Hさん(58歳・製薬会社の知的財産部に所属)
2021年より生成AIを使った業務効率化のためPythonを習得中。最近では写真の加工・編集のためAdobe Photoshop も学び始めた。
ミドルシニア 多様な働き方 「40代・50代 中高年からのデジタルスキル習得」
変化の激しい時代、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進が急速に進み、デジタル人材化のためのリスキリングという言葉を耳にするようになりました。しかしミドルシニア世代の中には、「デジタルというだけで苦手意識がある」「デジタル用語が分からず会議についていけない」といった悩みを抱える人も少なくありません。キャリアのことを考えるとデジタルスキルを身に付けた方がいいことは分かっているものの、何をしたらいいのか分からず、足踏みしている人もいるのでは。
そこで、このシリーズでは、50代からデジタルスキルの習得を目指すミドルシニアにインタビュー。学び始めた背景や目的、学ぶことで得られたもの、今後のキャリア展望などを紹介しながら、はじめの一歩を踏み出すためのヒントをお届けします。
今回登場するのは、Hさん。新卒で入社した製薬会社の知的財産部で調査業務を行ってきたHさんは、今の仕事に活かすためにデータ分析のためのデジタルスキルを50代から学び始めました。仕事と両立しながら自分のペースでプログラミングを学ぶHさんのチャレンジをご紹介します。
※この記事の内容は、リリース当時(2024年10月現在)のものです。
※本文中に出てくる用語を含めた、「知っておきたいデジタル用語」をこちらの記事にまとめています。気になる用語があれば、ぜひチェックしてみてください。
Hさん(58歳・製薬会社の知的財産部に所属)
2021年より生成AIを使った業務効率化のためPythonを習得中。最近では写真の加工・編集のためAdobe Photoshop も学び始めた。
新卒で入社以来35年間、新薬になるような「薬の種」が生まれた際に実施する、特許調査や権利化手続きを担当しています。過去の特許を調査する際は、業界特有のデータベースを使って調べる必要があるので、ITに触れる機会は比較的多かった方かもしれません。私が働き始めた当時はWindowsもなく、パソコン通信でコマンドを打つような時代。そこからシステムはどんどん進化していきましたが、小さい会社だったので、周りに教えてくれる人もいなくて…。もともと好奇心は強いタイプなので、自分からシステムベンダーの研修に参加して使い方を習得していきました。そういった経歴もあって、ITへの苦手意識みたいなものはない方だと多います。
知的財産部の仕事が、ただ「調べる」だけでなく、経営戦略に活かすために情報を「分析する」ことが求められるようになってきたことと、その分析にPythonというプログラム言語が使えるという話を聞いたことがきっかけです。それまではプログラムというと、C言語などエンジニアが使う専門性の高いプログラミング言語が中心だったので、私には無理だと諦めていました。でもPythonなら素人でもできるらしいと知って、5年ほど前に思い切って半日のPython講座に参加してみました。ところが私が選んだ講座は中級者向けで、周りは若くてデジタルの素養や基礎知識のある人ばかり…。初心者の私は、先生の言っていることが理解できず、手も動かせず、やっぱり無理かもしれない…と諦めて終わったのは苦い思い出です。
ここ数年で世の中ではAIがどんどん身近になってきて、そういったデジタル技術の進歩について耳にするたびに、将来のキャリアのためにもっとデジタルスキルを身に付けた方がいいのではないかと思うようになりました。それに、普段から面倒だと感じている業務が、デジタルを使えば簡単にできるようになるというのも魅力でしたね。あとはあの時諦めた悔しさがずっと心に残っていて…。そんな時に興味を持ったのが、初心者から始められるミドルシニア世代向けのプログラミングスクール。以前、講座に参加した時、生まれた時からインターネットがある世代とはベースとなる知識や吸収するスピード感も違うし、一緒に学ぶのは難しいと感じたので、中高年向けという言葉に引かれました。それでも1年くらい悩みましたが、自分と同世代向けならできるかもしれないと、思い切ってリベンジを決心しました。
主にPythonを月2回(1回3時間程度)、オンライン講座で学んでいます。最初の1年は基礎コースでゼロから学び、2年目以降は自分で作りたいものをプログラミングしていく自由度の高いコースに入っています。月2回だとどうしても前の回で学んだことを忘れてしまっていて、「前も聞いたんですが、また聞いてもいいですか」と質問することもよくあります。学んでは忘れの繰り返しもありつつ、3年間自分なりのペースでじっくり学んでいます。
やはり今の仕事に直結するものですね。特許情報収集とデータ加工の業務を、Pythonを使って自動化したいと思い、先生に相談しながらプログラミングを進めています。現時点では完成したらすぐに導入する予定があるわけではないのですが、いずれそういう機会があればと思っています。あとは、私が定年まで残り2年なので、次の世代に向けたマニュアル作成を上司から言われているのですが、それにもPythonを活かしたいと考えています。Pythonのプログラミングの習得はまだ途中段階ですけど、学べば学ぶほど今の業務の効率化に役立つ便利なツールだと実感しているので、会社に提案して受け入れてもらえるチャンスがあることを期待しながら学んでいるという感じでしょうか。
