“現地に行くまで分からない”を減らしたい。車いすユーザーの住まい探しを支援する、「車いすマット」誕生秘話

『SUUMO賃貸』を運営するリクルートの賃貸事業では、住宅確保要配慮者(※)が抱えている困難に向き合い、リクルートとしてできることを考える「百人百通りのカスタマープロジェクト(100mo!プロジェクト)」に取り組んでいます。このプロジェクトでは、「シングルペアレント」「高齢者」「外国籍」など属性ごとのチームに分かれて検討を進めていますが、その中のひとつである「障がい者」チームが開発したのが、下肢障がい者(車いすユーザー)の住まい探しを便利にする「車いすマット」です。このサービスに至ったのは、車いすユーザーのどのような声に寄り添った結果なのでしょうか。担当した賃貸事業の菊池 伸にこれまでの道のりを聞きました。

※法令「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律」と国土交通省令で「住宅確保要配慮者」として定められている考え方を指し、「100mo!プロジェクト」においては「シングルペアレント」「外国籍の方」「高齢者」「LGBTQ」「障がい者」「生活保護受給者」の6属性を対象としています

「車いすで通れること」が住まいの絶対条件なのに、現地に行かないと確認できない

― まずは賃貸事業の「100mo!プロジェクト」について教えてください。

プロジェクト発足の背景にあるのは、2021年より賃貸事業が新たに掲げるミッション「百人百通りの住まいとの出会いを、もっと豊かに。早く。日本中に。」です。この言葉に至る議論の中で、果たして『SUUMO』は多様なカスタマーの住まい探しに寄り添えているのだろうかという問いと反省がありました。住まい探しに困難を抱えている人たちは、具体的にどんなシーンで何に困っているのかを、私たちはもっと知るべきだ。それが「100mo!プロジェクト」の出発点です。

『SUUMO』100mo!プロジェクト

― 障がい者チームの皆さんは、何から始めたのでしょうか。

まずは文献やインタビュー調査を実施して向き合う相手を知ることから始めました。そうして見えてきたのは、国内では約1000万人近い人が何らかの障がいを抱えていること。そのうち約半数が「身体障がい」に分類されていることです。そこで、身体障がいの皆さんの困難にフォーカスしようと考えたものの、一口に「身体障がい」といっても、肢体不自由、視覚障がい、聴覚障がい、内部障がい…と、人それぞれに障がいの内容が異なり、それに紐づいて住まい探しに抱えている困難も全く異なることが見えてきました。

― では、車いすユーザーの困難に注目したのはなぜですか。

車いすを利用する人は国内に約200万人いると想定され、身体障がいの中でも最多の属性。彼らは入居後に「立って料理をする前提でキッチンが作られており、車いすでは調理ができない」「マンションのごみ置き場など、共用部との行き来が大変」といった不便を感じていることも文献から見えてきたため、まずは車いすユーザーから取り組むことにしたんです。そこで、リクルートの特例子会社であるリクルートオフィスサポートで働く車いすユーザーや、不動産会社、介護施設などを訪問し、下肢障がい者の住まい探しにまつわる課題をヒアリングしてみると、私たちの想像以上に既存の『SUUMO』の機能では十分に価値を提供できていないことが分かりました。例えば、『SUUMO』の物件検索機能には、従来「バリアフリー」というフラグを設置していますが、何がバリアになるのかは人によって異なります。段差の程度や通路の幅は車いすユーザーにとっての最大の関心事(譲れない絶対条件)なのに、内見をするまでそれが分からない状態。せめて『SUUMO』で物件を探す時に分かる状態であるべきだと感じました。

