宇佐川 邦子(うさがわ・くにこ)
ジョブズリサーチセンター センター長
リクルートグループ入社後、一貫して求人領域を担当。2014年4月より現職。さまざまな業界の特色を踏まえ、求人・採用活動、人材育成・定着、さらに活躍促進のための従業員満足メカニズム等、「『働く』に関する課題とその解決に向けた新たな取組」をテーマに全国で講演・提言を行う。全国求人情報協会常任委員のほか、経済産業省、厚生労働省、東京商工会議所等において委員も務める。
両立支援 女性の活躍 多様な働き方 「新たな一歩を踏み出そう!十人十色、女性の働き方」
2022年10月12日
近年、日本では国を挙げて女性活躍に取り組んできました。まだまだ理想の状態には道半ばですが、少なくとも子育て世代にあたる20代後半~30代女性の就業率が他世代よりも低くなる現象「M字カーブ」は、解消されつつあります。女性の就業率が伸びた背景にあるのは、多様な働き方の選択肢が増えたこと。フルタイムで働く女性だけでなく、時間の制約があっても家事や育児の合間に短時間働く人たちが、女性の就業率上昇を牽引しています。
こうしたパートタイマーのみなさんは、配偶者の扶養内に収まる範囲で働いている人も多く、いわゆる「扶養の壁」が影響しやすい人たち。しかし、2022年10月の社会保険制度の法改正に伴い、働き方の事情が少し変化していくことが予想されています。そこで今回は、女性の就業を取り巻く問題に詳しいリクルート ジョブズリサーチセンター センター長の宇佐川邦子に、家事・育児・介護等と両立をしながら働く(働きたい)女性が、前向きにキャリアを選択していくためのヒントを聞きました。
宇佐川 邦子(うさがわ・くにこ)
ジョブズリサーチセンター センター長
リクルートグループ入社後、一貫して求人領域を担当。2014年4月より現職。さまざまな業界の特色を踏まえ、求人・採用活動、人材育成・定着、さらに活躍促進のための従業員満足メカニズム等、「『働く』に関する課題とその解決に向けた新たな取組」をテーマに全国で講演・提言を行う。全国求人情報協会常任委員のほか、経済産業省、厚生労働省、東京商工会議所等において委員も務める。
社会全体で女性が働きやすい環境づくりを推進した結果、日本の女性の就業率は着実に上昇を続けており、男性に近づきつつあります。しかし、雇用形態の内訳に目を向けると、男性と女性では決定的に異なる傾向があります。男性の場合、就業者の大半は正社員であるのに対し、女性は正社員と非正規社員(パートアルバイト、派遣、契約、嘱託など)の比率が半々。この結果から推測できるのは、まだまだ家事や育児等の家庭内の役割分担は女性のウェイトが大きいこと。そのために時間や働き方の自由度が高い働き方を選んでいることが見て取れます。
特に短時間の仕事をするパートタイマーの就業に大きな影響を与えているのが、配偶者の扶養。自身の収入が一定以内であれば配偶者控除等が得られるため、この範囲内に収まるように働きたいというニーズが根強くあります。これがいわゆる「103万円の壁」「106万円の壁」「130万円の壁」などと言われるものです。
(図表1)「年収による税・社会保険料の負担」
しかし、法改正によって2022年10月から社会保険の適用範囲が拡大。いわゆる「106万の壁」の対象が変わります。「従業員数101人以上」の企業で働くパート・アルバイトも対象となり、対象の雇用期間についても「1年以上」から「2ヵ月以上」へ短縮されます。また、2024年には「従業員数51人以上」の企業まで対象が拡大。これまでは対象外だった人でも社会保険の被保険者となり、社会保険料の支払いが発生する場合があります。
(図表2) 「106万円の壁の対象」
また、2022年は物価の上昇も相まって最低賃金が全国平均で過去最大の引き上げを記録。こうした出来事が重なって今後起こるだろうと予想されているのは、「扶養の範囲を越えないように勤務時間を減らす」「扶養を外れる前提で、収入アップ、キャリアアップを目指す」といった就業調整です。
それでは、前回(2016年)の社会保険制度改正の際は、就業調整がどれだけ発生したのでしょうか。独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査結果によれば、扶養内で働いている「第3号被保険者」のうち、社会保険の適用拡大に伴って働き方が変わった割合は16.2%。そのうち、「厚生年金・健康保険が適用されるよう、かつ手取り収入が増える(維持できる)よう、(短時間労働者のまま)所定労働時間を延長した」が51.7%で、「厚生年金・健康保険が適用されないよう、所定労働時間を短縮した」は36.9%でした。しかし、今回は当時とは状況が異なります。新型コロナウィルスをはじめ不安定な社会情勢において、人々は安定志向になりやすい。無理をして仕事のウェイトを上げるよりも、現状維持で扶養に収まるように勤務時間を減らす方向に針が振れやすいことが予想されます。
