ジェンダー平等の研究者×リクルートのDEI責任者によるトークイベント開催。日本企業における男女格差の考察と、解決に向けたヒント

右より、リクルート CO-ENインクルージョン統括室 VP 早川 陽子、インディアナ大学 ヒラリー・J・ホルブラウ博士、リクルート ワークス研究所 所長 堀川 拓郎

リクルートは、横浜市立大学大学院データサイエンス研究科および研究の社会実装を担当する株式会社時空間・行動連鎖研究所と「人的資本データの安全な統計化および少子高齢化する人的資源課題への応用的利活用」に関する共同研究契約を結び活動しています。その一環として、2024年11月14日(木)にトークイベントを実施。日本企業のジェンダー平等について研究するインディアナ大学のヒラリー・J・ホルブラウ博士と、リクルートのDEI推進の指揮を執る早川 陽子による対談を開催しました。
ホルブラウさんが語る学術的な知見と、実際にジェンダー平等に取り組む早川が語る企業のリアル。DEI推進のヒントが詰まっていた当日の様子をダイジェストでお届けします。

無意識な差別・偏見が、女性の“成長機会”を奪っている

当日は、リクルート ワークス研究所 所長の堀川 拓郎がファシリテーターを担当。ホルブラウさんと早川の自己紹介の後は、早川がリクルートグループにおけるDEIの考え方や、取り組みの歴史、現在地について紹介しました(※)。

株式会社リクルートでは2006年にDEI選任組織を発足し「働きがい」「働きやすさ」の両論でDEIの取り組みを推進。2024年現在、管理職女性比率は30%超に。2006年比では、課長相当職で約3倍、部長相当職で約5倍、役員相当職で約2倍となっています。

※詳しくは、「DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)」でも同内容をご紹介していますのでぜひご参照ください。

その後は、日本における賃金やキャリアの男女格差を研究してきたホルブラウさんによる研究報告のパートに。冒頭、ホルブラウさんはご自身がこのテーマの研究をはじめた理由を語ります。

「私の研究は、もともと日本企業における国籍による格差をテーマにしていました。しかし、調査を進めて分かったのは、外国人が必ずしも不利な立場にいるわけではないということです。実は、外国人男性の扱いは日本人男性とそれほど変わりませんでした。しかし、女性に注目してみると、国籍を問わず賃金の上昇や昇進の機会が限られており、日本では国籍よりも性別による不平等が顕著であることが分かったのです。近年、日本では職場における男女間の不平等を解消するための法律や政策が相次いで成立し、政府も企業も必死に取り組んでいるのに、男女間の格差がなかなか改善されないのはなぜでしょうか。それはおそらく、不平等の原因が十分に把握されていないからではないだろうか。そう考えたのが、ジェンダー不平等の原因に焦点をあてた研究の出発点です」

その上でホルブラウさんは、男女格差の原因を「合理的な原因」と「非合理な原因」のふたつに分けて考えられると説明。「合理的な原因」とは、総合職/一般職のようなコース別雇用制度や育児休業・時短勤務など、組織において一定の合理性があって運用されているルールや仕組みの下で生じているもの。「非合理な原因」とは、女性への無意識的な差別や偏見(アンコンシャス・バイアス)などが挙げられます。合理的な原因であれば、差が生じているのはある種仕方がないという考え方もできますが、ホルブラウさんは調査データを示しながら、「合理的な原因」はいずれも日本の男女格差の主要因とは言えないと述べています。

トークイベントの様子 インディアナ大学 ヒラリー・J・ホルブラウ博士

「例えば、コース別雇用制度について。確かに一般職女性は総合職男性と比較すると明らかに賃金格差があります。しかし、時代とともに女性の総合職も増えていき、数では総合職女性が一般職女性を上回っている状態。もはやコース別採用が日本の賃金格差の主な要因とは言えなくなっています。また、子どもの有無によらず女性の賃金は男性よりも低く、女性の生き方も多様化して子なし女性も多くなっている昨今、育児休業や時短勤務も賃金や昇進の男女格差の主な要因とは言えません。加えて、昇進への意欲についても同様。総合職で比較すると、管理職や役員に就きたい人は女性の方がわずかに少ないのは事実です。ですが実際の職位は女性の3分の1が平社員で、意欲があってもキャリアが低迷している人は女性の方が多く、男女格差の要因は意欲の差では説明がつかないことが分かりました」

そこでホルブラウさんが注目したのが、「非合理な原因」である無意識の偏見や差別。「自社の昇進が性別によらず公平公正に行われていると感じるか」というアンケート調査を実施したところ、男女ともに約半数が「男性が優遇されている」と回答。より具体的な出来事として、「そもそも与えられる仕事内容に差がある」「女性は雑用的な業務が多い」「重要案件は男性が抜擢されやすい」といった回答が多く見られたといいます。

