押印リレーや原本の送付は本当に必要か。バックオフィスを変革するデジタルシフト
脱ハンコ&ペーパーレス化の機運が高まっている。私たちは、長年にわたって続けてきた商習慣や社内ルールを本当に変えられるのか。実現を後押しするテクノロジーを紹介する。
在宅勤務を行う企業が増え、経理や法務などバックオフィス業務における紙の書類の必要性を疑問視する声が増えてきている。社員全員を在宅勤務にした企業でも、「紙で処理しなければいけない書類のために、一部の社員は出社せざるを得ない」という状況が生まれるなど、ペーパーレス化や"脱ハンコ"は急務となってきている。
この流れを推し進めるために、今改めて注目を集めているのがバックフィス業務でのテクノロジー活用だろう。紙ベースのアナログな業務をデジタルにシフトさせることは、在宅勤務等の柔軟な働き方を実現させるだけでなく、生産性や業務スピードの向上など企業にとっても大きなメリットがある。そこで今回は、バックオフィスをデジタルシフトするソリューション事例を紹介したい。
社外の協力が得やすい今こそ、デジタルシフトの絶好のチャンス
新型コロナウイルスが感染拡大する以前から、バックオフィス業務のデジタルシフトに取り組む事業者は着実に増えてきていた。
もちろんその恩恵をいち早く手にし変革を進めてきた人々もいたが、その一方で「顧客や取引先と音頭を取って進める必要があり、自社の一存では変えられない」といった意見もあった。法務・経理・人事といったバックオフィスであっても、社外の多様なステークホルダーへの影響を考慮して業務変革が進まないといった事態が起こっていたのだ。
しかし、今の私たちに求められるのは、物理的な接触を避けるような「新しい行動様式」を身につけること。自社だけの問題ではなく、すべての人・企業にとって必要なことだからこそ、今こそ手を取り合って取り組むチャンスともいえる。
電子契約によって変わる、契約実務の当たり前
メールやチャットなどのオンラインツールでビジネス上のコミュニケーションを行うのが当たり前の現代。それにもかかわらず、契約書などの重要な書類は、いまだ多くの人に「押印された紙の原本」が必要だと認識されている。
ただ、国も民間と議論を重ねながら段階的に電子契約に関する法的整備を進めており、紙の契約書に印を押すことだけが契約締結の方法ではなくなっている。こうした時代の流れをを牽引してきたのが、電子契約サービスの『クラウドサイン』だ。
運営する弁護士ドットコム社は、弁護士の元榮太一郎氏が2005年に設立した企業。法の専門家による知見に基づいて開発されたサービスという立ち位置も、導入企業にとっては従来の商習慣をオンラインに切り替える安心材料になっている。
電子契約は法務の業務を大きく変える可能性を秘めている。クラウドサインの場合、契約書をクラウド上にアップロードし取引先に送信。相手は契約内容を確認後、必要事項を記入し、合意ボタンをクリックすれば契約締結可能。作業がパソコン上で完結するので、紙に出力する必要はない。
紙でやりとりをしないからこそ、契約条件の合意から締結までのスピードを格段にアップさせられる。たとえば従来のように郵送をすれば往復で一週間強かかるが、電子契約なら即日での締結も可能だ。また、クラウド上で管理するので契約書の物理的な保管場所がオフィススペースを圧迫することもない。さらには郵送費、用紙・インク代の削減に加えて、契約書類に貼り付ける印紙も不要だ(電子契約は非課税)。
こうした電子契約で解決できることに着目してみると、これまでの契約実務は書類の受け渡しにはじまり、押印や適切な場所での保管など、オフィスにいなければ成立しないことだらけだと気づかされる。電子契約はこうした制約を取り払う可能性を大いに有するサービスではないだろうか。
クラウド請求書は、ペーパーレスに加えて月末月初の負荷低減にも効く
この契約書以上にやりとりの機会が多い書類が、請求書ではないだろうか。最近ではPDF等の電子データで授受を行う企業も増えてはいるが、いまだ紙での運用を続けている企業も少なくない。
こうした請求まわりの業務を効率化するクラウドサービスも会計サービスの一環などで各社から提供されている。そこにフォーカスしているものの一つとして紹介したいのが、「Misoca(ミソカ)」だ。
テンプレートに沿って必要な情報を入力するだけで簡単に請求書や見積書・納品書を作成でき、データはクラウド上に一元管理される。作成・管理双方の手間を省力化できることが大きなメリットだ。
作成した請求書はシステムから直接取引先にメール送付でき、PDFをダウンロードすることも可能。請求書は契約書と比べ発行数が多く、企業によっては毎月数百~千枚もの発行・郵送を行っているところもあるからこそ、コスト削減のインパクトは大きいだろう。加えて、紙の請求書を要望する取引先向けの郵送代行サービスも用意しており、管理を一元化しつつも相手にあわせて送付方法を使い分けられる。
またMisocaは、PC・スマホ・タブレットといったマルチデバイスで活用できるほか、経理担当者はもちろん専門的な知識がない人でも直感的に操作できることを意識したUI/UXをしているのが特徴。請求業務が不得手になりがちなフリーランスや副業者をテクノロジーでアシストしており、柔軟な働き方をする人への使い勝手の良さを追求してきた機能は、企業の経理担当が恩恵を受けられることも多いだろう。たとえば、請求や入金状況が一目で分かること。漏れや遅れに気づきやすく、経営リスクを抑えることができる。
