学生・若手社会人が最初の一歩を踏み出すための、エフェクチュエーション入門
未来予測が困難な時代に生きる若者たち。先が見えない中でも前向きなチャレンジをするには、どんな力を身につけるべきか。エフェクチュエーションの研究者 神戸大学 吉田満梨准教授と考える
エフェクチュエーションの研究者である神戸大学大学院経営学研究科 吉田満梨准教授へのインタビュー。前編に続き、後編のテーマは「エフェクチュエーションがアントレプレナーシップ教育にもたらす可能性」。近年、日本では「既存の常識に縛られず革新的なアイデアや価値を生み出す力」としてアントレプレナーシップが注目されていることをご存じだろうか。小中高校ではアントレプレナーシップ教育の導入が盛んであり、リクルートでも2021年から高校生向けのアントレプレナーシップ・プログラム『高校生Ring』に取り組んでいる。
まだ何者でもない10代・20代の若者が、アントレプレナーシップを身につけ、革新的な新しい価値を創造していくには、エフェクチュエーション的な思考が大いに役に立つのではないか。普段から学生に接する立場でもある吉田先生に、若者がエフェクチュエーションを実践するためのアドバイスをいただいた。
「大きな夢がない」「自分の良いところが思いつかない」でも大丈夫
― ここからは、「学生や若手社会人に届けたい学び」という観点でお話を聞かせてください。吉田先生はアントレプレナーシップを10代のうちから学ぶことをどうお考えですか。
私個人としては、早いうちから学んでおくこと自体には賛成で、それを推し進めている社会の流れは良いことだと思います。ただ、「起業家精神」という日本語訳がバイアスとなって一部の人だけが学ぶもののように誤解されている側面があるのは少し残念です。
アントレプレナーシップもエフェクチュエーションと同じ。起業や経営だけに求められる力ではなく、既存の常識にとらわれず新しいことに挑戦する力として、現代を生きるすべての人が学んでおいて損はないものだと思います。その意味で自分の将来を模索中の若者には、アントレプレナーシップやエフェクチュエーションを知ってもらいたいですね。
― たしかに、若い学生がキャリアを自分で考える上では、エフェクチュエーションの思考様式を使って「今の自分に実現可能な少し先の未来を考える」と取り組みやすいような気がしました。いきなり10年後20年後の遠い未来の目標を考えるのは、大人でも簡単ではないですし。
実際には人それぞれで違ってくるでしょうね。明確な夢・目標があって力強く前進できる人は、無理にエフェクチュエーションを使わなくても良いんです。例えばメジャーリーガーの大谷翔平選手は、エフェクチュエーションと対をなすコーゼーション(ゴールから逆算して手段を考える)で夢を実現してきた典型的なタイプに見えます。メジャーリーグに行くにはどうしたら良いか、チームがワールドシリーズで優勝するには自分はどうするべきか…と考えて大胆な決断ができているのでしょう。
でも、みんなが大谷選手のように最初から明確な目標を持っているわけではないし、「社会で活躍する何者かになりたいけれど、具体的に何をしたら良いかは分からない」と漠然と思っている若者も多いはず。そんな人がエフェクチュエーションのアプローチで考えてみるのは有効だと思いますよ。
― とはいえ、前編でご説明いただいたエフェクチュエーションの5つの原則に照らし合わせて考えると、若者には難しい側面もあるのではないのでしょうか。例えば自分の手持ちの手段を起点に新しいものをつくる「手中の鳥の原則」。まだ何者でもない学生は、手持ちの資源をどう捉えると良いのでしょうか。
「手中の鳥」は特別なスキルや経済的なリソースのことだけではなく、新しいことにチャレンジするための源泉になるものなら何でも構いません。客観的に評価の高いものである必要もありません。「誰からも共感されないけれど、自分だけが好きなこと/注目していること」が、まだ世の中の誰も気づいていない新たな価値になる可能性があるからです。そして、ポジティブなことでなくても構わない。ネガティブな経験・感情を起点に、同じことが繰り返されないようにどうすれば良いか考えてみるのも、エフェクチュエーションの立派な出発点です。
「チャレンジしなかったときの損失」が許容できるか考えてみる
