リクルートの賃貸事業が掲げる新ミッション。幾多の議論を重ねて込められた想いと、実現に向けた兆し

左より、リクルート経営コンピタンス研究所 所長の巻口 隆憲、プロジェクト事務局の安藤 萌、賃貸Division長の中村 明、サステナビリティ推進室の鎌内 由維

『SUUMO賃貸』を有するリクルートの賃貸Divisionでは、2021年に新ミッションステイトメント「百人百通りの住まいとの出会いを、もっと豊かに。速く。日本中に。」を発表。その実現に向けて各種取り組みがスタートしています。今回は、この新ミッションが生まれたプロセスや、その後の事業の動きについてインタビュー。賃貸Division長の中村 明、プロジェクト事務局の安藤 萌を中心に、策定プロセスに携わったリクルート経営コンピタンス研究所 所長 巻口 隆憲、サステナビリティ推進室 鎌内 由維も交えて、賃貸事業が持続可能な社会の実現にどう貢献していくのかを聞きました。

目まぐるしく変化する社会を見据え、事業が大切にしてきた価値を再点検

― 賃貸Divisionのミッションステイトメントの策定はどのように始まったのでしょうか。

鎌内: 現在、リクルートには14の事業領域(Division)があり、事業ごとにビジョン・ミッションが存在します。従来、ビジョン・ミッションの変更は事業戦略やプロダクトの大幅なリニューアルが発生したタイミングで、各事業の判断により適宜実施されてきました。ただ、今回は全Divisionで一斉に検討したものです。現代は“VUCA”という言葉でも語られるように目まぐるしいスピードで社会の常識が変化を続けている。未来を見据えてそれぞれの事業が社会とどんな約束をすべきなのか、これまで掲げてきたメッセージを一度“点検”してみましょうという趣旨で始まりました。

中村: リクルートの賃貸事業では、「アクティブフォレント―『住み替えたくなる、ずっと住みたくなる』こだわりの数だけ物件がある。そんな世の中を実現するために我々は信頼の象徴であり続けることを約束します。」というビジョンを15年以上掲げてきました。私たちがこのビジョンを大切にしてきたのは、不動産賃貸業界に潜むさまざまな“不”を解消したいという願いから。また、「for a Customer with Clients」という言葉も掲げており、企業クライアントとともに個人ユーザーへ価値を提供することで賃貸業界の未来を創る姿勢も大事にしてきました。そんな骨太のメッセージがすでにあったため、正直を言えば、当初は新たなミッションステイトメントの策定を考えてはいなかったんです。

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― 変更は必須ではなかったのですね。では、どのような形で検討が進められたのでしょうか。

鎌内: ビジョン・ミッションの検討主体者はあくまでも各Divisionなのですが、今回はその検討プロセスをリクルート全社の経営企画とサステナビリティ推進室、リクルート経営コンピタンス研究所がサポート。賃貸Divisionでは、Division長の中村さんと部長の皆さんが議論する場に、私と巻口さんが参加しています。サステナビリティの担当者である私が、Divisionの皆さんにお願いしたのは、社会視点を持ってビジョン・ミッションを点検してもらうことでした。

巻口: 私からは、「賃貸Divisionのサービスは10年後の未来も社会に必要とされるか?」という問いを投げかけました。未来を考える土台として振り返ってもらったのが、10年前から現在までの変遷。その間の社会・業界・リクルートの変化を踏まえ、過去から未来までの20年という視野で議論してもらいました。そこで特に興味深かった話題が、DX化が推進された未来について。現在の賃貸事業では、企業クライアントの業務をDX化して効率化や付加価値をつける取り組みを強く推進しています。そうした動きは、ともすると人や産業そのものをAIや機械が駆逐するような未来を想像させてしまいます。しかし、事業のみなさんはDXというよりも、「DXが進んだ未来で賃貸業界に携わる人は何をするのか」について議論を深めていました。そもそも私たちが向き合ってきた企業クライアントは、社会に対してどんな価値を提供している存在で、彼らが未来も社会で価値を発揮し続けるためにリクルートはどうあるべきか…、と議論が深まっていましたね。

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中村: 振り返ってみると、10年前も20年前も新たなテクノロジーの登場を脅威に感じていたことが認識できたんです。例えば、インターネットが登場して情報流通が紙からWebへと変わっていく時代のこと。私たちの多くは不動産仲介業の未来に不安を感じていました。誰もが気軽に情報発信できるのだから、これからは仲介を挟まなくても物件オーナーが直接借り手を募集する時代になるかもしれない。そうなったら不動産仲介業はどうなるのか、と。でもそれから20年が経ち、私たちの不安をよそに不動産仲介マーケットは大きく成長しています。そうした過去を踏まえることができたからこそ、今の社会変化を過度に不安視するのではなく、変化を冷静に捉えながらこれからも必要とされる価値を考えられたと思います。

