幼少期を大分県で過ごし、一度は家族でフィンランドに戻るも、1980年代半ばに再来日。東京農工大学リーディング大学院特任准教授の坂根シルックさんは、日本で2人の子供を育てた。曰く「フィンランド式」の子育てで。日本とフィンランドの両方を知るシルックさんが考える「両立」の極意とは?
子育てをしやすい国として、北欧諸国は真っ先に名が挙がる。EUに加盟するはるか昔から言わば一つの集合体として、さまざまな知恵をシェアしてきたという。教育制度や 子育て環境において先進的と言われるスウェーデンの影響を受けながら、 各国がそれをカスタマイズし独自の文化を作り上げてきた。
シルックさんの生まれたフィンランドの人口は約540万人。女性は100年以上前に参政権を与えられ、男性と対等に働けるよう、 制度が整備されてきた。フィンランドでは、母親が育休と産休を合わせて11ヵ月の休みを取得した後、 両親のどちらかが「両親休暇」を取得でき、更に子どもが3歳になるまで在宅で育児することができるため、子供たちは比較的長い期間を家庭で過ごす。
とはいえ、女性たちは必ず職場復帰をする。そして、この国もまた、 保育園に子供を預けることに後ろめたさを感じる人は少ないそうだ。シルックさんは言う。
「だって、働くためには必要なわけですから。フィンランドでも、昔は親が子供の面倒をみるとされてきましたが、 いまは『社会みんなでみよう』という考えに変わってきました。多くの人の目があり、多くの人と接することができる、ということにネガティブな感情を抱く人はいません」
子供は、自分とは個性の違う"人"
写真(ポートレート)=岡田晃奈
そんな国では、どのような母親が「いい母親」とされているのか。そうシルックさんに聞くと、こんな言葉が帰ってきた。
「"いい母親"というより、"いい親"という言い方をしますね。そして、 "いい母親"も"いい父親"も変わらない。いい親とは、子供のニーズにちゃんと応えることができる人。 『手を掛けないけれど、目を配る』というのが私たちの子育てに対する考え方です」
子供と多くの時間を過ごしていても、心ここにあらず、だったら意味がない。 「心がちゃんと子共とある人」と、シルックさんは表現する。
彼女自身、子供が小さい時からフルタイムで働いてきた。家に戻り、大急ぎで食事を作っているときに、 子供が小さなことではしゃいで話しかけて来ることもあった。そんな時は、 「ごめんね、いまご飯を作っているから、後で聞くから待っていて」と言葉で伝えていたという。
「『あっちに行っていて』と言うと、子供たちはなぜ怒られているのか分からない。 でも、『後で聞くから』と言い、実際にきちんと話を聞けば、子供たちはちゃんと待つことができるんです」
それは、自分に置き換えて考えれば分かること。大人だって、職場で理由も分からず怒られたのではいい気分はしない。
「子供は、小さい頃から周りをよく見て、周りの話を本当によく聞いている。自分とは個性が違う『人』として、 小さい頃からコミュニケーションを取ることが大切だと思う」
子供たちを見守りつつ、自分の人生を生きる
写真(ポートレート)=岡田晃奈
コミュニケーションを取らなければいけない相手は、子供だけではない。 シルックさんは両立するうえで欠かせないこととして、「自分の考えを押し通すのではなく、 パートナーとアイデアをシェアすること」を挙げる。
ついつい自分のやり方を絶対だと信じてしまうけれど、そんな時はマインドをリセットしてみる。 お父さんのやり方があり、お母さんのやり方がある。重要なところで矛盾していなければ、その両方があっていい、 ということに子供たちも気づくようになる。
「仕事だってそうですよね。人がやっているやり方にケチをつけたらチームワークにならない。 職場でそれができるのだったら、家でもできるはず」
「仕事」と「家庭」に大きな差はない。それでも、両立を目指すうえでのもどかしさは、 どちらも中途半端になってしまうのではないかと思うところにある、とシルックさんは言う。
「でも、親が生き生き働いていると、子供たちは『人生って楽しいんだな』と思うようになる。 ともに過ごす時間のクオリティーも上がる。親の最終的な目標は、子供たちを独り立ちさせること。 それに向けての子育てなんですよ、フィンランドは」
「子供」を取ったら、自分には何が残るのか。その事を常に意識し、子供たちに心を配りつつも、自分の人生を生きる。
子供を育てること、そして働くこと。どちらもポジティブで楽しいことなのだ、とシルックさんは教えてくれる。
文:古谷ゆう子
- 【世界の人々の「両立」のアイデア】
- vol.01 スウェーデン、フランス......女性の就業率が80%を超える理由
- Vol.02 フランスの母親は、なぜ後ろめたさを感じずに働けるのか。(前編)
- Vol.03 フランスの母親は、なぜ後ろめたさを感じずに働けるのか。(後編)
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