中田 稔さん
2000年に株式会社ゆめみを設立しCTOに就任、システム開発面からさまざまなECサイトやサービスの立ち上げ・改善に従事。2014年に株式会社Sprocketを設立しCTOに就任、ユーザーに理想的な顧客体験を提供するべく、CX改善プラットフォーム「Sprocket(スプロケット)」の開発に注力している。 2011年よりTECH GARDEN SCHOOLで講師を務めるなど、多方面から積極的に活動中。
ミドルシニア 多様な働き方 「40代・50代 中高年からのデジタルスキル習得」
「DX(デジタルトランスフォーメーション)人材が不足している」「デジタル人材のためのリスキリングが必要」 最近こういった言葉を耳にする機会が増えた印象がありますが、そもそもDX人材、デジタル人材とはどのようなスキルを持つ人のことなのでしょうか? 経済産業省と情報処理推進機構(IPA)は、さらなるDX推進の加速に向け、2022年12月にDXを推進する人材の役割や習得すべきスキルを定義した「デジタルスキル標準(DSS)」を策定し、その中で全てのビジネスパーソンに向けたスキルを「DXリテラシー標準」として定義しています。この「DXリテラシー標準」は、働き手一人ひとりがDXに参画し、その成果を仕事や生活で役立てる上で必要となるマインド・スタンスや知識・スキルを示す指針であり、全てのビジネスパーソンが身に付けるべき能力・スキルとされています。
(図表1)「DXリテラシー標準」とは ※参照サイト:経済産業省HP
このように、政府を挙げてデジタル人材の育成に取り組む時代とはいえ、ミドルシニア世代には「デジタルというだけで苦手意識がある」「仕事で使うデジタル用語が分からずにうまく会話ができない」といった悩みを抱える人も少なくありません。また、定年や役職定年を前にセカンドキャリアのことを考えるとデジタルスキルを身に付けたい気持ちはあるけれど、何をしたらいいのか分からず、足踏みしている人もいるのでは。
そこで今回は、ミドルシニア世代を対象としたプログラミング教室「TECH GARDEN SCHOOL」で講師を務める中田 稔さん・喜田 光昭さんにインタビュー。ミドルシニアがデジタルスキルを身に付けるメリットや、おすすめの学び方などを伺いました。
※この記事の内容は、リリース当時(2024年10月現在)のものです。
※本文中に出てくる用語を含めた、「知っておきたいデジタル用語」をこちらの記事にまとめています。気になる用語があれば、ぜひチェックしてみてください。
― 講師のお二人は、ミドルシニア世代でデジタルスキルを学ぶ人の動向をどのように感じていますか。
中田:年々増えている実感があります。また、学ぶ目的も多様化。漠然とデジタルスキルを身に付けたい、プログラミングを勉強したいという人もいれば、最近は「データ分析に必要だから」「機械学習の仕組みについて知りたい」といった、 デジタルスキルを学んだ先のやりたいことが明確な人も増えた印象ですね。
喜田:これは、以前に比べて企業内でデジタルスキルを求められるシーンが格段に増えたことも影響していると思います。あらゆる企業でDXは重要テーマになっていますし、業務やサービスへのデータ活用も進んでいる。職種・業種問わず、さまざまな仕事においてデジタルが身近になっている表れだと思います。
― 具体的にはどんな人が受講をしているのですか。
中田:多種多様な人が受講している印象です。目的も人それぞれで、自分でITサービスを作りたい人もいれば、今の業務に活かしたい人も。定年後のセカンドキャリアを見据えている人もいますし、ITへの純粋な興味で学んでいる人や、学ぶこと自体が楽しいからと趣味の一環にしている人もいます。
喜田:ここ数年で増えたと感じるのは、先ほどご紹介したような現在の職場や仕事でデジタルスキルを活かしたいと考える人たち。また、コロナ禍で世の中の働き方が変化した影響もあるのか、在宅で働ける仕事を希望してデジタルスキルを学ぶ人も増えたように思います。特に家事や介護などと並行してパートや派遣の仕事をしている女性に多い印象ですね。
