リクルートでは、2021年4月の会社統合を機に、改めて人材マネジメントポリシーを制定しました(参考:リクルートの人材マネジメントの仕組み「価値創造の源泉は“人”」)。これにより、リクルートで働く人々にはどのような変化が生まれているのでしょうか。今回は、人事領域の責任者3名による座談会を実施。新・人材マネジメントポリシーの制定に携わった人、推進役を担う人、それぞれの立場でざっくばらんに語り合いました。登場するのは、人事統括室の蝦名 秀俊、DEI推進室の早川 陽子、人材・組織開発室 兼 ヒトラボの堀川 拓郎です。
「価値の源泉は“人”」をベースに、個人への期待を「自律」「チーム」「進化」に再定義
― まずは新・人材マネジメントポリシーの制定に携わった蝦名さんに伺います。今回の制定の背景を教えてください。
蝦名: リクルートは、元々「価値の源泉は“人”」という価値観を大切にしてきた会社です。会社は個人の成長につながるさまざまな機会を提供し、個人の成長によって事業も成長していく。その考え方はこれまでも、これからも変わりません。一方で、2012年10月にリクルートは各事業・機能の専門性を高める目的で分社化をしており、共通の価値観を持ちながらも、人事制度や風土は各社の事業領域や戦略に合わせて個別に進化していました。それが、2021年4月に再び株式会社リクルートとして統合することが決まり、一つの会社として新たに大切にしていく指針をつくろうと2019年の後半から議論を開始しました。
― 再び一つの会社になるにあたって、事業や組織を超えた価値観を再定義したかったということでしょうか。
蝦名: そうですね。加えて、議論を開始してほどなく新型コロナウイルスの感染拡大が起こったことも新・人材マネジメントポリシーの内容に少なからず影響しています。リクルートは以前からリモートワークなど働き方の柔軟性を高める取り組みを進めていたので、変化対応は比較的スムーズでした。しかし、これほどまでの急速な変化を目の前にして、もう少し時代の変化を見据えた考え方を人材マネジメントポリシーにも反映していくようなアップデートの必要性を感じたんです。
― 具体的にはどのようなアップデートをしたのでしょうか。
蝦名: 個人への3つの期待として掲げている「自律」「チーム」「進化」に沿ってご紹介します。まず、個人に自律的なキャリア形成を求めるのはこれまでと変わりません。ただ、そうやって自律的に伸ばした人それぞれの強みを重ね合わせ、チームとして価値を出していこうと明文化したのは、新・人材マネジメントポリシーの大きなポイントです。また、社会の変化スピードに対応するには非連続な成長が必要不可欠。これまで以上の個の成長への期待を込めて、「進化」という言葉を掲げました。
― リクルートは以前から、個人の意思が尊重され個人の成長に期待する会社でした。そのメッセージは変わらないまま、これまでよりも、「多様性」や「協働・協創」のニュアンスが強くなったような印象ですね。
蝦名: 個人の成長を支援する意味でも、多様性を意識すべきだという考えです。課題を解消し、弱みを克服させることに躍起になるよりも、その人の得意なことをさらに伸ばしていくような成長支援をしていきたい。多様な個が活躍・成長するために、会社は多様な機会を提供していくことを約束していますし、それぞれの弱点をお互いの強みでカバーし合いながら、一人では成し遂げられないような大きな価値を創出する姿を目指しています。
人材マネジメントポリシーのアップデートについて語る蝦名
個からチームへ。激しい変化に対応するには、異なる強みの掛け合わせが必要
― 新・人材マネジメントポリシーは社内でどう受け止められたのでしょうか。発表当時、『ゼクシィ』ブランドを展開するマリッジ&ファミリー事業の責任者だった早川さんは、どう感じましたか。
早川: 中身ががらっと変わった訳ではないですし、「価値の源泉は“人”」という思想は貫かれていたので、特に違和感はなかったです。むしろ、「チーム」という概念が大きな柱として言語化されたのは、事業運営の現場にもフィットしていましたね。
