一般社団法人Daddy Support協会 代表理事
産業医・産婦人科医・医療ジャーナリスト
平野 翔大(ひらの しょうだい)さん
産業医として大企業の健康経営戦略からベンチャー企業の産業保健体制立ち上げまで幅広く担う傍ら、ヘルスケアベンチャーの専門的支援、女性の健康などについての記事執筆や講演なども幅広く手掛ける。2022年に男性の育児支援団体としてDaddy Support協会を設立。企業や自治体と連携・協働し男性の育児参加への支援活動を行う。
共働き 、 お金 、 産休・育休 、 ワーク・ライフ・バランス
2024年10月04日
『iction!(イクション)』では、新制度が施行された年でもある2022年以降に育休を取得した共働きのパパ・ママに対し、「パパの育休」についての調査を実施しました。 その結果を基に男性育休の実態やパパ・ママのリアルな声をお伝えする「iction!パパの育休リアル調査」にシリーズ。その最後にお届けするのは、男性の育児参加を支援している専門家へのインタビューです。
多方面から父親支援の浸透と多様な育児/家族の在り方を後押しする一般社団法人Daddy Support協会の代表理事であり、産婦人科医・産業医でもある平野 翔大さん。今回は、平野さんに、調査結果を踏まえつつ、男性育休の現状について語っていただきました。育休を取得する男性本人だけでなく、家族・企業・社会にとって育休をより有意義なものにするためのたくさんのヒントが満載です。
※この記事の内容は、リリース当時(2024年9月現在)のものです。
一般社団法人Daddy Support協会 代表理事
産業医・産婦人科医・医療ジャーナリスト
平野 翔大(ひらの しょうだい)さん
産業医として大企業の健康経営戦略からベンチャー企業の産業保健体制立ち上げまで幅広く担う傍ら、ヘルスケアベンチャーの専門的支援、女性の健康などについての記事執筆や講演なども幅広く手掛ける。2022年に男性の育児支援団体としてDaddy Support協会を設立。企業や自治体と連携・協働し男性の育児参加への支援活動を行う。
― はじめに、平野さんが「男性育児の支援」をテーマに活動する背景を教えてください。
私のキャリアは産婦人科医から始まっており、もともと向き合っていたのは男性というよりも女性でした。仕事をするうちに気づいたのが、女性が出産・育児に関して抱える悩みの多くは、パートナーである男性が影響しているものが多いこと。パートナーが全く協力的でなく、不安を一人で抱えている女性も珍しくありませんでした。また、上司の男性が「お腹の出ていない妊婦だったら重労働も大丈夫」と考えてしまったことで、切迫早産につながったケースも。産婦人科医としてそういった女性たちに向き合っていた当時の私は、その原因が「出産・育児に対する男性の無知・無理解」にあると感じていました。
その後、産婦人科医から産業医に転じ、女性にかかわらず、働く人の健康に広く携わるように。すると、時々「育児と仕事との両立に苦しんでいる男性」が私の元にやってくるようになったんです。長時間労働をしながら、家に帰れば育児もこなそうと必死になった結果、追い詰められてメンタルの不調を訴えるケースも。彼らの話を聞くにつれ、私は世の中の父親に対するイメージが変わっていきました。元々感じていた「男性の育児に対する無知・無理解の問題」というよりは、「そもそも彼らは、育児を知れる・育児ができる環境にいるのだろうか」と。最近は、男性の育児参加が強く求められていますし、心から子育てをしたい男性が増えているのも事実です。しかし、今の日本社会においては男性が育児をするための環境は十分整っておらず、育児に関する支援のほとんどは女性向けのものばかり。男性への支援が社会で圧倒的に足りていないことに気づきました。
― 今の男性が置かれている状況は、女性の労働力が結婚・出産期に下がってしまういわゆる「M字カーブ」が解消される過程で2010年代のワーキングマザーたちが直面した状況と似ていますよね。働きたい気持ちはあるけれど、家事・育児は相変わらず女性に偏っていて、両立に苦しんできた時代がありました。
まさしくご指摘の通りで、女性の社会進出と男性の育児進出は、その道のりで共通の課題を抱えていると思います。共働き家庭が増えたにもかかわらず、家事・育児と仕事の両立を女性だけが求められた結果、ワンオペ育児が生まれ、職場ではマミートラックによりワーキングマザーのキャリア育成が阻まれてしまう状況が生まれた。こういった女性に起きた問題が、仕事量や働き方を変えないまま育児参加を求められている男性にも起きつつあるんだと思います。先ほど話をした男性の育児と仕事との両立不安によるメンタル不調は、まさしくその一例。ですから、ワーキングマザーに対し国や自治体、企業・団体がさまざまな支援を整えてきたように、父親向けの支援も社会全体で行っていく必要があると思います。そして、結果的にそれは母親や子どもを支えることにも通じ、家庭全体の幸せにつながっていく。だからこそ、性別に関係なく全ての育児者に適切な支援が届けられる社会を目指して私たちDaddy Support協会は活動しています。
― では、ここからは『iction!』が実施した「パパの育休リアル調査」の結果を見ながら、男性育休の現状についてお話を伺っていきたいと思います。まずは、調査結果の中で、平野さんが一番印象に残ったのはどういった内容でしょうか?
