育Qドットコム株式会社代表取締役社長
広中 秀俊さん
東京都パパ育業事業 アドバイザー兼セミナー講師(令和4年度)
大学卒業後、ミサワホーム入社。2児の父親であり、厚生労働省から「イクメンの星」に認定される。2019年に独立。「育休で日本を元気に、世界を平和にする」をミッションに、男性育休が当たり前になる世の中を目指し、自治体や企業向けに研修やコンサルを展開。ファイナンシャルプランナーとしてお金に関するアドバイスも実施。
企業事例 、 職場マネジメント 、 ダイバーシティ 、 産休・育休 、 ワーク・ライフ・バランス
2023年12月27日
男性の育休取得に積極的な企業はどのような取り組みを行っているのでしょうか。『iction!(イクション)』では、自治体や企業向けに男性育休に関する研修やコンサルを展開する広中 秀俊さんをインタビュアーに迎え、企業へインタビューを実施しました。今回話を伺ったのは、自動車部品や医療機器の製造を行う株式会社ハマダ。同社では、2021年、2022年と連続で男性の育休取得率は50%以上。この実績はどのような施策やマネジメントによって実現しているのでしょうか。総務・人事課の松村 未来さんに会社の取り組みをお話しいただくとともに、育休取得者の上長であった山沢 亮太さん、育休取得者の村竹 慎也さんにもお話を伺いました。
※この記事の内容は、リリース当時(2023年12月現在)のものです。
株式会社ハマダの男性の育休取得促進の旗振り役を務める総務部総務・人事課 係長の松村 未来さん。
広中さん:株式会社ハマダは、自動車部品の精密加工や医療機器の製造・開発を手がけられているものづくり企業ですよね。製造業は男性が多い印象があるのですが、実態はいかがでしょうか。
松村さん:その通りです。弊社では広島県地域密着で約280名が在籍していますが、男女比は8:2。平均年齢は38歳で6割が10~30代のため、男性育休の対象になりえる年代やその予備軍の社員が比較的多い企業だと思います。
広中さん:男性育休取得の実績について教えてください。
松村さん:2021年より積極的に推進しており、その年は子どもが誕生した男性社員3名のうち2名が取得。2022年は4名中2名が取得しています。取得期間はおおむね1カ月程度ですが、最長4カ月取得した社員も。生後1カ月までを休業し翌月からは時短勤務で復帰したケースや、分割して取得するケース、妻の体調悪化により生後10カ月のタイミングで取得したケースなど、皆さん家庭の状況にあわせて柔軟に取得しています。
広中さん:男性育休は、大都市圏や大手企業では徐々に取り組みが増えてきているものの、地方の中小企業ではなかなか進んでいないのが実態です。その中にあって、なぜハマダは男性の育休取得に積極的なのですか。
松村さん:元々は法令に沿って対応していた程度で、男性の育休は就業規則上認められてはいたものの、申請する人もいなければ人事としても特に対応をしていなかったのが実態でした。また、男性社員が8割という構成のため、そもそも女性の育休も発生する頻度が低く、人事には育休に対する知見があまり蓄積されていなかったんです。初の男性育休取得は2019年でしたが、その時点では申請者の家庭の事情によるところが大きく、それはさすがに仕方ないというくらいの印象でした。
でも、一人目の実績ができたことで社内のムードが徐々に変わっていき、ある意味コロナ禍が男性の育休取得には追い風になりました。里帰り出産がしづらい社会的な事情から、夫婦だけで出産を迎える家庭が増えたことで「自分も取ってみようかな」と上司や人事に相談してくれるケースも増えていったんです。
男性育休取得のためのリーフレット。社内での取得事例や実体験に基づくアドバイスなどを掲載。
広中さん:人事としてはどのような取り組みを行っているのでしょうか。
