古屋 星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所 研究員
2011年一橋大学大学院 社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。 産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、「未来投資戦略」策定に携わり、アニメの制作現場から、東北の仮設住宅まで駆け回る。2017年4月より現職。労働市場について分析するとともに、学生・若手社会人の就業や価値観の変化を検証し、次世代社会のキャリア形成を研究する。趣味は落語鑑賞。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。
ミドルシニア 多様な働き方 「はじめての副業 ~キャリアに活かそう!~」
「コロナ禍で仕事に対する価値観が変わった」「10年20年先を考えると、今の仕事を続けるべきか漠然と悩んでいる」など、社会の変化に直面するなかで自分のキャリアを考え直す人が増えています。
とはいえ、40代以降ともなれば一定の領域で確かな経験を積み重ねている人が多く、子どもの教育・親の介護と様々なテーマに直面する世代。一歩踏み出したいと思いながらも、現状維持にとどまっている人も多いのではないでしょうか。
そんな人たちにぜひ知ってほしいのが「副業」がキャリアに与える影響。近年、国の政策も後押しして副業解禁に動いた会社も増えていますが、副業は個人のキャリアにどんなメリットがあるのでしょうか。今回は、リクルートワークス研究所で副業をはじめとした「キャリアの越境」に注目する古屋星斗研究員にインタビュー。40代や50代にとっての副業の効果を訊ねました。
古屋 星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所 研究員
2011年一橋大学大学院 社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。 産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、「未来投資戦略」策定に携わり、アニメの制作現場から、東北の仮設住宅まで駆け回る。2017年4月より現職。労働市場について分析するとともに、学生・若手社会人の就業や価値観の変化を検証し、次世代社会のキャリア形成を研究する。趣味は落語鑑賞。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。
私が今大きな関心を寄せているのが、自分の所属する会社だけに閉じずに世界を広げながらキャリア形成をしている人たちが増えていること。特に注目したいのが外への飛び出し方が変わってきている点で、ボランティアや勉強会に参加するなど、従来の仕事を続けながらも半歩外へ踏み出しているような活動が盛んになっています。こうした動きは、「キャリアの越境(クロスボーダーなキャリア)」と表現でき、なかでも近年大きく一般化してきたのが副業なのです。
大きくは二つあります。一つは副収入を得ること。リクルートワークス研究所で「副業実施理由と希望理由」を調査した結果では、「生計維持のため(実施理由47%、希望理由63.2%)」「貯蓄や自由に使えるお金を確保するため(実施理由36%、希望理由61.1%)」と金銭的な目的で実施・希望している人が多数という結果でした。その一方で、私が注目したいのは「転職や独立の準備のため」「新しい知識・経験を得るため」「様々な分野の人とつながり、人脈を広げるため」といった理由で副業をする人たち。まだ1~2割程度ではあるものの、徐々に存在感が増してきています。
そうです。2000年代以降、日本では副業に関して二度盛り上がった時期がありますが、それぞれ推進された文脈が異なります。一度目はリーマンショック直後。多くのメーカーで工場が稼働停止や減産をせざるを得なくなり、工場で働く人たちは働く時間が減った分収入も減ってしまう事態に直面していました。そこで、雇用は維持しつつ余った時間の労働力を別の仕事に充ててもらうために、副業解禁の流れが起きたのです。
一方、近年の副業推進の流れは、個人が持つ専門性やスキルを広く社会に流通させ活用する意図があります。例えば企業・社会の視点では、私たちを取り巻く環境が急速に変化しているなか、組織の枠にとらわれず個人の能力を活かしあうことで、進化や変革を促すことができる。個人の視点で言えば、普段とは全く異なる環境での業務経験で刺激を得て、本業に持ち帰ることができる。本業と副業の好循環を狙って推進されているからこそ、今キャリアのために副業をする会社員が増えているのでしょう。