このように、請求業務から紙の書類がなくなれば、発送・受け渡し業務がなくなるためオフィス外でも働きやすくなり、ミスを低減できる可能性もある。郵送のリードタイムがなければ、月末月初に肥大しがちな経理業務の平準化にもつながるため、働き方は大きく変わっていくことも期待できるだろう。
経費精算は領収書・レシートをスマホ撮影して申請する時代に
紙の契約書や請求書が、人の働く場所をオフィスに限定させる「社外とのやりとり」だとすれば、同じような性質の「社内のやりとり」も存在する。その代表ともいえるのが毎月の経費精算。処理を行う経理の社員だけでなく全従業員に関わる問題だ。
以前から部分的に電子申請を導入する企業は増えていたが、完全な電子化を妨げていたのは、領収書・レシートの存在。経費として認めるためには領収書やレシートの原本保存が欠かせず、アナログな運用は残り続けていた。そこで、国は電子帳簿保存法を改正。領収書やレシートのデータ保存を認める条件が緩和されたことで、経費精算業務にテクノロジーを活用する動きが一段と活発化している。
なかでも、スマートフォンでの申請業務に強みを持つのが、『Staple(ステイプル)』だ。スマートフォンのアプリで領収書を撮影すれば、タイムスタンプの付与など法基準に則った形でデータ化されるため、原本提出・管理の業務が大幅に効率化できる。また、撮影データから自動で文字情報を読み取るため、入力作業の手間も減る。
更に、別のアプリ「Stapleリーダー」を使えば、スマートフォンでSuicaやPASMOなど交通系ICカードをスキャンするだけで利用履歴が読み取れ、交通費精算の入力作業はほぼゼロになる。経費精算サービスと一体となった国内初の法人プリペイドカード「Stapleカード」も展開しており、経費の支払いから連なる一連の流れを連携・可視化することで業務の効率化を図っているようだ。
このように経費精算へのテクノロジー活用は、表面的には申請する側の社員へのメリットが大きく感じられるが、もちろん処理を行う側の経理業務も変わる。ICカードやプリペイドカードの利用履歴が自動反映されるため、申請内容のチェック作業に費やしていた時間が大幅に削減されるし、社内承認もシステムで行えるため、いわゆる"ハンコリレー"に時間をかける必要もない。経理の働き方や業務効率に大きな変化をもたらすきっかけになるかもしれない。
デリケートな情報を扱う人事の負担は、デジタルで軽減できる
最後に紹介するのは、人事・労務まわりのソリューションだ。人事は社員の個人情報が集約される部門だからこそ、情報の取り扱いには常日頃から細心の注意を払わなければならない。しかし、雇用契約書や入社手続き、年末調整の書類など、手書きの書類による情報伝達が多く残っている。
こうした人事・労務の各種手続き・申請をオンライン化したクラウドサービスの代表格が、『SmartHR』だ。SmartHRでは、従業員本人が個人情報をシステム上に直接入力するため、紙の書類に記載された情報を人事が転記するような手間はなく、紙が登場しない分個人情報の取り扱い・管理も簡便になる。当然ペーパーレス化によって印鑑は不要に。また、会社から役所へ申請する書類の電子化にも対応しているため、社会保険・雇用保険の手続きなどで役所に出向く必要もない。
社員の情報をクラウド上で一元管理するからこそ、いつでも最新の情報が反映されたデータベースになっていることも大きなメリットとなる。従来の人事データは、目的別に情報が分散していることが多く、管理が煩雑になりがちで、データ間の齟齬も起きやすい状態だった。こうしたリスクを限りなく抑えられることは、デリケートな情報を取り扱う仕事だからこそ一層重要なポイントだろう。
折しも、新型コロナウィルス拡大防止のために社会全体でテレワークの実施が増加しはじめたのは、3~4月。社員の入退社や人事異動など、人事にとっては一年で特に忙しい時期だった。しかし、この状況でもSmartHRの導入企業は、テレワーク環境かつペーパーレスで入社手続きを遂行。業務のデジタルシフトを進めたことが、柔軟な対応に繋がっているそうだ。
ソリューションは入り口。組織のOS自体をアップデートする契機に
本記事では、経理・労務・法務の領域でデジタルシフトにつながるソリューションを紹介した。ただ、バックオフィスといってもその領域は非常に幅広い。これら3領域でもその他多様なソリューションが存在し、採用や人事といった別領域でも、デジタルシフトの波は大きくなっている。
いずれも自社の業務において変革の優先度や影響のインパクトによって、最適なソリューションや導入すべき領域は選定し、取り組むべきだろう。
ただ、そうしたソリューションもあくまで入り口にすぎない。個別具体のツールによって業務が効率化されるのはもちろん大事だが、我々に求められているのは冒頭でも述べたように、「新しい行動様式」へのアップデートである。
こうしたツールの検討や社会変化への対応の中で、組織自体のOSがアップデートするような変化が起こっていくことを期待したい。