【中編】対談:ドミニク・チェン×近藤玄大が語る、人間らしさとテクノロジー
テクノロジーを取り入れつつも、「人間らしさ」を失わないために。「Picsee」のドミニク氏と近藤玄大氏が語るリラックスできるデジタル空間。
スタートアップとして新しいビジュアルコミュニケーションアプリ「Picsee」の開発に取り組みながら、情報環境に関する多数の著書を執筆されているドミニク・チェン氏と、デザインとテクノロジーを駆使した動く義手「handiii」を開発している近藤玄大氏による対談。
前例がないフロンティアにテクノロジーを駆使して挑戦するお二人に、テクノロジーを取り入れながらも、いかに人間の感性を重視し、人が心地よいと感じる体験を提供しているのか。スタートアップメディア「THE BRIDGE」でエディターを務める他、「Meet Recruit」 を始め複数の媒体でイノベーションやテクノロジーについて執筆活動を行うモリジュンヤがお二人に話を伺った。
スマホとビジュアルコミュニケーション
モリジュンヤ(以下、モリ) ドミニクさんが創業された株式会社ディビジュアルは、「Picsee」というスマートフォンアプリを開発されています。これはどのようなアプリなのかご紹介いただいてもよろしいですか?
ドミニク・チェン(以下、ドミニク) 「Picsee」は一言で表現するなら、プライベートな写真を中心としたメッセージアプリです。現代において、ソーシャルメディアなど、オープンな場でコミュニケーションが行われ、プライベートでは、SMSやメッセージアプリを通じて、コミュニケーションをとっています。メッセージアプリでも、写真の送受信はされていましたが、これまでのアプリケーションのUIはテキストに最適化されたものでした。テキストでチャットする感じを、写真で表現するとどうなるのか。「Picsee」ではそこに挑戦しています。
近藤玄大(以下、近藤) 写真のようなビジュアルが先にあって、コメントが補足的に用いられるというと、ニコニコ動画のようなものを思い浮かべます。ニコニコ動画は映像がメインですが。
ドミニク 見た目の感覚は少し近いかもしれませんね。「Picsee」では、グループを作成して、スマートフォンで写真を撮ってすぐにいろんなグループに写真を送ることができます。撮影する側が目の前に見ているものを好きな人に最も気持ちよく送ることを目指しています。写真を受け取る側も「見てるよ」と伝えるようにしようと「ここが好き!」という部分をハートで押して相手に伝えられる機能も実装しています。
近藤 このアプリは最初、どのような目的で開発されたんですか?
ドミニク 最初は「こういうのがあったら便利かも」という発想から生まれたプロダクトだったんです。子供が生まれてから、奥さんと二人でとにかくたくさん子どもの写真を撮るようになったんですが、事後的に写真を共有するのが面倒だから同じところに入れて共有できるといいなと。ただ、使っているうちに、「Picsee」上で行われるコミュニケーションがFacebookやInstagramなどの既存サービスにはない新しいスタイルであることがわかってきました。
ユーザーがどうでもいい写真を送りやすくするUI
モリ FacebookやInstagramにはないコミュニケーションとは一体どのようなものなのでしょうか?
ドミニク たとえばInstagramにはみんなしっかり撮影して、加工したオシャレな写真をアップしますよね。どうでもいい写真をわざわざメールやLINEで送ったり、アップしたりしません。ただ、「Picsee」だとついつい送ってしまう。
近藤 別にコメントがつかなくてもいいから送る、という感じなんでしょうか。
ドミニク そんな感じですね。最初はビジュアルなコミュニケーションに特化して、コメント機能もなくしてしまおうかと話したりもしていました。ただ、コメントが盛り上がって写真とは関係ない方向に会話が脱線していくのも自然な流れだからと思い、コメント機能を付けることにしました。その結果、これまでインターネット上では行われてこなかったコミュニケーションが生まれて来ている感覚があります。
モリ 「Picsee」で行われているコミュニケーションとは、これまでとはどのあたりが異なっているのでしょうか?