現地に行かなくても、『SUUMO』を見れば分かる状態を目指して

『SUUMO』車いすマット

― 車いすユーザーの住まい探しにまつわる問題を明らかにした上で、どのように「車いすマット」の開発にたどり着いたのでしょうか。

車いすユーザーが必ず確認したいのは、大きく分けて「通路の幅(車いすで通れるか/旋回可否)」と、「段差(有無/ある場合どの程度の高さか)」です。これらを『SUUMO』の中で確認できる状態を目指しました。「車いすマット」は幅を確認するための打ち手。構想段階では掲載画像から寸法を割り出す機能を開発する案もあったのですが、今すぐにでも実装できることとして、『SUUMO』に掲載いただいている不動産仲介会社に車いすと同じ幅の実寸大のマットをお配りして、物件の室内に敷いた上で写真を撮影いただくというアイデアに落ち着きました。

― 「車いすマット」の活用状況について教えてください。

2023年3月より、第1弾の検証を開始。車いすユーザーの住まい探しに尽力されている企業や、シニア向け物件を保有する企業にご協力いただき、『SUUMO』の掲載している物件写真や内見時に利用いただきながら、「車いすマット」で解決できること、できないことの整理や、運用上の課題を洗い出しています。

現在のところ、対象をかなり限定して取り組んでいることもあり、車いすマットがあることで掲載物件のPV数や反響数に及ぼす影響はまだ確認できていません。その一方、クライアントからは「内見時に役に立っている」と言う声が寄せられています。というのも、車いすユーザーはそもそも自身で内見に出かけること自体に困難も多いため、家族が代わりに内見をするケースが割とあるそう。当事者ではない人が車いすで通れるかを確認する方法として分かりやすく、評判が良かったそうです。実際の使い勝手を確かめられただけでなく、車いすユーザーの住まい探しのキーパーソンである「家族」の存在が見えてきたことも、検証成果のひとつだと思っています。

◆クライアントに聞きました

弊社では、これまで車いすのお客様を担当するケースが少なく、ノウハウが十分ではありませんでした。適切にご案内できる自信がなく、過去には消極的な対応をしてしまったこともあったんです。その点、「車いすマット」の活用を通して、車いすのお客様が気になる点を理解できたのが良かったですね。ご家族が代わりに内見されるケースもあったのですが、マットがあると車いすがその場になくても確認できると好評でした。また、軽くて丈夫な素材で作られているため、営業の私たちにとって持ち歩きやすく、繰り返し使えるのもありがたいです。(不動産仲介営業 I さん)

多様な人たちの声を受け止めながら、百人百通りの住まいとの出会いを

― 「車いすマット」の今後の展開を教えてください。

目指しているのは、車いすマットを利用している掲載物件を最大化し、車いすユーザーが『SUUMO』内で自分の条件に合った物件にできるだけ多く出会える世界です。そのため、第2弾の検証では、車いすマットを増刷して対象を東京・名古屋に拡大。パノラマ写真掲載物件のうち約25%に車いすマットが実装可能な体制で検証に臨み、より多くの車いすユーザー、クライアント企業に使っていただきご意見をいただく予定です。

― 障がい者の困難に向き合うことで、菊池さんはどんな気づきを得ましたか。

当事者やその関係者の意見に真摯に耳を傾けてみると、漠然と分かっているつもりになっていたことが山のようにあると気づかされました。これまでは、「百人百通りの住まい探しどころか、十通りくらいのやり方しかできていなかったのかもしれない」「多数派の人たちの利便性を追求するあまり、『SUUMO』の仕組みや機能が少数派の皆さんに困難を強いていた側面があるのではないか」そんな危機意識を持って世の中に向き合えるようになったと思います。

― 障がい者の住まい探しに対する取り組みは、どんな発展がありそうでしょうか。

例えば視覚障がい者に向けて、動画コンテンツへの音声情報の追加に取り組んでいます。これは、現状では動画による物件紹介が映像とテキスト情報中心のものが多いため、音声情報を追加することで、動画コンテンツを視覚障がい者にも有益な情報にしたいと考えています。このように、住宅確保要配慮者の視点で『SUUMO』を見直してみると、まだまだ配慮が十分でないことはあります。これからも皆さんの声を受け止めながら、全ての人が自分らしい住まいを探せるプロダクトへと進化していきたいと思います。

『SUUMO』

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