沢広 あやさん(Aya Sawahiro)
京都出身。2003年よりデンマーク・コペンハーゲン在住。王立図書館大学で司書資格を取得後、公共・学校図書館で児童サービスを担当。現在は児童書専門店に勤務しながら、翻訳者、ライターとしてデンマーク社会、ジェンダー、子どもの本に関する発信を続けている。訳書にセシリエ・ノアゴー著『デンマーク発 ジェンダー・ステレオタイプから自由になる子育て』(ヘウレーカ刊)ほか。
女性の活躍 多様な働き方 「ジェンダー平等視点で考える世界と日本の働き方」
共働き 、 キャリア 、 ジェンダー平等 、 ワーク・ライフ・バランス
2023年06月28日
つい先日、2023年6月21日に発表された「ジェンダー・ギャップ指数ランキング」。世界経済フォーラムが公表するこのレポートにおいて、日本は146カ国中125位と先進国中、最下位。改善に向けたさまざまな取り組みは動き出してはいるものの、ジェンダー平等への歩みは始まったばかりです。
一方で、北欧諸国といえば、高福祉社会で教育や社会保障制度が整った国々として日本でもよく知られており、同ランキング上位の常連国でもあります。ジェンダー平等についても先進的な面が注目されることの多い北欧諸国ですが、ここではデンマーク・スウェーデンに注目。ジェンダー平等がどのように認識され、どんな変化を遂げてきたのか、そして現在どのような課題に向き合っているのかについて紹介します。
今回コラムを寄稿していただいたのは、デンマーク在住歴20年の沢広 あやさん。長く現地で暮らし、子育てをしながら働く彼女の体験などもおりまぜながら、北欧諸国のジェンダー平等について執筆いただきました。北欧と日本では目指す社会の形や価値観の違いはありますが、日本がジェンダー平等社会を実現していくために、彼らの取り組みから私たち一人ひとりが参考にできるポイントが見つかるはずです。
沢広 あやさん(Aya Sawahiro)
京都出身。2003年よりデンマーク・コペンハーゲン在住。王立図書館大学で司書資格を取得後、公共・学校図書館で児童サービスを担当。現在は児童書専門店に勤務しながら、翻訳者、ライターとしてデンマーク社会、ジェンダー、子どもの本に関する発信を続けている。訳書にセシリエ・ノアゴー著『デンマーク発 ジェンダー・ステレオタイプから自由になる子育て』(ヘウレーカ刊)ほか。
北欧とは北ヨーロッパの通称であり、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー3カ国を指すスカンジナビア諸国に加え、フィンランドとアイスランドを合わせた5カ国を表すことが一般的だ。今回の記事では筆者が20年間暮らしているデンマークと、隣国スウェーデンを中心に述べていく。スウェーデンに関しては、ルンド大学・ジェンダー学部修士課程を修了した田丸 梓氏の取材協力を得て、この2カ国で人々の働き方とジェンダー平等についてどのような特徴や課題が見られるかを述べていく。
北欧諸国は、社会政策学者イエスタ・エスピン=アンデルセンの提唱する福祉レジーム論の3つの類型「保守的福祉国家レジーム」「自由主義レジーム」「社会民主主義レジーム」において「社会民主主義レジーム」に分類される。これは、別の言い方をすれば、人々が労働と高い納税の義務を負う代わりに、国は介護や医療、教育といった社会保障サービスを提供するという社会である。
そんな北欧では、子育て世帯も就労しながら子どもを育てていくことが前提とされている。これは「二人稼ぎ手、二人ケアラーモデル」*1とも呼ばれるもので、男性も育児に積極的に関わる。これは1960年代以降、経済成長が続いて労働力が不足し、多くの女性が社会で働き始めたことが発端となっており、それ以来、北欧では保育や幼児教育、学童保育が充実してきた。現代では、保育所は就労中の親の子どもだけでなく全ての子どもに保障され、子どもの成長や発達にとっても不可欠なものだと認識されている。
さらに、高齢者の介護についても、個人が自律して生活する上で介護を必要とする場合には、それを社会サービスとして受ける権利があると考えられている。そのため、北欧諸国では原則として家族が主に介護を担うことはない。こうした理由から、子育てや介護を理由に退職する人は非常に少なく、その結果として、男女ともに長年労働市場に参加しているのが特徴だと言える。
育児や介護で退職する人が少ないデンマークやスウェーデンでは、16歳から64歳までのうち、男女とも75%以上が働いている。子どもが小さくても、育児休業期間を経ればまた仕事に戻ることが想定されており、専業主婦の割合はスウェーデンで2%、デンマークではその存在の少なさから統計を取ること自体をやめてしまったほどだ。