― リクルートは「個」が強い集団というイメージがあります。特に営業の現場では担当者個人の情熱がクライアントを動かし、社内を動かしてきた側面もありますよね。今は個人よりもチームで動くようなスタイルを重視しているのでしょうか。
早川: マーケットや社会全体が急速に変化しようとしている中で、一人では解決できない大きなテーマに向き合うシーンが増えていることも背景にあると思います。テクノロジーの進化にサービスをどう対応すべきか、コロナ禍で担当する事業のマーケットはどうなってしまうのか、カスタマーの価値観の変化・多様化をどう受け止めるべきか。世の中の課題が複雑化し、解決の難易度が上がっているからこそ、それぞれが得意分野を持ち寄ってチームを組むような動きは増えていると思います。
堀川: その動きは早川さんが担当してきた事業はもちろん、全社的にも加速していますね。例えばリクルートグループ横断で最も優れた最新ナレッジをシェアする一大イベント『FORUM』。過去の『FORUM』では個人の仕事事例が発表されるケースが多かったのですが、近年は「営業×データサイエンティスト」など異なる職種の人たちがチームを組んで新しい価値を創出した事例がほとんどです。
早川: 異なる強みの掛け合わせは社内だけでなく、社外にも広がっていますよね。例えば、沖縄エリアの結婚式場担当のある営業メンバーは、新卒入社していきなりコロナ禍に突入し、行動制限でそもそも沖縄に行けないなど思うように動けずにいました。でも、リゾートウエディングなどの需要が大きく落ち込んだ沖縄のためにと、沖縄県の地元団体のTOPの方などとも思いを一つにして苦境に立ち向かおうとしていました。また、別の営業メンバーはある大型プロジェクトを成功させるにあたって、同じクライアントを過去担当したことのあるコンサル会社にコンタクトを取っていました。ある場面ではリクルートとも競合する企業に、全く接点のない状況から関係性を構築し、プロジェクトを成功するための議論をさせてもらいました。会社が違うとか競合だからとかは関係ありません。結局のところ、人を巻き込み、チームをつくるのは個の情熱・個の強さが前提なのだと私は感じています。
さまざまなチームの形が実現している様子を語る早川
新たな働き方や組織の垣根を越えた協働で、多様な機会が広がっている
― 新・人材マネジメントポリシーの制定から約1年が経ちました。現状をどう受け止めていますか。
堀川: リクルートでは、年2回の頻度でエンゲージメントサーベイを実施し、一人ひとりの「自律」・「チーム」・「進化」の体現度合いをモニタリングしています。2021年度下期の調査では、「自律:95.3%」、「チーム:77.7%」、「進化:86.2%」という値を示していました。従来から掲げられていた自律に比べて、新しく掲げたチームを体現している人が相対的に少ないのは、想定通り。むしろ、まだまだ伸びしろがある状態だと捉えており、今後さらに協働が増えることで大きな価値を生み出していける可能性を秘めた状態だと言えます。
蝦名: 個人的には「進化」が86.2%だったのがうれしいですね。原則リモートワークという働き方にシフトした中で、8割を超える人が何かしらの成長を実感しているのは、新しい働き方でも多くの人に機会を提供できているということですから。逆に「チーム」が相対的に低く出たのは、2021年のオフィス出社率が2~3割だったことも関係していそうです。今後は適宜オフィスで人が集まるケースも増えると思いますし、多様な働き方を組み合わせながら協働の機会を増やしていきたいです。
早川: 私はむしろリモートワークのおかげで協働が加速したと考えています。これまでの協働は、物理的な距離の近さが前提でしたが、コロナ禍になってからは「鹿児島支社の新人営業が名古屋支社にいるベテラン営業のオンライン商談に同行して勉強させてもらう」といった動きも珍しくなくなっています。あとは、会社が統合したことで、従来の組織の垣根を越えて新しいことをやろうという機運が高まっていることも大きい気がしますね。
― 統合によって組織を越境するハードルが低くなったのは確かに影響していそうですね。でも、2012年以前も一つの同じ会社でしたが、当時とは何が違うのでしょうか。