松村さん:最初に行ったのは、会社の制度や相談窓口の周知、育休の意義などについて発信するためのリーフレットの作成です。リーフレットは本人に配布するだけでなく誰もが自由に手に取れる場所に設置。育休の基本情報を正確に伝えるのはもちろんですが、こだわったのは、男性で育休を取得した社員たちのリアルな声を届けること。実は、私も2020年の7月から9カ月の産育休を取得し、妻の立場で出産の大変さや夫の協力が必要不可欠なことを痛感したんです。リーフレットには「産後の女性の身体がどれだけダメージを受けているか」や、「生後間もなくの育児を夫婦で乗り切ることがその後の夫婦関係にも影響する」といった話題も盛り込みましたし、男性育休のエピソードには、キラキラした話だけでなく家庭の赤裸々な事情も掲載しています。
広中さん:「○○課のあの人も育休を取ったんだ」と身近に感じられるのが良いですね。男性にとって育休は一昔前まで“自分には関係のないもの”でしたから、育休を自分事に感じてもらうためにも、社内事例を発信することは効果的だと思います。それに、男性育休の取得促進を始めたばかりの段階には社内に力強い旗振り役が必要なんですよ。男性育休の必要性を出産後のママの立場で実感した松村さんが旗振り役だというのも、取得促進につながっているんだと思いますね。情報共有の他にも取り組んでいることはありますか。
松村さん:これは法改正にあわせた対応ですが、労使協定を結ぶことで育休中の就業ができるようにしました。可能ならば育児に専念してもらいたい思いはありつつも、それが男性のハードルになるのであれば、取得方法の選択肢を増やすことで少しでも前向きに育休を検討してみてほしいという方針です。
広中さん:確かに2022年から産後パパ育休制度が設けられ、労使協定を結べばその期間の就業が一定限度は可能になりました。男性の育休取得のハードルを下げるために「取りやすさ」にも配慮しているのはさすがですね。とはいえ男性が育休取得をためらう要因として、「仕事に穴を開けられない」という思いが強いことも指摘されています。ハマダはどう対応しているのですか。
松村さん:女性の場合は1年程度取得することが多いので育休中の代替要員を準備しますが、男性は1~2カ月と比較的短いため、各部署の既存人員で協力しあって乗り切っているのが正直な実態です。ただ、本来の役割以上の対応や頑張りというのは評価されるべきものですし、そういう頑張りを、上長をはじめとした周囲は見ていると思います。
広中さん:取り組みによって会社にはどのような変化が生まれていますか。
松村さん:対象者だけでなく、上司や周囲の人たちがポジティブに捉えてくれるようになりました。例えば、妻の妊娠をメンバーから報告された上長は、人事から働きかけずとも「育休はどうするの?」とメンバーに聞いてくれることが増えています。ただ、私たちとしては育休を強制的なものにはしたくないんです。育児に専念する経験を男性にもしてほしいけれど、夫婦の役割分担は家庭それぞれに最適な形が違うはずで、個人の意思も尊重したい。子どもが生まれる男性が育休を選択肢として前向きに考えられる状態をつくることが、会社として目指すべき姿だと思っています。
左から製造部製造課職長 山沢 亮太さん(育休取得時の上長)、製造部製造課リーダー 村竹 慎也さん(育休取得者)、総務部の松村 未来さん(先出)。
男性育休は代替要員なしで対応しているというハマダ。代替人員確保が難しい中小企業ではそういった対応が多いのが実情かもしれません。では、実際に男性育休の取得者がいる職場はどのように対応しているのでしょうか?実際に育休を取得した職場の管理職と取得者に話を聞きました。
広中さん:山沢さんは、育休を取得した村竹さんの当時の上長でいらっしゃいます。最初に育休の話が出たのはどのような状況でしたか。
山沢さん:村竹さんの子どもが生まれる半年ほど前、2021年の春頃でした。ご懐妊の報告と共に育休の相談を受けました。村竹さんは夫婦共に実家が遠く、里帰り出産や親が手伝いに来てくれることを諦めて、夫婦で出産と産後の育児をやると決めたそう。当時はコロナ禍の真っ只中だったことも村竹さん夫婦の決断には少なからず影響しており、「それは大変だ」と育休を実現するべく動き始めました。