業界の慣習が引き起こす不を、無意識に受け入れてしまっていないか

― 初めは“点検”のつもりだったものがミッションの再言語化につながったのは、どのような経緯なのでしょうか。

中村: 議論していくうちに、私たちはフラットに不動産賃貸業界に向き合っているつもりで、実はバイアスがかかった捉え方をしてきた部分もあると気付き、もう少し議論を深めることにしました。例えば、個人ユーザーのお部屋探しニーズは決して楽しい理由ばかりではなく、家族との離別・転勤・単身赴任など、自分の意思とは関係なく突然発生することも多いです。引っ越さなければならない事情があるからこそ、お部屋探し期間の相場はわずか20日間。その当たり前を窮屈に感じている個人ユーザーは少なくないはずなのですが、日々賃貸マーケットに向き合っている私たちは、「お部屋探しとはそういうもの」と慣れてしまっていた側面もあるのではないか。巻口さんや鎌内さんが賃貸事業の外から客観的に疑問を投げ掛けてくれたことが、気付くきっかけになりました。

安藤: 営業現場としても思い当たる節があります。私たちリクルートの営業は、担当する企業クライアントと同じ熱量・同じ想いになることで本当に個人ユーザーに必要な支援を考え抜き、届けることを大事にしてきました。それ自体はこれからも変わらず大事にしたいことではあるのですが、企業クライアントと同質化しすぎて私たち自身が業界の慣習にとらわれてしまうことがある。そういう意味でこれまで当たり前に浸透していたビジョン「アクティブフォレント」を、漠然とした認識で使い続けるのではなく、フラットに見直してもらったのはありがたかったです。

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鎌内: 結果的に賃貸Divisionではミッションステイトメントの策定までに何度も議論を積み重ねました。大事にしたのは、「それはなぜそうなっているのか?」と一段深い問いを繰り返すこと。安藤さんが言うように、事業の皆さんは企業クライアントと同じ目線に立つべく日常的に現場に足を運んでいるからこそ、賃貸マーケットで起きている細かなファクトには圧倒的に強い。業界にはどんな慣習があり、それによって誰がどう困っていて…と事実はどんどん出てきました。でも、「それってなぜですか?」と投げ掛けると、場が一瞬シーンとするんです。「言われてみれば、これまでちゃんと考えたことなかった」と。

巻口: よく使う言葉や日常的に接しているシーンほど、慣れてしまって思考停止に陥りやすいのではないでしょうか。だからこそ、「他の人の目からどう見えるのか?」という視点でいま一度考えてみることも大事です。また、環境の変化を考慮せず、過去の前提条件で考えていることも多いです。リクルートの賃貸事業はこの10年で『SUUMO』による広告課金が前提の事業モデルから企業クライアントの業務支援にもサポートの幅を広げているし、マーケットの環境も変わってきています。前提や制約が変わってきていることが認識できると、これまで認識できていなかった、もしくは見過ごされていたものが見えてくるかもしれない。今回の膨大な議論はそうした積み重ねだったと思います。

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住まい探しに課題を感じている人たちが、社会にはまだたくさんいる

― ミッションステイトメントのポイントになったのは、どのような議論ですか。

中村: 議論の前半は、従来の企業クライアント・個人ユーザーが抱える不を解消することが話題の中心でした。そのため、中間発表の時点では「①納得感(自分にぴったりの家探しができること)」と「②スピード(ぴったりの物件がより速く見つかること)」の二つの価値にフォーカスしていました。しかし、その後議論に参加しているメンバーの一人が、「自分の母が家探しにとても苦労した」という話をしてくれたことで新たな議論が始まります。家探しに精通しているはずの私たちの身近にも、困っている個人ユーザーがいる。それってなぜだろう、と。

巻口: 現状の『SUUMO』で全ての人たちが家探しを実現できるかといえば、決してそうとは言い切れません。使えない、使いにくい人がいるのではないか?という問いを投げ掛けたことで新たな議論が起こりました。この問いは、リクルートの別事業の動きも参考にしています。例えば求人検索エンジンの『Indeed』がグローバルで目指しているのは、「より良い仕事がみつかる」ことだけでなく、今すぐ働かないと生活に困窮してしまうという人たちに対して少しでも早く就業を実現することです。家探しも、キラキラ・ワクワクをしている個人ユーザーばかりではないはず。どの部屋を借りようか迷う以前に、暮らしの基本である住まいを貸してもらうこと自体に苦労している人がいるのではないか。いるとしたらどんな人たちなのかを議論していきました。

