TOTOのユニバーサルデザインから学ぶ、多様な人々・価値観と向き合う視点
トイレはすべての人の暮らしに必要なもの。様々な立場の人の使いやすさを考えてきたTOTOのユニバーサルデザインへの取り組みから、多様な人々が心地よく共存する社会のあり方を探る
多様性が尊重された社会を推進するうえで重要な取り組みの一つ、ユニバーサルデザイン。1980年代にアメリカのロナルド・メイス氏によって「できるだけ多くの人が利用できるデザイン」の必要性が提唱され、様々な業種・企業に取り組みが広がっている。
その中でも今回注目したのは、トイレだ。年齢や性別も関係なく人種や国籍も越えて、人々の生活には欠かせない場所だからこそ、早くからユニバーサルデザインの必要性に直面してきた。多様な人々が共存する社会のヒントを探るべく、この領域に1970年代から取り組み業界トップ企業でもあるTOTO・UD推進グループの渡邊文美さんに話を聞いた。
身体障がいやシニアに加え、性的マイノリティ等へ配慮の対象を拡大
TOTOにおけるユニバーサルデザインの歴史は、1964年の東京オリンピック・パラリンピックにまでさかのぼる。自分でおしりをふくことができない方向けの医療器具『ウォッシュエアシート』を販売。"身体障がい者向けの配慮"が活動の原点だった。
「当時の日本は、戦後の復興期を経て高度経済成長の時代。ようやく社会が障がい者にも目を向けられるようになったばかりで、彼らに配慮した商品をつくろうにもまだノウハウもありませんでした。そこで、70~80年代は知見を貯めるために障がい者の意見を聞いたり、トイレを使用する際の動作を観察したりを一つひとつ積み重ね、商品開発や改良に挑んでいました」
その風向きが変わったのは90年代に入ってから。日本社会の高齢化が問題視されはじめたことから、TOTOの活動は障がい者向けだけでなくシニアに向けた配慮もテーマになっていく。社内ではそれぞれのターゲットにあわせたトイレのあり方を模索しつつも、できるだけたくさんの人が同じトイレを使えることを目指したユニバーサルデザインの機運が高まっていったという。
「2000年代に入り、国の法整備が進んだことでユニバーサルデザインの活動は本格化していきました。TOTOが掲げるミッションの一つでもユニバーサルデザインの推進を宣言し、専門の部署・研究所も設立。より深くターゲットとなる人の使い勝手を追求するようになっていきます。
こうして本格的な取り組みをはじめると、新たな発見がいくつもありました。たとえば"障がい者"という同じ属性のなかでも、それぞれ事情は大きく異なること。車いすの人でも、自力で利用できる人と介助が必要な人がいます。半身まひの人と視覚障がい者では、トイレを使う際の動作がまるで違います。悩みを抱える一人ひとりに注目してその声を拾い、実際の利用シーンを見てはじめて気づけることが沢山あるんです」
活動の中で培われたTOTOのこのスタンスは、2010年代以降の取り組みの広がりにも影響している。近年は身体障がい者や高齢者といった、身体的なバリアが存在する人向けの取り組みだけでなく、トランスジェンダーや発達障がい者など、公共トイレの使用に際して心のバリアがある人向けの配慮も検討。これらも、当事者の悩みに耳を傾けてきたからこその活動だ。
「トランスジェンダーの方の話を聞くまでは、私たちの中にも『身体的な制約がないのだから、特別な配慮は必要ないのでは?』という意見がありました。しかし、実際の悩みを聞いたことで彼らの実情を理解。自認している性とは異なるトイレを使わざるをえない苦痛や、周囲の目を気にしながら使用している日常を知り、こうした人たちも安心して使えるトイレを目指そうと配慮すべき範囲を広げていきました」
誰もが使えるトイレをつくるだけでは、全員の悩みは解決しない
活動の広がりによって、実際にトイレはどう変わっていったのだろう。それは公共トイレの男性用・女性用とは別に設けられた"第3のトイレ"の変遷を辿っていくと分かりやすい。
2000年頃までは、車いすの方が利用することを目的として設置が進んだ。それが法整備によってオストメイト(人工肛門・人工膀胱保有者)への対応が進み、更に乳児のおむつ交換台が設置されるなど、様々な人が使えるものへと進化していく。かつては一般に"障がい者用トイレ"として認知されていたが、今は"多機能トイレ"という名称が広がっているのも象徴的だ。しかし、多機能化によって別の問題が起こりはじめたことが社会課題となっている。
「いろんな人のニーズを一つの個室に集中させたことで次第に混雑をするようになり、利用者からの不満の声が目立ちはじめたんです。多機能トイレの絶対数を増やして解決できれば良いのですが、オフィスビルや公共・商業施設等に設置する以上、限られた面積の中では大幅に増やすことはできません。みんなが同じものを使えることがユニバーサルデザインの目指すゴールではあるものの、一直線には実現できない難しさを感じました」
