミュニケーションを通して、また来たいと思ってくれたり、ブランドへの理解が深まったりもする。そこで、この夏のイベントではバングラデシュ、ネパール、インドネシアから職人を日本に呼んで、実演ショーを開催しました。
太刀川 それは職人の方にとっても貴重な経験ですね! きっと、自分たちのつくったものが売られている現場を間近で見たら驚くでしょうね。
山口 1週間ほど各地のお客様の前で実演ショーをしたのですが、すごく緊張していたと思います(笑)。過去にもバングラデシュの職人に来日してもらったことがあるんですが、その子はいまや村のヒーローになっています。日本に行くのがずっと夢だったと言ってくれて、わたしも嬉しかったですね。彼らが憧れの対象になるようなモデルをつくっていく重要性を感じています。
ー ヒーロー/ヒロインをつくるという意味では、太刀川さんの仕事にも通じる部分があるのではないでしょうか。
太刀川 そうですね、ぼくが仕事をやりたいと強く思う基準の一つは、この人じゃなきゃできない仕事だ、と感じるかどうかなんです。たとえば『東京防災』を一緒につくった電通のクリエイティブ・ディレクターの榊くんは、神戸出身で被災経験者だったんです。だからこそ、防災を伝えることの使命感が彼の中にはしっかりとありました。そうした鍵を握るチェンジメイカーがいたとき、彼らの後押しをすることがデザイナーの役割だと思っています。彼らのビジョンに向かって、パッケージのビジュアルからものごとの仕組みまで、あらゆることをデザインで提示していく。そのためにも、彼らが見ている景色に寄り添いたいと思うんです。
山口 寄り添い続けるには根気もいりますからね。バングラデシュにも大手の日本企業が参入してくることがあるのですが、大抵は2〜3年でドロップアウトしてしまうんです。それは、ベンガル人の理解力が劣るだとか、彼らとうまくコミュニケーション取れないといった理由が大きかったのですが、わたしのように10年続けていると、まったくそうは思わないんですよね。言葉も覚えて、じっくりと密なコミュニケーションを続けていけば解決するし、もっと良くなることもありますから。
ー そうして10年以上も続けてこられたいま、次のビジョンはどこにあるのでしょうか。
山口 いまはバングラデシュ以外にも、ネパール、インドネシアに生産地を拡大し、各地の産業をブランド化しています。わたしのミッションは常に、その国の最高のマテリアルと職人で、最高のプロダクトを生み出すということ。個性のない国なんてないので、世界の国の数ほどアイデアが出てきますよ。わたしは画一化された大量生産モデルに興味はないし、世界のためには多様なプロダクトをどんどん生み出していきたいと思うんです。そこでは、各地の国民性や文化を現場で理解していく必要もあるので時間もかかりますが、いま販売力が伸びてきたおかげで、圧倒的にスピードは早まりましたね。
太刀川 ビジネスサイドに強い人が内部にいるんですよね?
山口 生産の仕組みから流通までをコントロールしているオペレーション・オフィサーの力は偉大ですよ。ファイル一つの管理方法だけでも、改善していく能力が抜群に長けた人がいる。逆を言うと、わたしみたいな人間がたくさんいたら組織は大変です(笑)。5年前くらいまではわたしが先頭に立って、人事評価なんかもしていたんですが、ものづくりに集中できなくて大変だったんです。そんなとき、あるスタッフが「山口さん、人事の仕事向いてないんじゃないですか」と言ってくれて(笑)。すごく肩の荷が降りました。「山口さんは海外に行って、新しい卵を産んでください」と。
太刀川 優秀なスタッフですね。いまどこもかしこもイノベーションが叫ばれますが、イノベーターって本来は組織に1人か2人でいいんですよね。あるチームの中にアイデアマンがいて、それを支えるビジネスマンや、コミュニケーターがいるのが理想。いまはひとりの人物になんでも求め過ぎなのかもしれませんね。
山口 一企業として、財務が自立していることも大事だと思いますね。投資ももちろん重要ですが、人のお金で動いてしまうとそれに帳尻を合わせなくてはならなくなるんです。ミシンは一定のスピードでしか走りませんから、自分たちができることの限界も見極める必要も感じています。
ー ビジネスを拡大させることと、個々のものづくりを大切にすることに矛盾は生まれませんか?