ドミニク オープンな場でのソーシャルメディアのアカウントを通じて発現するときは、ちゃんとしなくちゃいけない感覚がありますよね。自分の人格を担っている側面があって、それはそれでインターネットの楽しくて好ましい部分ではあるものの、ずっとそれだと疲れてしまうんじゃないかと。
近藤 たしかに。そういう側面はあるかもしれないですね。
ドミニク なので、家で普段着の状態でムダ話に興じるみたいなコミュニケーションができる、リラックスできる場所がアプリ上で実現できたらいいな、ということを考えています。
近藤 リラックスできる場所っていいですね。
人がリラックスできるデジタル空間を設計する
ドミニク 新しいビジュアルコミュニケーションというものへの挑戦に「Picsee」で取り組んでいますが、リラックスできる、自然な自分でいられるインターネット空間というアイデア全般に興味があります。Twitterなどでいろいろな人から見られている場所では、なかなか自分のすべてをさらけ出すことはできません。もっと素な自分でいられる場所がほしいとずっと考えていました。
近藤 「リラックスできる場所」というのは「Picsee」に対してかけている思いと共通していますね。
ドミニク はい、Picseeの場合は親しい人、これから親しくなる人とプライベートな空間でリラックスできる場所を目指しています。Instagramではオシャレして楽しんで、Picseeでは普段着で過ごす、みたいな。 他方で、オープンな場所でも素の自分でいられるような空間作りにも興味があって色々とリサーチしています。たとえば「偏愛マップ」という、教育学者の齋藤孝さんの考えられたメソッドがあるのですが、とても面白いんです。これは、初対面の人同士がひたすら好きなことについて紙に書き出していきます。お互いが書きだしたものを見ると、何かしら共通するものが浮かび上がる。その共通する点がマニアックであればあるほど会話が盛り上がって仲良くなれる。そういう深い関心でつながるということをインターネットでやれないかなと思っています。
近藤 そのデータが取得できるとかなり面白いことができそうですね。
ドミニク はい、ビジネスの面でももちろんそうですが、ユーザー同士のコミュニケーションがもっと多様になったり深まったり、日々の生活が充足したりするためにインターネットの力をもっと使えればと思います。ネットそのものを目的化するのではなく、現実の世界での気づきが増えて、驚きや学びを得られるためにサポートする、そんな情報技術の在り方を深めていきたいですね。
次回のSPECIAL TALK SESSIONは、8/27更新予定です。
プロフィール/敬称略・名称順
- ドミニク・チェン
- 株式会社ディヴィデュアル
共同創業取締役 -
1981年東京生まれ。フランス国籍。博士(東京大学、学際情報学)。NPO法人コモンスフィア(旧クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事。株式会社ディヴィデュアル共同創業取締役。主な著書に『電脳のレリギオ:ビッグデータ社会で心をつくる』(エヌティティ出版、2015年)、『インターネットを生命化する〜プロクロニズムの思想と実践』(青土社、2013年)、『オープン化する創造の時代〜著作権を拡張するクリエイティブ・コモンズの方法論』(カドカワ・ミニッツブック、2013年)。
- 近藤玄大
- exiii株式会社 代表取締役
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1986年大阪生まれ。2011年東京大学工学系研究科修士課程修了。在学中は筋電義手をはじめとするブレイン・マシン・インターフェイスの研究に従事する。その後、ソニー株式会社にてロボットティクス技術の研究と新規事業創出に携わる。2013年6月より大学時代の先輩とともに業務外で再び筋電義手の開発に取り組み始め、2014年6月に独立。現在はexiii株式会社を設立。主な受賞歴は、「日本機械学会三浦賞」「JamesDysonAward2013国際2位」「GUGEN2013大賞」「第18回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞」。
- モリジュンヤ
- 編集者・ライター
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1987年2月生まれ、岐阜県美濃加茂市出身。横浜国立大学経済学部卒業後、『greenz.jp』編集部を経て独立。『THE BRIDGE』『マチノコト』など複数のメディアの運営に携わり、編集デザインファーム inquire を立ち上げる。社会の編集と未来の探求をテーマに、幅広く執筆を行っている。NPO法人スタンバイ理事、一般社団法人HEAD研究会フロンティアTF副委員長。