これは、個人のキャリアを狭めたり家計を圧迫したりといったデメリットがあるだけでなく、企業にとっても大きな痛手ではないでしょうか。ただでさえ社会全体で慢性的な人手不足になっている中で、従業員一人当たりの労働時間が減少すれば、業務がまわらなくなるリスクを高めてしまいます。
参考リンク:
独立行政法人労働政策研究・研修機構『「社会保険の適用拡大への対応状況等に関する調査」及び「社会保険の適用拡大に伴う働き方の変化等に関する調査」結果』
では、こうした事情を前提に女性(主に、家事・育児・介護等とパートタイムの仕事を両立する女性)は、自身の仕事・キャリアをどう考えればいいのでしょうか。おすすめしたいのは、「106万円の壁」に直面した時点で安易に就業調整をするのではなく、今後のキャリアや人生設計について見つめ直すターニングポイントだと考えることです。
判断材料の一つにしていただきたいのは、仕事をリタイアするタイミング。ひと昔前であれば、60歳前後で仕事を引退することが一般的でしたが、今は人生100年時代。いずれは100歳まで生きることがあたりまえになると言われている社会です。
企業は「従業員の70歳までの就業機会確保の努力義務」を求められるようになり、より長く働ける環境も整いつつあります。総務省「就業構造基本調査」によれば、今や企業に雇用されている人のうち、50~59歳は19.7%、60歳以上は20.8%で、合わせると50代以上が全体の4割を占める時代であり、30代~40代はまだまだ若手だといえます。仮に70歳まで働くとしたら、30歳前後で出産して、子どもの高校卒業後に復職したとしても、子育ての年数よりも長く働けるのです。このように、この先も長く働くことを前提に考えると、就業調整して仕事を控えるのではなく、キャリアアップなどより前向きに働くという選択肢もみえてくるのではないでしょうか。
また、老後資金の面から考えても、扶養の壁を意識した働き方をこれからも続けることが最善の選択なのか、老後が長くなってきていることを前提にもう一度考えてみてください。短期的な収入の減少(税金・社会保険料の負担が増えるなど)だけで判断するのではなく、将来必要な資金を意識し、このタイミングで扶養の壁を超えて働くことを選んでみてもいいのかもしれません。
もちろん、将来の暮らしだけでなく今の生活にとっても「106万円の壁」を越えて収入を得ることは意味があります。扶養の範囲内にとどまって今の生活を維持するのも選択肢の一つですが、収入が増えることで、自分のためにお金を使う余裕が生まれることも。もちろん収入を増やすことは、働く時間が増えることにつながるかもしれませんが、自分に使えるお金が増えるということは働くモチベーションにもなるのではないでしょうか。イキイキと働くママをみるのは、子どももうれしいものです。まずはできる範囲から、一歩踏み出してみましょう。
では、「106万円の壁」の越えて働くにはどうしたらいいのでしょうか。多くの方がまずイメージされるのは、勤務時間を伸ばすことです。例えば、これまで15時で退社していた仕事を17時までに伸ばしたり、週3日勤務を週4日にしたり。働き始めた当初は子どものお迎えなどにあわせて「○時までしか働かない」と決めていた場合でも、年月とともにその絶対条件が変化していることは大いにあります。今の自分がどれくらい働くことができるのか、見直してみるといいでしょう。
また、勤務時間を伸ばすだけでなく、 キャリアアップをして時給を上げるというやり方もあります。キャリアアップといっても、いきなりフルタイムの正社員に挑戦することだけが方法ではありません。パートタイムの立場は変えずに、パートリーダーや新人の教育担当といった仕事に挑戦し、一歩ずつステップアップしながら時給(収入)を上げていくことも、選択肢の一つです。
