世界170ヶ国以上にわたる拠点を持つグローバル企業IBM。IBMシステムズ・エンジニアリング(以下ISE)は日本IBMのSE部門が独立し、情報技術の専門家集団として設立されました。ITエンジニアの業界では男性が社員の多くを占め、女性エンジニア比率が低いと言われる中、同社ではここ数年男女半々で採用を行ってきた結果、現在ではエンジニアの約3割が女性エンジニアとなっており、そのうち約4割が子育て中の社員となっています。
妊娠出産時に仕事を辞める女性が多いと言われる中、 同社では出産や子育てを理由に辞める社員はほとんど「聞いたことがない」と言います。 背景には働きやすい職場環境、つまり社員から発案し環境を作っていける柔軟さと、 同僚や経営陣との距離の近さ、そしてほんのすこしの運営上の工夫があるようです。
キッズ イン オフィスの取り組みに見られる風通しの良い職場環境
2014年より実施され、現在4年目を迎える「キッズ イン オフィス」の取り組みも働きやすい 職場環境作りのひとつ。家で子どもが一人にならないよう、男女問わず子連れで出勤できる、 という取り組みです。最初は1週間ほどに限定した取り組みが、現在は夏休みといった子どもの 長期休みの期間に範囲が広がっており、 今後は1年を通していつでも誰でもが利用できる取り組みにしていきたい、と検討を進めているそうです。
子どもと一緒にランチ。夏休み期間中になると様々な年代の社員の子どもがオフィスにやってきます。
「キッズ イン オフィス」の取り組みは、2013年に半年間掛けて社員全員で実施した 「ドリーム プラン プロジェクト」という5年〜10年先の理想の未来を描く研修が 基礎になっているといいます。同研修はトップダウンで施策を下ろすのではなく ボトムアップで会社の未来を考えていこう、という意図のもと10名前後のチームを組んで実施され、 最後は映像として発表するという内容でした。
「キッズ イン オフィス」の発起人で2人の子どもを育てる髙谷氏は同プロジェクトでの議論を通じて、 自身の悩みや意見が少数派ではなく、職場の同僚も同様に考えていることを実感したと言います。
「私は『子育て』という観点から話していましたが、チームの中には男性も含め結婚していない人や、 これからどうしようか悩んでいるメンバー、子どもではなくて介護をどうするのか、 といった点に不安を抱えるメンバーもいました。子育てにとどまらず自分の親の面倒を見る必要が 生じる時など、仕事の時間を限定せざる得ないさまざまな環境下にも応用できるように、 と考え、チーム内で検討を進めていきました。」(髙谷氏)
最初は小さく始めて改善しながら広げていった取り組み
実施が決定してからはプロジェクトの推進に役員の内藤氏がつき、役員自らがやることのリストを作成し、進捗管理や関係部署との交渉を行っていったと言います。
「いきなり大きく始めると抵抗感を覚える社員もいるだろうから、 最初は対象となる子どもの年齢も、受け入れる期間も絞って開始しました。 子ども達を会議室にまとめて、社員からシッターボランティアを募る形で実施したのですが、 社員アンケートを行ったところ社員自身が想像以上に気負ってしまい『仕事にならない』と不評でした(笑)」(内藤氏)
「キッズ イン オフィス」プロジェクトを発案した髙谷氏(右)と髙谷氏と共にプロジェクトを推進した役員の内藤氏(左)
初年度の取り組みを通じて、会議室に子供たちを集めてしまうと逆に子ども達同志で 騒いでしまうという事や、社員ボランティアに子どもの面倒を見るという役割を与えてしまうと、 怪我がないようそばで見ているだけでいいとしても、やはり通常通りの業務に集中して 取り組むことはできないことが見えてきたそう。
こうした経験から会議室もとらず、なるべく普段の業務から離れた特別な運用にはせず、 通常のオフィス・スペースに自然体で受け入れるように変えていったそうです。
「基本的には入館から退館まで親が面倒を見る形に変えました。 会議室も『必要なら自分で取って』という形ですね。子どもって大人と一緒の環境にいると、 場に合わせてふるまうことができるんですね。開始から4年掛けて対象を広げて期間を延ばして 徐々に運営の負担を減らして、今は本当に受け入れに何の制限もなく常に職場に子どもが居る 状態になっています。受け入れる側の意識も変わってきています。異動してきたばかりの社員は 『うわっ』と驚くこともありますが、もともと「ドリーム プラン プロジェクト」 の内容を知っている社員がほとんどなので、今ではこの環境が当たり前、 と楽しんでくれているように思います。」(内藤氏)
さらに子どもが職場に居ることで、スケジュールに追われるような 殺伐とした場面でも雰囲気が悪くなりすぎないといった効果があったり、 普段は話すことのない社員の間で、子どもをきっかけに新たな コミュニケーションが生まれるというシーンもあるといいます。
オフィス・スペースで宿題をする様子。子どもを連れてきていることが皆にも分かるよう、社員の席には風車を掲げています。風車を見た社員が「宿題どう?」などと声を掛けに行く様子も。
働きやすい職場環境の作り方とは
中長期的な理想の会社の姿を、時間を掛けて社員同士で具体的に共有し合い、 理想の実現に向けた施策を経営陣含めて一丸となって取り組む。 同社で妊娠出産時に仕事を辞める社員のことをほとんど聞いたことがないという背景には、 こうしたプロジェクトを通じて共有されていく価値観や社風があるのでしょう。
人事を担当する役員の小又氏は働きやすい環境作りのためには社風が重要で、 社風を形成するためには社員と会社が相互に尊重し合っていなければ成り立たないと指摘します。
人事担当役員の小又氏。
「社風を創っているのは紛れも無くこれまでISEに在籍してきた社員たちであり、 しかもその社風をその時々にあわせて今の世の中にマッチするように 順応させてくれるための提案をしてくれるのも、ここにいる社員です。 甘えすぎない社員と厳しすぎない会社がいて、時に依存することがあっても、 一時的な事であれば相互に認め合い、時に厳しいことがあっても、なんとか乗り越えていく。 『この施策が効果あるよ』といった魔法の施策は無いかもしれませんが、 与えられた環境の中で良いと思うことを地道に継続していく効果については熱くお話しできると思います。」(小又氏)
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