助けがないと何もできない〈弱いロボット〉が教えてくれた、いま私たちに足りないこと
弱さをさらけ出すことで、距離は縮まり、信頼関係を育む。他力本願な〈弱いロボット〉から学ぶ、人と人とのほどよい距離感。
現代の社会における「ほどよい距離感」とはなんだろうか。
テクノロジーの進化により物理的に離れた人同士が気軽にコミュニケーションできるようになる一方、リアルな場での対話の大切さも見直されている。スマートフォンやスマートスピーカーに喋りかけて情報を得たり、ロボットを愛でたりすることが人々に受け入れられ、人と物の距離感も縮まった。「人と人」と同じように「人と物」との距離感も今後さらに変化していくのではないだろうか。
今回お話を伺ったのは、豊橋技術科学大学 情報・知能工学系 教授で、他力本願な〈弱いロボット〉を開発する岡田美智男さん。岡田先生はロボットを通し、人と物、人と人の関係や、社会のあり方を探求している。〈弱いロボット〉と人が関わることで見えてきた、ほどよい距離感を聞いた。
人の強みや優しさを引き出す〈弱いロボット〉
――まずは〈弱いロボット〉とはなにか、教えてください。
一般的なロボットは「こんなことができます」「あんなことができます」とできることを強調し、苦手なことや不完全な機能は隠しがちです。しかし、〈弱いロボット〉は、苦手なことや不完全なところを隠さない。むしろその弱さを適度に開示することで、周りにいる人の「強みや優しさ」をうまく引き出すロボットです。
――そのアイデアはどのように生まれたのでしょうか。
20年ほど前、子どもの学習をサポートするロボットを開発する中でのできごとからでした。僕は、今後の開発の参考に子どもたちの反応を見てみようと、ロボットを幼稚園に持っていったんです。すると、予想外のことが起きました。
できることが限られているロボットだったので、大した手助けはできません。時間が経つにつれ、子どもたちは、自分よりも拙いロボットの世話をし始めたんです。ロボットの拙さが、子どもたちの優しさや可能性を引き出している。これはおもしろいと思いました。
ロボットがA地点からB地点に移動したいとき、手足や車輪などを実装して自分で動く機能をつけてもいい。しかし、人がつい手助けしてあげたくなるような仕草や感謝を示すことで、誰かに動かしてもらい移動することでも、目的は達成できます。
自分だけではうまくできないからこそ、なんだか放っておけなくて、愛おしい。人の手助けを得ながら、人と一緒に目的を達成するロボットがあってもいいんじゃないか。そう考え、〈弱いロボット〉と名付けて学生たちと研究しています。
おかれている状況の「共有」が人と人、人と物との距離を近づける
――たとえば、どんなロボットがいるのでしょうか?
これが、そのひとつ〈ゴミ箱ロボット〉です。ヨタヨタと動きまわるゴミ箱なんですが、自分でゴミは拾えません。落ちているものを見つけると、それを周りの人に教えるような仕草をします。人はそのロボットの意思と、ゴミが拾えないことを判断し、愛おしく思ってゴミを拾ってあげてしまう。
ロボットにとって「ゴミを拾う」行為はとても難しいものなんです。状況によって何がゴミかは変わりますし、ゴミの状態や重さもさまざまですから。しかし、人間にとってはなんてことはない判断と行動ですよね。
子どもたちの前に〈ゴミ箱ロボット〉を持っていくと、「拾って欲しいのかな?じゃあ拾ってあげるね」と喜んでゴミを拾い集めます。大人だって「しょうがないなぁ」と思いながら拾ってあげる。ロボットは拾ってくれた人を見上げてちょっと会釈をする。〈弱いロボット〉は、そんな人との距離感を作るのです。
――周りの人に行動を促すために、〈弱いロボット〉はどのように人との距離を縮めているのでしょうか。
まずはロボットに生き物らしさを付与すること。例えば、幼児が歩いているようなヨタヨタ感。今の技術では、ロボットの動きを正確にコントロールしようとすると、動きが固くなってしまい、ヨタヨタできません。
〈弱いロボット〉はバネをうまく使ってヨタヨタ感を表現しています。人が近づいたり人に触られるとビクッとする、人が視線を向けると視線を向け返すといったリアクションも大切です。
――たしかに、何ともいえない生き物らしさがあって見ているだけでも愛着がわいてきます。
もうひとつ、人との距離を縮めるために必要なのは自分たちがおかれている状況の「共有」です。前述の〈ゴミ箱ロボット〉なら、ゴミが落ちているという状況をロボットと人が、共有し合っています。ゴミに対して、お互いが視線を向け、この後どうするか調整し合う。これは生き物同士でも自然にやっていることです。
例えば、犬の前にエサを置いたとき「これ、食べていいの」と犬がエサを意識しながら、人にコミュニケーションを取る。人は「そうだよ、食べていいよ」と許可する。お互いにエサの存在を共有し、調整しているのです。
これ応用した〈トーキング・ボーンズ〉というロボットがいます。人に物語や昔話を聞かせてくれるロボットです。例えば「桃太郎」は、誰しもが知る昔話ですよね。つまり、人はロボットとそのストーリーを共有している。しかし、このロボットはストーリーを部分的に忘れてしまうんです。「おばあさんが川で洗濯をしていると、どんぶらこ、どんぶらこ、と、えーと、何が流れてくるんだっけ...」というふうに。これが愛おしさを生む。
このとき、人はロボットが忘れてしまった箇所を埋めようとします。「えーと...」とつまると「桃だよ」と教えてあげる。ロボットはハッとしたリアクションをして「それだ!」と答えます。教えてあげた人はちょっとうれしい気持ちになる。こうしてロボットと人の距離が近づいていくんです。
相手との距離が離れると「不寛容さ」が生まれてしまう
――岡田先生はこの〈弱いロボット〉の開発を通し、何を伝えようとしているのでしょうか?