蝦名: 会社が分かれていた時代、「同じリクルートで思いは一つなのに、会社の枠が邪魔をしてできることが限られる」といったジレンマや悔しい思いをした人は少なからずいました。そうした経験を経て、会社統合による期待感を一人ひとりが持ってくれていることが大きいかもしれません。会社としても統合にあたって「機会は、もっと、広い。」というメッセージを従業員向けに発信しています。社内外に潜んでいるさまざまな機会にもっと積極的に飛び込んでいこうというムードは確実に高まっていますね。
リクルートの更なる価値創造の伸びしろを語る堀川
個人への期待と対をなす、会社が提供する3つのPromise
― 新・人材マネジメントポリシーでは、会社が個人に提供するものとして、3つのPromiseも掲げています。それぞれのご紹介と具体的な取り組みについても聞かせてください。
堀川: 1つ目のPromiseは、「能力開発・チャレンジできる機会を広げる」。「人材開発委員会」や「WILL・CAN・MUSTを軸とした成長支援」など、従来からある育成の仕組みを進化・発展させていくことはもちろん、従業員自らが成長や挑戦の機会を加速させるような仕組みをつくることも計画しています。具体的には自身のこれまでのキャリアや目指すキャリアを直属の組織だけでなく全社横断で表明できる仕組み。自分の強みや実現したいことを組織の外にもオープンにすることで、多様な人や仕事と出会う機会を広げるのが狙いです。
早川: 2つ目のPromiseは、「安心安全を前提により柔軟に、よりクリエーティビティ高く個々人の働き方を選択しやすい環境へ」。私の組織ではDEI(多様性、公平性、インクルーシブ)の観点から、全ての人が自分の強みを生かし、自己効力を感じながら進化を続けられるための仕組みづくりに挑んでいます。目下の大きなテーマは、ジェンダーパリティ。リクルートグループでは、グローバルの目標として「2030年度までに、取締役会構成員・上級管理職・管理職・従業員の女性比率を約50%にすること」を公表しています。もちろん、ジェンダー平等がDEIの全てではありませんが、社会や社内の常識・当たり前が女性をはじめ多様なリーダーの創出を阻んできたのは事実。まずはジェンダー平等実現をドミノの一枚目として取り組み、そこで得た知見を生かして真の多様性を実現してからです。
蝦名: 3つ目のPromiseが、「Pay for performance」。個人がチャレンジした結果に対して、報酬や新たな機会で報いていきましょうという考え方で、従来からリクルートが社員と約束してきたものです。ただ、これも人材マネジメントポリシーに合わせてアップデートが必要。具体的には、多様な働き方・多様な仲間が集う会社へと変わっていく中で、一人ひとりをフェアに正当に評価する仕組みを設けようとしています。フルタイムでリクルートの仕事をする人だけでなく、時短で働く人や、兼業をする人もいる。社外の人がプロジェクト単位で協働してくれるケースもある。そういったことが今後当たり前になっていくことを見据え、社内・社外どちらからみても魅力的な仕組みをつくっていこうとしています。
いかに過去の成功体験を手放し、新たな知恵を取り込むか
― とはいえ、まだまだ足りていないことや、一筋縄でいかないこともあるのではないですか。
堀川: 率直に言って、実現したい世界に向けてはまだ道半ばで、不足していることは山ほどあります。いつも難しいなと感じるのは、「アンラーニング」。これまでにない取り組みをするうえでは、過去の成功体験を手放して新たなやり方や価値観を学ぶことも必要です。しかし、新たなチャレンジを好むリクルートの私たちですら、創業60年の歴史で培われた価値基準に則って行動しているところがあり、無意識に考え方が凝り固まっていることが多々あります。例えば、多様な人材が活躍できる環境をつくるうえでは管理職の任用基準を見直すことも必要ですが、そこにメスを入れればリクルートの大事なものが変わってしまうのではないかと、いつも葛藤しています。