― 技術の進化によってデジタルがより身近になったことや、リモートワークが浸透してきたことも、ミドルシニアの学びを後押ししているのですね。
中田:それは大いにあると思います。ここ1年余りでChatGPTをはじめとした生成AIが大きな盛り上がりを見せていることからも、この先AIによって仕事や生活が大きく変化していきそうだということは皆さんも感じているでしょう。仕事における業務効率化などへの期待だけでなくその変化に置いていかれたくない不安も交じって、最新のデジタルツールの使い方を学びたいという受講生が増えているんだと思います。
喜田:中田先生が言うように、今ニーズが高いのは「使い方」なんです。ひと昔前であれば、デジタルスキルを学ぶ層には、ITサービスやWebサイトの「作り方」を知りたい人が多かった。もちろん、そのニーズは今も根強いです。ただ、全く新しいものを生み出すというよりは、デジタル技術を組み合わせて「使う」ことで、仕事や生活をより良くしたいという理由から積極的にデジタルスキルを学ぶ人が増えているんでしょうね。
― 積極的にデジタルスキルを学ぶミドルシニアが増える一方で、なんとなくデジタルに距離を感じている人もこの世代には少なくない印象があります。「機械や数字が苦手。プログラミングなんて自分にはできない」と思っている人に、お二人ならどうアドバイスしますか。
中田:まずは触ってみることですね。この世界で生きてきた私たちとしては、プログラミングで作る楽しさも味わってもらえたらうれしいですが、いきなりそこから始めるのは、初めて学ぶ人には難しく感じてしまうかもしれません。だからこそ、まずはAIでも何でも試しに使ってみることから始めることをおすすめします。幸いにも、今の時代は一般ユーザーでもそうしたツールに手軽にアクセスできますし、ハイスペックなPCや有料でなくてもクラウド上で動かせるツールやソフトがたくさんあります。ミドルシニアの皆さんが若手だった頃よりもデジタルを使うハードルはかなり低くなっているので、実際に使ってみるとデジタルへの印象も変わるんじゃないかな。
喜田:プログラミングが必須ではないデジタルの仕事が、以前より増えてきていることもお伝えしたいです。例えばノーコード・ローコードで業務アプリケーションを作れるツールだって登場している。そうした最新のツールに触れてみたら、「思っていたより難しくなさそう」「仕組みさえ分かれば、私にもできそう」と思ってもらえるかもしれません。
― 「デジタルは、若手の方が得意だから」と、年齢を理由に敬遠している人もいる気がします。
中田:年齢を気にする必要はないですよ。結局のところ、デジタルはツールでしかなく、大切なのは「どう使うか」です。その意味では、ミドルシニア世代には豊富なビジネス経験があり、業務や組織のことを熟知している分、「デジタルを使って何をするか、どう進めればうまくいくか」を考えるのが得意なはず。長いキャリアの中で、プロジェクトマネジメントや組織マネジメントのスキルを磨いてきた人も多い世代ですから、その力とデジタルスキルを掛け合わせれば、DXプロジェクトのプロジェクトマネジャーといった役割で、価値を発揮することもできるでしょう。
喜田:敬遠している人の中には、デジタルのスペシャリストにならなきゃいけないと思い込んでいる人も多いのではないでしょうか。今、企業におけるデジタル人材のニーズは非常に強いものの、そのニーズを細かく見てみると、実は専門性の高いスペシャリストだけを求めているわけではないんです。例えば、経営企画や商品企画、事業推進などの部署において「デジタルに明るい人材」へのニーズの方がむしろ高いと言えるでしょう。求められているのは、エンジニアとある程度の共通言語で話せ、ビジネスとエンジニアリングの橋渡しができること。業務知識が深く、社内や関係先の事情にも精通しているミドルシニアの強みが発揮しやすい役割と言えるかもしれません。
― では、ミドルシニアの皆さんはどのようにデジタルスキルを学べばいいのでしょうか。ほとんどの人が仕事や他の活動をしながら学ぶことが前提の世代なので、忙しい合間、短い時間の中での学び方も重要になりそうです。
