淡泊さ、チーム作り、現場感覚――シビックテックから学ぶ課題解決思考
事業化が難しい領域で生き残るビジネスパーソンは何を考えるのか。Code for Japan関氏 × Coaido/ファストエイド玄正氏 が語る
「私自身、そもそも社会課題に興味はなかったんです。だからこそ、興味を持てない人がいることを前提に、客観的に、論理的に考えなくてはいけません」
テクノロジーを活用した市民・社会課題の解決を目指す「シビックテック」。2000年代にアメリカでスタートしたこの取り組みは、テクノロジーの力を用いて、市民が自らの生活基盤を改善し、よりよく生きていく方法として注目を集めている。
Code for Japan代表の関治之氏、Coaido CEO 兼 一般社団法人ファストエイド代表理事の玄正慎氏は、このシビックテックに事業を通し挑んでいる。関氏はテクノロジーを活用し、地域の課題を解決していく市民コミュニティを運営。玄正氏は、次世代119アプリ「Coaido119」を開発。また、「CPRトレーニングボトル」の発案者でもある。
両者はいかに事業化難度の高い社会課題をビジネスへと接続し、拡大を志しているのか。そこには、見落としがちな課題の見つけ方、中長期を見据えた事業の組み立て、少ないリソースでの拡大など、ビジネスシーンにも求められるノウハウとマインドセットが詰まっていた。
前編では事業の始まりから発展に関しての試行錯誤を、後編では事業を継続していくための代表としてのあり方やチーム作りに関する考え方を聞いた。
淡々と前に進むためのマインドセット
難易度を理解しつつも、シビックテックに挑む両者。決して強い原体験があるわけではなく、ビジネスの延長上で歩みを進めてきた。ただ、その道は容易なものではない。両者はこの"難易度"を乗りこなす上で、どのような心持ちで取り組んできたのか。
「私だけではなく、スタートアップは皆同じですよ」と前置きをしつつ、玄正氏は高負荷な状況でも乗り切る上で大切にしているのは楽天的思考だと語る。
玄正 「私自身、もともと楽天家なんです。かつストレス耐性が高いので『何とかなるでしょう』と常々考えている。スタートアップは本当に大変で、何かを解決するとその数倍の問題が湧いて出てくる。忙しさの波もあれば心の波もありますが、毎日を淡々と着実にこなしていく意識を持つことが必要だと感じています。大変だけど乗り切れているのは、熱くなりず淡白な性格の影響も大きいかも知れません(笑)」
こういったある種の淡白さを、関氏も持ち合わせているようだ。玄正氏は自分自身への淡々さであるのに対して、関氏は周りの人への淡々さを語る。
関 「私が心がけているのは、人に期待しすぎないことです。ボランティア的な関わり方は、ジョインするときのモチベーションが一番高い。そのモチベーションのまま、関わり続けてくれれば越したことないですが、そうはいかないのが常です。うまくハマれば、活き活きと積極的に活動してくれる方もいらっしゃいますが、大半は壁にぶつかったり失敗したりして、思い描いた活動とのズレでテンションが下がってしまう。私にもそういうことは多々ありますし、それが当たり前。その前提で人とは向き合わなければいけない。ゆえに、シビックテックのチーム作りは難しいです」
チームの中に、一人ひとりの役割をつくっていく
シビックテックには、有給・無給問わず、市民として社会の改善に関わりたいと思う人が集う。金銭の授受が発生すれば、わかりやすく行動を期待できるが、無給の場合は繊細な問題だ。玄正氏は、チーム作りにおいて、課題を抱えているという。
玄正 「チーム作りは今まさに取り組むべき課題です。ありがたいことに、トレーニングキットをつくったことで、活動の認知が広がり、さまざまな人が協力をしたいと申し出てくれるようになりました。現状では、医療従事者や、課題感を共有しやすい人が主。ですが、その周辺にも広がるもう少し緩やかなチームを作っていく必要があると思っています。そもそも、私自身があまり強い関心のなかった人間ですから、シビックテックや社会課題に興味を持てない人がいて当たり前だという前提がある。チーム作りに関しても、関心が高い人だけでなく、関心がそれほど高くない人にもフォーカスしていかなければいけません」
しかし、誰でも良いというわけでもない。スモールチームの場合、手取り足取り動き方ややるべきことを伝えるよりは、主体的に仕事を見つけてくれる人の方が望ましいだろう。とはいえ、そういった人ばかりでチームを構成するのは容易ではないはずだ。関氏は、この課題に対し、適切なフィードバックを通し、主体的に動ける場を見つける手助けが重要ではないかと考える。
関 「相手をよく知り、フィードバックサイクルを回すことで、チーム内の役割を見出してもらうことはできるかもしれません。例えば、コミュニティに入ってきたときに適切なイントロダクションを実施する。その中で『あなたはどんな人で、何をやりたいんですか?』と問いを投げかける。『ならば、◯◯がありますよ』と、やれることを提案する。導入で適切なコミュニケーションをしていると、継続的なチームがつくれるケースが多いと思います」
実際、Code for Japanでは、初期の組織作りから「関わる人々が何をやりたいのか」「それをチームとしてどう実現できるか」の可視化に力を入れてきた。
関 「Code for Japanを立ち上げる際には、ワークショップを開きました。興味をもってくれた50人くらいに集まってもらい『私はこういうことをやりたいと思っていますが、皆さんはどうですか?』と投げかけて、参加者からキーワードを引き出しました。それを文章化しながら『どんなチームが必要か』『どんな役割があるか』『どんなミッションやビジョンを描けるか』など、具体的に組織の構成要素を決めていったんです。役割を決めて渡すのではなく、やりたいことを聞く、引き出す。すると、組織の構成要素に、一人ひとりの思いを内包できますから」