広中さん:とはいえ、村竹さんが育休を取れば彼が務めていた役割に穴が開くわけですよね。どのように対応したのでしょうか。
山沢さん:村竹さんの育休は出生直後の1カ月間だったので、そのあいだは残された人員で乗り切る方針で調整しました。ただ、一番のハードルは村竹さんが現場のリーダーを務めていたこと。リーダーの仕事は製造現場のマネジメントや突発的な出来事への対応をすることなので、他のメンバーに簡単に任せられる仕事ではありません。だからといって私が全部巻き取ると、どちらの仕事も回らなくなってしまう。そこで私たちは、村竹さんが育休に入るまでの期間で「代わりの人を育てる」ことを選択しました。
広中さん:出産の半年前から準備ができたからこそ、時間をかけて代替要員を育成できたわけですね。
山沢さん:そうですね。今回は次期リーダー候補の人材に代理を務めてもらったのですが、彼にとっても前倒しでリーダー業務を経験してみる良い機会になったと思います。そうしたチャレンジができる体制をつくれたのは、村竹さんが早めに相談してくれたおかげ。もしギリギリのタイミングで言われていたら、ここまで柔軟には対応できなかった気がします。
広中さん:一方で、村竹さんを育休に送り出す側の職場の皆さんの負荷は一時的に上がることになりますよね。周囲の方々へのケアは必要なかったのでしょうか。
山沢さん:基本的にはおめでたい話なので、みんなで頑張って村竹さんを送り出そうというムードでした。ただ、もちろん人員が減った分、大変になる部分があったのも事実で、あふれてしまった仕事もあります。残りのメンバーでやりきろうとするだけでなく、「業務を整理して優先順位をつけ、やらないことを決める」など、従来の仕事を見直す必要はあると思います。
広中さん:男性育休取得実績のある部署の責任者として、これから男性育休に臨む当事者や上司にアドバイスするとしたら、何を伝えたいですか。
山沢さん:やっぱり、なるべく早く育休の相談をしてもらい準備をはじめることをおすすめします。そのためには、育休の話題を出しやすい関係性や組織風土を上司がつくり、メンバーに働きかけることが大事。私は、率直に相談してくれた村竹さんに感謝していますし、「取れないかもしれない」とギリギリまで悩むくらいならまずは相談してほしいですね。早ければ早いほど、みんなにとって良い形で育休に入るための選択肢が増えますから。
広中さん:最後に、山沢さん自身の男性育休についてのお考えを教えてください。
山沢さん:私に子どもが生まれたときは、仕事を優先したい気持ちもありましたし、男性が育休を取ることを想像もしていませんでした。でも、今になって村竹さんのように産後の大変な時期に家族と向き合ったお父さんを見ると、正直うらやましい気持ちもあります。自分の後悔があるからこそ、後輩たちにもなるべく取得してほしいと心から思っています。
広中さん:村竹さんは里帰り出産や双方の親の協力が得づらい状況のため、育休を取得したそうですね。
村竹さん:はい。私が普段通り働いていると、妻一人に大きな負担がかかることになるため、せめて産後の大変な時期は自分も一緒に家事・育児をやろうと決断しました。ただ、理由はそれだけでなくて。妻の妊娠が分かった直後から「育児は夫婦二人でやるもの」という意識でしたし、生後まもなくのわが子の成長をしっかりと見届けたかったんです。
広中さん:上長の山沢さんに相談したときはどんな心境でしたか。
村竹さん:妊娠が安定期に入った頃、仕事終わりに時間をもらって山沢さんに相談しました。ちょうど仕事の繁忙期でもあり、どんな反応が返ってくるか不安な気持ちもゼロではなかったのですが、山沢さんからは「ぜひ取ってくれ」と二つ返事で言われて、ちょっと拍子抜けしたくらいでしたね。
広中さん:会社の対応でうれしかったこと、助かったことはありますか。