そうやって少しずつ任される仕事を増やしていくと、より責任の大きな雇用形態に挑戦していく道も見えやすい。ただ、この場合も大きなジャンプアップだと考えすぎなくていいかもしれません。例えば、飲食チェーン店や小売店などでは、「優秀なパートタイマーにより大きな仕事を任せたい」という企業ニーズと、「働きたいけど、家庭との両立が大前提」という個人のニーズをすりあわせ、「短時間正社員」や「エリア限定社員」のような新しい雇用条件をつくって登用しているケースもあります。
そのほか、業務を通して専門スキルを身につけ、スペシャリストの道を歩んでいくのも方法の一つ。例えば、介護業界では、アシスタント職として働きながら、介護福祉士やケアマネージャーなどの資格取得を目指す人もいます。有資格者となれば一般の人では扱えない難易度の高い業務が担当できるため、時給単価を一気に引き上げることが可能です。
このように、「パートタイムのままリーダー職に挑戦する」「社内制度を活用して契約社員や正社員になる」「資格を取得してスペシャリストを目指す」など、今の仕事をする中でステップアップする方法はさまざまです。パートタイマーのステップアップを応援する制度がある会社もありますので、まずはどんなキャリアアップができそうか可能性を探ってみましょう。
もし何が自分に合っているか、正解が見えづらいときは、自分一人で考えるのではなく、職場の上司や同僚、もしくは家族やママ友などでもよいので客観的な意見をもらうことをおすすめします。女性の就業支援をおこなっている公的機関や、民間の人材サービスでキャリアカウンセリングを受けてみるのもよいでしょう。
参考リンク:
総務省「就業構造基本調査」結果
厚生労働省「高年齢者雇用安定法の改正~70歳までの就業機会確保~」
厚生労働省「短時間正社員制度」について」
一方で、企業はどのような対応を取るといいのでしょうか。従業員の社会保険料は企業が半分を負担する仕組みですので、「106万円の壁」を越える人が増えること(社会保険の被保険者が増えること)は、短期的には企業利益の圧迫を意味します。だからといって壁を越えないように調整をすればパートタイマー1人当たりの労働時間を減らすことになりますから、労働力不足を加速しかねません。短期的な企業負担増にとらわれすぎず、中長期的な視点でパートタイマーのみなさん一人ひとりが、より活躍できる仕組みづくりを考えてみてはいかがでしょうか。
まずは、法改正や社会保険に関する情報を正しく伝えること。世の中では、手取りの収入が目減りすることや控除の恩恵がなくなることなどのデメリットが注目されがちです。しかし、配偶者とは別に厚生年金に加入することになるため、将来夫婦でもらえる年金受給額を増やすことができますし、扶養範囲の上限を気にしないのであれば、給与を大きく増やす働き方もできます。デメリットだけでなくメリットがあることもきちんと説明し、本人が前向きに選択できるような土壌をつくりましょう。
その上で、上司は今回法改正の対象となるパートタイマーの皆さんと、短い時間でもいいので個別に面談するなど一緒にキャリアを考える機会を設けるといいでしょう。その中で、本人の得意なこと、やりたいこと、将来の希望(例:子どもの手が離れるのはいつ頃で、その時になったらどうしたいか)などを聞くと同時に、本人への期待もぜひ伝えていただきたいです。また、家事・育児と仕事に追われ、目の前のことで精一杯という人もいるかもしれません。その場合でも面談することで少し先のことを考えるきっかけしてもらえればいいのではないでしょうか。
さらに人事や経営のみなさんに考えていただきたいのは、優秀なパートタイマーが活躍できるような制度・キャリアパスを設けることです。いきなり正社員登用をするだけが道ではありません。引き続き家事・育児・介護と仕事を両立していく人がほとんどですから、短時間契約社員として登用したり、地域を越えた異動のないエリア限定正社員といった雇用条件を設けたりすることも有効です。大きなジャンプアップよりも、現実的なステップアップの方が「それならやってみようかな」と一歩踏み出せる人が多いのではないでしょうか。
最も大事なことは、企業都合でもっと働いてほしいと伝えるのではなく、「あなたの人生をより豊かにするために」など働く人の側に立って対話をすることです。過度なプレッシャーは逆効果になり、「私は期待に応えられないので退職します」といった結果につながることも。「すぐに結論を出さなくても大丈夫」「あなた自身がどうしたいか、じっくり考えてみて」「いつでも相談して」などと親身になって声をかけることも大切です。
