産婦人科専門医/医学博士
関口 真紀さん
公立病院で研修後、大学病院でがん患者さんの治療を担当。出産後は健診クリニックに勤務し、年間6,000人以上の子宮頸がん検診を担当。産婦人科医としての26年のキャリアを生かし、SNSなどで、生理痛・生理前のイライラ・更年期症状について、その仕組みやセルフケア、治療法について発信中。女性のさまざまな悩みを聞き、その対処法を伝えている。婦人科お悩みトリセツ主宰。
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女性の活躍 「働く女性が知っておきたい<カラダの不調と向き合うコツ>」
キャリア 、 ワーク・ライフ・バランス 、 健康・体調管理
2024年03月27日
「人生100年時代」「女性活躍推進」という言葉がよく聞かれる今、働く女性の数は増え、働く期間も長くなっています。また、管理職など責任ある立場で活躍する女性も増えつつあります。一方で、女性は年齢やライフステージ特有の体調不良を抱えていることも。 このシリーズでは、働く女性が自分らしくキャリアを重ねていくためのサポートとして、カラダの不調と向き合いながら働くための知識やケアなどについての専門家のアドバイスをお伝えします。今回は、産婦人科専門医の関口 真紀先生に「生理前のPMS(月経前症候群)の症状と働く女性が知っておきたい対処法」について教えていただきました。
※この記事の内容は、リリース当時(2024年3月現在)のものです。最新の情報については、公的機関のサイトなどをご確認ください。
もしかして、こんな症状を感じることはありませんか?
「月に何日かすごくイライラしやすくなって、周囲に強く当たるのが止められなくなる」「生理前の時期は、強い眠気や倦怠感で仕事がはかどらないことも。何をしたら良くなるのか分からない」「生理前に丸一日ひどい頭痛に苛まれる日が必ずある。仕事にならず休んだり早退したこともある」「生理前になると、胸が張ったり体がむくんで重く感じてだるい」「いつも生理の前にニキビができて、メークで隠している」
こういった理由がよく分からないカラダやココロの不調。あなたのその毎月の生理前の症状は「PMS(premenstrual syndrome: 月経前症候群)」かもしれません。
PMSとは生理が始まる3~10日の間に起こる心身の不調のことで、生理が始まると自然に治まります。代表的な症状としては、「胸が張って痛い」「むくみ」「体重の増加」「頭痛や関節痛、筋肉痛などの痛み」といったカラダの症状だけでなく「落ち着かない」「イライラする」「気分が落ち込む」「不安になる」などのココロの症状もあり、これらの症状が繰り返して3カ月続く場合、PMSと診断されます。PMSには多くの症状があり、人によってさまざまです。また症状を感じる期間も生理前の1週間程度と長いケースもあれば、数日間だけのこともあります。
(図表1) 代表的なPMSの症状
また、PMSの中でも、特に精神的な症状が強くみられる場合、PMDD(premenstrual dysphoric disorder:月経前不快気分障害)と呼びます。 あなたは生理前になると以下のような症状を感じますか?
もし、この中に一つでも該当する症状があり、さらに代表的なPMSの症状の図にある「集中力が下がる」「日常生活にやる気が出ない」「眠気または不眠」「激しいだるさ」「過食」(※印のもの)などの症状と合わせて5つ以上該当する場合は、PMDDの可能性があります。
PMS・PMDDは本人の自覚がないことも多く、こういった症状は生理が始まると改善することにも気付いていないケースが多くあります。特にPMDDのように精神的な症状が強い場合、身体の不調ではないからとガマンしたり、感情のコントロールができないと自分自身を責めてしまうことも。自分でコントロールできない不調を感じているならば、早めに婦人科を受診することをおすすめします。あなたに合った治療を受けることができますよ。
では、こういった生理前の不調はなぜ起こるのでしょうか。原因はまだはっきりと分かっていませんが、排卵後に卵巣から分泌される「プロゲステロン(黄体ホルモン)」が関係していると考えられています。
(図表2) PMS・PMDDの原因となる女性ホルモンの分泌量の変化
プロゲステロンが関係する<カラダの不調>
身体への影響としては、「プロゲステロン」には身体の中に水分をためこむ作用があり、そのため、むくみや乳房の張り、頭痛や体が重くなるといった症状を感じます。食べ物の好みも変化し、甘いものや塩辛いものが欲しくなり、ついつい食べ過ぎてしまうことも。そのため塩分過多から、さらにむくみがひどくなります。 また、女性ホルモンの一つである「エストロゲン」は食欲を抑える作用があるのですが、「プロゲステロン」はその作用を抑えることが知られていて、生理前に食欲が増すのはそのためです。しかし、この時期の食べ過ぎは低血糖を引き起こす可能性があるので注意が必要です。生理前は、血糖値を下げるインスリンの働きが低下し血糖値が上がりやすくなります。そこに糖質や炭水化物を取り過ぎるとインスリンが過剰に分泌されるため、急激に血糖値が下がるのです。その結果、気分が落ち込む、疲れやすくなる、頭のまとまりがなくなる、やる気がなくなるなどの機能性低血糖症の状態となることがありますので気を付けましょう。PMSの症状改善のための食事については、後ほど詳しくお伝えします。