― 続いて、「許容可能な損失の原則」についても教えてください。Z世代とも呼ばれる現代の若者たちは、他世代よりも「損したくない」「失敗が怖い」という意識が強いと言われます。彼らは許容可能な損失をどう考えると良いでしょうか。
許容可能な損失の範囲は、人によって異なるのが大前提です。例えば大人が5万円を失うのと高校生が5万円を失うのでは、同じ額の損失でも痛手に感じる度合いが違って当然ですよね。許容できる損失が小さいこと自体は、エフェクチュエーションにおいて問題ではありません。ただし、漠然と失敗を恐れている状態なのであれば、自分にとって何が怖いのかを整理してみるのが良いでしょう。
私が担当しているビジネススクールの授業でも、自分が許容できない損失を考える演習を行っています。お金、評価、名誉、信頼、時間など自分が失いたくないものとその程度をリストアップしながら、「どこまでだったら許容できるか」を自覚し、「どうやれば失わずに済むか」を考えてみるのです。
この際、「失敗したときに失うもの」だけでなく「チャレンジしなかったときに失うもの」を書き出してみるのがポイント。すると、「今やらなければチャンスを逃してしまう」「経験が積めない」といった内容が出てくるはずです。チャレンジしたときとしないときのリスクを並べて比較してみると、「チャレンジしないで生じる損失の方が許容できない」と思い至れるかもしれません。
― 目的や内容にとらわれず積極的にパートナーシップをつくろうとする「クレイジーキルトの原則」を若者はどう実践したら良いでしょうか。「手中の鳥」が少ない若者こそ、積極的に協働者を増やすべきだとは思う反面、学生は社会人よりも交友関係が狭いため、仲間を増やすことに苦労しそうですが…。
おっしゃる通りで、高校生や大学生こそ積極的に「クレイジーキルトの原則」を意識して行動すると良いでしょう。人脈が少ないことも確かにそうなのですが、エフェクチュエーションを実践している起業家たちは、自身がすでに関係を構築している人だけに協力を求めているわけではありません。彼らは自分が一方的に知っている人にも声をかけ、相談をしている。今の人脈が多いか少ないかは、実はあまり関係ないんです。
むしろ、「連絡を取る手段を知っている」だけでも構いません。今の時代はインターネットを通じて広く世界中の人を知ることができるし、その道の専門家ともSNSで直接質問することもできる。これは現代に生まれた若者の利点だと思います。また、学生からの相談を面白がってくれる大人も多いです。若者を応援したい気持ちもあるし、大人から見ても普段接点が少ない立場の学生と接点を持つことは、これまでにない価値が生まれる可能性を秘めている。学生はスキルやリソースは少ないかもしれないけれど、大人にない視点や発想を持っているし、純粋な信念や情熱を原動力に大人を巻き込んでいける可能性は十分にあると思います。
「遊びの延長」のように、無邪気な発想やワクワク感を大事にする
― 予期せぬ事態を避けるのではなく、偶然を活用する「レモネードの原則」についても教えてください。学生が実践するためにはどうしたら良いですか。
これは、大人よりも子どもたちや学生の方が得意かもしれません。というのも、最初から明確なゴールを決めずにいろんな偶然を組み合わせて新しいものをつくるプロセスは、「遊び」の感覚に近いから。子どもたちは身の回りの道具を何かに見立てて“ごっこ遊び”をしたり、より楽しく・遊びやすくするためにルールを改変して新しい遊びをつくったりしますよね。そんな風に、自分が遭遇する人や物や出来事を、嬉しいこともショックなこともフラットに受け止めて無邪気に面白がってみることが、偶然をテコに新しい価値を生み出すヒントになるはずです。
例えば料理について視覚的な情報がまったく得られない暗闇の環境での食事を楽しむ「暗闇レストラン」では、視覚障がいを持つスタッフが客を案内し、料理を提供します。通常の環境であれば、目が見えないことはハンディキャップですが、視覚に頼ることができない環境下では、その条件を前提に生きる術を身につけてきた人たちにアドバンテージがある。そんな風に既存のものごとの価値を転換してみる発想を持つことが大切です。
