(写真左から) 株式会社リクルートジョブズ ソリューションマーケティング部 プランナー 石黒 哲雄さん/
株式会社日本保育サービス 総務部採用課 課長 上島 朗子さん
保育園運営の大手である株式会社日本保育サービスが、2017年に打ち出した新しい保育士の働き方が、一日最短2時間という超時短勤務のアルバイトです。同社では子育てを理由に離職していた保育士や、資格はあっても実務経験がない人など、約50名の新規採用に成功。フルタイムで勤務する保育士の負荷を軽減しつつ、潜在的な保育士人材の掘り起こしを実現しています。この取り組みは保育士にとってどんな意味があるのか。同社採用課長の上島 朗子さんと、同社へ採用手法や人事企画などの支援を行っている株式会社リクルートジョブズの石黒 哲雄さんにお話をうかがいました。
※この記事は、2018年3月28日「日本の人事部」掲載の『「短時間JOB」は組織になにをもたらすのか?』より、一部編集のうえ転載したものです。
―まず、日本保育サービスにおける「時短JOB」の概要について教えてください。
上島さん:当社が2017年の5月にスタートさせたのが、18時から閉園までの夜間限定保育士「スターライト先生」です。閉園時間は園によって異なりますが標準的には20時までなので、最短2時間からの勤務が可能。同年9月からは早朝勤務スタイルの「サンライズ先生」もスタートし、フルタイムで働く保育士と協力しながら子どもたちに向き合っています。
―なぜ「時短JOB」を導入されたのでしょうか。
上島さん:一番大きな理由は、保育業界全体の採用難です。保育士の求人倍率は他の職種より突出して高く、東京都だと約6倍(2017年10月、厚生労働省調べ)にもなるんですよ。やみくもに競争市場で採用活動をするのではなく、多様な就業ニーズに応えていく必要があると感じていました。
石黒さん:保育士の実務を洗い出して整理してみたことが、「時短JOB」の出発点です。保育は資格が必要な仕事ながら、実際の業務を整理してみると細かな雑務も多く、「無資格者でも問題ない業務」がかなり含まれていました。それらの業務を切り出して別の人が担当すれば、保育士の負荷軽減につながるのではないかと考え、無資格でも保育園で働ける「短時間保育助手」の雇用を強化。すると「資格はないが子どもが好きなので働きたい」と、多くの応募獲得に成功しました。この取り組みを発展させ、潜在保育士の掘り起こしを狙ったのがスターライト先生です。
上島さん:さまざまな議論のなかで夜間・早朝の業務を切り出したのは、仕事と子育てを両立する家庭が増えたことで保護者のニーズが多様化し、保育士への負担が大きくなっていたのも理由のひとつです。朝7時から最長22時まで預かる保育園もありますが、シフト勤務で対応していると、どうしても生活は不規則になってしまいます。なんとかフルタイムで働く保育士の勤務時間帯を健全化できないかという発想から、夜間や早朝の業務を切り出して専任の担当者を新たに設けました。
―どんな人が「時短JOB」で働いているのですか。
上島さん:現在、約50名がこのスタイルで働いていますが、ダブルワーカーや主婦、学生など、立場は様々です。象徴的なのは、「保育の学校を卒業後、現在は看護学校に通っている」という人。将来は保育園での看護の仕事を希望しているそうで、保育の仕事を活かしながら学業と両立しています。また、18時以降に働いている主婦の先生もいますね。彼女の場合、「子どもが塾で勉強している間だけ働きたい」というニーズと、18時から20時までというスターライト先生の働き方がマッチしていたそうです。
石黒さん:現場で働きはじめたスターライト先生たちにお話をうかがってみると、実務経験がなかった方も割といるんです。保育士の資格をもっていながら一般企業に就職したような方の場合、「やはり保育の仕事がしたい」と思っても、いきなりフルタイムで働くのは心理的ハードルが高いそうです。出産・育児でしばらく保育の仕事から遠ざかっていた方々も同じ気持ちのようで、「いずれはフルタイムにチャレンジしたいけれど、まずは短時間でアルバイトからはじめたい」というニーズを捉えた働き方だったようです。
上島さん:以前から昼間のアルバイト募集は行っていましたが、このような人たちには出会えませんでした。今、日本には有資格者ながら何らかの理由で保育の仕事をしていない「潜在保育士」が約70万人いるとも言われていますが、時間や役割をずらしたり限定したりすることで、保育士として就労したいと思ってくれる方はまだまだいそうだと感じましたね。
石黒さん:無資格で働きはじめた「短時間保育助手」のなかには、実務を経験したことで「保育士の資格を取りたい」と思うようになった人もいます。「時短JOB」のアルバイトがキャリアステップに好影響を与えているようですね。ただ、将来的にフルタイムの保育士として働くことを視野に入れている人もいれば、この働き方を長く続けたい人もいるので、いろんなスタンスの人が保育園に集まった状態とも言えます。園長さんは一律にマネジメントをするのではなく、一人ひとりの考え・キャリア観を把握しながら支援していくことが必要。個別性の高いマネジメントを行っていくことが、欠かせないと思います。
―フルタイムで働いている保育士のみなさんにも変化はありましたか。
上島さん:早番・遅番に入る職員のうち、正社員が半分で済むようになりました。ワークライフバランスが向上しただけでなく、必然的に一番人手が必要な日中の体制が手厚くなったため、より保育に集中できる環境が整ってきたという声が上がっています。当社としてはこの体制強化をきっかけに、今後はさらなる保育の質の向上につなげていきたいですね。生産性の観点で言っても、サンライズ・スターライト先生を採用している施設では残業時間も減少しており、なかには10~20%削減できているところもあります。
石黒さん:生産性が上がったことで、子どもにきちんと向き合える余裕が生まれているのは、保育士の根源的な働きがいにも影響しているようです。また、労働環境の改善につながっているため、徐々にフルタイム保育士の採用にも良い影響がでてくるはずだと捉えています。
―最後に「時短JOB」の効能や活用法などについて、お考えを聞かせてください。
上島さん:我々の業界は保育士の母集団不足という大きな課題があります。だからといって、現役の保育士を各社で取り合う構図のままでは抜本的な解決になりません。企業側が保育士に求める働き方を変えれば、「本当は働きたいのだけど、条件が合わない」と諦めている人たちの気持ちをポジティブに変化させることが十分にできると思っています。
石黒さん:日本保育サービス様の取り組みは、保育業界以外にも通用するスキームだと考えています。たとえばドラッグストアの薬剤師採用など、世の中には「有資格者」であることが必須なために人手不足に陥っている業種があります。マーケットに人材が限られているからこそ、無資格者でもできる周辺の業務を切り出して「時短JOB」とするのは即効性の高い施策。実務経験を積んでもらいながら資格取得を支援するなど、中長期的に専門職を増やしていく施策にもなり得るため、こうした取り組みを広げられたら、さまざまな業種の人材難を解消できると考えています。
企業概要
- 株式会社日本保育サービス
主な事業内容:保育園・学童クラブ・児童館の運営。全国13都道府県に276施設を展開しており、業界No.1の売上高を誇る。