多様な働き方

なぜ男女の賃金格差は解消されないのか。社会的分業がもたらす間接差別という要因

ジェンダー平等

2024年12月03日 転載元:リクルート ワークス研究所

なぜ男女の賃金格差は解消されないのか。社会的分業がもたらす間接差別という要因

日本で男女雇用機会均等法が施行されてから40年近く経ったが、男女の賃金格差は大きいままだ。その要因は何か。 そして人権的には何が問題なのか。 労働市場における男女格差の原因と対策について、長年研究を続けるシカゴ大学教授の山口一男氏に語ってもらった。


労働市場における男女格差は、国家や企業、家庭などでジェンダーに関わる直接的・間接的な差別から生まれる社会的な不平等が原因になっています。解決には、どうしたらこれらの差別から「自由」になることができるか、という視点から考えるのが有効です。

英語では「自由」を意味する言葉には「Liberty」と「Freedom」の2種類がありますが、前者は社会的制限や拘束からの自由を意味し、言論の自由や表現の自由、集会結社の自由など、社会的人権の保障に関係する言葉です。政治による規制や法的規制などによって自由が制限される場合、それは「Liberty」の問題です。女子学生の合格を減らすために一部の医学部で不当に点数を調整していたことも、その一例です。

後者は、自分(自分たち)が本来意思決定すべき事柄を、自分(自分たち)で決定できることも含むより広い言葉です。ジェンダーによる差別で、女性が本来意思決定すべき事柄が自分たちで決定できないというのは、「Freedom」が損なわれている状態といえます。


男女の職業ステレオタイプ化
家庭と企業で助長

なぜ女性たちは差別から「自由」になれないのでしょうか。2つのことが想定されます。

1つ目は、自分が本来決定すべきことについて、他者が決定権を持っており、支配されている状態です。典型的なのは奴隷制度や植民地化ですが、男女の不平等についても、女性の意思や感情が「取るに足らないこと」として無視、軽視される状況は、国家や企業、家庭内でも見られます。

国家レベルでは避妊薬の市販の有無など、本来は女性の人権に深く関わる問題が、意思決定者の大多数を占める男性の議員と行政によって決められるという事態などです。企業でも役員や管理職の大部分が男性であれば、女性が企業の意思決定から排除されます。こういう状況を間接差別といいます。

このように他者に意思決定権を握られる状態に加えて、もう1つ「自由」が実現できない場合があります。それは、自分が進んで他者の意思に合わせてしまうときです。ナチス政権下のドイツでユダヤ人虐殺の責任者だったアイヒマンは、戦後の裁判で「命令に従っただけだ」と陳述し、傍聴した哲学者のハンナ・アーレントは彼を「小役人にすぎない」と看破しました。アイヒマンは人を殺す命令を実行するかどうかを自身で判断せずに、自分の意思や思考を他人にゆだねてしまったのです。

ここまで極端な例でないにしても、同じようなことは、男女のソーシャライゼーション(人が、社会の一員としての役割や規範を学び、それを自己の一部として取り込む過程のこと)を巡っても、しばしば起こります。

私が「日本版総合的社会調査」の2000~2018年のデータを用いて分析した研究では、興味深いことがわかりました。科学技術スキルの高い職に就いている父親の子どもが、同種の職に就いているかどうかを調べたところ、父親のスキルの高さは息子の職には影響しているが、娘の職にはまったく影響していなかったのです。

これは男女の職業のステレオタイプ化が家庭内で起こっていることを意味します。親は、息子には父親と同じ科学技術スキルの高い職に就くことを期待する一方で、娘には期待しない。大学進学の際の男女の進路先が異なる遠因にもなり得ます。このような価値観の擦り込みは本来の自由な状態ではないといえます。

企業で、技術系の職種に就く女性が少ないのも、そうした職種は女性向きではないとのステレオタイプがあるためです。加えて、日本企業の多くは採用時に一般職と総合職を分け、それが性別と大きく相関しています。結果的にそれが女性の生涯賃金を抑える制度設計になっており、女性管理職割合が伸びない原因にもつながっています。価値観の擦り込みに伴う一種の思考停止状態が、労働市場における男女の社会的分業を、ひいては女性の自律を損なう間接差別を生み出しているのです。

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