船橋市のご担当者と、ひとり親家庭の高校生支援について語るリクルート木田(左)
リクルートでは、オンライン学習サービスの『スタディサプリ』を活用し、さまざまな子どもたちに対して学習支援を行っています。その一つとして2022年にスタートしたのが、千葉県船橋市から事業委託を受けた、「ひとり親家庭の高校生の学習支援・キャリア支援事業」です。この取り組みはどのような背景で始まり、リクルートおよび『スタディサプリ』は高校生や自治体にどんな価値を提供しているのでしょうか。船橋市との協働を担当するリクルートの木田 貴之に話を聞きました。
社会福祉の観点からも、子どもたちの学びの機会が求められている
― インタビュアー : 船橋市との協働は、どのような背景・目的があるのでしょうか。
リクルート木田 : 私が所属する部門では、『スタディサプリ』を活用してさまざまな自治体の公教育支援を手掛けています。自治体との協働には大きく分けて二つのパターンがあり、一つは「学力向上」を目的とした教育委員会からの委託事業。そしてもう一つが、生活困窮世帯の自立支援など、福祉の意味合いでの支援事業。今回の取り組みは、後者の趣旨でスタートしています。
ひとり親世帯は、ふたり親世帯に比べて生活に困窮している割合が高く、船橋市でも従来からひとり親家庭世帯に対して、さまざまな取り組みが行われてきました。例えば、生活基盤を整えるための給付金支給や親が安定した収入を得るための就労支援など。しかし、そうした各種支援をもってしても、成人した子どもたちが親と同じように困窮してしまうケースが少なくないそうです。いわゆる「貧困の連鎖」を断ち切るためには、親世代だけではなく、子どもたちに直接向き合うような支援が必要なのではないかと検討されていました。
一方、私たちリクルートが『スタディサプリ』で実現したいことは、「さまざまな理由で発生する教育環境格差を解消し、全ての子どもたちに学ぶ機会と楽しさを提供すること」です。ひとり親家庭の子どもたちは、親が経済的・時間的な余裕がないために、学びたくても学びの環境が整っていない子どもや、学ぶ意欲が芽生えるきっかけが少ない子どもたちが多いと言われています。こうした環境の子どもたちを支援することは、まさしく『スタディサプリ』のビジョンにも通じることで、お互いの思いが一致し、事業の開始に至ったんです。
学習支援とキャリア支援、両面からのアプローチで進路の選択肢を広げる
― 具体的にはどのような支援を行っているのですか。
大きく分けて二つの側面で高校生を支援しています。一つは、『スタディサプリ』を活用した学習支援。船橋市内2カ所の公共施設で学習サポート教室「Bridge」を週2回開催しており、『スタディサプリ』の授業動画を活用して苦手科目の克服や学校の授業の先取り学習など、自分にあった学習ができます。単に個別学習の場を提供しているだけでなく、常駐スタッフによる対面の学習指導・サポートも特徴。また、家庭学習を希望する人にもアプリの配布やタブレット端末の貸与も行っています。
もう一つのアプローチは、子どもたちがポジティブに将来を考えるきっかけづくりとしてのキャリア支援。今回は2022年10月~2023年3月にかけて実施する全9回のキャリアサポートプログラムを企画設計しました。このプログラムでは、進学、起業、奨学金、法律、金融、ソーシャルスキルトレーニング…といったテーマで将来の進路選択に役立つ学びを提供。地域のバスケットボールチームでの就業体験など、地域とも連携しながら子どもたちの視野を広げる支援をしています。また、ゲーム感覚で楽しくコミュニケーションを取りながら、社会で役立つ力を身につけるボードゲーム型のワークショップも開催しています。
このように2方向からアプローチをしているのは、ひとり親家庭の子どもたちから学びを遠ざけている要因が複雑・多様だからです。学ぶ意欲はあるのに経済的な理由で学習機会に恵まれない人もいれば、「将来何をやりたいか分からない」「社会にどういう仕事があるのか知らない」のように、自分のキャリア=学ぶ目的が見えていない人もいる。学習支援とキャリア支援は相互に意欲を刺激しあうものだと位置付けて支援メニューを設計しました。
「第3の居場所」としての学習教室の可能性