― 最後に「飛行機のパイロットの原則」。これは、他の4つの原則を駆使しながら自分がコントロール可能なことに集中するというものですよね。コントロールできない要素は脇に置いておき、まずは目の前のことに集中してやってみることは、若者にも分かりやすいアドバイスのように感じますが、注意点はありますか。
自分が純粋にできることや面白いと思うことに集中するのは大事なのですが、興味の範囲が狭い世界に留まったままだと、新しい価値を生み出すような取り組みには発展しづらいです。つまりは、小さな失敗を経験することや、「クレイジーキルト」や「レモネード」によって「手中の鳥」を増やしていかないと、自分のできることは広がらない。いつまでも取り組みが大きくならないときや、仲間が増えていないときは、エフェクチュエーションのプロセスが上手く回っていないかもしれません。
はじまりは「自分はどうしたいか」という利己的な思いから出発して良いし、それが行動の源泉になる側面もあるでしょう。ですが、仲間とつながり、社会の様々なステークホルダーと向き合ううちに、「相手や社会をどうしたいか」という利他の思いが加わっていくことによって、多くの人にとって意味のある新たな価値に昇華されるのではないでしょうか。
自分の中の違和感に目をつぶらず、一歩踏み出す原動力にできるか
― リクルートでは高校生向けのアントレプレナーシップ教育プログラム『高校生Ring』を実施しています。このプログラムの中で高校生たちは新規事業の立案に挑戦するのですが、エフェクチュエーションが助けになる場面も多くありそうです。
ぜひ実践のなかで活用してみてほしいですね。そして個人的には、リクルートのような会社がアントレプレナーシップ教育をおこなうことにはすごく価値があると思っているんです。新規事業の創出に積極的なリクルートの方々は、アントレプレナーシップはもちろん、エフェクチュエーションを無意識的に実践している人たちのはず。生きたエフェクチュエーションを学べる機会なのではないでしょうか。
エフェクチュエーションを学ぶことは泳ぎを覚えるのと一緒で、理論だけ学んでも身に付きません。実際に水の中で手足を動かして泳ぐ感覚を身につけるように、起業家的な行動をしてみることが必須。だからこそエフェクチュエーションの実践者のもとで実際に行動しながら学ぶのは、マインドも含めて良い影響を受けながら、学びが加速していく効果が期待できそうです。
― では、不確実性が高い現代社会に生きる若者は、どういう視点やマインドを持てると良いでしょうか。
『高校生Ring』でメッセージしている「もやもやを諦めないこと」は、非常に大事な観点だと思います。「社会に合わない」「常識や仕組みに違和感を覚える」「この風潮ってどうなの?」といったもやもやって、エフェクチュエーションの理論にあてはめるとすべて「手中の鳥」なんです。それを、「自分が良くない、間違っている」と諦めないで、なぜそうなっているんだろうと好奇心を持ち、行動を起こす燃料にしてほしいですね。そうやって一歩踏み出しさえすれば、周囲の人からのいろんなフィードバックが得られるはず。賛同も批判も糧にすることで新たな「手中の鳥」を得て、次のチャレンジに進んでいくようなサイクルを意識してほしいです。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 吉田 満梨(よしだ・まり)
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神戸大学大学院経営学研究科准教授。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了(商学博士)、首都大学東京(現東京都立大学)都市教養学部経営学系助教、立命館大学経営学部准教授を経て、2021年より現職。2023年より、京都大学経営管理大学院「哲学的企業家研究寄附講座」客員准教授を兼任。専門はマーケティング論で、特に新市場の形成プロセスの分析に関心を持つ。主要著書に、『ビジネス三國志』(共著、プレジデント社)、『マーケティング・リフレーミング』(共著、有斐閣)など、共訳書に『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』(碩学舎)など。