障がい者理解の一歩目は、“マジョリティに優位な社会構造”に気づくこと。リクルート「DAAプロジェクト」社内ワークショップのご報告

「一般社団法人OTD普及協会」の理事を務める、東京大学大学院 教育学研究科附属 バリアフリー教育開発研究センター 教授の星加 良司先生

社会全体で、障がい者雇用の取り組みが活発化している昨今。リクルートでは、創業以来大切にしてきた価値観である「個の尊重」の実現に向け、より多様な従業員が活躍できるインクルーシブな状態を目指しています。その一環として、「全ての人の可能性を見落とさない。機会を見過ごさない。(Discover All Abilities)」という考えの下、全社横断で「DAAプロジェクト」を発足。プロジェクトでは、従業員の障がいに対する理解を促進するための一歩目として、ワークショップを開催しました。
2024年12月6日(金)にオンラインで開催したワークショップは、 「一般社団法人OTD普及協会」 (※)の理事であり、東京大学大学院 教育学研究科附属 バリアフリー教育開発研究センター教授である星加 良司先生のご協力の下、実施。全国から有志で約60名が参加した当日の模様を、ダイジェストでお届けします。

※ OTD:Organizational Transformation by Diversity

「車いすユーザーがマジョリティな社会」を想像しながら、社会に潜む不均衡を知る

当日は、星加先生とOTD普及協会運営委員の中村 奈津枝さんにより進行。冒頭の挨拶の中で星加先生は、「昨今、企業におけるDEI(※)の取り組みが活発になり、多様な人材の採用や、働き方の進化も積極的に行われているが、それだけで一足飛びに経営成果につながるものではない。真の意味でDEIを企業価値につなげていくには、企業文化や価値観のアップデートが必要。今日はDEI推進で基本となるマインドセットについて、一緒に考えてみましょう」と語りかけていました。

※DEI:ダイバーシティ(Diversity:多様性)、エクイティ(Equity:公平性)、インクルージョン(Inclusion:包摂性)

登壇者3名の写真

右から、OTD普及協会代表理事 庄司 弥寿彦さん、OTD普及協会運営委員の中村 奈津枝さん、星加 良司先生

ひとつ目のワークは、参加者が事前課題として視聴した動画について。この動画は、「車いすユーザーがマジョリティ(二足歩行の人がマイノリティ)」という架空の社会のニュース映像で、この社会では、「二足歩行の人は、天井に頭をぶつけやすく、(屈んで歩かないといけないので)慢性的な腰痛に苦しんでいる」「イスがない飲食店が多く、二足歩行者は中腰で食事しないといけない」といった不便が発生しているというものでした。

ワークショップでは、この動画を見ての気づきをチームでシェア。二足歩行であることが不利な立場に置かれている社会をイメージしてみることで、「マイノリティの立場を自分事として理解しやすくなった」「現実社会の仕組みを当たり前のものとして振る舞っていると、知らず知らずのうちに加害者の立場になっているかもしれない」といった感想が寄せられました。また、題材となった架空の社会では、現実社会とは車いすユーザーと二足歩行の人のマジョリティとマイノリティの立場が逆転していることから、社会における有利・不利とは絶対的なものではなく、マジョリティとマイノリティの相対的な力関係によって生じているという気づきを得ることができました。

車いすユーザーの社会からの学び。差異は、ただの差異として存在しているのではなく、「マジョリティ」と「マイノリティ」の力関係、力の不均衡を含んだ形で存在する。ダイバーシティについて考える時には、こうした不均衡を踏まえる必要がある。こういった力関係は、障がい以外の多様性の要素についても存在している。

形式上は平等に見えても、構造上は不均衡という実態があるのではないか

続いてのワークでは、マジョリティとマイノリティの間で発生している「力の不均衡」を疑似的に体感。形式上は平等に機会が与えられているように見えても、マイノリティはマジョリティに比べて「選択肢が少ない」「リスクが大きい」といった状況である場合が多く、実質的には不利な立場に置かれているが、そのことにも気づきづらい状況であることを、ワークを通して理解しました。

また、「有利な立場であるマジョリティほど不平等な構造に気づきにくい」こともワークの中で明らかになっていきます。星加先生はこうした状況について「見えない不平等が存在すると、マジョリティほど成功体験を重ねて自己肯定感も上がっていくのに対し、マイノリティほど失敗しやすく自己否定に陥りやすくなってしまう。そうなれば、両者の格差はますます広がっていく。また、不平等に気づきにくいからこそ、マジョリティはマイノリティを『能力が低い』と錯覚してしまい、そうした誤解は社会の分断を引き起こしかねない」と解説していました。

ワークで社会の不均衡を体感した参加者からは、「有利な立場にいると、不平等な現象が目の前にあっても気のせいだろうとスルーしてしまっていた」「マイノリティは、余裕を持った判断がしづらい状況にあることを体感した」といった感想も寄せられました。

障がいの原因は個人にあるのではなく、社会の仕組みにあるという視点を

ここまでのワークを踏まえ、改めて「なぜマイノリティは不利な状況に直面しやすいのでしょうか」と参加者に語りかけた星加先生。その原因を探っていく上で、ふたつの思考パターンがあることを紹介していただきました。