副業を含めたキャリアの越境への積極性に世代別の傾向があります。例えば副業の意向は30代では40.5%のところ、40代では36.9%、50代では31.7%と年齢が上がるに従って減少。60代以降は副業に限らずサードプレイスを求めた活動が広がる傾向です。ちょうど40代・50代あたりのミドル世代の積極性が低くなるイメージ。これは、成長過程にある20代・30代は社内外問わず様々な経験を積むことに意欲的で、定年が目前に近づく年齢になると危機感を覚えて動き出す人が急に増えていくことが影響しているでしょう。それに比べて、ミドル世代は「今動かなければならない理由」が見つかりづらい。会社には自分の居場所があり、これまでの経験を存分に活かせる仕事がある。漠然と将来のことは考えても危機感には至らず、会社の外に目を向けづらい世代と言えます。
一般的にはその傾向がありますが、私はこの世代の会社員こそキャリアの越境にもっと積極的になってもよいと思います。というのも、若いうちは経験が浅いゆえに、会社から与えられた仕事だけでも挑戦の連続です。成長の伸びしろが大きく、急カーブの成長曲線を描いている時期だと言えるでしょう。ところが、ある程度のキャリアになると培ってきた能力で社内の多くの仕事に対応できてしまい、チャレンジが少なくなる。現状維持で成長感が感じられず、組織内での昇進・昇格も停滞してモチベーションが低下するような「キャリアプラトー」と呼ばれる状態に陥る人も多いです。
まさしくそうだと思います。停滞期を脱するきっかけとなるような刺激が必要。40代や50代で副業をしている人たちは、このままではマズいと思って外に刺激を求めて越境している人たちも多いです。ただ、この意識の転換が難しいのも事実。特に今の40代以降の日本の会社員は、会社が立ててくれた道筋を進むことでキャリアを形成してきた人も多いですから、キャリアは待っていても得られるものではなく自分で選び取るものだと考えられるかが重要です。
金銭的な対価を得ることはもちろんですが、キャリア形成に重要な「一皮むける経験」を自らの意思で得られるのが大きなメリットです。「一皮むける経験」とは神戸大学の金井壽宏教授が豊かなキャリア形成のためのキーワードとして挙げられたもので、例えば、仕事で大きな失敗をしたことから学んだり、転勤・異動で新たな環境に飛び込んだり、昇進して部下ができたりといった変化も一皮むける経験。しかし、こうした社内におけるキャリアの転機になるような変化は、望んで経験できるとは限りません。
それに対して副業は自ら選んで新たな環境や仕事に挑戦することができる前向きな「選択的変化」。この「選択的変化」は、何かしらの危機を乗り越えられた人が共通して持っている要素の一つと言われています。
小さくはじめられるのが副業の最大の利点です。生物は普通、保守的で大きな変化を嫌うもの。転職や起業をしようとすれば、大きく環境が変わり心身共に強いストレスがかかります。でも、副業であれば本業は続けながら合間の時間を使ってはじめられる。「その会社への転職を視野に試しに仕事をしてみる」「独立前の腕試しとして業務委託として外の仕事をする」といったスモールステップとして活用できるのは、動きたくても動けない事情が多い40代・50代にとっては大きなメリットでしょう。
また、もしその副業が自分に合わないと感じたら、キリのいいところでやめればいいんです。大きなリスクを背負わずに撤退できるのも副業の利点。撤退はキャリアにとってマイナスとも限りません。むしろ一度外を見たからこそ「やっぱり自分は今の仕事を続けたい」「外を見てうちの会社のよいところに気づいた」と本業への意欲が高まった人も多いのです。
まさしくそこが現在の副業推進の背景にもある通りで、本業の会社からすれば、自社の従業員が自律・主体的に成長していく機会になります。社外で得た知見・ノウハウ・人脈を本業に持ち帰って活かしてくれるかもしれない。これは、自社の中ではなかなか提供できない機会です。また、副業を受け入れる側の企業にとっても様々なメリットが大きい。人材確保の側面でも選択肢が増えますし、いったん副業で働いてもらってお互いの相性を見極めるのは、採用のミスマッチを減らすことも期待できます。
そうですね。副業者と一緒に働く人たちのメリットは他にもあって、それは誰かが自社に越境してきたことで刺激を受けることです。例えば、全国的に知名度の高い大手企業の社員が副業で自社にやってきて「この会社は○○がよいですね」と述べたことで、これまで見過ごしていた自社の良さに気づいたというケースもあります。つまり、誰かが副業という「選択的変化」をすることで、周囲の人々にも変化が連鎖していく可能性もある。こうした側面で、個人も企業も副業をポジティブに捉えられるとよいですね。
インタビューは、後編に続きます。後編では副業をはじめるステップや実際の副業事例、最近の傾向などをご紹介。ぜひ次回もご覧ください。