困難を克服するために自ら動く、フィードバックをもらう
マインドセットから、難易度のあるチーム作り、メンバーをモチベートする施策まで。両者は、さまざまな壁にぶつかりながらも、それを模索し乗り越えてきた。ただ、それらはいずれもその"結果"にすぎない。その前提で、彼らは何を指針にしシビックテックに取り組んでいるのか。関氏は、自ら身体を動かし、現場の人と話す重要性を訴えた。
関 「シビックテックの場合、自分自身が動くことは欠かせないと思っています。実際に現場に入り、汗をかき、人と話す。うまくいくこと、いかないことを実感し、改善していく。うまくワークしていないなら別の方法を探してみる。エンジニアはどうしても頭でっかちになりがちですが、アイデアだけでは、動かないことが多いです」
また、最近は、Code for Japanにとってキーワードである「オープンデータ」の活用にこだわらなくなっているという。なぜなら、実際の自治体ではオープンデータを活用するまでのハードルが高いケースが多いからだそうだ。これも自分自身で動いてみたからこそ見えてきたことだと関氏は続けた。
関 「オープンデータ、つまり行政が持つデータをオープンにすることで、社会課題の解決や地域のビジネスに役立てようという考え方は確かに有効です。とはいえ、デジタル化するには多大なコストや期間がかかり、現在も紙をつかってデータを管理している自治体も少なくありません。オープンデータの活用を求めれば求めるほど、現場が疲弊しかねない。アイデアベースだと、実際に困っていることや、アイデアを実施するまでのステップが見えてこないことがあります。正しい方向に発想を広げるために、まずは現場に入ることが重要ですね」
関氏の考え方に、玄正氏も賛同した。自ら動いてみること、そして人とコミュニケーションをとることで、アイデアがブラッシュアップされていく。
玄正 「行動して人に投げかけてみることで、反応を得られる。アイデアがイマイチだったとしても、新しい発見はあるはずです。フィードバックを貰えれば、別のアプローチも考えられますから。このとき、複数の人に投げかけることも大切です。実は相手の意見が的外れなこともありますし、自分の投げかけ方がよくない場合だってありますから」
「CPRトレーニングボトル」もフィードバックから生まれたプロダクトだった。玄正氏が、社会課題に取り組むスタートアップ向けのアクセラレーションプログラムに参加した際、起業家でありスタートアップ支援にも積極的な孫泰蔵氏からもらったフィードバックが「Think Big」という言葉だ。
玄正 「『Think Big』は『発想を広げろ』というニュアンスです。我々は、これを突き詰めた結果、アプリ開発だけでなく、プロダクトへも思考を広げられた。一般社団法人を立ち上げたのもそのThink Bigから生まれたアイデアでした。自分が考えている解決策が本当にベストなのか、もっと他にもあるのではないか。挑むべき課題が大きいからこそ、その問を深めることで、ひとつ上のレイヤーで活動を見直し、発展することができました」
「複雑な要素を細分化しハードルを下げる」「現場に入って汗をかく」「Think Big」ーーシビックテックで重要な要素は、いずれもビジネスシーンでも欠かせないものではないだろうか。シビックテックは課題の公共性が高く複雑さを伴うが、根本はビジネスと変わらず、課題を解決する行為だからだ。
とは言え、シビックテックには、これまで誰も手を付けようとせず、事業化が難しい分野が多く存在する。シビックテックにビジネスを学びつつ、逆にビジネスでの学びをシビックテックに活かす。そういったビジネスパーソンが増えていけば、社会が抱える課題がよりスマートに解決されていくのではないだろうか。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 関 治之(せき・はるゆき)
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一般社団法人Code for Japan 代表
1975年生まれ。20歳よりSEとしてシステム開発に従事。2011年3月、東日本大震災発生のわずか4時間後に震災情報収集サイト「sinsai.info」を立ち上げる。被災地での情報ボランティア活動をきっかけに、住民コミュニティとテクノロジーの力で地域課題を解決する「シビックテック」の可能性を感じ、2013年10月に一般社団法人コード・フォー・ジャパンを設立、代表理事を務める。また、位置情報を使ったシステム開発会社、合同会社Georepublic Japan社や、企業向けのハッカソンなどのオープンイノベーションを推進する株式会社HackCampの代表も務める。
- 玄正 慎(げんしょう・まこと)
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Coaido株式会社 CEO
福井県出身。横浜市立大学卒業後、ヨコハマ経済新聞の創刊に参画。iPhoneの発売に衝撃を受け、アプリプランナーとなる。ハッカソンで心停止者救命支援アプリを発案、Coaido株式会社を創業し、救命共助アプリ「Coaido119」を公開。経済産業省 第3回 IoT Lab Selection グランプリ受賞。アプリのIoT連携を進める中、2017年に一般社団法人ファストエイドを設立、ペットボトルを活用した世界初の心肺蘇生訓練キット「CPRトレーニングボトル」を開発し、CPRの啓発や教育活動を行なっている。