「総合的な探究の時間」が本格始動し、多くの教育現場で「教え方が分からない」という戸惑いの声が聞かれます。従来の授業とは異なる、正解のない授業をどう作り出していけばいいのか。そうした高校教員を支援するために、リクルートと経済産業省が協力して取り組んだのが、「高校教員向けのミネルバ式・教授法プログラム」の検証です。アクティブラーニング・反転学習・オンライン双⽅向授業を標準としたミネルバ大学の最先端のカリキュラムを取り入れ、教員自身がまず新しい教育手法を実体験できるプログラムとなっています。今回はその研修プログラムの詳細と、実際にトレーニングを受けた教員がその成果を自分の授業に取り入れた事例を紹介します。
「総合的な探究の時間」が求められる背景とは?
学習指導要領の改訂により、2022年4月から「総合的な探究の時間」の本格実施が始まりました。この「総合的な探究の時間」が始まった背景は、社会や環境の変化が大きく関係しています。これまでの比較的予測可能な社会においては、過去の経験を中心とした「受動的」な学びでも対応可能でしたが、生産年齢人口の減少やグローバル化の進展、技術革新によって予測不可能な社会へ。それに伴い、教育現場においても、予測困難な中でも未来を切り開いていく「主体的」な学びが必要不可欠になっています。
必要とされるスキルもこれまでは顕在化した「課題に対して解決する力」でよかったものの、今後の成熟社会においては自ら「課題を発見する力」も求められるようになります。そこで「総合的な探究の時間」では、日常生活や社会に目を向けて、生徒が自ら課題を設定し、<情報の収集><整理・分析><まとめ・表現>というプロセスを繰り返しながら、探究の力を育んでいくことを目指しています。
こうした「総合的な探究の時間」は、従来の授業とは異なり、正解のない授業となるため教員の負担も大きく、実施においてさまざまな課題を抱えています。リクルートではこれまでも『スタディサプリ』によって、教材や動画コンテンツで授業の準備から実施、振り返りまでを一括してサポートする探究講座を提供してきました。そして、リクルートと経済産業省が検証に取り組んだ「高校教員向けのミネルバ式・教授法プログラム」を活用することで、より発展的な取り組みを行う学校も見られるようになっています。
「⼀律⼀⻫授業」から「探究、個別、対話的な学び」へと変化が進む教育現場。新たな教育手法は徐々に事例化が進むものの、事例を提示するだけでは、現場の教員が⾃ら「探究・新たな学び」を作り出して運⽤していくことが不十分な可能性があります。実際に教育現場からは「目指している方向性には共感するものの、具体的に何をすればいいか分からない」という戸惑いの声が多く聞かれます。であれば、教員自身がまずは新しい教育手法を実体験することが近道ではないかと考え、取り入れたのが「高校教員向けのミネルバ式・教授法プログラム」です。
全てが学習科学(脳科学や心理学)に基づいた「高校教員向けのミネルバ式・教授法プログラム」
2010年半ばにアメリカで設立されたミネルバ大学は、脳科学や⼼理学などに基づく「学習科学」理論に沿った最先端のカリキュラムと教授法を特徴とし、アクティブラーニング・反転学習・オンライン双⽅向授業を標準とし、校舎を持たず、全ての授業がオンラインで行われます。生徒たちは4年間で世界7都市を移動しながら寮生活を行い、各地でPBL(Project Based Learning:課題解決型学習)を実施し、社会貢献活動にも従事します。このユニークな学習スタイルによって一流の教員が集まり、さらに学費も安く抑えられるため、開校早々入学倍率はハーバード大学を超えるほどの人気となり、その卒業生は各国の多くの企業が採用を希望するといわれています。
このミネルバ大学で実践されているのが、ミネルバ式トレーニング。その特徴は、教員が話せるのは授業時間の20%までで、あとの80%は生徒同士の議論で進められること。また、教育のほぼ全てが学習科学(脳科学や心理学)に基づき、最先端のテクノロジーによって組み立てられていることから、最大限に効率化した教え方・学び方が可能であることです。
リクルートが2019年4月に立ち上げた実証実験組織「HITOLAB(ヒトラボ)」では、ミネルバ大学に教育を提供しているミネルバプロジェクトと協働して、社会人向けオンラインリーダーシップ研修をリクルート社内で実施してきました。そして、経済産業省と協力し、「高校教員向けのミネルバ式・教授法プログラム」の検証にも取り組みました。