プロゲステロンが関係する<ココロの不調>
心への作用としては、「プロゲステロン(黄体ホルモン)」は気分を抑える作用の他に、精神を安定させる働きを持つ「セロトニン」を減らす作用があると考えられており、イライラや気分の落ち込みや過食の要因となります。また、黄体ホルモンが身体の中で代謝されてできる「アロプレグナロン」が増加して不安になったり、感情の記憶をつかさどる「扁桃体」に作用し恐怖心や不安を呼び起こします。痛みやストレスに対しても敏感になり、筋肉痛や腰痛を感じやすくなります。
このように、生理前にはさまざまなカラダとココロの不調が起きやすくなります。女性の身体はとてもデリケートで、ホルモンのバイオリズムによる影響を受けやすいのです。
PMS・PMDDの症状は人それぞれ。症状がひどいようであれば、まずは婦人科の医師に相談してみましょう。
治療としては、最初にカウンセリングを行います。生理前の症状は種類が多く、つらさにも個人差が大きいため、医師がじっくり話を聞くことが必要です。その上で、それぞれの人に適した治療方法を選んでいきます。治療は、ライフスタイルを改善するための指導と医薬品による治療を行います。
自分のカラダやココロの不調にはどんな症状があるのか、それがいつ始まり、何日くらい続くのかを記録してみましょう。単なる体調不良だと思っていたものが、実はPMSだったと気付くことで、うまく対処できたり改善できることもあります。また、自分の体調の変化の時期とその原因が分かることで不安が減り、症状が軽くなります。
睡眠や食事などのリズムを整え、規則正しい生活をしましょう。また、十分な休養・睡眠や適度な運動も大切です。一方で、喫煙(受動喫煙含む)は血行を悪くし、ホルモンバランスを崩してしまいます。できるだけ控えるようにしましょう。
また、リラックス効果のあるアロマセラピーもおすすめです。日本アロマ環境協会(AEAJ)の研究によると、生理前の5日間、1日2回、ネロリの精油を使って芳香浴をしたところPMSの症状が緩和したとの研究報告があります。
生理前の食事内容はPMS・PMDDの症状に影響しますので、症状を悪化させない食生活を心がけましょう。
取り過ぎに注意したい食品
生理の前にアルコールやカフェイン、味付けの濃いものや甘いものを取り過ぎると、イライラ・むくみ・緊張感などを高める原因となります。また、生理前には、甘いものや炭水化物、特定の食べ物を好む傾向があります。甘いものを食べると一時的にセロトニンの分泌が増えるため、気持ちが安定したように感じますが、すぐに元に戻ってしまうので食べ過ぎないように注意しましょう。特定の食べ物とは、おせんべいなどの歯応えのあるものが多いと聞きます。このような嗜好の変化に思い当たるものがあれば、食生活を意識してみましょう。ただし、炭水化物は精神を安定させる「セロトニン」を作るのに必要なので、特に生理前の時期は無理に控えなくても大丈夫。できれば玄米やお蕎麦など食物繊維や栄養素を多く含む食べ物で取ることをおすすめします。
積極的に取りたい食品
マグネシウムやカルシウム不足がPMSと関係していることも知られています。PMSの症状がある時期は、普段より多めに取るように心がけましょう。カルシウムの豊富な食品は、魚介類(小魚、干しエビなど)、緑色野菜(小松菜、水菜、モロヘイヤなど)、乳製品、ひじき、ごまなどです。また、マグネシウムが豊富な食品は、ナッツ類(アーモンド、ピーナツ、カシューナッツ)、大豆製品、玄米、ホウレン草、ひじきなどです。参考にしてみてください。
他にも、ハーブも効果があることが証明されています。例えば、チェストベリーは症状の緩和に有効で、PMSのための市販薬の原料としても使われています。
PMSは、生活スタイルや食事によって改善を図るだけでなく薬による治療もあり、大きく分けて「症状に対する薬」と「ホルモン療法」があります。
「症状に対する薬」による治療
さまざまな症状のあるPMSですが、それぞれに合わせた薬が処方されます。
ホルモン療法
また、ホルモン療法としては、低用量経口避妊薬/低用量エストロゲン・プロゲステロン配合剤(OC/LEP)で排卵を抑えます。この薬は種類がたくさんあり、含まれるホルモンの種類や量がそれぞれ違います。PMSに対しては、含まれるホルモンの量が一定で、「ドロスピレン」という黄体ホルモンを含む種類のOC/LEPで効果があります。
こういった治療薬はオンラインで処方してもらうこともできますが、初めて服用する場合は、自分に合った薬を選んでもらうためにも、医師との対話が必要です。オンライン・対面どちらの場合でもまずは医師に相談するようにしましょう。