※iction!パパの育休リアル調査より
全体的に私が普段見聞きしている育休の実態と近く、納得感の高い結果が出た印象です。特に象徴的だなと思ったのは、「育休取得の時期」に関する調査結果。ここ数年、日本全体で男性育休の「取得率」向上を目指してきましたし、「取得期間」を伸ばそうという声も出始めています。それに対して、「取得時期」に対しては夫婦間でも当事者と会社の間でも積極的に会話されている印象がありません。
もちろん、出産直後に父親のサポートが必要なのは間違いないので、今回の結果にあるように出産直後に育休を取得する意味の理解は進んでいるんだと思います。ただ、まだまだ「育休=なんとなく出産直後」という選択になっているケースが多く、それが調査結果にも表れているように感じました。父親である男性にも「何のために育休を取るのか」をもっと考えてほしいですし、そのうえで、育休を取る時期についても、もっと夫婦で話し合って決めていけるようになるといいですね。
この現状を表しているのが、出産直後とは反対に「慣らし保育の開始前後」や「ママの復職時期」に取得しているケースが1割未満であることと感じました。というのも、これらの時期は、生活パターンが大きく変化するため親も子どもも負荷が大きい。本来は家族で協力して乗り越えていかねばならない局面です。それなのに、男性育休のニーズも取得実績も少ない。結局のところ、復職後の育児は母親任せなのでは?と思えてしまいます。こういった仕事と育児の両立の分岐点になるようなタイミングで父親の育児参加がもっと進めば、社会における女性活躍もさらに加速できるんじゃないでしょうか。
― 「取得期間」についてはいかがでしょうか。調査結果によれば、半数以上は「1カ月以上取得したい」と考えていますが、実際に取得できた人はそのうちの半分程度にとどまっています。
※iction!パパの育休リアル調査より
私は、育休の適切な期間はそれぞれの家庭ごとにあると思います。収入やキャリアも考慮に入れると、一概に長ければ長いほどいいというものでもありません。ただ、 “育休”と呼ぶ以上、取得期間中に父親も一通りの育児を“余裕を持ってできる”くらいにはなってもらいたいですね。一通りの育児の習熟度の目安は「丸1日父親だけで子どもの世話ができる」くらい。 そのくらいはできないと子育ての主戦力にはなれず、母親はいざという時に父親を頼ることができません。ここで育児能力に差が生じてしまうと、例えば子どもの緊急時のお迎えや、病院への付き添いなどを父親に任せられず、結果として母親主体の育児になってしまうのです。その意味からも、出産の約半数が初産である今の日本では、父親である男性も最低1カ月程度は育児に集中する期間が必要ではないでしょうか。
― 男性が1カ月以上の育休を取得しづらい原因として、どんなことが考えられますか。
最も感じるのは、日本社会における性別役割分担意識の根強さですね。「男がそんなに長く休む必要あるの?」という雰囲気を職場に感じたり、上司からそうしたニュアンスの発言を聞いたりすることで、「本当は1カ月以上取得したくても言い出しづらい」状態にあると感じます。もちろん、法制度や会社の人事制度も変化していますから、職場も男性の育休に全く無理解というわけではない。ただ、「せいぜい1週間くらいでしょ」という認識が多いのが社会の現状。これは“世代間ギャップ”も影響していそうです。上司の時代は結婚・出産を機に女性が家事・育児に専念する割合もまだまだ多かった。しかし、その頃とは育児のあり方も家族の形も変わっています。夫婦共働きが当たり前となった現代において、男性の育児参加は必要不可欠だからこそ、育休に対する職場の意識も変えていかなければならないでしょう。
一方、上司に育休の理解があっても「1カ月以上休まれては、組織として回らない」という本音もよく聞こえてきます。これは、裏を返せばいわゆる普通に働いている男性社員が1カ月以上抜けることを想定していない(慣れていない)からではないでしょうか。 男性が育休を長期で取得する際の代替要員の確保など、対応方針がまだまだ十分ではなく、制度・仕組みを見直していく必要があると思います。
― 育休取得に対する不安として「収入減への不安」が最も多かったことも、取得期間の短さと関連がありそうでしょうか。