筆者自身も、デンマークで移民として暮らし、働くことが期待されているなかで、30代で小さな子どもを育てながら返済不要の奨学金を利用して大学教育を修了し、さまざまな制度に支えられながら仕事を探すことができたのは心強かった。デンマークやスウェーデンでは、大学や専門学校のような職業教育課程が、将来社会を支え合っていく人材を育てるための機関だと考えられている。そのため卒業後に仕事を探している期間であっても、雇用保険対象者として扱われる。つまり雇用保険を支払っていなくても、仕事を失った場合と同じように給付金を受けとることができる。また職業別組合などでも、加入すれば学生のときから就職相談サービスや研修を受けることも可能だ。このように、人々が生涯にわたって長く仕事に就くことを前提としたさまざまなサポート体制が社会に準備されている。男女共に長く働き続けることが想定されている社会。それを維持していくためには働きやすい環境であることも重要だ。
多くの職場では、社員が働き続けやすいように環境を整えており、例えばテレワークや、フレックス制を導入している職場が多いのも特徴だ。また、ワーク・ライフバランスも重視され、夕方17時にはオフィスに残っている人はほとんどおらず、幼い子どもがいる人であれば16時前後には子どもを保育園に迎えにいくことも珍しくない。筆者の暮らすデンマークの首都コペンハーゲンでは、15時台から街の中心部でチャイルドシートを付けた自転車に乗り、慌ただしく帰宅する人々のラッシュが始まるほどだ。仕事が終わらない場合は、職場に遅くまで残るのではなく、自宅で家族と時間を過ごした後、子どもが寝静まってから仕事をする人もいる。それでも労働生産性を時間あたりで比較すると、スウェーデンもデンマークも日本を大きく上回っている(図表2)。
(図表2)「1時間当たりの労働生産性 2022(OECD調べ)」
子育てや家庭の事情についても、上司や管理職と相談しながら、フレキシブルに対応できるケースが多い。筆者は以前、日本の小中学校にあたる公立の学校に勤務していたが、同僚が離婚後に引っ越しする際や子どもが入院したときに、勤務時間を減らしたり、数週間休職したりする様子を見てきた。長く働き続ける過程ではさまざまな事が起こる可能性があり、その都度、職場と連携しながら、家庭と仕事のバランスを取れること、それを上司に相談しやすい環境であることは、働く側にとっても心強いと言える。
ワーク・ライフバランスを重視するだけでなく、組織の意思決定に女性が多く関わることも北欧の特徴である。多くの分野で、スウェーデン、デンマーク共に女性の管理職率は25%前後。この数値は過去10年伸び続けている。特に公務セクターのうち、行政分野や保健・福祉サービス分野では、スウェーデンの女性管理職の割合は60%以上と非常に高い。*2
管理職だけでなく、政治への女性の参画も北欧では積極的だ。一見、女性の政治参画は働き方と直接的に関係がないのではと感じられるかもしれないが、ある組織の意思決定に女性が加わることで、それまで男性だけでは気づけなかった問題にも光が当たることがあるように、国会で取り上げる社会問題や制度の改善を検討する際にも、女性が市民の代表として政治に参加していることには重要な意味がある。世界の歴史を振り返っても、男性中心の同質性の強い議会では、女性に関する問題は常に後回しにされてきたからだ。
2021年スウェーデン初の女性首相アンデション氏と政府閣僚ら(当時)。女性は12人、男性は11人だった。出典:altinget.dk
スウェーデンでもデンマークでも、既に80年代後半から国会議員の約30%を女性が占めてきた。近年では両国ともに女性議員の割合は40%を超え、2011年にデンマークで、スウェーデンでは短期間ではあったが2021年に女性の首相も誕生している。30代、40代で、小さな子どもを育てながら国会議員や大臣としての職務に就き、性別に関わらず育児休業を取得したり、子育てについてメディアで語ったりしている姿はここでは珍しいことではない。
コロナ禍に、連日のように政府からの発表が続くなかで、テレビに映る女性首相の姿を見て「男の子でも首相になれるの?」と尋ねた男の子の発言がデンマークで話題になったが、こうした環境が人々のジェンダー平等への認識を高めているとも言えるだろう。
ここまで読むと、読者はスウェーデンでもデンマークでも、もうジェンダーギャップはほとんど存在しないのではと感じられるかもしれない。確かに日本と比べると、ギャップは縮まりつつある。しかしスウェーデンでもデンマークでも、いまだ人々の選択や行動が性別によって制限されていると考えられており、どちらの国でもジェンダー平等が達成されたとは認識されていない。