もちろん業務に活かせるのがベストなので、これからも会社へは機会を見つけて問いかけていきたいです。ただ、実務の効率化以外にも、ITのベースとなる知識を身に付けたことが役に立つことはあります。例えば、職場で新しいシステムを導入する際も、外部のシステム担当者とも臆さずに会話できるようになりました。また社内には、システムというだけで苦手意識を持つ人もたくさんいます。そういったメンバーとIT部門をつなぐような役割を担うことも多く、職場で自分の知識を役立てられる機会が増えたという意味でも学んできてよかったなと思いますね。先ほど話したように現在引き継ぎのためのマニュアルを作っていますが、今後はそれを更新していってくれるような後継者が社内に育ってほしいと思っています。 また、業務に活かすという当初の目的だけでなく、今はプログラミングをはじめとしたデジタルスキルを学ぶこと自体が楽しくなっているところもありますね。実は、最近Pythonの他に写真の加工や整理ができるAdobe Photoshop も勉強してるんです。Pythonの学習は決して簡単ではないので、勉強していると煮詰まる時があって。そんな時は、趣味の延長で学べるPhotoshopで、画像加工を楽しんだりと、いいバランスで両方を学べています。
※本文中に出てくる用語を含めた、「知っておきたいデジタル用語」をこちらの記事にまとめています。気になる用語があれば、ぜひチェックしてみてください。
この年齢になっても新しいことを学び、できることが増える楽しさはあります。あとは、やはり自分で組んだプログラムが動いた時は感動しますね。エラーがあれば動かないし、それを取り除けば動き出す。私自身がそうなのですが、数学のように、明確な答えが出るものが好きな人に向いていると感じます。実はこれまで手芸やゴルフなど、いろんな趣味を始めてみたものの、どれも3カ月で挫折。そんな私が3年近くも楽しみながら続けられるなんて、自分でも驚いています。それに学んでいるうちに世の中の技術がどんどん進化していくので、学びに終わりがないのもいいですね。
オンラインでの受講以外にも、スケジュールが合えばスクールのワークショップに足を運んでいます。そこでは講師の皆さんがさまざまなテーマで講演してくださったり、懇親会での受講生の皆さんとの雑談から新しい情報を得られたりと、学びの仲間との交流も楽しみの一つです。また、同世代や60代・70代の受講生がつまずきながらも講師と相談しながら課題を乗り越えて、前に進んでいく姿を見ると、自分も負けてはいられないと刺激を受けることが多く、それがモチベーションの一つにもなっています。
習得したスキルを活かして起業や副業で収入を得たいという人もいると思いますが、私の場合はまずは学んだことを今の仕事に活かせることが一番ですね。業務が効率化できて、いい引き継ぎができるといいなと思っています。定年後は、フルタイムで働くのは卒業して、いろんなことにチャレンジしてみたいですね。旅行や読書も好きだし、新しい分野の勉強もし続けたいと思っています。
同期の仲間を見ていると、デジタルに対して苦手意識を持ちすぎだなと感じますね。あとはきっと、みんな真面目すぎるんだと思います。「やるからにはちゃんとやらないといけない」という気持ちが強すぎる。でも、そんな気負う必要はないし、自分で始めたことなので、もし失敗しても誰かに責められるわけでもない。まずはやってみて自分に合わないと感じたらやめたらいい。食わず嫌いが一番もったいないと私は思います。特に私たちの世代はITというとハードルを感じてしまうかもしれませんが、iPhoneのSiriやお掃除ロボットなど、今はあちこちでデジタルやAIの技術が使われていて、実際に誰もが使っているものでもあるのかなと。私が勉強しているデジタルスキルも、新しくシステムを「作る」ものだけじゃなく、ソフトウエアの「使い方」を学んでいるものもあるので、思っている以上にハードルは高くないんじゃないかと思います。ぜひ扉を開いてみてください。
ここまでご紹介したHさんの体験談を通じて、ミドルシニアがデジタルスキルを習得するために意識したいポイントについて考えてみましょう。
まずは、「どうやって学ぶか」。Hさんの場合、デジタルスキルを学ぶ目的が具体的で、どのスキルを学び、それをどう仕事に活かすかは、学ぶ前からある程度イメージできていたとのこと。問題はその「学び方」でした。一度挫折した経験から、今の自分に最適な学び方を見つけ、着実に新しいスキルを身に付けています。 「デジタルスキルの習得」と聞いてミドルシニアが感じる不安の一つは「若い人と一緒に受講してもついていけないのでは」というもの。自分に最適な方法は、学ぶ目的により人それぞれ。学びたいスキルと併せて、学び方も自分に合ったものを選ぶことが、学び続けるポイントのようです。
また、「学ぶ過程で身に付くIT/デジタルリテラシー」は職場で大いに役立つ武器になることもスキルの習得で意識したいポイントの一つです。新しいスキルの習得には一定の時間がかかるため、なかなか仕事やキャリアに活かすことができず、もどかしい思いをするかもしれません。でもその過程で身に付く「IT・デジタルリテラシー」を生かせる場は日々の業務にも多くあり、気付けば職場の「IT・デジタルに明るい人」になっているかも。その意味でも、デジタルスキルを学ぶ意味はありそうです。
ミドルシニアの皆さんにとっても、デジタルスキルの習得はキャリアを広げるための選択肢の一つ。もし気になっているのであれば、「デジタル」という言葉に身構え過ぎず、学び始めの一歩を踏み出してもらえたらと思います。