喜田:「デジタルスキルを身に付けてやりたいこと=目標」を設定し、ゴールから逆算して学ぶ発想が有効だと思います。明確にやりたいことが見つかっていないなら、最初のうちは広く浅くいろんなものを体験してみるのもいいでしょう。ただ、早いうちにその中から、自分の興味のあるものを発見し、目標を設定した方が、意欲高く学び続けられると思います。
中田: ITの世界は裾野が非常に広いので、限られた時間の中で全てを網羅的に学ぶのは現実的ではありません。そのため、知識を幅広く詰め込むような学び方よりも、自分の目的に沿って必要な技術を効率的に学んだ方がいい。また、実際のツールやシステムを使って「ちょっとやってみる」のが大切です。小さくてもいいから自分の手で動かして成果が出たことを実感できると、学ぶことの楽しさも実感できるはずですから。
― 学ぶ目的がまだ漠然としている人は、どのように目標を立てるといいでしょうか。
喜田:自分や周囲の身近な困りごとや、ちょっとした煩わしさに着目してみるといいですよ。例えば、「毎月送られてくる請求書の処理」が効率化されたら、うれしいですよね。それをデジタルで解決するなら、例えば「請求書情報を自動で取り込み、PDFにして経理に送られるような業務アプリケーション」が考えられる。実現できれば自分の仕事も効率化されますから、学ぶ意義も高まります。
― デジタルスキルを学ぶ際には、自分自身で定めたゴールを決めて、そのために必要なスキルを学んでいくことが大事だということですね。その一方で今後のテクノロジーの進化も見据え、今、学んでおくといいスキルがあれば教えてください。
中田:データ分析や機械学習・ディープラーニングといったテーマが、目的の実現に関わってきそうな場合は、プログラミング言語の「Python(パイソン)」を、学んでおくといいですね。Pythonは、シンプルな言語なので初心者でも分かりやすいのが特徴。それでいて、近年注目されているAI開発やビッグデータ分析などにも使われているので、仕組みを理解しておくと、その先の学びの選択肢が広がりやすいです。
喜田:生成AIの使い方を知っておくことは、これからの時代の鍵になりそうです。まだまだ発展途上の技術ですが、活用の仕方はこれから無限に広がっていくはず。生成AIが得意なことや苦手なことを知り、どのように使えば期待するアウトプットが出てくるのかを知っておく。特徴を理解し、うまく使いこなせば、目的を最小コスト・最速スピードで実現するためのアシストをしてくれると思います。
※本文中に出てくる用語を含めた、「知っておきたいデジタル用語」をこちらの記事にまとめています。気になる用語があれば、ぜひチェックしてみてください。
― 実際にお二人のスクールで学んだミドルシニアの皆さんは、その後どのようなキャリアを実現しているのですか。
喜田:身に付けたスキルが評価されて勤務先のDXプロジェクトに抜てきされた人もいれば、海外駐在中にリスキリングをして、デジタル部門への転属を実現したケースもあります。また、私たちのスクールで学ぶ意欲に火が付いて、60歳から大学でデータサイエンスを学んでいる人もいますね。あとは副業・兼業や、定年後にフリーランスとして業務を受託し始めた人もいます。副業やフリーランスの場合、最初のうちは「自分にできるのだろうか」と不安を持つ人も多いですが、まずは「月5万円稼ぐ」という身近な目標から始めて、徐々に自信を付けて仕事の範囲を拡大している人もいます。
― 最後に、ミドルシニアの皆さんがデジタルスキルを身に付ける意義について、お二人の視点で感じていることを教えてください。