北欧社会が、性別に関わらず誰もが働き続けることを想定しているとすれば、性別に関わらず、一人ひとりが環境や条件、職種を選べることが理想であるはずだ。しかし現実には、60年代ごろからの偏った性別役割意識がいまだ残っており、その影響が男女の「職業選択」と「賃金格差」に表れている。
性別によって職業選択が異なるのは、社会のジェンダー規範の影響だという声もある。ジェンダー規範とは、本来、社会には性別ごとに「男性らしさ」「女性らしさ」というものがあり、私たちはそれに基づいて行動すべきだとする考え方だ。こうしたジェンダー規範が、子どもの頃から人々のさまざまな選択を制限していると指摘されている。
よく例に挙げられるのが、男の子は落ち着きがなく、女の子はおとなしいというイメージで子どもをしつけることだ。スウェーデンやデンマークの学校現場では「男の子は女の子に比べて授業態度が悪い」という思い込みが、逆に男の子の学習態度に悪い影響を及ぼしていると考えられている。成績や進学率が女の子に比べて低いことも、偏った「男の子らしさ」が原因ではないかと懸念されているのだそうだ。一方、女の子は理系科目が苦手だという先入観が社会全体にあり、それが女の子の進路選択にも影響しているとも言われる。こうした何気ない思い込みがジェンダー規範となり、子どもの成長や行動、進路選択に影響していると考えられている。
そのため、スウェーデン、デンマークどちらの国でも、それらを意識化し改善していこうという取り組みが行われている。例えばスウェーデンでは、保育の現場でも、保育士の無意識なジェンダー規範によって、男の子だから、女の子だからという言葉で、一人ひとりの子どもの行動や選択を制限しないよう、研修を行っているところもある。またデンマークでは、理系の大学で女子学生を増やすためにさまざまな対策が実施されている。
コペンハーゲンIT大学広報ページより。女子学生がIT分野の大学教育を選択しない背景を調査し、改善策を考察する記事。近年、この大学にも女子学生が増えている。
出典:IT Univ. of Copenhagen
この20年ほどの間に見られる傾向として、ジェンダー平等についての焦点が「女性の経済的自立」から、「伝統的な男性らしさがもたらす影響」へとシフトしてきていることも注目すべきポイントだ。女性の経済的自立はまだ課題もあるが大きく前進した一方で、男性のジェンダー規範を見直していくことが、多様性を認める社会へと進む上で不可欠だと認識されてきたからだ。
具体的には、暴力性や破壊性といった男性性(distructive masculinity) の解体の一環として、全ての北欧諸国には、身近な人に暴力を振るう男性などの暴力加害者に対する治療を支援する団体が存在する。スウェーデンでは、身体的、精神的な暴力だけでなく、ネット上で行使される暴力などにも着目し、情報共有や予防活動を行ったり、男性が治療について知ることができるよう、啓蒙活動にも力を入れたりしている。*3
また男性のための育児休業日数を増やすこと、女性の多い保育や医療、介護といった職種でも男性の雇用率を上げるといった取り組みなどもある。
このようにさまざまな角度から、これまでの古い男らしさ、所謂「マッチョな男性像」を解体することで、ジェンダー平等を進めようとしている 。
スウェーデンとデンマークには「性別職域分離」があると言われる。これは、性別によって人々が従事する職業が異なるという現象を表す言葉だ。
例えば、公務セクターで働く人のうち、特に保育や幼児教育、医療、高齢者介護といったケアに関わる仕事は、どちらの国でも女性の割合が非常に高い。その背景は、既に述べたように戦後の労働市場拡大によって労働力不足から女性の社会進出が進んだこと、そして当時、ケア労働は女性の仕事であるという性役割意識から、女性の多い分野として定着したことが挙げられる。この傾向は現在でも続いている。また、ケアに関わる仕事以外にも、店員、飲食、ホテル、清掃といった職種や、補佐的業務に携わる女性は多い。こういった職種に共通するのは賃金が高くないことだ。*4
デンマークの公務セクターにおいて、女性の多い職種の賃金レベルが相対的に低いことを示す調査結果がある。介護士、保育士、看護師、ソーシャルワーカーなどのケア労働には、1960年代から女性が多く従事しているが、現代では必要とされる教育レベルも上がり、専門性も高くなっているにもかかわらず、賃金レベルは男性の多い職種に比べていまだに低いままであることが分かった。また、元々は賃金レベルが高かった高校教員などは、女性の割合が増えたことにより賃金レベルが相対的に下がったという結果もでている。*5
公務セクターの賃金は、国や自治体が労働組合との交渉で決定するものであり、こうした古い性別役割観に基づく賃金体系は是正されるべきだと指摘されている。コロナ禍には、賃金体系の問題をデンマークの看護師らが指摘し、ストライキを実施したが、政府は根本的な解決を提示できないまま今に至っている。