村竹さん:一番ありがたかったのは、会社の誰もが育休を取ることを前向きに受け止めてくれたことです。人事の松村さんには、「産後のお母さんの身体はボロボロだから、お父さんの出番だよ」と応援してもらいましたし、職場の周りの人たちも、現場が忙しい時期にも関わらず「しっかり頑張ってこいよ」と送り出してくれました。また、育休だけでなく男性の育児全般に対して理解があることが本当にうれしいですね。「子どもが急に熱を出すなどの突発的な事情に、お父さんが対応するのは当然」という認識をみんなが持ち、困ったときはお互いさまとフォローし合える風土になってきたことが、非常にありがたいです。
1カ月の育休を取得した村竹 慎也さん(左)とインタビュアーの広中さん(右)。
広中さん:たしかに育休は長く続く子育て期間のスタートに過ぎないですから、復帰後もサポートしてもらえるのはうれしいですよね。育休の取得にとどまらず「男性が子育てに参加するのは当然」だと職場の雰囲気が変わっていったのは素晴らしいことだと思います。子育てといえば、村竹さんは実際の育休期間はどのように過ごしたのですか。
村竹さん:妻には産後の回復に専念してもらいたかったため、授乳以外の育児と家事全般は率先して私が引き受けていました。子どものそばにいられたのは非常にうれしかったけれど、育児と家事の両方を一人でやりきるのは想像以上に大変でしたね。私が仕事に復帰すればこれが一気に妻の負担になるからこそ、妻には感謝の気持ちで接するようになりました。だからこそ、復帰後も休みの日は私が子どもと家事を引き受けて、妻が自由に過ごせる時間をつくるようにしています。
広中さん:育休を取ったことで、村竹さんの仕事面には何か変化がありましたか。
村竹さん:子どもって予定通りには全くいかないじゃないですか。急に泣き出したり、突然熱を出したり…。そうしたことに日々対応していると、余裕を持った時間配分や想定外のことが起きても柔軟に対応する癖は身に付いた気がします。また、一度仕事を離れることで一歩引いた視点で業務を見る機会になり、無駄やムラに気づくきっかけになったのも良かったですね。でも最大の影響は、会社をこれまで以上に好きになったこと。みんなが育休を応援してくれ、戻ってきても歓迎してくれたことに感謝していますし、社員の家庭にまで本気になって取り組んでくれる姿勢がとてもありがたいです。
今回のインタビューで『iction!』として改めて感じたことは、株式会社ハマダのように子どもが生まれる男性社員がそう多くはない場合、男性の育休取得促進に重要なのはとにかく一人目の育休実績をつくること。そして育休を取得したいと申し出た人を全面的にサポートし、男性育休が受け入れられる社内の雰囲気づくりが大切だということです。それには身近な取得事例を取得希望者だけでなく組織全体に広く紹介するのも効果的です。
また、特に育休中の業務代替に関する課題を持つ中小企業においては、ある程度時間をかけた業務引き継ぎや人材育成などの措置を取ることで、追加人員なしでも適切に対応できる可能性がありそうです。そのためにも、早めに育休取得の相談をしたくなるような職場環境づくりが不可欠でしょう。
加えて、育休を取得した従業員の会社へのエンゲージメントや仕事へのモチベーションが向上しているのも、ハマダが男性育休を応援してきた成果の一つであり、男性育休が人材確保といった経営課題の点からも企業メリットがあるものだといえそうです。 こういったハマダの男性の育休取得促進に向けた取り組みは、同じような事業規模の企業だけでなく、これから取得促進に取り組もうと考える企業へのヒントにもなるのではないでしょうか。
【インタビュアー紹介】
育Qドットコム株式会社代表取締役社長
広中 秀俊さん
東京都パパ育業事業 アドバイザー兼セミナー講師(令和4年度)
大学卒業後、ミサワホーム入社。2児の父親であり、厚生労働省から「イクメンの星」に認定される。2019年に独立。「育休で日本を元気に、世界を平和にする」をミッションに、男性育休が当たり前になる世の中を目指し、自治体や企業向けに研修やコンサルを展開。ファイナンシャルプランナーとしてお金に関するアドバイスも実施。