― 『スタディサプリ』はオンライン学習ツールで「いつでもどこでも学べる」のが特徴ですが、
あえて対面の学習教室を設けたのはなぜでしょうか。
対象の高校生の中には、勉強のやり方が確立できていない人や学習習慣が身についていない人も想定されたため、ただアプリとタブレットを提供するだけでは学習が継続しない可能性が考えられました。そこで、学習教室というリアルな場を設けて常駐スタッフを配置することで、高校生一人ひとりに寄り添った指導を行っています。『スタディサプリ』には授業動画の視聴履歴など、学習ログデータが蓄積されるため、科目・単元ごとの習熟度や、つまずいているポイントが可視化されるのも特徴。データ×人の力で高校生に納得感のあるサポートをしています。
また、学習教室を設けたのは、ひとり親家庭の高校生の中には、家庭での学習が困難な環境に置かれているケースがあることも理由です。生活に困窮している家庭では、勉強に集中できる自室がないこともあります。親との折り合いが悪く、学校にも家にも自分の居場所がないと孤独を抱えている子どももいます。そうした子どもたちに学習教室という「第3の居場所」を提供すること。親や先生や学校の友達など、距離の近い相手には素直に打ち明けられないことでも、利害関係のない少し年上のスタッフ(主に大学生)にだったら、悩みをぶつけられるようなことってきっとあると思うんです。
家庭内に問題を抱えている子どもが、精神的に不安定になったり、学習のモチベーションに波が発生した際に、単に学習支援をするだけでなく、多感な時期の子どもたちが抱えるもやもやとした気持ちをちゃんと吐き出して、話を聞いてあげるという役割も必要。こうした思いは船橋市と取り組みを始める際も、「子どもたちのウエルビーイングを育てましょう」というメッセージで共感いただいています。
他事業との連携など、リクルートならではのひとり親世帯支援を模索したい
― 取り組みがはじまって数カ月ですが、どのような兆しが生まれていますか。
キャリアサポートプログラムでは、「普段の生活では知り合わないような人たちと関わり、社会を知る良い機会になった」「好きなことを仕事にしてもいいんだなと実感できた」といった感想をもらっています。特にひとり親家庭の子どもたちは、親の就業状況や仕事で苦労している様子から、「仕事は辛く苦しいもの」という先入観を持っている人も多くいます。そうしたイメージをフラットに戻し、将来社会に出ること(そのために勉強すること)をポジティブに捉えてくれるようになったのは、まさしく狙い通りでした。
学習教室では、人生に悲観的だった子が明るく元気に通ってくれるようになったり、学習指導から一歩踏み込んだ進路の相談をしてくれる人が増えたりと、着実に子どもたちとの信頼関係が強まっている様子です。学ぶことを通して自己肯定感が高まり、少し先の未来を見られるようになってきた、そんな兆しを感じますね。船橋市の職員のみなさんからも、教室の雰囲気の良さや高校生たちが楽しそうに通っている様子を評価いただいています。
― 今後はどのように展開していきたいですか。担当者としての思いを教えてください。
参加してくれた高校生たちには好評な一方で、市内で暮らす対象者の人数からすれば、今受講している高校生は、その中のほんの一握りです。まだまだ始まったばかりですから、彼らにとってもっと参加したい・しやすい形式や内容へとブラッシュアップを続けて、より多くの人に機会を届けていきたいと思っています。
私は船橋市のほか、これまでいくつかの自治体と協働してきました。その経験から感じるのは、行政のみなさんが向き合っている社会課題は、福祉と教育が密接に関わっているように、いろんな問題が複合的に発生している場合が多いことです。だからこそ、私たちリクルートが自治体と協働するのなら、リクルートが持つ幅広い事業ドメインを生かした新しいやり方も生み出したいです。例えば、ひとり親家庭の支援なら、HR事業で親の就業支援、まなび事業で子どもの学習・キャリア支援を同時に走らせることができるかもしれない。多様な事業・多様な人材をかけあわせて、ひとり親家庭支援のデファクトスタンダードをつくっていくことにも挑戦したいです。
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