男女の働き方の違いが結果として賃金格差につながっているという指摘もある。そしてここでも、男性、女性はそれぞれこうあるべきだという伝統的な性別役割観が影響していると言われている。
例えば、スウェーデン、デンマーク共に、パートタイムで働く女性の割合は男性よりも高く、女性の約30%はパートタイムで働いている(男性は10%程度)。そして、パートタイム勤務の募集は女性に限定されていないにも関わらず、男性の応募者は少ない傾向にある。一方、残業をするのは男性の方が多いという調査結果もあり、特にその傾向は管理職に顕著に表れる。こうした背景には、男性は仕事熱心でしっかり稼ぐべきだという伝統的な性役割意識の影響があるのではないかとも指摘されている。*6(注:ただしスウェーデン、デンマークでのパートタイム契約は、職務や賃金、社会保障、有給休暇などがフルタイムに準ずるものであり、単純に時間数が短いという形態。職場や家庭の状況が変われば、フルタイムに切り替えることができる場合もある。)
また、他の先進諸国と比べると北欧は、男性の育児休業の取得率は高く期間も長いが、それでも女性の育児休業期間は全体の70%以上を占めることや、女性の方が子どもや自分の病気休業を取得する日数が多い。そうした傾向が、長期的に見て、女性の昇給にも影響しているのではないかとも言われている。
さらに、どちらの国でも、女性は男性よりも賃金交渉が苦手だとも言われている。スウェーデンでは、ネット上に女性のための賃金交渉時のアドバイスを紹介する記事や講座などがあるほどで、女性にとって共通の悩みでもある。筆者らも「賃金交渉が上手くいかなかった」、「私の方が仕事ができるのに、なぜ男性の同僚らが昇進していくのか疑問を感じる」、「男性クラブ化している経営者集団に実力を認めてもらうのは難しい」と語る女性の声を聞くこともある。ただ、こうした声は調査などで数値化することが難しく、賃金格差をもたらす「説明できない理由」として認識されている。
北欧にも日本と共通する課題があるのは意外かもしれないが、こうした点を一つずつ浮彫りにしながら、何十年もかけて多様な角度から取り組んできたといえるだろう。その背景には、「民主的な社会では、人々がその属性にかかわらず可能性や選択が尊重されるべきだ」という人権に基づく考え方がある。つまりジェンダー平等とは、それ自体が目標なのではなく、人権や多様性を尊重する社会づくりのための一つのプロセスだと言えるだろう。
ちなみにこのコラムでは、ジェンダー平等に関して出典元となる統計結果に基づき「男性」「女性」という表現を主に用いたが、社会にはこの二つのジェンダー以外の人々も存在していることを意識しておくべきだろう。
最後に、北欧で移民として生活している立場から、現在そして今後の課題についてふれておきたい。
日本ではイメージしにくいかもしれないが、多数の移民や難民を受け入れている北欧諸国では、男女だけでなく人種間の格差も大きな問題となっている。民主的な社会づくりにおいて、ジェンダー平等はその実現のためのプロセスだと述べたが、人種についても同じことが言えるはずである。スウェーデンやデンマークでは、アジアやアフリカから多くの移民や難民を受け入れており、彼らも同じように就労し税金を納めることが求められている。しかし移民や難民出身者の中には、現地出身者に比べると賃金レベルや労働環境が十分に守られていない人々もいる。
2021年、デンマークでは、ある大手のネットスーパーの倉庫と配送ドライバーの労働環境が劣悪であることがメディアによって暴かれ、大きな話題となった 。そこで働く人の多くが、現地語や労働組合規定などを理解しない外国人である。幸いこの問題にはメディアや市民からの注目が集まり、そのスーパーと業務契約をしていた自治体は契約更新を保留にし、労働組合は労働協約の遵守を求めた。また市民らによる不買運動も起こった。その結果、労働環境や賃金は改善されたが、こうした事例は表面化していないだけで他にも存在すると言われている。人種的マイノリティーに対する劣悪な労働環境が是正されずに、現地出身者の働き方やワーク・ライフバランスだけが整えられる状況は、人権や多様性を尊重する社会には不十分だと言えるだろう。デンマークでは、非西欧諸国出身の親を持つ子どもの42%、成人でも17%が貧困層であるという調査結果から分かるように(同デンマーク出身者では2%)、経済格差も生まれている。*7
現地出身者と同様に、移民や難民出身者であっても多様な職種で働きキャリアアップできること、また労働に関するさまざまな権利が保障される社会を目指していくことが、今後の北欧諸国が進むべき道だと言えるだろう。
〈コラム執筆:沢広 あや〉