山口 ひとつのブランドを巨大にしていくのって、根本的に日本人の戦い方ではないと思うんです。ですから、いまは「Small is beautiful.」という価値観をもって、多様なブランドをいくつも作っていこうと思っています。それぞれに適したブランドのサイズ感を大事にしながら、横に広がっていくのがベストだし、多様な価値観を育めると思うんですね。今後の目標は、社長を何人つくれるかってことですね。
太刀川 とても共感しますね。多様な価値観というのは、豊かな想像力を持てるかどうかにも関わってきますよね。ぼくは社会課題に関わることが多いけれど、「ソーシャル」とタグ付けられるようなカテゴライズにはまったく意味がなくて、どれだけ遠くまで想像の範囲を広げられるかどうかが重要だと思うんです。例えばいまここにぼくが買ったカバンがあるとして、それがどこで売られていて、どうやって作られたかを想像していくと、ひどい生産過程を経たものはなるべく手に取りたくないですよね。そうした自分を基点としたときのマクロな視点が、結果として社会的デザインになるんだと思うんです。
ー 最後に、お2人にとって一番の「社会課題」は何だと思いますか?
山口 最も大きなものは、やっぱり偏見。バングラデシュという国に対して、いまだにイスラム教への偏見も消えないし、貧しくて危険な場所だという認識は変わりません。でもわたしは、それだけじゃないよってことを、商品を通じて伝えたいんです。愛用しているバッグの国だと知れば、少しは見方も変わってくるはず。大きな流れには対抗できなくても、端っこでそれを示し続けたいんです。
太刀川 ぼくの一番の興味はクリエイティビティなんです。そして、誰しもが自身の中に秘めたクリエイティビティを取り戻せるという信念があるんですよ。それが発揮されたとき、社会はもっと多様になっていくと思う。それに、自分の手で何かを作り出せることは、自ら築いた第2、第3の選択肢を選べるということでもある。みんながそれを選べるようになれば、決められた社会構造の中だけで鬱屈することもなくなると思うんです。
そのためにも第2の選択肢をつくるというタフさが必要なんだけど、最近出会った中で一番タフな人が山口さんです(笑)。みんな理想と現実に折り合いをつけてしまおうとするけど、山口さんは絶対に諦めない。それって、自分が信じた理想への素直さだと思うんですよね。
山口 ありがとうございます。太刀川さんの本を読んで、圧倒的にほかのデザイン本と違うと感じたのはクリエイターへの愛情なんです。いつも太刀川さんは最後に作り手の背中を押してくれるんですよね。
プロフィール/敬称略
- 山口絵理子(やまぐち・えりこ)
- 株式会社マザーハウス代表取締役兼チーフデザイナー
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1981年埼玉県生まれ。慶應義塾大学卒業。ワシントン国際機関でのインターンを経てバングラデシュBRAC大学院開発学部修士課程入学。
現地での2年間の滞在中、日本大手商社のダッカ事務所にて研修生を勤めながら夜間の大学院に通う。2年後帰国し、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」をミッションとして株式会社マザーハウスを設立。現在バングラデシュ、ネパール、インドネシアの自社工場・工房でジュート(麻)やレザーのバッグ、ストール、ジュエリーのデザイン・生産を行う。日本国内19店舗、そして台湾6店舗、香港2店舗で販売を展開。
- 太刀川英輔(たちかわ・えいすけ)
- NOSIGNER
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慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。在学中の2006年にデザインファームNOSIGNERを創業。現在、NOSIGNER株式会社代表取締役。ソーシャルデザインイノベーションを生み出すことを理念に活動中。建築・グラフィック・プロダクト等のデザインへの深い見識を活かし、複数の技術を相乗的に使った総合的なデザイン戦略を手がけるデザインストラテジスト。国内外の主要なデザイン賞にて50以上の受賞を誇る。災害時に役立つデザインを共有する「OLIVE PROJECT」代表。2014年、内閣官房主催「クールジャパンムーブメント推進会議」コンセプトディレクターとして、クールジャパンミッション宣言「世界の課題をクリエイティブに解決する日本」の策定に貢献。