リクルートマネジメントソリューションズでは、成長と変化を促進する制度や仕組みを構築することで、クライアント企業の戦略や事業推進の支援をおこなっています。支援先のひとつであるイオンのグループ会社、東北地方にスーパーを21店展開するイオンスーパーセンター(以下SUC)。同社では2015年9月から店長や課長など店舗管理職に1カ月最大5日の在宅勤務を認める「店長の在宅勤務制度」を導入しました。同制度を導入した事により一部の店舗では20%だった女性管理職比率が60%まで上がったといいます。なぜ制度導入により女性管理職比率の向上をみることができたのでしょうか?
「最初は絶対に無理だと思った」店長の在宅勤務制度の導入
当時SUCで店長の在宅勤務を可能にするテレワーク導入を主導した江濵氏(現イオンリテール株式会社 ダイバーシティ推進チームリーダー) は従業員への事前の調査で「週に1〜2回の在宅勤務制度を導入できれば、働き方の融通性が高まり、 プライベートとの両立が出来やすくなる事で管理職になってもよい」というアンケート結果を得ていました。 しかし「店長は店に居るのが当たり前」という既存の常識の前に、テレワークの導入だけは「どこからはじめていいのかわからない」状態だったといいます。
そもそもイオンではSUCを含めたグループ全体で入社する社員の約6割が女性となっていましたが、 転職したり結婚出産を機に退職したり、と会社を離れていくケースが少なくなかったといいます。 加えて「管理職へキャリアアップしたい」という志向の女性従業員が少なく、 むしろ「やりたくない」という人のほうが多い状況でした。
こうした状況に対してイオングループでは女性管理職比率を「2016年に3割、2020年には5割へ」という目標を掲げ、 グループ主要65社にダイバーシティ推進責任者・リーダーをおき、 事業会社各社が策定した2020年に向けてのアクションプランを表彰の対象とする「ダイ満足アワード」 という表彰制度を新設していました。SUCが2014年にエントリーした店長の在宅勤務制度を含む 7カ年計画は同表彰制度で大賞を受賞した計画となっていました。
「最初はダイバーシティ推進といっているのに、女性だけに焦点をあてるのもちょっとなぁ...と思っていました。 ですがアンケートで現状を把握してみると、困っている率の多さやキャリアとプライベートを 両立させる事に疲れてしまっている率などは圧倒的に女性が多かったのです。 ダイバーシティ推進自体は女性のためだけの施策ではありませんが、施策を考える際の優先順位を考慮すると、 やはり『女性活躍推進』というのが、優先度高くなるのだと思います。」(江濱氏)
制度導入を通じて変化してきた店長職に対する意識
江濱政江氏 イオンリテール株式会社 ダイバーシティ推進チームリーダー(元イオンスーパーセンター株式会社 人事教育部 部長) 2006年よりイオンスーパーセンターで人事・教育・採用の分野に従事。15年より人事教育部長として、人事や教育制度の構築に携わる。16年4月より現職
江濱氏らプロジェクトチームはテレワークを通じた店長の在宅勤務制度の実施に向けて、 まずは店長を含め店の社員に張り付いて朝出社してから何をしているのか、業務を調べあげていく事から始めたといいます。
「店舗にテレワークに向く業務があるのかどうか証明する必要があると思ったので、職位別に誰がどの順番で何分、 ひとりで行っているのか、複数人で行っているのか、頻度や業務内容を職位ごとに一覧表にして、 『店でないとできない』『どこでもできる』という仕分けをしていきました。 以前から必要だと思っていたものの着手できていなかった職位ごとの業務一覧を作成するなかで、 改めて店長含め課長や担当者が現場でどのように働いているかの実態も把握できました」(江濱氏)
調査により店長、課長とも月40時間、週1日程度 店舗以外でも対応可能な業務存在とわかり、店長含め、 管理職以上であれば店舗への在宅勤務制度導入が可能だと確信しました。しかし、実際は一歩も前へ進みませんでした。 調査事項詳細を経営会議などで説明しても店舗以外の場所で仕事をする事への「発想の転換」は思いのほか難しく、 テレワークが「店舗の働き方改革」にも「生産性向上」にも実際に効果が出ることを証明しない限り 店舗スタッフ・社内の経営陣、双方の理解を得られないと考えました。そこで江濱氏らプロジェクトチームは、 まずは店舗の仕事の一部を切り出して同じグループの障がい者支援事業を行っている企業に委託しました。 業務遂行能力は高いがコミュニケーションが苦手、といった一部の障がいをもつ方は在宅勤務をしたがっていると聞いていたため、 店の仕事の一部、本社の仕事の一部を切り出して、最初にそこでテレワークの実績を1ヶ月で作りました。
さらに障がい者にテレワークで対応してもらうことで生まれた時間を使って、 店長は他の業務に挑戦できるようになったり、早く帰れるようになったといいます。 また、上司の業務の8割をできるようにする代行者育成制度も構築しました。 先んじて分類した業務一覧をもとに職位ごとの職能を明確にし、代行者がひとりでもできる事、 できない事を明らかにする事で店舗のスタッフからは店長職の仕事が理解され、経営陣からも 「もしも」の事があった際のリスク回避策と障がい者雇用を通じて実現したテレワークの実績に 安心感をもたれるようになったといいます。
こうして実現に至った店長の在宅勤務制度導入のプロセスによって、 それまで社内で通説とされてきた「育児・介護と管理職は両立できない」という雰囲気がかわってきたといいます。
「在宅勤務を実現するために代行者育成の仕組みを取り入れたところ、 店長不在の時に管理職レベルの仕事ができるようになり、『できるようになったのだったら管理職になればいいじゃない』と、 それまで管理職ムリムリと言っていた人たちが『そうですね』、と自然と受け入れるようになっていきました。」(江濱氏)
小売業の変革は難しいからこそ自社がやる
江濱氏とリクルートマネジメントソリューションズの武藤(左)。 小売業初となる、イオンスーパーセンター(SUC)の店長の在宅勤務制度導入までのプロセスに伴走した。
小売業は365日・長時間にわたって店舗を開けており、働き方の変革が難しい業界とされています。 これまで店長の在宅勤務制度を導入している企業がない、という事は難しくて頓挫しているか、 重要な施策ではないという状況の中、「無理かな」と思ったタイミングは何度もあったと言います。 しかし実現に至ったのはイオングループを横断したダイバーシティ推進室とSUCの常務が 「イオンの歴史は初めてをやる歴史なんだ、と。半歩先を行く会社であることが社員にとっても地域にとっても嬉しいし、 会社の発展にとっても絶対に必要なんだ」と断言し、「難しいとされる小売業で実現するからこそ、 他業界の活動にも弾みをつける事ができる」とイオンのためだけでなく、 社会のためにも実現すべく強烈にバックアップしてくれた事が大きい、と話します。
「私が当時在籍していた東北地方を基盤とするSUCは震災後、人口流出が続き、 子供との時間を大事にしたいといった方や介護のため仕事を辞めざるをえない、といった方が一気に増えました。 こうした中でも東北で一番働きやすい会社にして、家族にSUCで働いている事を自慢できる事に加え、 家族もSUCで働いている事を自慢できる会社にできれば、被災地からの人口流出にも歯止めをかけられるのではないか、と。 店長の在宅勤務制度を通じてキャリアを築きたい人たちの上昇意欲が戻ってきた事はもちろんですが、 当の店長・課長職のご家族の方から『テレワークの日はお母さんが保育園に連れて行ってくれるから嬉しい』といった言葉を 聞けると、多少なりとも役に立てたのかなぁと嬉しかったです。」(江濱氏)
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