この実態を受けて国土交通省が新たな方針を示したこともあり、TOTOも検討を進めているのがトイレの機能分散だ(下図参照)。車いす使用者向けの個室と、オストメイト対応の個室を分け、おむつ交換台も別の場所に。
国土交通省の機能分散の考え方に加えてTOTOからの新しい提案では、男女共用の個室も設けることで、性的マイノリティや異性の同伴者が介助するケースにも配慮。つまり、マイノリティのニーズを一つの特別な個室で解決するのではなく、マジョリティ向けのスペースも含めたトイレ全体で様々なニーズを満たす方向性へ変わろうとしている。
また渡邊さんは「トイレが進化するだけでは、人の不満はゼロにはならない」とも語る。それは、モノのバリアフリーがいくら進もうと、心のバリアフリーが進まなければ、多様性社会は実現できないということ。渡邊さんがそう考えるのは、トイレにまつわる様々な立場の人の不満に耳を傾け続けてきたからだ。
「あるとき、車いすの方から『多機能トイレの前で順番を待っていたら、中から健常者が出てきた』と不満の声をいただきました。でも、もしかしたらその人は車いすの方からは見えない障がいをお持ちだったのかもしれませんし、他に事情があったのかもしれません。
トイレの使い方や捉え方は人それぞれ違うんですよね。自分が普段使わないトイレのことはよく知らないし、なかなか想像もしにくい。たとえば、ある日社内の雑談で誰もが同じ使い方で使えるトイレの例として男女共用の個室が並ぶ姿を話したら、男性から『小便器はないの?』といった声が出て、男性の小便器に対する思い入れに気づかされました。逆に女性用トイレではお化粧直しをしている人と手を洗いたい人で洗面台を譲り合うのは一般的ですが、男性にはその習慣がないので『ちょっとすみません』と洗面台に割って入る話をすると驚かれます。
自分の常識は相手にとっての非常識。いろんな目的・使い方をする人がいることを知り、譲り合う気持ちを醸成していかなければ、根本的な不満はなくならないと感じています」
そこでTOTOではトイレにまつわる多様性の発信にも尽力。商品開発において多くの人たちの意見を集めてきた知見を活かし、様々な特性のマイノリティがどのような使い方をしているか、現在の環境や習慣がどう影響しているかなどを伝えながら、心のバリアフリーにも力を入れる。
先入観を持たずに相手の話を聞き、一歩引いた視点で考える
このように、TOTOのユニバーサルデザイン活動は、トイレの機能やあり方を進化していく意味でも、トイレを利用する人々の価値観を変容させていく意味でも、当事者を深く知ることが起点だ。
「目の前の人が何に困っているのかを知り、その解決のためにTOTOだったら何を手伝えるかと考える。この手順は、どんなに配慮の対象が広がっても変わりません。一人ひとりに向き合わない限り、結局はみんなが使えるものにはならないんですよね」
長年トイレの企画に携わってきた渡邊さんでも、今まで会ったことのない身体状況の方特有のトイレの使い方や使い勝手を聞けば、「そんなことに困っていたのか」と思いもしないエピソードが出てくる驚きの連続だという。だからこそ、相手のことを詳しく知らないうちに特定のカテゴリに当てはめ企画することは危険だとも語る。その姿勢は、聞き方や課題の捉え方にも現れる。
「私がヒアリングをする際はあえて仮説をいちど忘れるようにしていますね。『こういう特性の人だから、きっとこんな困りごとがあるのではないか』と思い込むとどうしても先入観で話を聞いてしまい、相手の困りごとの本質を正しく捉えられないことがあります。だから、ニュートラルに話を受け止めた上で、なぜそう思うのか理由をよく聞くよう心がけています。
また、相手の困りごとが切実であるほど気持ちが揺り動かされますが、そういう時こそ一歩引いて捉えないと思い込みをしてしまう。一人ひとりのニーズは正しく捉えながらも、別の人はどう考えているのか冷静な視点で全体を捉えることが、多くの人にとって心地よく使いやすい商品・サービスを目指す上では大切だと思っています」
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 渡邊文美(わたなべ・あやみ)
-
TOTO株式会社 UD・プレゼンテーション推進部 UD推進グループ グループリーダー。横浜市立大学文理学部を卒業後、1996年に入社。新規事業関連の業務を経てニューラバトリースペースなどパブリックトイレ向け商品の企画開発に従事。2013年より、パブリックトイレ・住宅水まわり空間におけるユニバーサルデザイン/バリアフリー提案に携わる。