「つまり、上司が部下に仕事を割り当てる時に無意識の差が生じているということ。女性は昇進候補者に望まれるような経験を積む機会が与えられにくく、その積み重ねによって男女で能力差が開いていくため、賃金や昇進の差につながっていると考えられるのです」

バイアスを取り除くには、あらゆるレイヤーで男女の役割差をなくす努力が必要

研究報告の後半でホルブラウさんは、日本社会全体で広がりつつある、女性管理職比率向上の動きについても指摘。性別に関するアンコンシャス・バイアスは、社会的に構築されているものだからこそ、社会の構造から変えていくという意味では重要だと語っています。

トークイベントの様子

「人々が思い描く男性像・女性像は、周囲にいる男性・女性の役割や振る舞いを観察することで形成されていくものです。つまり、組織の中で管理職に女性がいなければ、『女性にはリーダーシップがない』という無意識の思い込みや結論を導き出しやすくなってしまいます。だからこそ、積極的に女性を昇進させることは、人々に女性のリーダーを見せ、バイアスを解消していく意味で重要なのです。ただし、私の研究から見えてきたことは、管理職や役員などのリーダー層に女性を増やすだけでは十分ではないということ。なぜなら、組織で働く人々の目に映っているのは、上層部だけではないからです。日常的に接する機会のある一般職や非正規社員は女性が占める割合が多い。『女性は汎用的な業務やサポートをする役割が得意』といった無意識的な思い込みは、そうした構造も理由のひとつでしょう。だからこそ、女性の管理職比率を引き上げるだけでなく、単純な業務を性別問わず平等に配分して、職場の景色を変えていくことも欠かせないと思います」

まとめとして、ホルブラウさんは、日本社会が約20年の間に変化していることに言及します。「この20年の間に総合職の女性が増え、男性と同様に働きたいという志向の女性も一般的になってきました。しかしそうした女性でも男性と差が生じているのだから、もはや『合理的な原因』では格差を説明できなくなっている。それならば、『非合理な原因』である無意識の差別や偏見にアプローチしていくことが必要です。仕事の割り当ての男女差をなくしていくことが、平等に成長の機会を提供することにつながり、賃金や昇進の格差縮小に影響していくのではないでしょうか」と述べて発表を締め括りました。

子育て支援策は海外よりも充実しているのに、なぜ日本の男女格差は埋まらない?

ホルブラウさんの発表パート後は、イベント参加者への事前アンケートの結果を紹介した上で、質疑応答を実施。堀川から質問を投げかける形で、早川とホルブラウさんが意見を述べました。

トークイベントの様子

特に印象深かったのが、ジェンダー平等との関係性が深い「子育て」について。ホルブラウさんは、「私の研究対象はあくまでも日本なので、他国にそれほど詳しいわけではないが」と前置きしつつも、日本は世界的に見ても子育て支援が充実していると指摘します。「アメリカで子どもを1ヶ月保育園に預けようとすれば、日本の数倍もの保育料がかかる。少なくとも公的支援は日本の方が整っていると言えるのではないか」という意外な事実には、会場全体から驚きの声が聞こえてきました。

子育て支援が充実しているにもかかわらず男女格差がなかなか縮まらない要因として、早川は日本社会における性別役割分担意識に言及。「日本に根付く男女の役割分担意識は、高度経済成長を背景に1960年代以降に強まった考え方と言われている。人類の歴史からすればたった60年程度の概念だが、それでもこれだけ多くの人に根付いているのだから、いち企業の働きかけだけで変えていくのは非常に難しい。でも、1日のうち寝ている時間を除けば約16時間、そのうち半分は仕事をしているのだから、企業が個人の価値観に与える影響は少なくない。もちろん、家庭における夫婦の役割分担をどうするか、女性がどれくらい仕事やキャリアに比重を置くかは個人の自由だけれど、企業は従業員一人ひとりが自分らしく意思決定できるような支援を通して、既存の性別役割分担意識にとらわれない選択を応援することはできるのではないか」と語りました。

トークイベントの様子 リクルート CO-ENインクルージョン統括室 VP 早川 陽子

早川の意見にホルブラウさんも賛同。「ジェンダーギャップを解消する上で一番重要なのは、国や自治体の政策よりも企業の取り組みよりも、個人の意識を変えていくこと。しかし、個人の意識は簡単に変わるものではないからこそ、組織の風土や制度を変えていくことで個人にアプローチする方法が良いのではないか」と意見を述べており、早川も「個人は自分にとってベストな選択をするために、良い意味で“会社をうまく活用しよう”くらいの気持ちで良いのではないか」と答えていました。