中村: 政府は住宅確保要配慮者として、住まいの探しづらさを抱えている人たちへの支援を行うことを掲げています。その方針を踏まえて我々の事業を見つめ直してみると、シニアや外国人などこれまでの私たちが『SUUMO』で十分にお手伝いしきれていない個人ユーザーがいたのも事実です。一方で空き家が増加している問題など貸し手側の課題も表出している。しかも、10年後の未来を想像してみると、少子高齢化や労働人口の減少などを理由に、こうした問題はさらに顕著になっていくことは明らか。これまで、私たちは『SUUMO』のマーケットシェアをいかに高めるかに努めてきましたし、実際に多くの人にご利用いただけるプラットフォームになりましたが、改めて、賃貸住宅を探したいニーズのうち、ほんの一部にしかお応えできていなかったと認識しました。

安藤: 今思えば、十分に価値提供できていない個人ユーザーがいることは認識していながら、ビジネスとして最大公約数を問われる中でなかなか向き合えずにいた面があります。もちろん、社会のために、マーケットのためにという思いで日々の仕事に向き合ってはいたものの、その実態は経済合理性の枠の中で縮こまってしまっていたかもしれない。そう気付かされたように思います。

誰かに勝つためではなく、“百人百通り”を実現するために強くなりたい

― そうした議論は、新ミッションステイトメントにどう盛り込まれているのですか。

中村: ビジョンである「アクティブフォレント」はそのままに、ミッションステイトメントを新たに策定するという形を取りました。議論後の、所属する全従業員が参加するキックオフの際、プロジェクトではどのような議論をしたのかを全体に共有。最終候補の3案から、メンバー全員参加の投票形式で選出しました。それが、「百人百通りの住まいとの出会いを、もっと豊かに。速く。日本中に。」です。最後の、“もっと豊かに。速く。日本中に。”の部分で、私たちがこだわりたい価値の3つである、①納得感、②スピード、そして③全員に機会を、というキーワードが盛り込まれています。

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『SUUMOジャーナル』で、住まいに関する問題の解決に挑む人や当事者を取材している「百人百通りの住まい探し」の連載

― ミッション策定後、どのような取り組みが始まっているのでしょうか。

安藤: 一つはエリア拡大プロジェクト。従来、『SUUMO』に掲載されている物件情報は、営業効率の観点からリクルートの拠点がある都市が中心になりがちでした。それを、どのエリアに住みたい人でも『SUUMO』を使って等しく家探しができるような、“エリアの網羅性”を重視した地域戦略へと変更しています。そしてもう一つが、私が事務局を務めるプロジェクトです。これは、お部屋探しに困る方々が実際にどんなことに困っているのかを明らかにし、私たちがどのような価値を提供していくべきかを検討するプロジェクト。まだまだ発展途上ですが、例えば障がい者の不を対象としたチームでは、「バリアフリー」の実態が分かるような掲載写真の追加や、寸法測定機能の追加で、掲載写真から廊下やドアの広さを割り出し、車いすが通れるかが事前に判断できるようにするなど、取り組みを積み重ねていますね。

鎌内: メンバーの参加は任意となっていますが、現在Divisionの約1/3に当たる88名が有志で参加しており、多くの皆さんが新ミッションステイトメントに共鳴してくれたことの一つの表れだと思っています。また、参加者の中には、「私も自身の属性のために住まい探しに苦労した経験がある。当事者としてなんとかしたい」と手を挙げてくれた外国籍のメンバーもおり、そうした一人ひとりの強い思いが原動力となって着実に前進しているように感じます。

― 最後に、賃貸Divisionが事業を通じて社会に貢献していくために、大切にしたいことを教えてください。

中村: 私たちが存在する意義は、今も昔も、そして未来も「社会への貢献」のほかにはありません。ただ、そのことをちゃんと意識しないと目の前の業務を遂行していくうちに、私たちも社会の一員であることを忘れてしまう。放っておくと目標の達成が最優先になってしまう危うさもあることを肝に銘じ、掲げたビジョン・ミッションにつながる取り組みをもっともっと増やしていきたいです。また、新たに始まったプロジェクトなどを通してメンバーの個性が発揮され、働きがいのある環境として多様なメンバーが集う職場となり、それが事業としての新たな価値につながっていくような状態を作りたい。経済合理性の枠の中で縮こまってしまうのではなく、純粋に社会のためになることに邁進していく組織戦略によって、結果的にマーケットで大きな価値を発揮できるような事業であり続けたいです。

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