PMSの症状を抱えながら働く女性の中には、生理の前になると仕事に集中できず効率が下がる、創造的な仕事がしにくくなると感じる人も多くいます。また、普段は気にならないことにも無性にイライラする、人と会うのがおっくうになる、そんな人もいます。 まずは、体調の良いタイミングに合わせて仕事を調整したり、PMSの時期は周りの人に声をかけて仕事を分担してもらうなどの対処ができると良いでしょう。また大事な決断や人と会う予定を調節するなどの工夫もしましょう。そもそも症状が重い場合は、ガマンせず薬で生理のタイミングを調節することで症状が軽くなります。
また、PMSは日常生活の負担やストレスと大きく関係するといわれています。就職や職場の異動、仕事量の増加などがきっかけとなることがあります。また、きちょうめんで誠実、他人に気配りができる、頼まれたら断れない性格の人に多くみられる傾向があります。一人で頑張り過ぎたり、抱え込まないよう、周囲や婦人科などの病院に相談しましょう。 また、PMSの症状については、職場や仕事関係者だけでなく家族や親しい人とも共有しておきましょう。その上で、つらい時期にどうサポートしてほしいかを事前に話し合っておけるといいですね。イライラからのケンカを避けるために干渉しないようにする、身体がきついから家事や子どもの世話などは普段よりもパートナーに助けてほしいといった話ができれば、心身の負担も減り、それが症状の改善にもつながります。
生理前の不調がある人は70~80%もいて、その中でも社会生活を送るのに影響が出るほどの中等度のPMSの人は5.4%、PMDDの人も1.2%いると報告されています。 生理前の不調は治療で改善できることを知らない人もまだまだ多くいます。まずは自分の体調不良に気付くことから始めていきましょう。
最後に『iction!(イクション)』が実施した調査に寄せられた、PMSに悩むリアルな声をご紹介します。
多くの女性が経験する生理前の不調は、本当に人それぞれ。あなたとは違う症状でもPMSの悩みであることは同じですから、お互いに思いやりの心を持って接することができるといいですよね。
また、PMSの症状は多岐に渡るため周囲に理解されにくく、一人で抱えこんでしまいがち。しかも毎月のことですから、悩みの深刻さは想像に難くありません。「あれ?今日はいつもとちょっと違うな…」職場の同僚の様子にそう感じるときはありませんか。もしかしたらそれは、PMSのつらい症状に悩んでいるサインかもしれません。まずはどんな症状があるのかを知ることで、本人だけでなく周囲の皆さんにも、PMSと向き合うきっかけにしていただければと思います。
(iction!調査「PMSによって、働く際に困ったエピソードがあれば、状況についてできるだけ具体的に教えてください」の回答より抜粋 i※)
・生理前になると気分の落ち込みが激しいのと、ボーッとしてしまうことが増えてくるのでミスも起きやすく仕事に影響してしまう。通常ならそこまで気にせずに過ごせる事も生理前は過剰に反応してしまう。(20代)
・部署内に女性が自分しかいない時期があり、休むほどではないが普段より強い眠気や倦怠感で仕事がはかどらないことを、誰にも共有できなかった。(20代)
・イライラがすごくて自分でも感情をコントロールできず、家族に当たってしまい家族も嫌な思いをしている。どうしていいのか分からない。(30代)
・事務の仕事をしているが、集中力が下がりミスが増えたり、休憩時間のおやつを過食してしまったり通常より効率が下がる。(40代)
・頭痛やイライラで仕事がいつも通り進まない。イライラして余裕がなく、後輩へ言い方がキツくなってしまう事がある。(30代)
・普段はイライラしない相手の発言にイライラし強めに言ってしまったり、無視してしまった事がある。(30代)
・イライラが止まらない、眠気、頭がぼーっとするなど集中力が続かず、ミスをしてしまうことがある。(30代)
・生理前は、気分の浮き沈みが激しく、パートナーに八つ当たりしてしまうことがよくある。(30代)
・胸が張ったり、頭痛がするので痛み止めを飲んでコントロールしていた。 (30代)
・腰痛腹痛がひどく、仕事に集中できない。動くのがおっくうになるので、椅子から立ち上がれない程になる(30代)
※2023年に『iction!(イクション)』が20~50代の働く女性に対し実施した生理痛・PMS・更年期症状に関する実態調査
産婦人科専門医/医学博士
関口 真紀さん
公立病院で研修後、大学病院でがん患者さんの治療を担当。出産後は健診クリニックに勤務し、年間6,000人以上の子宮頸がん検診を担当。産婦人科医としての26年のキャリアを生かし、SNSなどで、生理痛・生理前のイライラ・更年期症状について、その仕組みやセルフケア、治療法について発信中。女性のさまざまな悩みを聞き、その対処法を伝えている。婦人科お悩みトリセツ主宰。
instagram @sekiguchi_fujinkatorisetsu