「仕事が生きがいだった」というChigusaさん(51)。出版社を経てPR会社、その次にレストランと、英語や飲食に携わりながら、ときに全力以上の力で走り抜けてきた。50歳を迎えて派遣スタッフとして働きはじめてから、仕事に対する価値観が変化してきた。経緯や仕事観をうかがった。
夢中で英語を学習したが挫折を経験。それでも、英語を活かした仕事に
大学を卒業したあと、アメリカの大学院へ進んだChigusaさん。中学生からずっと英語が好きで、そればかり勉強していたという。
「筆記試験は得意でも、話すのが苦手で、コンプレックス。日本の大学卒業後、アメリカの大学院へ行きましたが、アジア人であるだけでなく、話がつたないことに疎外感や劣等感がありました。アメリカ人のクラスメートが、子どものころに見たCMの話をして盛り上がっているときに、言葉の意味は理解しても、その背景が理解できず、『いくら勉強をしてもネイティブのようには話せない』と、愕然としたのを覚えています」
「今思えば、当たり前」と言うが、懸命に勉強していたChigusaさんは、そこで英語学習に対する情熱を失ってしまう。帰国して語学のコンテンツを販売する出版社で働き、その後、飲食系の書籍や雑誌を手掛ける出版社へ就職した。
「アメリカで日本の本に励まされ、出版社を目指しました。なかでも飲食が好きで、いつか料理やカフェ本の編集ができればと。英語ができたので、必然と語学関連書を担当。編集をしながら、新刊PRの仕事もするようになり必死に取り組みましたが、出版不況が見えてきたとき、次なるステップ、違う生き方を模索しました」
Chigusaさんはいつからか自身の仕事の武器が、「コミュニケーション力」と気づき、出版というかたちでなくても、これを武器にできる別の道を選ぶ。