中田:私自身は、デジタル技術によって「人の能力が拡張されていく」感覚を持っています。例えば、今まで半日かかっていた業務が5分で終わるようになる。そうすれば、これまでかかっていた時間で他のことができるし、自分の能力をより必要とするものに注ぐことができる。仕事だけじゃなく、生活も豊かになっていく…。そうした可能性が、デジタルスキルを学ぶことには秘められているのだと捉えています。また、純粋にできることが増えていくって楽しいですよね。ミドルシニア層は、身体的にもこれまで軽々できていたことが、思うようにいかなくなったり、難しいと感じる場面が徐々に増えていく年代ですが、デジタル分野は、年齢によるさまざまな障壁の解消を助けるものでもあります。 また「生きがいとは、自分が好きで得意なことで人から必要とされ、稼げること」だという言葉があるように、これから先の人生で生きがいを持ち続けるためにも、デジタルスキルは役に立つと思います。
喜田:中田先生に同感ですね。年齢による障壁を限りなく低くすることができるのが、ミドルシニアがデジタルスキルを身に付ける大きな意義。キャリアに裏打ちされたミドルシニアの知見に新しいスキルを掛け合わせることで、役職定年後や定年後も自分の市場価値を上げ続けることが期待できると思います。それはつまり、現役時代の蓄えを消費しながら生きるのではなく、定年後も世の中に価値を届け、適切な報酬を得ながら暮らしていけるということ。そんな生き方をしていくための手段の一つとして、デジタルスキルを学んでもらえたらうれしいです。
文頭で述べたように、現在不足しているDX人材を補うために、政府もDX人材の要件定義やそのスキルの習得に向けた支援を行っています。そういった現状も含めミドルシニアが目指すDX人材について考えた時に、求められているのはシステム開発のためのプログラミングが書けるソフトウエアエンジニアやデータエンジニアだけではないと今回の取材を通じて改めて感じました。ミドルシニアに期待されているのは、これまでのキャリアや自分自身の強みを活かした活躍。豊富なビジネス経験にプラスして、プログラミングの原理原則やデジタルシステムの仕組み、AIや機械学習の概要といった「デジタル技術に関するリテラシー」を身に付けるだけでも、デジタル技術の視点から今の業務を見直したり、社内のDXプロジェクトについて理解を深めることにつながるはず。まずは社内のエンジニアを捕まえて「ちょっと教えてよ」と聞いてみることから始めてみてもよさそうです。
また、デジタルスキルの世界は幅広く、「何から学び始めたらいいか分からない」という声も聞きます。今は、実際のツールやシステムを使って「ちょっとやってみる」ができる時代。スマホ上のアプリで生成AIチャットサービスが試せたり、ウェブサイトを無料で作ることができます。まずは気になるデジタルツールをお試しで使ってみることで、もっとやりたい、学びたいと思える分野が見つかるかもしれません。デジタルスキルの習得は、ミドルシニアの皆さんにとってもキャリアを広げるための選択肢の一つになりうる。 「デジタル」という言葉に身構え過ぎず、身近な人にちょっと聞いてみる、気になるツールから触ってみる。この記事がミドルシニアの皆さんにとって、そんな一歩を踏み出すきっかけになればと思います。
中田 稔さん
2000年に株式会社ゆめみを設立しCTOに就任、システム開発面からさまざまなECサイトやサービスの立ち上げ・改善に従事。2014年に株式会社Sprocketを設立しCTOに就任、ユーザーに理想的な顧客体験を提供するべく、CX改善プラットフォーム「Sprocket(スプロケット)」の開発に注力している。 2011年よりTECH GARDEN SCHOOLで講師を務めるなど、多方面から積極的に活動中。
喜田 光昭さん
1990年代よりネットを利用したECサイトやサービスの立ち上げコンサルティングとして中小企業を支援。その後、NTT、AT&Tなどの通信キャリアで営業、技術、企画職を経験し、さまざまなネットワーク・システム導入プロジェクトに従事。金融機関にてエンジニアをしながら、スタートアップ企業や地元企業への技術支援活動を行っている。 2015年よりTECH GARDEN SCHOOLの講師としても活動中。
一口に「デジタルスキル」といっても範囲も広く難易度もさまざま。その中でミドルシニア世代が学びやすくこれからのキャリアにも活かせる代表的なスキルをリストアップしてみました。