「女性優遇」ではなく誰もが公平公正だと感じられる組織にしていくには

質疑応答パートでは、ジェンダー平等への反動・反感もトークテーマに。「女性ばかりが優遇されている」と不公平を感じている人や、優遇されていると周囲から思われていることにストレスを感じている女性も少なくない現状について、ヒントを求める質問も複数寄せられました。特にリクルートではグループの合計で2030年までに全ての階層で女性比率を50%にするという目標を掲げていますが、「高すぎる目標に反発はなかったのか」という率直な質問もいただきました。

この問いに対して早川は、「目標を達成することももちろん大切だが、それ以上に数字を掲げることで課題が可視化され、課題の解明に取り組んでいくことに意義を置いて社内でコミュニケーションを続けている」と回答。また、女性のためだけの施策ではなく、あらゆる従業員にとって意味のある取り組みに昇華させることもポイントだと言います。「例えば、アンコンシャス・バイアスを排除することを目的として管理職要件の明文化に取り組んだが、これによって女性の管理職候補が1.7倍に増えただけでなく、男性の管理職候補も1.4倍に増えている。女性活躍を入口にしつつも、最終的には多様な個の活躍のための施策に落とし込んでいくことも大切」と語りました。

トークイベントの様子

ホルブラウさんも、ジェンダー平等に反発する動きが調査結果から見て取れるそう。「昇進に関する公平性を調査したところ、『男性が優遇されている』と感じている人が多かったものの、『女性が優遇されている』という回答も2割ほど存在したことに、とても驚いた。実態としては男性の方が賃金も役職も上なのに、なぜこの印象になるのだろう。そんな疑問から具体的な意見に注目してみると、『女性は育休で1年近く休んでいるのに復帰後すぐ昇進できる』『女性は時短勤務でも課長になれる』といった声があった」と調査結果を共有してくれました。

こうした不平等を感じている意見について、早川が投げかけたのは、時間を“評価のものさし”にすることからの脱却。「仕事に使える時間の長短を従業員の評価基準にすると、家事育児の負担が女性に偏っている現状ではどうしても男性の方が職場で評価されやすい。このものさしが前提になっているから、出産・育児のために長期間休んだり時短で働いたりする女性が昇進することへの反発にも影響しているのではないか。しかし、不確実性が高く非連続な出来事が次々と起こる現代では、業務で取り組むテーマも複雑化しており、単純に時間をかければ解決できるものでもなくなってきている。短い時間で価値を発揮できる人にも期待し、機会を提供していくことも大切なのではないか」と意見を述べていました。

質疑応答を一通り行ったあとは、最後にイベントに登壇したふたりから参加者へメッセージを発信。「リクルートもまだまだ道半ば。私たちにとってもホルブラウさんの研究から学ぶ点が多く、今日の内容をヒントに取り組みを進化させていきたい(早川)」「男女不平等の解消は、やみくもに取り組むのではなく自社の現状を把握するのが第一歩。漠然とした印象ではなく課題を具体的に捉えることが重要なのではないか(ホルブラウさん)」と語り、1時間半のイベントは幕を閉じました。

【Profile】

Hilary J. Holbrow(ヒラリー・J・ホルブラウ)
インディアナ大学 日本政治・社会学 助教授
2017年にコーネル大学で社会学の博士号を取得後、ハーバード大学で博士研究員および講師として勤務し、インディアナ大学に着任。キヤノングローバル戦略研究所(東京)国際研究員、ハーバード大学ライシャワー研究所研究員、日米未来ネットワークのメンバーも務める。日本の職場におけるジェンダー不平等の根強さを研究しており、日経アジアのオピニオン欄に寄稿しているほか、The Russell Sage Foundation Journal of the Social Sciences、International Migration Review、Work and Occupations、Journal of Ethnic and Migration Studiesなどの学術誌にも寄稿している。

早川 陽子(はやかわ・ようこ)
リクルート CO-ENインクルージョン統括室 VP(ヴァイス プレジデント)
電機メーカーでの営業職を経て、2005年からリクルートでブライダル領域の営業を担当。2010年に第1子、13年に第2子を出産した後、2015年より営業部部長、2016年総合企画部部長、17年マリッジ&ファミリー領域 営業統括部 執行役員 統括部長。2022年4月にスタッフ統括本部に異動し、現職となる。

堀川 拓郎(ほりかわ・たくろう)
リクルート ワークス研究所 所長
2001年リクルート入社。営業、商品企画、事業開発、事業推進、人事などを経て、2021年より人材・組織開発室 室長/ヒトラボ ラボ長に従事。2024年4月よりワークス研究所に参画、現在に至る。

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