もちろん、影響しているでしょうね。育児休業給付については、政府が将来的に給付水準を上げる予定だと発表していますし、育休中の収入減は軽減の方向性に向かっていくでしょう。ただ本質的な問題としては、「妻のキャリアが断絶するよりも夫のキャリアに空白期間ができることの方が経済的なリスクが大きい」ことが、男性の育休取得を阻んでいます。男女間の収入格差が大きい現状では、男性は仕事優先という選択に流れてしまいがち。もちろん家事育児の役割分担は家庭それぞれの自由ですが、社会構造上自由に選択できない面もあるはず。男女の収入格差が縮まるほど、ポジティブに男性育休を取得できる家庭も増えていくと思います。
― 夫婦での役割分担という意味では、「家事は夫婦の分担が進んでいるが、育児(赤ちゃんのお世話)は妻の負担が大きい」という調査結果が出ています。
※iction!パパの育休リアル調査より
女性より早く育休から復職する男性が多い現状では、この結果はやや致し方ない面もあると感じました。長時間労働が前提となっている男性がもっと育児をやろうとすれば、仕事時間を減らすか睡眠時間を削るかしかない。産業医の立場から申し上げると、日中働いて夜中も子どもの対応で寝られない状態が続けば、メンタルに不調が生じるリスクが高まってしまいます。となれば、働き方を変えるしかない。 男性の育児参加を促したいなら、まずは現状の長時間労働を前提とした働き方を見直し、生産性を上げる必要性を社会や企業が認識しなくてはいけない。その上で、男性への仕事と育児の両立支援を行っていくべきではないでしょうか。
とはいえ、私は、家事育児の全てをパートナーと半々に分担するのが正しい姿とも思っていません。家庭での役割分担は家族の形や考え方によってさまざまでいいと思います。お互いが得意なことをそれぞれやってもいいし、二人とも苦手なことは"外注"するという選択肢も検討してほしいです。
一方で、あえて早期に復職しても父親が担いやすい役割を挙げるなら、「保育園選び」や「子どもの体調不良や病気の対応」でしょうか。その後の子育てに大きく影響する「保活」に父親がしっかりと向き合うことは、母親にとっても安心につながるはずです。実際に母親から「育児自体の負担」と同時に「子どもに関する意思決定やリサーチを一人で担う負担」が大きいという意見も聞こえてきます。
また、赤ちゃんが体調不良になった時、片親ではどうしても手一杯になりがちです。病気という有事の対応は日頃から赤ちゃんのことをよく知っていないと難しく、この役割を担えるかどうかは子育てにどの程度関わっているかが見えるバロメーターだとも言われています。早く育休から復帰する父親は、子どもと一緒にいる時間こそ短いですが、パートナーとしっかりコミュニケーションを取ることで子どもの様子を知ることはできますし、病院にだって連れて行けます。こうした大事な場面でパートナーが頼りにできる父親も「積極的に育児に関わっている」と言えるかもしれません。
― 平野さんは、今の男性育休における課題をどのように捉えていますか。
男性は、女性に比べて親になる準備が不十分なことで、せっかくの「育休」という機会を有意義に過ごせていないケースもあるように感じます。かつて、男性育休の道を切り拓いてくれた人たちは、育児への感度が高く自ら積極的に情報収集をしている層が中心でした。しかし、社会全体で取得率が30%を超えた今は、良くも悪くも“普通の男性”が育休を取り始めているフェーズ。必ずしも前のめりに準備をしている人ばかりではないからこそ、社会全体で早い時期からの準備を促すきっかけや情報提供に取り組むことが必要なのでは。
例えば、女性は、母子手帳をもらうところからはじまり、行政や医療機関が「母親向け」の支援を積極的に展開しています。ところが社会を見渡してみると、「父親向け」の支援が少ない。私は、このような父親を取り巻く育児環境を「知識なし、経験なし、支援なし」の「三重苦」と呼んでいます。そこには、父親は母親の育児を手伝う存在で、「育児の主体」として扱われてこなかった日本の社会・文化があり、それが男性の育児支援を遅らせてきたのだと思います。男性の育児参加を個人の意識の問題ではなく社会構造の問題として考え、出産前の段階から男性への支援を拡充させることが必要なのではないでしょうか。