ひとつ目は、「個人モデル」。問題に直面している人たち本人に何かしらの事情があるという考え方です。つまり、本人の資質や能力、やり方などに原因があるという解釈。人間は元来「個人モデル」に偏った思考の癖があるため、無意識に「個人モデル」的な結論(=うまくいかないのは本人が悪いという自己責任的結論)を出してしまいがちなのだと言います。

もうひとつの考え方が、「社会モデル」。これは、問題の原因が社会構造や環境にあるのではないかというアプローチです。つまりは、マジョリティに有利な仕組みになっているからマイノリティに問題が発生しやすくなっているのではないかという思考様式。こうした「社会モデル」で物事を捉える癖をつけ、「個人モデル」に偏り過ぎないようなトレーニングをしていくことが、不均衡に気づくためには大切なのだと語っていただきました。

記事内で語られている「なぜマイノリティは不利なのか?」の2つのモデルを図にしている画像

マイノリティの視点には、マジョリティが気づいていないヒントが眠っている

では、会社組織において不均衡な構造に気づかず放置していると、どのようなリスクが発生するのでしょうか。星加先生は、「不利な立場にいる人は、その人が持つ本来の能力が発揮できない」「有利・不利の差で職場の人間関係が悪化する」「チームとしての結束力が失われる」「視点や思考が偏り、イノベーションの可能性を摘んでしまう」といった現象が起こり得ることを紹介。その上で、今日参加している人たちが職場で感じている不均衡についても洗い出してみましょうと問いかけます。

チームごとに分かれてディスカッションした結果、「性別や雇用形態、働き方、地域による機会格差」「評価者のアンコンシャスバイアス」を感じる瞬間があったという率直な意見が共有されました。また、「そもそもリクルートで働く人材自体、社会全体から見ると偏りがあるのではないか。無意識にフィルターをかけて、同質性が高い集団になっていないか」という疑問も挙がっていました。

オンライン中のパソコン画面の様子

オンラインでの開催に、全国から約60名の有志が参加

次に、「組織の不均衡を見つけることは、企業価値の向上にどうつながりそうか」というテーマでもディスカッション。ここでは、リクルートが掲げる「ビジョン・ミッション・バリューズ」も意識しながら考えてみました。すると、「不均衡に向き合うことは、リクルートが大切にする“個の尊重”という価値観を加速させるのではないか」「より多様な視点や個性を活かすことで“新しい価値”が生まれる種になるのではないか」といったポジティブな意見が発表されています。

講評として星加先生は、「マイノリティはマジョリティよりもさまざまな社会の不に気づきやすい」ことに言及。「不利な立場に置かれているからこそ、『これっておかしいのでは?』という疑問が湧きやすく、そこには、社会に対して新しい価値を生み出すヒントが詰まっているはず。しかし、単にマイノリティを雇用して多様性を高めるだけでは不均衡は解消されず、彼らの意見は挙がってこない。今日のような研修の場だけでなく、日々の積み重ねで組織全体の文化やマインドセットを変えていくことが重要だ」と語りかけていました。

不均衡な構造を理解した上で、多様な視点や思考を組織に取り入れる意識づけを

最後の質疑応答パートでは、「(マジョリティの立場からすると)マイノリティの主張が強過ぎて、時に怖さを感じることがある。不均衡を解消していく上でお互いにどんなコミュニケーションを意識すると良いのか」といった質問も寄せられています。

これに対して星加先生は、「聞く側の構えから変えていく必要があるだろう」と回答。「マイノリティは、声を上げても無視されてきた経験が多く、そうした蓄積の上であえて強いメッセージを発信しているところも否めない。不均衡な構造を理解した上で、有利な立場の側がより柔軟な姿勢で向き合うことが、建設的なコミュニケーションの第一歩ではないか」と問いかけていました。

星加先生の登壇の様子

ワークショップ終了後、星加先生はリクルートの「ビジョン・ミッション・バリューズ」に散りばめられた言葉を挙げながら、「『失敗』『社会の不』『常識を疑う』『突拍子もないアイデア』など、一見ネガティブとも思えるキーワードをポジティブに語っているリクルートの皆さんは、社会に潜む不均衡を発見する感度は高いように感じた」と期待を述べられました。

一方で、「リクルートはクライアントやカスタマーが感じている不を解決してきたにもかかわらず、社内の不均衡はまだまだ解消の途上にある」ことについても伺うと、「自分に身近な不均衡であればあるほど見えにくいのも一因なのではないか」と返答。「時には不均衡に気づいていながら無意識にスルーしてしまうこともある。だからこそ、人にはそういう癖があると理解した上で、多様性を取り入れ自分ひとりではできない“物の見方”をしてみることが大切なのではないか」と語っていただきました。

今後もリクルートでは、創業以来大切にしている大切な価値観である「個の尊重」の実現に向け、障がいの有無にかかわらず、従業員一人ひとりの特徴を活かしながら、個々が活躍することを目指します。

【Profile】

星加 良司(ほしか・りょうじ)
東京大学大学院 教育学研究科附属 バリアフリー教育開発研究センター 教授
一般社団法人OTD普及協会 理事
東京大学文学部卒業、同大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(社会学)。東京大学先端科学技術研究センター特任助教、同大学院教育学研究科准教授等を経て現職。主な研究分野はディスアビリティの社会理論、多様性理解教育。著書に『障害とは何か』(生活書院、2007年)、『合理的配慮』(有斐閣、2016年【共著】)他。

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