「人と人」「人と物」との適切な関係性について問いかけをしているのかもしれません。そもそも道具とは、人と道具が助け合って機能を発揮します。ハサミはハサミだけで何かが切れるわけでなく、人がハサミを握り、刃を重ねることで目的を果たす。つまり、人ができること/できないこと、ハサミができること/できないこと、を組み合わせて機能を発揮する。お互いの弱いところを補いながら、その強みを引き出しあっているともいえます。
しかし、この道具がロボットになると、ロボットが自律的に思考し、効果的で合理的に判断してくれるのが当然だと考えてしまう。目的達成のための機能を完璧にアウトソーシングしてしまうんです。
結果的に、人とロボットの弱さと強さを組み合わせるような協力体制は生まれず、お互いの距離は離れてしまう。距離が離れると相手への共感性は薄れ「もっと早く」「もっと正確に」と相手への要求水準を高めてしまいます。
さらに、自分の意にそぐわない動きや、機能不全を起こすと「何をしているんだ、ちゃんとやれ!」と、ロボットに対して不寛容になっていく。
この心理的な働きは、人間同士にも言えるのではないでしょうか。自分と他者の間に距離が生まれると共感性が薄れ、相手に対する要求水準がエスカレートしてしまう。上司と部下、発注元と発注先、顧客とスタッフといった関係でも起こりうると思っています。
――自分と相手の距離が離れることで、不寛容さを生み出してしまう、と。
そうです。僕は〈弱いロボット〉を通じて、こうした関係を見直せるのではないかと考えています。相手に便利さのみを求めるのではなく、できることや強みを引き出すようなコミュニケーションを設計していくヒントを、〈弱いロボット〉は与えてくれると思うんです。
たとえば、公共交通機関の運行システムに応用されてもおもしろいかもしれません。電車の遅延にイライラしてしまう人は多いですが、たまに弱音を吐く運行システムだったら?「今日はちょっと混んでいまして...」と、かわいい困り顔で教えてくれたら「それじゃあ、本でも読んで待ってるよ」と寛容になれるかもしれませんよね。
――実際、弱さに寛容になるコミュニケーションが生まれた事例はあるのでしょうか。
東日本大震災の時の電力供給不足はそのひとつだと思います。この時、電力会社各社はその事実を隠さず、「でんき予報」として素直に公表しました。そうすると市民は「節電しよう」と、優しさや工夫を自ら実践しましたよね。
認知症の人々がスタッフとして働くレストラン「注文をまちがえる料理店」もそうですね。認知症であると明らかにすることで、寛容さや優しい心を引き出した好事例でしょう。
弱さをさらけ出せるリーダーがいてもいい
――先生も、日常の振る舞いにおいて「弱さ」を意識していますか。
まさしく、僕も研究室においては先頭に立つタイプではなく「弱い先生」ですよ(笑)。だから、学生たちがそれぞれの強みを発揮して研究が進んでいきます。
今、ビジネスの世界では「オーセンティック・リーダーシップ」が注目されています。端的にいえば「自分らしさをもったリーダーシップ」のことですね。一人でグイグイみんなをひっぱっていく人ではなく「これは苦手だけど、これなら任せておいて」と、自分の弱さを素直にさらけ出せる人に、あえてリーダーを任せようという時代になってきた。
僕が思うに、自分の弱さをさらけ出せるのは、相手も弱さをさらけ出してくれているからです。お互いが弱さを共有できるので、人と人との距離が近づき、信頼のある組織やチームをつくれる。
〈弱いロボット〉は、そういった関係構築や距離の縮め方を僕たちに教えてくれるのです。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 岡田 美智男(おかだ・みちお)
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豊橋技術科学大学情報・知能工学系教授。1987年東北大学大学院工学研究科博士後期課程修了。工学博士。NTT基礎研究所情報科学研究部、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)を経て、2006年から現職。ヒューマン・ロボットインタラクション、社会的ロボティクス、コミュニケーションの認知科学などの研究に従事。〈弱いロボット〉の提唱により、平成29年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞(科学技術振興部門)などを受賞。主な著書に『弱いロボット』(医学書院)、『〈弱いロボット〉の思考』(講談社現代新書)などがある。