― 男性の育児参加を社会全体で推進していくものと捉えると、当事者である男性は父親としてどう育児に取り組んだらいいのでしょうか。
自分一人で抱え込まないことです。まずは夫婦で話し合うこと。子どもを授かることはおめでたいことなので、「名前は何にしよう」「どんな学校がいいか」など、子どもの将来に向けて期待が膨らむ気持ちも分かりますが、楽しいことだけでなく不安なことも共有し合ってほしいです。決して深刻な悩みでなくても、お互いに感じていることを率直に話し合うことが大切です。
あとは、夫婦だけで育児を完結しようと頑張り過ぎないこと。共働き夫婦の場合、男性が育児に参加しても夫婦の育児時間の合計は決して潤沢とは言えません。夫婦だけではどうにもならない瞬間が必ずやってきます。親族や周囲の友人・知人はもちろん、行政、医療機関、子育て支援団体、シッターサービス…と、困ったときに頼れる選択肢を増やしておき、社会との多様な接点を育児に取り入れるのは当たり前のことだという発想を持つといいですね。
― 男性従業員を育休に送り出す側の企業はどんなことに取り組むといいでしょうか。
男性育休の制度や育児支援を、単に「福利厚生」としてではなく「人事・組織戦略」として捉えて、男性が一定程度の期間、育休を取得でき、さらに復職後も働きやすい仕組みを整えていくことをおすすめします。制度だけでなく社内の「育休を取りづらい」雰囲気も変えていくことで、当事者の希望に沿った形の育休が実現できるようになってほしい。とはいえ、育休取得の相談を受けた上長が、“パタハラ”を恐れて何も言えないのも健全な状態とは言えないでしょう。育休取得は労働者の権利ではありますが、共に働く仲間として組織の事情を伝えたり、将来のキャリアプランについて話し合いながら育休の取り方を一緒に考えてもいいのではと思います。
また、子育ては育休期間で終わりではなく、その後も十数年に渡って続きます。つまり、本質的に目指すべきは「男性が(誰もが)育児をしながら仕事で活躍し続けられる環境」。育休制度だけでなく、復職後の働き方も含め、組織と個人がWin-Winになれる人事制度のあり方を検討してほしいですね。育児と両立する男性が活躍できる組織へと進化することは、真に多様な人々が活躍できる組織へと発展していくための一歩となるはずですから。
最新の厚生労働省の調査 によると、2023年度の男性の育休取得率は30.1%と過去最高に。2022年の制度改正以降、取得率は加速度的に上昇し、2023年も前年から13ポイントアップとこれまでで最も大きい上昇幅となりました。また若年層では、男性も育休取得に積極的で、育休取得実績のない企業は就職時に敬遠されるとも言われています。このように男性も育休を取得することが当たり前になりつつある今、男性育休のそもそもの目的である「男性の育児参加」について真剣に向き合うタイミングに来ているのかもしれません。
ただ、これまでの働き方を変えずに男性に育児参加を求めることには無理があるのも事実です。それは、出産後も家事・育児の負担を抱えながら働くことで、仕事と育児の両立に悩んだ女性たちの歩みを見れば一目瞭然です。私たちiction!にとっても、「男女の区別なく、仕事と育児を両立できる社会に向けた支援や取り組みの必要性」を改めて認識したインタビューになりました。
「男性育休なんて子育て世代の話でしょ」と思う人もいるかもしれません。しかしながら、“男性の育休=育児参加”は、「労働時間が長い」「長期休暇が取りづらい」といった日本の働き方を変えるきっかけになりうる。そして、その先は少子化や労働力不足、ジェンダーギャップといった多くの社会課題にもつながっています。今後、「育児をするための男性育休」を企業や社会が支援していく中で、おのずと「フルタイムで働く従業員が、長期休暇(まとまった期間休暇)を取る」ことを前提とした職場マネジメントが必要になってくるでしょう。現状では有給休暇すら取りづらい職種や業界もある日本社会ではあるものの、男性育休をきっかけに日本の働き方が変わっていけば、誰もが自分らしいワーク・ライフ・バランスを実現できる社会へとつながっていくのではないでしょうか。
<「iction!パパの育休リアル調査」調査結果のポイント>