早川: それは私も同じですね。リクルートのこれまでの女性リーダーといえば、マーガレット・サッチャーやヒラリー・クリントンみたいな強い女性。でも、多様な価値観を意思決定に反映させる意味で、ステレオタイプな強いリーダーだけでなく、例えばマザー・テレサのようなリーダーも誕生させたいんです。残念ながらそんなタイプのメンバーは「私はリーダーなんか向いてない、やりたくない」と思っているのが現状。私たち一人ひとりの中にあるリーダー像を良い意味でリセットし、さまざまなタイプの人たちに「私もリーダーになりたい」と思ってもらうには、どうすれば良いのかと模索中です。
蝦名: 一人ひとりがもっと多様な機会に挑戦することを求めているとはいえ、法的な制約や社内の仕組みが追い付いていない部分もまだまだあります。でも、自組織に閉じて働くだけではできることに限りがある。さまざまな機会にチャレンジしている個人をいかに増やせるかが、私たち人事のチャレンジです。また、機会を提供するのは会社が個人に約束していることとはいえ、本質的には一人ひとりが自律的に機会をつくりだす力や、一見機会に見えない逆境やピンチを機会として捉え直す力を伸ばせるように、人事として支援することが必要だと思っています。
― 最後に、皆さんが目指したい世界とそのための意義込みを教えてください。
蝦名: 個人が多様な強みを伸ばし、それを掛け合わせた協働が増えることで、世の中が「WOW」と驚くような新しい価値がたくさん生まれてほしいですね。そのために人事として取り組むことはたくさんありますが、まずは私自身が「自律」と「チーム」と「進化」を楽しむこと。リクルートの一員として人材マネジメントポリシーの体現者でありたいです。
早川: 個人的にはリクルートの中だけが変わっても全く意味がないと思っています。私の子どもやその同級生たちが社会に出たときに、誰一人として自分の個性を阻まれずに活躍できるようになっていてほしい。特にジェンダーの不平等は日本の長い歴史に横たわっている問題です。だからこそ私たちが日本の根深い課題を先頭で突破し、社会に波及させていくような存在になっていきたいですね。
堀川: 現役の従業員の皆さんに活躍してもらいたいのはもちろんですが、リクルートから社会に巣立っていく人たちが、リクルートの価値観や環境を外に広めたいと思ってもらえるようなものにすることも大事にしたいです。日本全体が元気になっていくための装置のひとつとしてリクルートの取り組みが貢献できたらうれしいです。
― 社内の事柄に向き合っている人事の皆さんなのに、社会に目を向けたコメントを頂けたのが興味深いです。
堀川: そこがリクルートらしさかもしれません。リクルートは社会のさまざまな「不」に向き合い続けてきた会社ですから、どんな仕事・役割だろうと社会が良くなっていくことを考えている。人事だからといって社内に閉じない発想を大切にしたいです。
※プロフィールは座談会開催当時のものです
- 蝦名 秀俊(えびな・ひでとし)
リクルート スタッフ統括本部 人事 人事統括室 室長 - 大学卒業後、2007年リクルートに入社。新卒採用、人事企画、人事制度設計・育成施策等に携わる。2021年4月のリクルート統合を機に、人事関連機能を横断的に統括する現組織へ。休日は出身地のサッカークラブであるコンサドーレ札幌の応援や、家族と一緒に愛犬の散歩などをして過ごすそう
- 早川 陽子(はやかわ・ようこ)
リクルート スタッフ統括本部 人事 DEI推進室 室長 - 電機メーカーで営業を経験した後、2005年リクルート中途入社。以降ゼクシィで営業、2度の産休育休を経て、2017年よりマリッジ&ファミリー領域にて事業責任者を務めた。2022年より現職となり、初めて営業以外に異動し、日々ぶつかりながらも新たなチャレンジに邁進中
- 堀川 拓郎(ほりかわ・たくろう)
リクルート スタッフ統括本部 人事 人材・組織開発室 室長 ヒトラボ ラボ長 - 大学卒業後、2001年、リクルートに入社。住宅領域にて営業、事業開発、商品企画、事業推進、海外M&A、人事、経営管理室を経て、2021年4月より人材・組織開発室 室長、ヒトラボ ラボ長を担当。人材・組織開発室では、人材育成、組織開発に関する全社横断施策の企画・運用や、人事領域におけるR&D、次世代人材育成といった中長期的なアジェンダにも携わる。また、ヒトラボでは、ヒトと組織と社会の新たなつながり方をテーマに、新しい働き方や社会変革を実践し、実証的な検証を重ねる活動を行っている