ここまでは、すでにパートタイムで働いている女性が仕事でステップアップしていくやり方をご紹介してきました。その一方で、いつかは働きたいと思いながら、なかなか条件に合う仕事が見つからずに働き始められていない女性もまだまだ多くいます。そんな人におすすめしたいのは、まずは短期間・短時間の仕事から始めてみることです。
仕事を探しているのに見つからないケースとして多いのは、「労働条件(働く場所・時間)が合わない」「希望する職種(仕事内容)の求人がない」「自分にできるか不安」の3つです。
まず「自分にできるか不安」は、仕事をしていない期間(ブランク期間)があるからではないでしょうか。「条件に合ういい仕事があれば働きたい」と待ち続けるほど無職の期間は長くなり、不安は大きくなっていきます。また、年齢が上がれば、新しいものにチャレンジすることへのためらいや体力的な不安も出てくるでしょう。この不安を解消するには、1日数時間、週2~3日の仕事でもいいのでできるだけ早く働き始め、ブランク期間を短くすることをおすすめします。
次に「希望する職種(仕事内容)の求人がない」ですが、これは女性の希望職種に極端な偏りがあることが影響していそうです。「求職者の動向・意識調査 2021(株式会社リクルート)」によれば、仕事を探している女性のうち実に41.9%が事務職。しかし、事務職は求人全体のほんの一部にすぎません。数少ない求人を多くの人たちで取り合っているような状況です。この事実を踏まえてもう一度仕事内容の条件を見直し、その仕事を希望する理由は何か考えてみることをおすすめします。自分一人で答えが見つからない場合は、ハローワークや民間サービスなど、女性のキャリア相談を受け付けている場所も多くあります。一緒に希望条件を整理してもらうことや、求人紹介を通して世の中のさまざまな仕事について情報収集してみるのもいいでしょう。そうすることで、最初に希望していた職種とは別の仕事の選択肢も見えてくるかもしれません。
最後に残った「労働条件が合わない」は、これこそ家庭と仕事を両立したい女性たちが譲れない絶対条件なのではないでしょうか。上述の調査でも、専業主婦のみなさんは他の属性の女性と比較しても、仕事探しの絶対条件が「勤務日数」「勤務時間帯」「勤務地」「勤務時間数」「通勤時間」だとする割合が、顕著に高い結果でした。こうした事実からも、専業主婦のみなさんのファーストステップとしては、身近な場所・できる範囲で働き始めるのがおすすめです。勤務時間や場所の条件が合うのなら、全ての条件に合致していなくても、まずはやってみることです。またお試しのつもりで、単発アルバイトや1週間だけの仕事にチャレンジし、そこで自信をつけて徐々にステップアップするのも一つの方法です。最初から全力投球する必要はないので、家庭優先という自分の気持ちを大事にし、まずは働くとっかかりとしての「ファーストステップの仕事」を見つけましょう。
最後に応援の意味で私がお伝えしたいのは、仕事以外の役割を多く担ってきた女性たちに培われているスキルについてです。子育てを通して観察力や忍耐力、臨機応変な対応力が身についていますし、正解のない中でさまざまな決断をしてきたことは、変化の激しい今の時代、最も必要とされる経験。ママ友や学校のPTA、地域の自治会、マンションの管理組合、親戚づきあい…と複数のコミュニティに属し、多様な考えの人と接してきたことは、多くの職場でも求められることです。
昭和や平成の時代、仕事は「決められたことを決められた通りに正しくやること」が重視されていました。しかし、そうした仕事が機械やAIに次々と置き換わる今、人に求められているのは、「目の前で起きている個別性の高い出来事に対して、ベストでなくてもベターな解決策を素早く実行できること」です。これはまさしく女性たちが家庭や地域で日々経験してきたことと同じではないでしょうか。そして、そのスキルを活かして働き、「○○ちゃんのママ」「○○家の奥さん」としてではなく、あなた自身として評価してもらえる。それが仕事であり、仕事の積み重ねこそキャリアです。主婦のみなさんには、仕事に活きるスキルがすでに備わっています。その強みを武器に、ぜひファーストステップに踏み出してほしいです。
また、ママが仕事を通して社会とつながり、一人の大人として仕事でステップアップしていくことは、子どもにとっても恩恵があること。子どもが進路に悩んだときに社会での実体験をもとにアドバイスができます。社会人の先輩としてお手本を示すこともできます。ママが働くことは決して家計のためだけでなく、子育てにも良い影響が得られるもの。そう思って始めてみるのもいいのではないでしょうか。