本連載は、創業から歴史は浅くとも、独自の組織・人材観を掲げ成長する企業や組織に取材し、その「発明」に学ぶインタビューシリーズだ。今回の取材先は、「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、主に知的障害のある作家とアートのライセンス契約を結び、福祉領域の拡張と新しい文化の創造を目指す福祉実験カンパニー、ヘラルボニー。異彩を放つ自社の組織マネジメントについて、矢野智美氏に聞いた。
- 障害は欠落ではなく「異彩」の一つ
- 社会が動く実感が関わる人の意識を変える
- たった1人のために組織全体が変わる
- 課題への当事者意識が組織の足並みを揃える
障害は欠落ではなく「異彩」の一つ
山田:本日はどんなお話が聞けるのか楽しみにしていました。福祉施設で暮らす作家さんとアートライセンス契約を結んで価値ある作品を世の中に届ける事業も、「ヘラルボニー」という社名も、とてもユニークですね。
矢野:ありがとうございます。弊社の代表は松田崇弥・文登という双子で、4つ上に重度の知的障害のある自閉症の兄がいます。代表2人がお兄さんを取り巻く環境に疑問をもったことが起業の原点でした。「ヘラルボニー」という社名は、お兄さんが7歳の頃自由帳に書いた「辞書にない言葉」です。弊社ミッションの「異彩を、放て。」は、通常「異才」と書かれるところを、「彩」としています。例えば、知的障害のある方のなかには1つのことを繰り返す特性がある場合がありますが、その繰り返しの行動があるからこそ生まれる作品があります。作家の佐々木早苗さんはボールペンをぐるぐると動かし続けて、丸を描き続けアートを作ります。障害は欠落ではなく、アートを生み出すことを一言で表すために、「才」ではなく「彩」としています。
加茂:矢野さんはどんな経緯でヘラルボニーに入社されたのですか?
矢野:私は2015年にテレビ岩手に入社し、アナウンサーをしていました。それまで岩手に縁はなかったのですが、仕事を通じて岩手がどんどん好きになりました。岩手の被災地を北から南まで300キロを歩く番組企画を2年ほど担当したとき、原稿を読む仕事よりも、現場で人と触れ合う仕事が向いていると感じました。そのことをきっかけに、課題を「伝える」メディアの仕事を離れ、課題を「解決する」ゲームチェンジャーの側に行きたいと思ったのです。
加茂:岩手への思いが発端なのですね。
矢野:入社と同時に「岩手コミュニティマネージャー」という役職をもらい、「岩手からヘラルボニーの異彩を放つ」という意識で広報活動をしながら、「障害は欠落ではない」と伝えることと、「障害のある人への価値観」を変えることを目指しています。
社会が動く実感が関わる人の意識を変える
山田:例えばどんなご活動を?
矢野:岩手県北バスとのコラボレーションで、障害のある異彩の作家のデザインをもとにしたラッピングバスを作りました。その頃、私のなかには「美しいものを作ると共に、見た人の意識を変えるにはどうしたらよいのだろう」という課題感がありました。そこで、前職でお世話になった中学校に出向いて、「もっと優しいバスを作るには?」というテーマを考える授業をすることに。県内のメディアに取材してもらうことによって、授業に参加した生徒だけでなく、視聴者の意識変革にもつなげたいと考えました。
加茂:企業の意識も変わりましたか。
矢野:「乗り合いバスは、行き先も目的も異なる人が一緒に移動する。まさに多様性や包摂性を形にしたもの」と再発見するきっかけにしていただきました。ラッピングバス自体は珍しくありませんが、ヘラルボニーと連携したことでお互いの哲学が重なり合い、共に社会にメッセージしたことで社会が動いた実感が、関わる人たちの意識を変えたのだと思います。
山田:矢野さんの当事者意識や熱量を感じるエピソードです。
矢野:私だけではなく全員が当事者意識をもっているのが弊社の特徴だと思います。例えば、令和6年能登半島地震のとき、発生の2日後には「#障害者を消さない」という、障害のある人を取り残さないための情報を発信する特設ページを立ち上げました。東日本大震災のときに障害のある方が避難所に避難できなかったという話を聞き、代表らが課題意識をもち続けていたのです。
山田:私も拝見しましたが、震災後すぐに特設ページが立ち上がっていました。
矢野:障害のある方は、一度避難しても住み慣れた場所に戻る方が安心するので、倒壊の危険性のある場所に戻ってしまうことがあるそうです。そんな危機的状況を知っているからこそ、動ける人から動いて、有志を募り、プロジェクトになりました。圧倒的な当事者意識を感じる出来事でしたね。
加茂:当事者意識の源泉は、人それぞれ違うのでしょうか。
矢野:そうですね。代表と同じように家族に障害がある方がいるという社員もいます。私自身もうつ病の精神障害で働けなくなった時期があったのですね。「精神障害になっても働けることを知ってほしい」という気持ちもありました。そうした思いを、みんながnoteやX、InstagramといったSNSを使って発信し、互いに触れています。それが、お互いの違いをリスペクトすることにもつながっているのです。会社としても登壇機会をいろんな人に任せており、全員が発信者になります。
加茂:障害だけではなく、一人ひとりが「弱み」と感じていることでさえ、ヘラルボニーでは異彩なのですね。
矢野:今は世界80億人の異彩を放つことを目指しています。従業員が「弱み」や「欠落」と感じている点も、異彩に変えられる環境を目指しています。