ミネルバ式教員向けトレーニングは、模擬授業を含めた約90分×10回程度のオンライン双方向トレーニングで、以下の3つの要素を実践しながら学んでいくプログラムになっています。
・ 授業の計画(授業ごとに達成したい学習目標を立てて、学習科学の知見に基づいて授業を設計する)
・ 授業の進行(発言量や意見を可視化するなど、生徒一人ひとりが能動的に参加できる仕組みや問い掛けを作る)
・ フィードバックと評価(事実に基づいた頻繁なフィードバックと、発言量や意見の記述内容などから習熟度の評価を行い、成長を後押しする)
ミネルバ式トレーニングに参加した教員からは、「教師がファシリテーターとなることで授業のクオリティーが高くなることを経験でき、凝り固まったマインドセットを変えるのに大きく役立つと思う」「オンラインでも双方向で深い学びができるということを今回実感した。対面での実施に不安を感じている今こそ、新しい取り組みに挑戦できるチャンスではないか」という声が寄せられました。また、トレーニング修了3カ月後の追加調査では、94%の方が「教員向けトレーニングの結果、指導法や教育に対する考え方に変化があった」と回答しており、一過性のトレーニングでは終わらないことが分かっています。
実際の授業に取り入れることで、生徒たちの考え方や行動が大きく変化
高知県立山田高等学校の町田教諭は、自ら教員向けのトレーニングを受講したことに加えて、ミネルバが高校生向けに開発した「脳科学をベースに、学び方を学ぶ」という授業を実施しました。山田高校では、令和2年度にはグローバル探究科を新設するなど、以前から探究活動には積極的に取り組んできています。高校生向け授業では、リクルートの協力の下でミネルバ独自のプラットフォームを使って行われました。
レッスンプランは全5回で、「脳の実行機能」「認知性柔軟性」「ワーキングメモリ」「抑制の制御」「グロースマインドセット」について学ぶもので、当初生徒たちからは「テーマが難しそう」「理解できるか不安」という不安の声も上がっていたそうです。それでも町田教諭は、教員向けのトレーニングを通して先生役も生徒役も経験していたことから、授業がどのように進んでいくのか事前にイメージすることができ、そして授業が始まると、町田教諭の見立て通り、見事に生徒たちはぐんぐんと授業に引き込まれていきました。
授業に参加した生徒からは「知識を得るだけでなく、柔軟な考え方を学び、多方面から課題に向き合うことができた」「冷静に考えて行動することで学力が向上するとともに、人柄も成長できることを学んだ」「今回の授業で学んだことが全てできたら、夢をかなえることもできると思い、わくわくした」といった感想が集まりました。また、この一連の特別授業が終わった後には、「学習の転移(机上で得た知識を日常でどう使うのか)」が生徒の中に確実に浸透しました。ある大きな課題にチャレンジするべきか悩んでいた生徒に、町田教諭が「グロース(成長)マインドセットだよ」と一声かけただけで、「あ、そっか!」と目を輝かせて挑戦することを決心したといいます。
「教える」から「聞く」「対話する」「見守る」を中心としたパラダイムシフトをもたらすミネルバ式トレーニング。教員向けならびに高校生向けに行った実証事業によって、各教育現場でさまざまな効果や進化が見られています。そこで今後は教職員向けトレーニング機会の全国拡大や、カリキュラムを学校間でシェアする新たなモデルの確立を目指しています。
また、探究につながる新たな機会提供として、リクルートの新規事業開発制度『Ring』のノウハウを用いて、高校生の課題発見力を養うアントレプレナーシップ・プログラム『高校生Ring』の実施も決定しました。自分視点の半径5mにある出来事や体験を手掛かりに、新しいビジネスのアイデアを提案する参加型プログラム。自ら問いを立て、自ら行動し、自ら変化を起こす力を育んでいくことを目指しています。こうした取り組みも通じて、今後もリクルートでは、さまざまな学びの機会を提供していきます。
- 高校教職員向け「ミネルバ式・教授法トレーニング」の詳しい内容はこちら
- ミネルバ大学教授法を題材とした「未来の学校」像の探究